里帰りは無茶振りの連続
久し振りに実家に帰ったら、自分の部屋が無くなっていました。俺と母さんが住んでた棟には第三夫人と第四夫人が住んでるらしい。
俺に宛がわれたのは貴賓室。ホテルなら一泊30万ストーンは請求されそうな豪華な造りである。ぶっちゃけ、落ち着きません。
しかも、家臣団と切り離されて広い部屋に一人ぼっち。多分、ボーブルの繁栄の理由は優秀な家臣にあると思っているんだろう。きっと、俺に知恵を付けさせない為に、家臣団と切り離したと。
そして逗留中の俺の日程が決まった。
1日目:家族揃っての食事会(第三夫人、第四夫人も参加)
2日目:午前、アデリーヌと御友人達とのお茶会・午後、自主練(外出禁止)・夜、領内の有力騎士や豪商を招いてのパーティー
3日目:ケイオスとの試合(アコーギ騎士団闘技場)
ケイオスとの試合は3日後らしい。俺なら相手に旅の疲れが残っているその日のうちに試合をするんだけど、騎士様は体面が大切な様だ。
事実、俺には余力が残っている。敵地に行くのに、体力を温存するのは基本中の基本。何より早く帰って政務を再開しないと、寝不足な日が続いてしまう。
(ゲームなら強制イベントの前にレベル調整を出来る様にするんだけどな。対応策を考えられるの2日目の午後のみか)
ゲームなら必殺技を覚えたり新しい武器やアイテムが手に入るんだろうけど、現実ではそんなご都合イベントは起きない。もし、必殺技を覚えられたとしても、実戦で使いこなせる様になるには時間が足りない。
試合は三本制で、模造刀等の武器を使用し攻撃魔法は禁止との事。ケイオスとのリーチ差を考えると、どう考えても俺の方が不利である。俺に有利な点があるとすれば、魔法を使える様になったのをアラン達が知らない位。
(レコルトにない魔法を考えるか。そして2日目の午後に試すと)
魔法と言えど、実戦で使いこなすとしたら精々一つが良い所だ。
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俺は生まれて初めてアランを尊敬した。母親、第二夫人、娘、そして目が死んでる第三夫人、第四夫人に囲まれながら平然と飯を食っているのだ。第三者の俺でさえ食欲がなくなる位にギスギスした空気なのに、当の本人は平気でワインを飲み飯を食っている。
「どうした、ジョージ?ここはお前の家なんだぞ。遠慮せずに食べろ」
アランはそう言うと爽やかに笑った。このドロドロの状況で爽やかに笑える面の皮の厚さはどれ位なんだろう。
「アラン、ジョージは長旅で疲れているんでしょう。それに明後日はケイオスとの模擬戦も控えています。緊張してるのでしょう」
そして珍しく祖母アデリーヌが俺をフォローしてくれた。見当違いだけど、この場でアランに意見出来るのはアデリーヌだけだから助かる。
「模擬戦で緊張か…ジョージ、もしケイオスに負ければお前はアコーギ騎士団に入ってもらう」
「しかし、私にはボーブルでの政務があります」
ぶっちゃけ、アコーギ騎士団に入っても学ぶ事はないし。ボルフ先生の鍛練の方が数倍厳しい。
「心配するな。ボーブルは俺が政務を行う。昔は、あそこの政務も俺がやってたんだぞ」
手柄横取り宣言が来ました。アランは発展著しいボーブルが欲しいんだろう。しかし、何か理由をつけないと爺ちゃんの横槍が入る。だから、どう足掻いても勝てない相手と戦わせてボーブルを横取りするつもりなんだろう。
最初から負けるつもりは無かったが、これで意地でも負けれなくなった。
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これも俺の精神力を削る作戦なんだろうか。2日目、祖母アデリーヌ主催のお茶会に招かれたは良いが、そこは地獄で
あった。アデリーヌの友人と言うだけあって、皆様そこそこの爵位を持つ人のそこそこの年齢のご夫人方。
(は、鼻が曲がる。化粧が濃過ぎるし、香水付けすぎだっての)
全員が厚化粧な上に、これでもかって位に香水を付けている。その臭いがミックスされて、部屋の中の臭いは異常な物となっていた。
普段なら鼻を摘まめるが、ここにいるのは貴族のご夫人方。下手な行動は失礼にあたり敵を作ってしまう。
「まあ、ジョージ様は可愛らしいお顔をしてますね…特にブツブツのそばかすが可愛らしい事」
「ジョージ様はケイオス君と模擬戦をされるんですよね…見た目の優劣じゃなく良かったですわね」
「流石は最近発展の目覚ましいボーブルの領主様ですわね、女性への礼儀がきちんとしています…お下品な娼館があるから、女性馴れしてますわね」
そして繰り出される嫌味攻撃。しかし、これは想定内、きちんと対策を練っている。
「お祖母様、本日はお招きありがとうございます。つまらない物ですが、これをお納め下さい」
俺がアデリーヌに渡したのは指輪。真ん中に一円玉サイズの水色の石が嵌め込んであり、その周りには色とりどりの石が散りばめてある。
「まあ、これ全部魔石ですわよ」
「それに、こんな澄んだ色をした魔石は見た事ありませんわ」
「それに装飾も細かくなんて贅沢な指輪なんざましょ」
計算通り指輪はご夫人方の心を掴んでくれた様だ。屑魔石として扱われていたのに指輪に加工しただけで、大ウケである。皆様、こぞって注文してくれて大助かりです。
そんな中一人の女性が口を開いた。
「ジョージ様がこんなに女心は知っておいでとは思いませんでした。殿方の為に娼館を作ったのですから、私達女性がストレスを発散させる場所を作ってくれませんか?…勿論、男娼なんて下品な者じゃなく」
ワッと歓声が上がり、女性陣が口々に賛同していく。
「ジョージ、これは命令です。貴方が作った娼館によりストレスを抱えた女が沢山います。彼女の要望に答えてみなさい」
はい、アデリーヌの命令が入りました。ケイオスに負ければ不問になるかも知れないが、そうなったら文字通り裸一貫になってしまう。勝っても、この無茶振りに応えなきゃいけないと。
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パーティで各方面の挨拶に勤しんでいると、一組の男女が近付いて来た。二人共高級な服を着ており、地位の高さが窺える。
男は明るい銀髪の人の良さそうな青年。女性は若草色の髪をした兎人の美少女だ。
(貴族のお坊っちゃまとその婚約者ってとこか)
「やあ、ジョージ君。僕はヴァルム・ヌボーレ。隣にいるのは僕の恋人マルールさ」
素早くレコルト人物辞典にアクセス。どうやらヌボーレ伯爵家の長男らしい。それより気になるのは、マルールさんの首に嵌められている首輪である。それは、どっからどう見ても隷属の首輪。
「ジ、ジョージ・アコーギです。あの、もしかしてマルールさんは…」
いくらなんでも奴隷をパーティーのパートナーとして連れてくる貴族はいない。未婚の貴族がパーティーに連れてくるのは、婚約者と宣言するのと一緒である…ちなみ俺は一人で参加だ。
「ああ、マルールは僕の奴隷さ。でも僕は彼女を愛してる。だからパーティーに連れて来た。ジョージ君、愛の前には身分なんて関係ないのさ」
ヴァルムはそう言ってキメ顔を作るが、それなら奴隷から解放するべきだと思う…結論、こいつと絡むのは損でしかない。
「ソ、そーですか、凄いっすね。それじゃ、また」
「おっと待った。君に声をかけたのは他でもない。ジョージ君も、奴隷地位向上会に入らないか?」
奴隷の地位を向上させたきゃ買わないのが一番である。需要がなきゃ供給も途絶えるんだから。
「いやー、自分は奴隷を持ってないっすから」
ボーブルに住んでる獣人は奴隷にされやすい。奴隷なんて悪趣味な物を持つ気もないが、統治の点から言っても所持は避けるべきだろう。
「それはいけない‼少しでも不幸な奴隷を作らない為にも、貴族は最低一人は奴隷を所有すべきだ」
奴隷って時点で、不幸のドン底なんだけど。
「い、一応考えておきますね。明日の試合次第ですし」
「そうかい?マルール、向こうのテラスで愛を語らおう」
得意顔でテラスに向かうヴァルムといそいそと付き従うマルールさん…精神的に限界だ。具合が悪いって言ってパーティーから抜けさせてもらおう。
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そして試合当日、俺は自分の目を疑った。闘技場には観客席があり超満員。観客は明らかにケイオスの応援である。実家なのにアウェイとこれいかに。
「逃げずに良く来たな。度胸だけは誉めてやる」
ケイオスはそう言うと不敵に笑った。でも、俺はケイオスの度胸は誉めない。だって、フルアーマー着てるんだもん。
「餓鬼との模擬戦にフルアーマー着てご登場か。今から負けた時の言い訳を考えときな」
完璧悪役の台詞であるが、俺はケイオスに勝つ自信がある。俺の新魔法のお披露目だ。




