ジョージのお出掛け 恐い物はどうやっても恐い
一歳にして、貴族をやっていく自信がなくなりました…町の人達の視線が痛すぎます。俺達の馬車が通ると、町の皆様は足を止めて笑顔で見送ってくれた。しかし、その笑顔が俺の心に突き刺さってくる。
『朝から辛気くさい顔をしおって。領民が笑顔で見送ってくれてるやないか』
今日もミケは姿を隠しながら、テレパシーを送ってくれている…如何に心を読める神使でも、現代日本人の空気を読む能力には敵うまい。
『みんな、完璧な作り笑顔だぜ。心から笑ってる人なんて殆んどいないよ』
『お前、被害妄想の気があるとちゃうか?作り笑顔なんて、ネガティブ過ぎるで』
いくらネガティブと言われ様が、俺は安全第一主義。石橋を何回も叩いていたら、他人に先に渡られた事も少なくない。
『放っとけ。下手に笑顔を信じると痛い目に合うんだぞ。それに笑顔の下に隠された感情に気付けないと、領主の仕事は失敗すると思うんだよ』
笑顔の下に隠されたネガティブな感情。そこに領民のニーズがあると思う。
『ほなら、お前の考えを聞かせてもらおうか?一番前にいる連中は、満面の笑みを浮かべてるで』
最前列にいるのは役人と裕福な商人…いわば上流階級な人達。
『あれは追従とおべっかだよ。アコーギ家に近付く事で身の安全を計り、更なる発展を遂げたいんだろ』
俺は勇者でも正義の味方でもないから、金儲けに走る商人に鉄槌を下す気はない。そんな事をしたら、領内の経済が破綻してしまう。賄賂は受け取らないが、大いに稼いでたっぷり税金も払ってもらう。でも、余り悪どい商人はきっちりと型にはめるけどね…領民の人気も上がると思うし。
『なら真ん中にいる人達はどうや?あの人達は、お前と直接会う事はないで』
真ん中にいるのは労働者や主婦の方々。俺が一番気に掛けなければいけない庶民の人達だ。
『情けない話だけど、あの人達から感じるのは怯えと不満さ。怯えは、領主の一族の不興をかえば不敬罪で罰されかねないからだろうな。不満は簡単だ。アコーギ家が課している税金が高いからだろ』
俺も給料明細に書かれた税金を見て、どれだけ怒りを覚えた事か…きっと、日本の政治家は独身のサラリーマンが嫌いなんだろう。
『視線でそれだけ読むんかい…それなら、後ろや端にいる人達はどうや?』
後ろや端にいるのは、無理矢理連れて来られたであろう奴隷やスラム街の人達。言い方は悪いが下層の人達。
『言わなくても分かるだろ?怨み、妬み、怒り…あの人達は社会の被害者だからな』
アラン辺りは嫌うだろうけど、あの人達は貴重な労働力である。庶民が嫌がる仕事も請け負ってくれるだろう。
『気に入った!!儂はお前の味方になったる。それで優しい領主様は税金を安くするのか?』
つまり、今まではテスト期間だったと。
『今の税率が馬鹿みたいに高かったら改定するさ。でも、税は国を運営するのに必要不可欠だ。アコーギ領に住んでる限り、きっちりと払ってもらう』
領民の人気も大切だけど、備えはもっと大事。俺に貴族を務め上げる自信がなくても、十数年後には魔王と勇者が攻めてくるんだし…頑張らねば。
頑張りたいが、領民の視線が俺の心に突き刺さる…きっと貴族の心臓には毛が生えてるんだろう。そうでなきゃ、この視線に耐えれる訳がない。
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明日はいよいよコーカツ領に着く。つまり、襲撃を受ける可能性が高い。ローレン・コーカツが救援を派遣してくれるから、命が危険に晒される事はないと思う。
だけど、恐怖で震えが止まらない。温かいベッドにいるのに、身体がガタガタと震えてしまう。若い頃にケンカをした事はあるけど、命のやり取りなんて見た事すらない。俺が殺した事があるのは、釣った魚位だ。
『なんや?怖いのか?』
『ああ、怖いよ。もし、ローレンが救援を寄越さなかったらとか、寄越しても間に合わなかったら…そんな事ばかり考えてしまうんだ』
これがゲームなら救援は確実に助けに現れる。でも、ここはキミテと似てはいるが、現実の世界。何があってもおかしくはない。
『そこは安心せい。最悪の場合は儂が助けたる。それとお前に頼まれていた件や…お前の睨んだ通り、森に潜んどるのはアコーギ家の下級騎士達や』
ミケの話では、親がアコーギ家の横暴に歯向かい処断された人達らしい。
『そいつらに家族はいるのか?』
どう考えても、その人達はアコーギ家の被害者だ。救いたいし、救う次いでに利用させてもらう。
『殆んど処刑されたらしいで…それでも女房子供がおるから、アランの誘いにのったみたいやな』
多分、アランは頼る身内がいなくて困窮している人を選んだんだろう。
『分かった。恐い物は恐い…でも、信じるしかないよな』
うまくいけばアランに一泡吹かせれる。もし、チビっても一歳児なら許されるだろうし。
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アコーギ領とコーカツ領に間にある森の中間地点で馬車が急に停まった。
「何があったんですか?」
しかし、オデットさんの問い掛けに御者をしている若い騎士は応えない。
『来たで、実行犯が6人、見張りが四人や』
きっと、見張りは実行犯の下級騎士達の監視役も兼ねているんだろう。
(いよいよか…)
頭では大丈夫だと分かっているが、恐怖で震えが止まらなくなる。
「我等はアコーギ家の将来を憂う者。民は困窮しているのに贅沢三昧を繰り返すカトリーヌ・アコーギとジョージ・アコーギを誅してくれる」
若い男性の声が森に響く…いや、一歳児は贅沢のしようがないんだけど。
「どうやら、ローレン様からの伝言が当った様ですね。カトリーヌ様、ジョージ様と一緒に馬車の中にいて下さい…皆様、行きますわよ」
オデットさんはカトリーヌ母さんに優しく微笑み掛けるとメイド仲間との馬車から出て行こうとした。
(止めなきゃ…相手は賊じゃなく訓練された騎士。メイドのオデットさんが敵う相手じゃない)
「行っちゃ駄目ー」
出て行くオデットさんに縋り付く。少しでも、時間を稼げばコーカツ領の兵士が来る筈。
「ジョージ様、ありがとうございます。少し恐いかも知れませんが我慢して下さいね…直ぐに黙らせますから」
オデットさんの口調が、冷酷な物に代わる。それでも縋り付こうとすると、誰かにギュッと抱き締められた。
「ジョージ、あまりオデットさんを困らせないの。大丈夫、何があっても貴方はママが守ってあげる」
カトリーヌ母さんは守ってあげると言ったが、身体はブルブルと震えている。
(まだ17歳なんだもんな。恐くて当たり前だよな。なのに、俺を抱き締めて…この人は俺の母さんだ)
もうカトリーヌ母さんとは呼ばない。
「マー、オデットしゃん大丈夫?」
「大丈夫よ。オデットさんは強いから…ほら」
母さんはそう言うと俺に外の光景を見せた。オデットさん達は、どこからから取り出したらしく手にナイフを持っている。
「貴族の味方をするならお前等も容赦しないぞ」
「あら、修羅場に馴れてないから、お喋りになるなんて可愛い坊やね」
オデットさんはニコリと笑ったかと思うと、手に持っていたナイフを投げつけた。しかし、襲撃犯の騎士は無傷…。
(マジかよ…あの遠くにいる見張り役に当てた)
オデットさんのナイフは見張り役の男の首に深々と突き刺さっていた。同時に男の首から大量の血が溢れだす…そして男は糸の切れた操り人形の様に、力なく地面に倒れ込んだ。
「くっ、まだ人数では俺達が勝っている。死ぬ気になれば勝てる」
見事なまでの負けフラグである。
「本当に可愛い坊や…自分達が囲まれてるのにも気付かないなんて」
クスクスと笑うオデットさん、あの人には絶対に逆らわない様にしよう。
次の瞬間、見張り役の男達の首が宙に舞った。いつの間にか現れた兵士により斬り飛ばされたのだ。
(無理…もろに見ちまった)
救援がきた安堵感からなのか、それとも人が殺された所を見たショックからなのか俺は意識を手放した。