勇者の名は
ジョージ・アコーギとして生きる事を決めた俺は前にもまして政務に励んでいた。泣き言や愚痴を言っても現状は変わらない。自分の人生は自分の手でしか変えられないのだ。
前言撤回、ある報告書を見た途端、俺の胃がシクシクと痛みだした。原因はカリナの姉スノウに関する報告書。スノウ・アイビス御年十六歳。対するベガル・コルエシオン二十二歳。スノウさんの好みは優しい人で嫌いなタイプは乱暴な人と貴族。ベガルさんは公爵家の次男で性格は優しいけれども、照れ屋な為、口数が少なく怖い人だと誤解されやすいそうだ……ベガルさん、この恋スタート前から難度が上がってしまう。
スノウさんが貴族を嫌うのは、男性貴族に無理矢理迫られたかららしい。
スノウさんを狙ったのはエロ・カッパー、カッパー子爵の嫡男。カッパー家はゴルド公爵の一族で、独裁的な領地運営をしているそうだ。
つまりベガルの恋を応援すると、もれなくゴルド公爵に睨まれてしまうと。
(スノウさんがベガルの事を気にいってくれたら、万々歳なんだけど、難しいかもな)カリナのお姉さんだから幸せになって欲しい。下手な男ならエロ・カッパーに対抗出来ないが、ベガルさんなら余裕で勝てる。しかし、どうやってあの口下手純情青年をアピールすれば良いんだろうか?一番の問題はベガルが恋に臆病になっている事だ。
恋人がいたとはいえ、俺も恋愛上手な方ではない。頭をフル回転させていると執務室のドアがノックされた。
「谷崎です。ジョージ様に、ご報告があってきました。お邪魔してもよろしいでしょうか?」
大病院に勤めていただけあり、谷は礼儀がしっかりしていた……ただし、周りに人の目がある時だけだけど。
「入って良いぞ」
ゆっくり音をたてないようして扉が開く。開けたのは愛想笑い全開の友人。そして扉がしまったのと同時に谷の顔から愛想笑いが消えた。
「丈治、しかめっ面して便秘でもしたのか。希望するんなら、どぎつい下剤を処方してやるぞ」
友人ながら、見事な変身ぶりである。素の顔に戻った友人に報告書を手渡す。
「スノウ・アイビスに関する報告書だ。しかし、エロガッパとは、笑えない名前だよな」
カッパー家はゴルド公爵家の分家らしいから、まだ納得できるけど、エロって名前はまずいだろ。
「お前知らないのか?エロってフランス語で英雄って意味なんだぞ。もっともカッパーが銅って意味だとする英語になるから辻褄が合わなくなるけどな。でも神使のアールツトはイタリア語で医者だし、医神のメドサンもフランス語で医者って意味なんだぜ。この世界は俺達が住んでいた世界と何らかの関係があるのかもな」
谷の言う通り、地球とレコルトで発音が同じで、似たような意味を持つ言葉が多すぎる。最初はゲームの世界だからと納得していたけど、地球とレコルトに何らかの関係があるのかもしれない。
そして名前と苗字で語源が違う事は説明出来る。グルウベ以外の三国オリゾン・ランドル・フェルゼンの国交は盛んだ。そして国際結婚する貴族も少なくない。
俺の経験ではオリゾンは英語とイタリア語を語源とした名前が多く、そしてランドルにはフランス語、フェルゼンはドイツ語が語源となった名前が多いと思う。外国からやって来た伴侶が名前を付けたとしたら、苗字と名前の語源が違うのもおかしくはないと思う。まあ、思いっきり仮説だけど。
「かもな。でもそれを調査立証したところで一文の得にもならないぞ。それで何の報告なんだ?」
今のところミケはレコルトと地球の関係について、何も明言していない。知らないのか、それともわざと言わないのか……下手に首を突っ込んだら好奇心は猫を殺すじゃなく、好奇心で猫に殺されるって事になるかもしれない。
「その辺は分をわきまえてるさ。ほれ、領主様この人達は妊娠しているから産休を頼むぞ」
谷の鑑定は医療に特化しているだけに妊娠も分かるそうだ。それは有り難い。有り難いけど……。
「おい、おい。人数が多くないか?こりゃホームキーパー部門の職員を募集しないと仕事が回らなくなるるぞ」
ベガルの恋愛、ゴルド公爵のお茶会に加えて職員不足にも頭を悩ませなきゃいけないのか。
◇
こうも問題が山積すると俺一人じゃ解決出来ない。またもや緊急会議の開催です。
今回会議に参加してもらったのは、いつものメンバーに加えてオデットさんと谷の二人。オデットさんは実質ハウスキーパー部門を統括しているし、谷には産休に入る職員が多い事を報告してもらう。
「最初の議題ですが、俺が招待されたゴルド公爵のパーティーです。アサシンギルドに調べてもらったところ、外国の要人も多く招待されている事が分かりました。ランドル共和国からランドル公爵家。フェルゼン帝国からコルエシオン公爵家とファルコ伯爵家も招待されています。ちなみにラフィンヌ様とイリス様もパーティーに参加するそうですよ」
ラフィンヌ様がオリゾンに来る事が決まり、ホートーは娼館の予約をキャンセルしたらしい。ランドルとも縦貫道路で繋げば、ホートーのお遊びが減ると思う。
「ラフィンヌ様だけでなく、イリス様も招待されているのか?……お前も呼ばれているって事は、誘拐事件と当家は無関係で事件の当事者とも良好な関係を保っていますよってアピールしたいんだろうな」
俺もボルフ先生の考えと一緒だ。ゴルド公爵は犯人が領地を通過しただけで、誘拐事件に巻き込まれたと言っても過言ではない。しかし、あの一件で爺ちゃんを始めとする奴隷反対派の株が上がりまくった。奴隷推進派のゴルド公爵としては、事件の当事者に参加してもらう事で、少しでも面目を保ちたいんだと思う。
「しかし、オリゾンにはベガルがいるんだぞ。イリス嬢と顔を合わせるのは、流石にまずくないか」
ベガルやイリスさんと同国人のミューエさんにしてみれば気が気でないだろう。下手したら貴族間の争いになってもおかしくない話なのだ。
「この間ファルコ伯爵から聞いたんですけど、コルエシオン家から婚約解消の申し出があったそうですよ。なんでもベガルさんたっての希望だそうです……俺としてはファルコ伯爵夫人のお気持ちが心配なんですが」
ベガルが婚約を破棄したのは、スノウさんに惚れたからだろう。報告によると、ベガルは食事も喉を通らず、鍛錬にも身が入ってないらしい。庭の隅で花占いをしている姿も目撃されている。
ベガルには俺のガードをしてもらうって名目で、スノウさんと接する機会を増やそうと思う。進展が少しでも見られたら、カリナとのダブルデートも考えよう。
そしてムー君ことムート・ファルコ伯爵はサユリママに会う為だけに、ボーブルを訪れている。昔の恋人に会えて嬉しいのは分かるが、密会現場の領主としてはもう少し自重して欲しい。
「それなら心配ない。ムート様は独り身であらせられる。子供が成人したのと同時に奥様とお別れになったそうだ」
元々政略結婚だった事もあり、夫婦仲は随分と冷えたものだったらしい。もっとも、貴族の夫婦は、仲の良い方が珍しかったりする。
「ジョージ様、ゴルド公爵に贈る腕時計は用意出来たのですか?ゴルド公爵は腕時計の価値は分からないと思いますが、ケースには気を使わないといけませんよ」
サンダ先生の言う事はもっともだ。しかし、ゴルド公爵に贈る腕時計は安物だから、ついてきたケースもしょぼい。だから俺は特別なケースを準備した。
「その辺はぬかりありませんよ。これに入れて贈ります」
俺が準備したケースをテーブルの上に置くと、一部の人達からは“こんな薄く真っ白な陶磁器があるのですか”や“こんなに美しい赤や緑色をした金属が存在するんですね。しかもこんなに薄く延ばせるとは驚きです”と感嘆の声があがった。そしてある人物からは……。
「丈治、これはカップ麺の容器だろ。中に入っているのはキャンディーやチョコの包み紙だし。どう見てもゴミだろ?」
この中でカップ麺の容器を知っているのは谷くらいだ。
「ただの容器じゃないんだぞ。絆の神リヤン様の第一神使ミケ様がお使いになられたやんごとなきカップ麺の容器なんだぜ」
しかも西洋貴族が大好きなオリエンタルなデザインだ。絶対に喜ぶはず。
「お前、産休中に支払う給料の分を浮かせようとしてるだろ?既に聞いていると思いますが、近々ホームキーパー部門の職員が十数人産休に入ります」
「谷の言う通り、新しく職員を募集しなくてはいけません。それとロッコーさん、これを見てもらえますか?」
緊急に作った企画書をロッコーさんに手渡す。
「高校入学支援制度ですか……中学校なら分かりますが、高校まで支援する必要はないと思いますよ」
オリゾンで高校まで進学出来るのは、極限られた人間だけだ。
「これはある人間をボーブルに引き抜く為の制度です。俺は腕時計を贈る代わりにゴルド公爵の地を見学させてもらおうと思います。そしてある人物と接触をはかろうと思ってます。目指すのはゴルド公爵領バウム村……接触するのは勇者シロー・ヨリックとその幼馴染みアイン・ルーベス。魔王軍より先にアインと接触して、ボーブルに引き入れます」
勇者は王国騎士団の名簿を調べる事で名前が分かった。しかし、シロー達の住むバウム村はゴルド公爵領内にあるので今まで接触出来なかったのだ。




