ブレイブとモブ
いよいよ28日3巻発売です。
凛の髪型をちょんまげから総髪に直しました。
春の暖かな日差しがフライングシップに降り注ぐ。観光用に造られただけあり、乗り心地は快適そのものだ。
「はい、麦茶。これからウォーテック城に行くんだろ?本当にあたいもついて行っても良いの?」
船内から出て来たカリナが麦茶を手渡してくれた。その顔には戸惑いの表情が浮かんでいる。今は城に住み貴族と交流があるカリナだけど、勇者の子孫であるウォーテック家には特別な思いがあるようだ。
ウォーテック家の先祖はエルフの神官アリエス。アリエスも貴族の出だったと言う。アリエスの功績によりウォーテック家は代々ハイードロ教の教皇を務めているそうだ。
当然、ウォーテック領の民の殆んどがハイードロ教の信者である。ハイードロ教は平等を貴しとしているが、平民しかも他人種が、城に招待されるのは異例の事なのだ。
「城主様直々に招待されたんだから行かない方がまずいんだって……今のうちに獣人との関係を良好にしておきたいってのが、政治家リップルの本音さ……まっ、一番の理由は別にあるんだけどな」
傭兵や冒険者は、身体能力が高い獣人の割合が高い。魔王軍が復活した途端、エルフは獣人と仲良しです。だから助けて下さいって言っても効果は薄いのだ。
そしてボーブルには多くの獣人が住んでいる。今ボーブルで動向を注目されているのが、獅子人のカリナだ……理由は言うまでもなく領主である。
普通は領主の人間関係が町に流れる事はないんだけど、ホームキーパー部門の職員が積極的に流しているらしい。
噂では、ジョージ様の逃げ場をなくそう隊が結成されたそうだ……それはともかく、獣人の中で注目度が高いカリナを招待するのは、効果があるだろう。
「他に何か理由があるのかい?」
これは口で言うより、見てもらった方が早いだろう。無言で招待状をカリナに手渡す。
「えーと『今回はアニエスにウォーテック領まで案内させます……もちろん、ジョージ殿は空気を読めますよね。きちんとパートナーのカリナさんを同伴して、誤解を生まないよう気を付けて下さいね P.Sアニエスたんの恋路を邪魔すんなよ』……それで助手席にアニエス様が座ってるんだ」
リップル、ゲームとキャラが違い過ぎるだろ。娘を溺愛していると聞いてたけど、ここまでとは思わなかった。
「ああ、さっきチラッと見たけど、二人共楽しそうに話してたよ……リップルとしては、縁談で訳の分からない奴に嫁がせるより、娘が惚れた男と結婚させたいんだろ。谷なら周りから文句も出ないし」
宗教家であるウォーテック家にとって、神使と契約している谷は物凄い優良物件である。メドサンを通じてハイードロから宣託をもらう事も可能なのだ。
「貴族って大変だね……ほら、あれがルラキ湖だよ。綺麗だねー」
これはチャンスである。ここでビシッと大人な告白をして、カリナと恋仲になるんだ。とりあえず、カリナの隣に行く。
「へえー、あれがルラキ湖か……げっ、シーサーペント」
俺がルラキ湖を見ようとしたら、一匹のシーサーペントと目があった。シーサーペントは首をもたげて全力で威嚇してきている。
「なんか、あのシーサーペント、随分怒ってない?」
…他人の空似ならぬ他シーサーペントの空似であって欲しい。
(そういやルラキ湖に現れる水の副将イドルって、魔物使いだったよな……偶然だ、偶然)
イドルはルラキ湖に大勢の魔物を引き連れて現れる。もし、俺がイドルと戦う事になれば、真っ先にあのシーサーペントが突っ込んできそうだ。
牙を剥いて怒っているシーサーペントを見ながらの告白……上手くいく気がしない。
◇
伝統や歴史は金では買えない。そんな言葉を聞いた事がある。
ウォーテック城はオリゾンで最も古く、そして美しい城だと言われている。
城壁はルラキ湖の水の色を模した澄んだ青色。過度な装飾が施されていない分、息を飲むような荘厳さがある。
……正直、ウォーテック城の重厚さに押し潰されそうです。ウォーテック城はブレイブ・アイデックが生まれる遥か昔に建てられたらしい。
その為かウォーテック城には、京都にある古刹のような威厳があった。しかも城の住人はエルフなので、全員が美男美女なのだ。
谷やカリナならエルフと見比べても見劣りしないが、どう考えても俺の居場所はない。
(直ぐにフライングシップが飛び立てるように、操縦席でスタンバイしてますは……通じないよな)
招待客であるが、カリナや谷の身分は平民だ。下っ端貴族でも俺がいるから、城に入れるのだ。
エルフにコンプレックスを感じるからと言って逃げる訳にはいかない。
◇
俺は今猛烈に感動している。ここは、どこを見てもファンタジーの世界だ。
今いるのは、ウォーテック城の領主の間。一言で言うと、豪華絢爛。城内は質素とも言える造りであったが、ここだけ別世界だ。細かく煌びやかな装飾品がいたる所にあり、床は綺麗に掃き清められチリ一つ落ちていない。天井画や壁画には、勇者ブレイブと始祖アリエスの冒険が描かれていた。
領主のリップルは、玉座と見まがうばかりの豪華な椅子に腰掛け、その背後には巨大なハイードロ神の像があった。
聞いた話では、ここは神事を行う時にも使われるとの事。領主の威厳を保ちつつ、信者にも言い訳が出来る仕組みになっているのだ。部屋の真の主は、ハイードロ様なんですよ。豪華絢爛な部屋も教義に反しませんと。
「ジョージ殿、カリナさん。そしてむ……タニザキ先生、ようこそ、ウォーテック城へ。我が領民を助ける為に、遠路はるばる来てくれた事を感謝する」
リップル……絶対に、婿殿と言おうとしたろ。
「お父様、今は挨拶よりも患者様を移送するのが先決です。タニザキ先生なら絶対エディータ様を治して下さいます」
歴史作家エディ・コナリーの本名はエディータ・コーナーリバースと言い、御年四百歳。今生きているエルフの中でも最高齢に近く、正に歴史の生き証人なのだ。エディは平民生まれだそうだが、前回の魔族との戦いで戦果を挙げており周囲から一目置かれているそうだ。
何より純潔派のエルフ達と暮らしているので、ウォーテック家もエディを蔑ろに出来ないらしい。
「そうだな。エディになにかあると、あの連中が黙ってないだろう。タニザキ先生、お願いする」
リップルがあの連中と言った瞬間、部屋にいたエルフの顔が歪んだ。なんでも純潔派は、猿人の血が混じった領主は認めぬと事あるごとに騒ぎたてるそうだ。
◇
帰りの操縦は俺の担当になった。谷は患者に付いている必要があるらしい。従って今助手席に座っているのはカリナだ。
「結局、エディさんの顔見れなかったね。あんた話をしたかったんだろ?」
カリナの言う通り、俺達はエディ・コナリーの顔をまだ見ていない。エディさんが領外に行くと純潔派にバレたら妨害される危険性があるとの事。なので、俺が予め操縦席に待機して、エディさんが乗ったと同時に出発したのだ。
「向こうに着いたら会えるさ」
絶対に機会を見つけて会いに行きたい。後、ウィル・ロッシュの悲劇にサインをしてもらいたいし。
「ほう、儂に何を聞きたいんじゃ」
背後から声がしたので、振り向くと谷と初老の男性が立っていた。耳の長さからするとエルフだと思う。髪型は角刈りで、石〇軍団に所属している俳優なみに渋い。
「コーナーリバース先生ですね。ウィル・ロッシュの悲劇、愛読しております」
今フライングシップに乗っているのは、四人だけである。推測なんてするまでもなく、このエルフがエディータ・コーナーリバースだろう。
「……モブと似てるの。まるで生き写しじゃな」
まさかご先祖様も三枚目だったとは。二枚目が出来るまで、どれだけ優秀な遺伝子が組み合わされたんだろうか。
「あっ……椅子に座りませんか?」
カリナが助手席から立ち上がり、エディに助手席を勧める。
「獅子人の娘さん、すまんの……これがフライングシップから見える光景なのか。やっと見る事が出来た」
助手席に座ったエディが感慨深げに呟く……前魔王戦で活躍したのに、ブレイブ・アイデックのフライングシップに乗る機会はなかったんだろうか?
「ブレイブ・アイデックのフライングシップに比べたら、しょぼいですが空の旅を楽しんで下さい」
ウィル・ロッシュの悲劇を読むとエディは、ブレイブ・アイデックに盲目的な好意を持っていないのが分かる。様をつけなくても、怒らないと思う。それにこれはちょっとした賭けだ。
「あんなただれた船はこっちからお断りじゃ。あの船のクルーは全員女だけで、しかもブレイブの御手付きなんじゃぞ……ジョージ殿、お主はブレイブ・アイデックをどう思う?」
エディさんは苦々しい表情を浮かべながら、じっと空を見つめている。
「正義感が強い救国の英雄ですかね。ある国には英雄色を好むって、言葉もありますが」
それを含めるとブレイブ・アイデックは、正に英雄だと思う。
「正義感が強いか……確かにそうじゃな。あやつは独善的と言って良いほど、正義感が強かったからの。子供の為にパンを盗んだ男を手討ちにしたり、サキュバスの幼女を見逃した兵を死刑にしたりしたからの」
ブレイブ・アイデックって自制心なさ過ぎじゃないか?勇者が真面目系クズだったとは。
「それでよく勇者が務まりましたね。そこまでいくと誰も支持しないと思うんですが」
魔王を倒すまで担ぎ上げられても、好意的な伝承は残らないと思う。でも、ブレイブ・アイデックは伝承で不自然なほど持ち上げられている。
「ブレイブ・アイデックには不思議な力があっての。側にいればいるほど、あやつに心酔してしまうんじゃ。ブレイブ・アイデックに恋人や女房を取られた男も少なくなかったんじゃよ……お主の先祖モブのようにな。何よりブレイブ自身が恐ろしいくらいに強かった。どんな強力な攻撃もカウンターで、倍にして返すんじゃ」
まるでキミテの隠しダンジョンに出てくるボス、記憶を無くした冒険者である。何しろあまりに強すぎて、弱体化されて実装されたのだ。
「それじゃ、モブが悪くて振られたんじゃないんですね」
エディの話によると、ブレイブ・アイデックと離れている時間が長くなると効力も薄まるそうだ。
「ああ、オリゾンを去る日、ツバキ殿はずっと泣いてたそうじゃ。その頃には既に、ブレイブ・アイデックの子を身ごもっていたから、モブに謝る事すら出来なかったんじゃろ」
すれ違いと言うには、あまりにも残酷過ぎる。ブレイブ・アイデックはシャグランとの戦いで命を落としたから、理想的な勇者として語り継がれたのかもしれない。
◇
同じ頃、風継凛の従者凪は、主の事を心配していた。ワノ国を出てから、既に数か月が経った。その所為か、彼女の主は極度のホームシックに掛かってしまったのだ。
しっかり者ではあるが、凛はまだ十五歳である。家族と離れての旅が、辛くない筈がない。凛の好物である米の飯でもあれば、気分転換になるのだが船上では求めようがない。寄港した港で一度米を目にしたが、驚くほど高く買う事が出来なかった。
「ぼーぶる、でございますか?」
そんな時、ある商人から不思議な話を聞いた。目的地であるオリゾンで米を育てている町があるというのだ。
「ええ、そこの領主様は変わり者ですが、良く働く方だそうです。この船もボーブルに寄港しますので、訪ねてみてはいかがでしょうか?」
船はアコーギ領まで行くのだが、大半の商人はボーブルで降りると言う。なにより船員の熱い要望で、ボーブルに長期逗留するそうなのだ。
今回のボツ文章
前庭で話をすれば、城に入らないで済むんじゃないか?伝統あるお城を汚すのは心苦しいですって言えば、強引に連れ込まないだろ)
「お城を……」
「ジョージ様、お待ちしておりました。リップル様も城内でまっております……まさか、城を汚すのが心苦しいとか言って断りませんよね」
俺の言葉を速攻で遮ったのは、ボーブル城外交担当のロッコー・ウォーター……種族はエルフ、ついでにウォーテック領出身。そう言えばウォーテック領に出張中だったよな。
「いや、俺みたいな青二才が輝かしい歴史と素晴らしい伝統に彩られたウォーテック城にお邪魔するのは気が引けるなって思いまして」
正直に言おう。自分でも何を言っているのか、分からない。でも、やけに手回しが良すぎるのだ。ロッコーさんは俺が信頼している数少ないエルフである。そのロッコーさんが、このタイミングで出迎えるのは、絶対に何かある。
(贈り物をフライングシップに忘れたとか言って、一回戻るか?)
地獄ともいえるオデットさんの特訓により、身体能力がそれなりに向上している。エルフの戦士が相手なら無傷で逃げ切る自信はある。
「そうですか。でも、ご安心下さい。ジョージ様を招待したのは、城主のリップル様ですので」
そう言うとロッコーさんは指をパチンと鳴らした。すると城内からメイド服を着たエルフの女性が大勢出て来たのだ。ファンタジーに憧れた男にはご褒美過ぎるが、何故か嫌な予感がする。
「あの派手なお出迎えとかはいらないんですが」
近くにカリナがいるのだ。一瞬でも、鼻の下を伸ばす訳にいかない。
「その者達は、皆伴侶や恋人がおります。そしてジョージ様が城内に入ろうとしなければ、一分ごとに距離を縮めるよう言っております……言い忘れてました。少しでも肌が触れたら、オデット殿にジョージ様がパートナーのいる女性にセクハラをしたと伝える事になってますので」
他領で旦那や恋人のいるメイドにセクハラ……噂だけでも大ダメージだし、冤罪を覆す自信なんてないぞ。何よりオデットさんが怖すぎる。
「ロッコーさん、何にしているんですか?早く、案内して下さい」
あんな地雷だらけのメイド隊より、腹黒エルフの方が安心できる




