あんこ味の肉マン
森から出ると、既に反乱軍は全員捕縛されていた。全員、軽トラゴーレムに乗せて一路闘技場を目指す。
案の定、52号は身元を証明するような物を何も持っていなかった。52号がグルウペの人間で賊を煽動していた事を証明するには、俺が鑑定能力を持っている事を伝えなきゃいけない。当然、52号やグルウペ側が否定したら、伝え損である。
骨折り損のくたびれ儲けになるが、グルウペから何かを得ようとするのは止めておこう。
「ジョージ・アコーギです。ホートー様に連絡を入れて頂けますか?」
闘技場の入り口で連絡を入れてもらい、待機しているとホートーがニヤニヤしながら近づいてきた。
「ジョージ、ナイスタイミングだ。今、グルウペの代表が“人命を蔑ろにする闘技大会なんていけません”って騒いでいるんだよ……例の奴を一緒に連れて来てもらえるか?」
52号はホートーの言葉を聞くと、顔を真っ青にした。そりゃ、そうだろう。上司がクレームをつけるタイミングに合わせて、反乱軍に窮状を訴えさせるつもりが、鎮圧された上に自分まで捕まってしまったのだから。
「分かりました。良かったじゃないですか。これで故国に帰れますよ」
52号は何もいわず、ただ恨めしそうに俺を睨んでいる。転生してから敵意を持って睨まれる回数が増えた。最初はきつかったけど、今では割と平然としていられる……こうして面の皮が厚くなっていくんだろう。
闘技場に近付くと、演説が聞こえてきた。さわやかで魅力的な声である。大勢の聴衆が集まっており、皆うっとりと聞き惚れていた。
「グルウペ様は、信者が怪我をすると悲しまれます。現に我が教皇はグルウペ様から“オリゾンの武闘大会で信者が傷付くのは悲しい”とおっしゃったそうです。私も、このような大会で人が傷付くのは耐えられません。人には言葉があるのです。信じあえるのです。絶対に争いはなくせます」
……煽ったのあんたじゃん。
闘技場の前で二十代半ばくらいの誠実そうな男性が熱心に演説していた。純白の神官服が嫌味なくらい似合っている。演説に聞き入っていた十数人の男女が、感銘を受けたのか涙を流していた。
52号を拘束していたマジックアイテムを解除して、男に近付いていく。
「演説の最中すいません。こちらの方がうちの領地で迷子になられていたので、お連れいたしました」
52号を差し出すが、男の表情に焦りは見えない。俺がこいつを連れて来たと言う事は、オリゾンに企みがばれたと言う事である。それにもかかわらず、男は穏やかな笑みを浮かべているのだ。その笑みは無邪気としか言いようがない。
「わざわざすいません。彼は好奇心が旺盛でして、噂に名高いボーブルを自分の目で見たかったんだと思うんですよ」
52号を見る目は、信じられないくらいに優しい。まるで迷子になっていた幼子を見つけたような目だ。
……俺はまだどこから来たとは言ってないんだけどね。でも、この事実を突きつけるのはまだ早い。
「事前に言って下さったら、ご案内しましたのに」
男に微笑みかけながら鑑定をする。その目は赤子のように澄んでおり、あんな計画に関わっているなんて誰も信じないだろう。
鑑定結果 トロイアー・フント グルウペ教国 教皇直属アサシン アサシン隊隊長 年齢三十五歳
鑑定結果を見て背中に寒気が走った。アサシンの隊長って事は、トロイアーも人を殺した経験があるはず。それにもかかわらず、子供のように無邪気な笑顔を浮かべているのだ。
三十五歳って事は、俺が転生した時の年齢と一緒である。穢れない笑みを浮かべられる中年。自分の手を汚した事があるのに、神の功徳を唱えられる神官。どっちも矛盾している。
「そうしたかったのですが、伝手がありませんでしたので」
いや、嘘だ。あんな用意周到な作戦を行うには、協力者が必要だ。多分、本領の商人辺りに協力を頼んだんだと思う。
「そうですか……それと何も言っていないのに、良くボーブルから来たと分かりましたね」
とりあえず、トロイアーにかまをかけてみる。これで化けの皮が剥がれてくれれば有難いんだけど。
「ジョージ様、全てはグルウペ様の思し召しですよ。貴方も熱心にグルウペ様に祈って下さい。絶対に幸せが訪れますよ」
やっぱり俺の事を知っていたか。そのうえで平然と白を切ってみせたと……。
トロイアーの目はどこまでも澄んでいて、グルウペの存在を一切疑っていない感じがする。
グルウペ様の思し召しだから暗殺も正しい行いだと信じているんだろう。
「心に留めておきます。ちょっと疲れましたので、失礼いたします」
得体の知れない相手に恐怖を感じたらしく、背中が冷汗でぐっしょりと濡れている。朝の戦いより、トロイアーの相手をする方が何倍も怖かった。
(これで対人戦が終わる……いや、始まったんだ)
背中にトロイアーの粘つくような殺意が纏わりついてくるのが分かる。いつか、こいつと戦う日が来るのかも知れない。
「さて、私もお暇するとしましょう。皆様、私の話を聞きたくなったら、いつでも歓迎しますよ。悩み、苦しみ……殺人の懺悔なんでもお聞かせください」
前言撤回、こんな厄介な奴とは敵対したくないです。あんな腹黒と渡り合えるのは爺ちゃんやホートーレベルじゃなきゃ無理だ。
「ジョージ、お疲れさん。後始末は任せておけ」
闘技場から離れるとホートーが声を掛けてきた。後始末、つまり俺が捕縛した民衆の処断だ。甘くすればまたグルウペに付け込まれる隙を生むし、厳しくすれば民衆に反感が生まれてしまう。
「報告書は後日あげます。さすがに疲れました」
少しでも気を抜くと殺したアーチャーと魔法使いの顔が目の前にちらついてしまう。正直、吐くのを我慢するだけで精一杯なのだ。
「ゆっくりで良いぜ……ジョージ、高校生になるまで大人しくしていろ。お前に反感を持つ貴族が増えたし、グルウペもお前の動きに注視しているみてえだ」
出る杭を打ちたくなるにはどこの世界も同じらしく、王様には俺の誹謗中傷が増えているそうだ。どれも難癖みたいなものばかりだから、王様も相手にしていない。
しかし、このままでは強引にでも俺の足を引っ張る輩が出てくる危険性があるとの事。
◇
自室に戻ると、どっと疲れが押し寄せてきた。戦闘とはいえ、人を殺してしまった、その事実が心に重くのしかかる。
(あの二人にも家族や大事な人がいたんだよな……それを俺が奪ったんだ)
目の奥がチカチカし、嘔気が押し寄せる。
「ジョージ、お帰り……って、あんた顔色がやばいよ」
着替えを持ってきたカリナが、駆け寄ってきた。
「俺、人を殺したんだ……殺人犯になっちまった」
俺は汚い大人だ。心のどこかで、こういう風に言えばカリナが慰めてくれると分かっていて弱音を吐いている。でも、カリナの顔を見た途端、抑えていた弱音の堤防が決壊してしまったのだ。
「ボルフ先生から話は聞いてるよ……あんたは、いつも無理をし過ぎなんだよ。虫を殺す事さえためらう人間なのに」
カリナの優しさが心に沁み込んで、涙腺まで決壊してしまう。おっさんが中学生の女の子に優しさを求めて泣いているのだ。
「悪い……今だけ、今だけ泣かせてくれ」
カリナは何も言わず、そっと俺を抱きしめてくれた。少女特有の甘い匂いと優しい温かさが俺を包む。心地良い甘さに酔いしれていると、首筋に微かな痛みが走った。
「あの、これはつい……ご、ごめん」
カリナは自分で何をしたのか気付いた途端、一目散に部屋から飛び出していった。鏡を見ると首筋に小さな噛み痕が残っていた。
◇
同刻。オリゾン城にあるホートーの執務室には、ジョージの父親アランとマリーナの父親リヒトの姿があった。
「アラン、なんで呼ばれたか分かっているな」
ホートーから普段のおちゃらけた感じが消え、断罪者としか言いようのない圧迫感でアラン達に接している。
「愚かな賊が王都で暴れたと聞いております」
アランが聞いたのはアコーギ領の民が王都で叛意を翻しジョージが鎮圧したの噂。事実を確認しようにも、肝心の息子は何も報告をせずに帰領してしまったのだ。
「言葉は正確に使え。お前の圧政で苦しんだ民が武力蜂起した。もし、諸外国の要人に被害が及んだら、多額の賠償金を支払わきゃいけないし、オリゾンの信用も地に墜ちる。それを防いだのはボーブルの領主ジョージ・アコーギだ。要件から先に言わせてもらう……ジョージ・アコーギとマリーナ・ライテックの婚約を白紙に戻す。良いな」
当の本人であるアランは、何を言われようと口をつぐむしかない。しかし、リヒトにしてみれば納得がいかない。婿が武功を挙げたと言うのに、娘との婚約が破棄になってしまうのだ。
「ホートー様お言葉ですが、この度の反乱と娘の婚約は無関係ではございませんか?」
武人一筋できたリヒトは、心のどこかでホートーの事を侮蔑していた。娼館に通い鍛錬も碌にしないのだ。
「先日、フェルゼン帝国のコルレシオン公爵の嫡男ジンガ様とお話する機会があった。そのさい“ジョージ君ほどの才能ある人物には、傍で支える人材が必要ですよね。でも、今の婚約者には荷が重すぎると思うんですよ。僕個人としてもジョージ君には幸せになって欲しいですし”との事だ。他にもコーカツ、イジワールの二大巨頭に加えゴルド公爵やランドル共和国からも婚約破棄をするべしとの申し出があった。ここまでくれば、国としては無視できないのさ。言っちゃなんだが、マリーナ・ライテックはジョージを支える気がないだろ?あいつより俺の方がジョージと親しいと思うぞ」
ジョージは国内外で重要視されている。不思議な知識を持っているうえに、神使とも契約をしている。それにもかかわらず、欲が薄く味方になれば敬意を持って接してくる。既存の勢力としては、味方に取り込むにはうってつけの人物なのだ。
「む、娘の意見を聞かない事には……」
ジョージは武人一筋できたリヒトでさえ、驚愕するような人物を味方につけていた。もし、ジョージとマリーナが結婚すれば、リヒトの悲願であるライテックの復興も容易い。
「その娘がジョージを毛嫌いしているから問題なんだよ。婚約破棄をすれば外国からの内政干渉に屈したともとられる。それを補って、余りあるくらい意味のある事なんだよ。さっき確認したら、婚約届けの書類に不備が見つかった。よってジョージ・アコーギとマリーナ・ライテックの婚約は無効とする」
ホートーはマリーナ自らジョージを口説き落とせたら、また婚約を結べるぞとつけ加えた。それが無理なのはリヒト自身が良く知っていた。何故ならリヒト自身が家庭内でジョージの事を批判していたのだ。
◇
ホートーから、手紙が届いた。内容は俺とマリーナの婚約が解消になったそうだ。書類に不備があったらしいが、実情は言い掛かりに近い物らしい。
「高校に入学するまでは、仕事も女も派手に動くな……ですか。仕事はともかく女性関係は無いに等しいんですけどね」
まあ、婚約者と別れた直後に他の女といちゃついていたら、変な誤解を生んでしまう。
「どの口が言うんだか……とりあえず、その首筋の嚙み痕は隠しとけよ。ホートー様はカリナの嬢ちゃんが面倒事に、巻き込まれるのを防ぎたいんだと思うぜ」
カリナは、各国の有力者の庇護を受けているし、ホートーの婚約者であるラフィンヌさんの友人でもある。
「そうだ、ロリコン親父……じゃなかった丈治。前にアニエスさんがお前の事をマリーナさんに聞いたら“あの人は本物のジョージ様じゃない”って言ったそうだぜ」
谷君、今のは言い間違えってレベルじゃないよね。いつか特大ブーメランをぶつけてやる。しかし、本物のジョージ様じゃないか……それなら何であそこまで嫌われていたか納得できる。
「谷、運命の相手っていると思うか?」
普通、こんな話をしたら鼻で笑われると思う。口説き文句にしてもくさすぎだ。
「俺は運命論者でないから、信じない。運命なんて信じてたまるか」
運命を肯定したら、谷の彼女は悲しい運命を背負って生まれてきた事になってしまう。
「……もしかして、マリーナの運命の相手って本物のジョージかも知れないって思ったんだよ。だから俺に言いようのない嫌悪感を持ったのかなって」
それならマリーナにとって俺はあんこ味の肉まんみたいなもんだ。体はジョージなのに、中身は全く別人のおっさん。ジョージとマリーナが魂で結ばれているとしたら、マリーナが俺を嫌うのも頷ける。
「でもお前を嫌わせようとしている第三者がいるんだろ?そいつの行動が無意味になっちまうぜ」
ボルフ先生の言う通り、どっちか片方の推測を否定してしまう。
「まっ、これで一つ肩の荷が下りた事は確かですよ。春までは現状維持でいきます」
魔族対策に加えてグルウペも警戒しなきゃいけないんだ。今は力を蓄えよう。
これで中学編は終わりとなります。本当なもっと短い物になる予定でしたが、この長さになりました。
嫌われ者始めました三巻は四月末発売です




