ハピネスクラウンの悲劇?
国に光の六魔枢と戦うと伝えたら、その日に城に招待された。呼び出しじゃなく招待って言葉がピッタリくる位のVIP待遇。待遇の良さにビビっていたが、夜になり納得した。
「目立つってレベルじゃないな。郊外のラブホでも、もう少し自重するぞ」
光の六魔枢チーポが居城を構えるのは、王都にあるルーメン山。その頂上で燦然と輝いているのが、チーポの城だ。
城自体が発光しており、王都ならどこにいても目に付くらしい。昼間はまだ良いけど、夜になると存在感を増してくる。不眠を訴える都民も少なくないそうだ。
「城の中も発光しているらしいな。その所為で、城に入った人は、皆視界にダメージを負っていたぞ」
谷は六魔枢戦には参加しないが、チーポの城に入った人達の治療の為に王都に来ていた。
「それに加えてボスは元神使だからな。国としては、目障りで仕方ないか……でも、こっちの書物にはチーポって名前の神使はいないんだよな。ゲームの中じゃ、神様の腹心って設定だったけど」
チーポは勇者ブレイブ・アイデックを導いた神使いって設定なのに、無名なのはおかしい。
意図的に消されても、なんらかの痕跡は残る筈。
学者の中には元神使だと言うのは、チーポの自称ではないかと言う人もいるそうだ。
◇
チーポは六魔枢のトリを務めるキャラだ。その強さは六魔枢の中でも抜きんでいて、他の六魔枢が束になって掛かっても敵わないとも言われている。当然、チーポ城に出現するキャラも強く、中にはオボロより強いザコキャラもいる。
でも、魔王軍の査定基準はおかしいと言うのはやめましょう。ゲームで大切なのはバランスなんです。
(……嘘だろ?なんで、全部瞬殺なんだよ)
ゴールドウェポンとシャイニングボディの組み合わせは、チートである。闇のテネーブル伯爵を倒したお陰で俺の闇属性はかなり強力になっていた。
攻撃力そのものは上がらないけど、光属性の敵には効果抜群で出て来る敵はみな瞬殺されています……有り難いけど、もっと早く覚えたかった。
その上、敵を倒す度に光属性も強化されていくのだ。
「それで,ここの副将はどんな奴なんだ?」
……ボルフ先生、ノールックでライトキメラを倒すのは止めて下さい。そいつ、バランス崩壊キャラだってネットで叩かれたんですよ。
「マッドピエロのハピネスクラウンです。こいつは見た目と違って、身軽な奴で部屋中を飛び回りながら攻撃してくるんですよ」
得意技は圧し掛かり。その威力は凄まじく一撃で体力の三分の一は減ってしまうし、隣接するキャラもダメージを受ける。
対処方法はただ一つ。攻撃対象にされたキャラの頭に影がさすから、防御コマンドを選んで下さい。回復キャラが連続で狙われたら悲惨で、全滅を待つしかなくなる。
それとハピネスクラウンの名前を和訳して、幸せ道化師というのは止めて下さい。意味より響きを重視しただけなんです。
「結構厄介そうな奴だな……でも、ちゃんと策を考えているんだろ」
当たり前だ。あんな強い奴と正面から戦ってたまるか!
「ええ、今回はカリナとミューエさんに協力してもらいます」
策を説明したら、みんなに溜め息をつかれた。せこかろうが、なんだろうが勝てれば良いんです。
◇
作った人間が言うのもなんだけど、ハピネスクラウンはこの部屋を発注する時なんて言ったんだろう?
「なに、これ?部屋の中がサーカス小屋みたくなっているよ!?」
カリナが驚くのは無理もない。扉を開けたら、そこはサーカス小屋なんだから。
火の輪くぐりに空中ブランコ。天井には無数の照明があり、玉乗りに使う巨大な珠まである。部屋の中にサーカスを再現しろって言われた設計担当の魔族は困惑しただろうな。
みんなが唖然としていると、突然部屋の灯りが消えた。
次の瞬間、部屋のど真ん中がサーチライトで照らさる。
「レディース&ジェントルメン。今日は、ハピネスクラウンの愉快なサーカスへようこそ。楽し過ぎで、笑い死にしてもしりませんよー」
そこにいたのはメタボ体型のピエロ。こいつがハピネスクラウンだ。
「そいつは、楽しみだ……お代は投げナイフで良いか?」
ボルフ先生は会話の流れを一切無視して、ハピネスクラウンへナイフを投げつける。ナイフはハピネスクラウンの頬を掠めた。
「お代は投げナイフって、どんな危ない発想ですか!確かに私は魔族ですよ!でも、戦闘には様式美ってものがあるじゃないですか。だから、私も灯りを消した時に闇討ちしなかったんですよ」
俺の策一つ目、ハピネスクラウンのペースにのらない事。むしろ、こっちのペースにのせていく。出来ればハピネスクラウンに戦闘の火蓋を切らせたい。
「だって猛獣使いもいないし、空中ブランコをする人もいないじゃん。ピエロだけじゃつまんないよ」
カリナさん、歯に衣着せぬ攻撃です。十代の少女の口撃って、刺さるよね。
「知らないんですか?ピエロはサーカス団の中でも、あらゆる曲芸が上手い者しかなれないんですよ。ベストのタイミングで、わざと失敗してみせてお客様を笑顔にさせる。それもこれも卓越した技があってこそなんですよ」
ハピネスクラウンは両手を胸の前で開き、物を知らないで困りますねといった動作をしてみせた。
「幻滅だな。腕自慢が鼻について、演技を楽しめないぞ。分厚い化粧の下から、増上慢な素顔が透けて見える。他のピエロに謝れっ!」
ミューエさんの発言に部屋が凍り付く。ハピネスクラウンのペースを乱して下さいって言ったけど、辛辣過ぎます。
「……腕自慢?まだ私は何も見せてませんよ?さて、ここに取り出したるは、種も仕掛けもないただのカード。この絵柄が一瞬で変わったら、驚くでしょ?」
ミューエさんのクリティカル口撃がヒット。なんとか耐えたハピネスクラウンはポケットから、カードを取り出すとわざとらしく俺達にみせつけた。
「あ、これ知っている。手で隠しながら、後ろのカードとすり替えるんだよな」
パーティーで間をもたせる為に買った手品の本に書いてあったやつだ。
「やる前から、ネタをばらすんじゃねえよ!知らないで楽しみにしているお客様もいるのが分からないのか!営業妨害で訴えるぞ。ネタを知っているなら、俺の技術を楽しめよ。したり顔でネタばらしをしやがって……もう良い。戦闘だ!」
ハピネスクラウンさん、今日一の激切れです。
「本当に、人の神経を逆撫でするのが上手いよな」
ボルフ先生がジト目で俺を見てくる。今のは挑発じゃなく、天然の発言なんですが。
「さあ、死のショーの開幕です!蛙の様に押し潰してあげますよ。レッツー・ショウタイム」
ハピネスクラウンのショウタイムの掛け声と同時に天井の照明が一斉に点灯した。
その眩しさの所為で、ハピネスクラウンの圧し掛かりは避けられないって設定だ。
「カリナ、頼む」
でも、遮光ゴーグルを付けているのでハピネスクラウンの動きは丸わかりだ。俺達でも容易くかわせる。
「任せなっ!」
そして動きの素早いカリナなら、着地点にトラップを設置する事も可能だ。
「ほう、上手く避けましたね。でも、いつまで避け続けられますか?……ぐふぇ」
再びジャンプしようとした、ハピネスクラウンが見事にこけた。
その足についているのは、ネズミ捕りシート。粘着力が強い上に、底面に溝なんてないからバランスを崩しやすいのだ。
「まだ片足が残っていますよ。これ位、丁度いいハンデです。ピンチからの逆転。これがショーの醍醐味なんです」
ハピネスクラウンは力説しながら片足で立ち上がった。流石はピエロである、片足でうまくバランスをとっている。
これがスポーツの試合なら、相手に配慮したら美談になると思う。でも、これは戦闘だし俺にはスポーツマンシップなんて欠片もないのだ。
「ミューエさん、お願いします」
弱点を徹底的につくのが俺のやり方だ。汚名上等、仲間が怪我するより何万倍も良い。
「任せておけ!」
ミューエさんの鞭がハピネスクラウンの足に絡みつく。流石のハピネスクラウンもたまらず、転倒。
「お前は突拍子のない言動で人を振り回すのが、得意らしいな。でも、残念だったな。俺等は十数年も突拍子のない言動に振り回されて慣れているんだよ」
ボルフ先生は、そう言いながらハピネスクラウンの心臓をナイフで一突きにした。
ところでそれは誰の事でしょうか?周囲に振り回されているのは、俺なんですが。