ジョージとマリーナ
やはり俺の婚約者はマリーナで確定らしい。こうなる事を予め想定して、先生達にアランやライテック家の事を調べてもらっておいたのだ。サンダ先生の話では、ライテック家は家から随分と金を借りているらしい。
「サンダ先生、ライテック家は家から幾ら位借りているんですか?」
娘を差し出さなきゃいけない大金とは幾ら位なんだろう。金額の多寡はともかく人身売買の様で、凄く気分が悪い。
「合計900万ストーンです。婚約が成立すれば借金を帳消しにした上に月々50万ストーンを無償融資するそうですよ」
サンダ先生にはアコーギ家の内政を手伝ってもらいながら、アランの動きを調べてもらっている。
ストーンはオリゾンで使われている金の単位。魔石が通貨代わりに使われていた時代の名残りらしい。ゲームでの単位表記はS、$と似てるとかオリゾンにアルファベットがあるんですかとユーザーから突っ込まれたのを覚えている。実際見てみるとSよりは∮に近いと思う…ここまで再現されていたとなると、シナリオ担当の山さんは超能力を持っていた説が俺の中で有力だ。
「無償融資ですか。俺と結婚したら借金は帳消し、婚約を破棄したら融資した金を回収する手筈ですね」
ゲームでは国を幾度も救ってくれた勇者の圧力により婚約が破棄されてしまう。ちなみに借金された金も有耶無耶のまま帳消しになっていた。でも、ライテック家に融資した金は税金なんだから俺はきっちりと回収してやる。
「一ヶ月50万ストーンだと!?何にそんなに使うんだ?ライテック家はかなり質素な生活をしてたぞ」
ボルフ先生にはアサシンギルド時代の伝を使って、ライテック家の事を調べてもらった。
「貴族との付き合いって、金が掛かるんですよ。パーティーに呼ばれたらそれなりの服装をしなきゃいけないし、物を貰えばお返しも必要ですしね。教養や礼儀作法も身に付けなきゃ駄目ですし」
俺からしたら馬鹿らしい話だけど、パーティーに出る時の服は四季に応じて変えなきゃいけないらしい。無論、量産服なんて売ってないから、貴族の服は全て仕立て服。俺みたいに成長期だと、直ぐに着れなくなってしまう。オリゾンの貴族には勿体ないって言葉はないんだろうか?
「おいおい、ライテック家の奴等は食費も節約してるんだぞ。なんで金を借りてまで貴族と付き合うんだ?」
「王宮騎士に復帰する為だと思いますよ。王宮騎士になるには、貴族の後押しが必須。貴族と仲良くなるにはパーティーに出なきゃいけない。パーティーに出るには金が必要。王宮騎士なんてくだらない夢は諦めて、普通に仕事を探すって気持ちにならないんですかね」
でも、王宮騎士に復帰するのはライテック家の悲願らしい。アランからの融資は地獄に垂れてきた蜘蛛の糸に見えたんだろう。
「伯爵家の跡継ぎが、それを言うかよ」
ボルフ先生がからかう様な口調で応えてくれる。
「俺の魂には庶民の感覚が刻み込まれているんですよ。それでボルフ先生、ライテック家はどんな感じでしたか?」
罷り間違っても、マリーナが喜んでいる事はないと思う。
「聞いて喜べ。お通夜みたいな空気になってたぞ。父親は¨家の為にすまない¨ってマリーナに頭を下げるし、マリーナは¨私が犠牲になって、弟を王宮騎士にしてみせます¨って気合いを入れてたな」
化け物に人身御供として捧げられる気分なんだろうか?私が犠牲になれば村を守れるんですって感じに思える。
「しかし、なんでマリーナさんは、そこまでジョージ様を嫌うんですかね?アコーギ家でも第三小でもジョージ様を嫌う人は殆んどいないんですよ」
その例外に父親や祖母が含まれているのは皮肉としか言い様がない。
「サンダ、知らないのか?こいつの第一小での評判は最悪なんだぜ。庶民や亞人と仲が良い貴族の面汚し・祖父の権力を笠に着て脅しを掛けてくる卑怯者・成績が良いからと言って、我を見下す嫌な奴等々…こいつの悪評は枚挙に暇がないんだぜ」
亞人はクラスメイトの事だろう。ヴェルデの件以来、俺はクラスメイト達から兄貴分として扱われている…兄貴分ってより、みんなの父親と変わらない年なんだけどね。
爺ちゃんの後ろ楯も、ヴェルデの件に尾鰭が付いて広まったんだと思う。あれから第三小の生徒が、第一小の生徒に絡まれる事がなくなったから結果オーライだ。
成績については、俺は一応専門学校卒だし、オリゾンでもトップクラスの頭脳を持つサンダ先生に教えてもらっている。成績優秀で当たり前であって威張ったつもりはないけど、それが逆に鼻につくのかも知れない。
「貴族の世界は嫉妬が凄いですからね。意図的に悪い噂を流して、爺ちゃんや俺の面子を潰したいんじゃないですか?それじゃマリーナとの仲は積極的に進めないで、ある程度の距離を保っていきたいと思います」
嫌われていると分かっていて近付く程、俺の面の皮も厚くない。かといって子供相手に大人気なく嫌な態度を取るのも情けないし。
「話は変わりますが、ジョージ様が小学校を卒業されたら領地を治めさせると言う話が出ています…ジョージ様、どこを治めるか決めましたか?」
この話は爺ちゃんが色々と手を回してくれて実現したのだ。当然、サンダ先生もボルフ先生も知っている。ちなみにアランは俺とアミを離せると乗り気だそうだ。
「ボーブル地方を選ぶつもりです」
サンダ先生とボルフ先生の表情が固まる。ボーブルはアコーギ領東部にある地域で、貧しいと言う意味を持つ。その為か、アコーギ家からあまり重要視されていない。
「確かにあそこはコーカツ領と隣り合っていますが」
「ジョージ、あそこは殆んど魔石が取れないんだぜ」
ボーブルが貧しいと言う不名誉な名前を付けられたのは、土地が痩せているからではない。金の単位がストーンになっている位、魔石はオリゾンの経済に置いて重要な位置を占めている。例えばコーカツ領の死者の森は闇の魔石が多く取れるので有名だ。
ちなみに調べてみたら魔石の名産地は、六魔枢の出現地点と被っていた。闇の魔石を産出するコーカツ領の死者の森。光の魔石を産出する王都近くにあるルーメン山。水の魔石を産出するウォーテック領ハイドロ教区内にあるルラキ湖。地の魔石を産出するアーシック領にあるテッラ台地。火の魔石を産出するイジワール領にあるイグニス荒野。風の魔石を産出するアコーギ領西部にあるヴェント谷。
「魔石は取れませんが土地は豊かだし、海とも面しています。何かあった時に独立してやっていける所なんですよ。それにグリフィールがある北部やヴェント谷がある西部はアランが手離しませんよ」
「しかしボーブル南部にはタスク山があります。あそこはドラゴンの棲み家なんですよ」
そんな事は百も承知、むしろタスク山があるからボーブルを選んだんだ。タスク山のドラゴンはキミテのイベントにも登場する。魔物の影響で凶暴化したドラゴンを勇者が倒す。タスク山のドラゴンは全滅したかに思えたが、卵が一つだけ残されており、卵から帰った赤ちゃんドラゴンは勇者とヒロインを親と思い込み懐いてしまうと言う突っ込み所満載のイベントだ。
「それを含めてボーブルを選ぶんです。サンダ先生、優秀な文官との交流を深めてもらえますか?ボルフ先生は生まれ、種族に関係なく働きの良い人を集めて下さい」
キミテの物語が始まるまで、まだまだ時間はある。だから今から動いて、俺だけの城を作るんだ。
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ジョージがマリーナに固執したのも頷ける。光を浴びて煌めく金色の髪、血管が透けて見える白い肌、人形の様に整った顔。マリーナ・ライテックは賛辞を尽くしても足りない位の美少女だった。
「マリーナ・ライテックです。ジョージ様、今日からよろしくお願い致します」
マリーナは、そう言ってにっこりと微笑みながら挨拶をしてくれる…ただ、目は全く笑ってない。
(女はこの年から女なんだな…上手に本音を隠してきやがる)
あの微笑みの裏に暗澹とした気持ちを隠しているなんて、子供のジョージには分からなかったと思う。
「ジョージ・アコーギです。あまりにも突然の事でしたので、正直驚きを隠せません。マリーナ様と仲良くなれる自信はありませんが、高名なライテック家の方とお会い出来た事に感謝しております」
マリーナに一礼をした後に、マリーナの父親に話し掛ける。マリーナに惚れてるなんて思われたら大変だし、何よりマリーナの汚物を見る様な視線に耐えられないのだ。そして大事なのはマリーナより、ライテック家を重要視してると言うスタンス。
「おお、流石はお噂に高いジョージ様ですね。素晴らしいご挨拶です。しかし、男には勉学だけでなく武術も必要ですよ。もし宜しければ私が鍛練を付けましょうか?」
マリーナの父親もかなりのイケメン。俺と違って遺伝子がちゃんと仕事をしたって感じだ。
「機会があれば宜しくお願いします。でも、ご安心下さい。父アランもおりますし、ギガリ・シンセロ様に鍛えてもらっています」
「ち、血塗れの狂い熊…ジ、ジョージ様は魔法はどれ位使えるんですか?」
うん、その異名が伊達じゃないって身を以て知りました。ドンガもギガリさんに鍛えられてゴツくなったし…泣き虫は相変わらずだけど。
「サンダ・チュウロー先生に師事して六属性の初級魔法は使える様になりました。尤も、まだまだ実戦レベルには程遠いですけど」
ゲームやラノベなら魔法を簡単にマスター出来るんだろうけど、俺は六年間、修行してもまだこのレベルだ。
ちなみにマリーナは、一切興味を示さずニコニコと笑っている。
(ミケならマリーナの本音を読めるか?…おい、ミケ、ミケ!!)
しかし、テレパシーを送っても全く返事がない。
(ミケの奴、何があったんだ?マリーナを鑑定してみるか)
鑑定結果 名前:マリーナ・ライテック 種族:猿人 性別:女 身分:ライテック家長女 年齢:十歳 能力:レイピア3級・フォースボール・フォースアーマー・悲劇のヒロイン
貴方への好感度:G百匹分
(G百匹分ってなんだよ!!…うん、あれはなんだ?)
一瞬、マリーナの背後で白い何かが動いた様に見えた。




