新しい神使登場 契約にも差がありました
温かい雫が額に落ちてきた。
(誰か泣いているのか……粉?)
誰かの涙かと思ったら、次に落ちて来たのは、パラパラとした粉っぽい物。
(ここはボーブル城………そうか、戻ってきたのか?)
目が覚めるとそこは俺の自室だった。そして上を見ると見知らぬ天井ではなく良く知ったドラ猫が宙に浮いている。既視感が半端ないっす。ミケはマタタビ酒を持ちながら、俺が贈った高級カリカリを食べていた……。
「他人の額に食べかすをこぼすなよっ‼」
涙だと思ったのはミケが零したマタタビ酒だったらしい。感動のかの字もない最悪な目覚めである。
「カリカリも値段が高いとうまいもんやな。マタタビ酒のいいあてになるで」
ミケはそう言うとカリカリを勢い良く口に放り込んだ。続けざまにマタタビ酒を飲んだかと思うと盛大にげっぷを出す。
「わざわざ土産の感想を言いにきたのか?」
言外に随分と暇なんですねと嫌味を込めてやる。日付は確認出来ていないが、下界の年末年始は大忙しなのだ。
「儂はそんなに暇やないで。お前の友人に神使を紹介しにきたんや。向こうから連れてきた奴をここに呼んでもらえるか?」
「分かったよ……その前に向こうで騒動になってないか心配なんだけど」
家族とはきちんと別れる事が出来たけど、周りの人には俺が突然いなくなったように見えるのだ。
「儂がそんなへぼいミスをすると思うか?きちんとダミーの死体を転移しといたで。これで生命保険もばっちりや」
「随分と生々しいアフターケアだな。それじゃ、呼ぶぞ」
枕元に置いてあるベルを鳴らして人を呼ぶ。ベルを鳴らすと、控えの間にいる人が来てくれる事になっている。普段なら、誰が控えの間にいるか把握しているが、転移してきたばかりで当番が誰か分らない。誰が来るかは分からないけど、久し振りの領主との再会を喜ぶはず。
俺が日本へ転移したのは、十二月の二十五日。二週間経っていたとしたら、今日は一月の七日だ。つまりは年末年始の過密スケジュールをワープ出来た事になる。これは仕方がない。日本への転移 は可愛い妹を救う為だったし、日本から役立つ物を沢山仕入れてきた。年末年始の仕事よりも貴重な成果だと思う。
「心配を掛けましたね……って谷かよ?」
部屋に入って来たのは一昨日別れたばかりの友人。ちょっと肩透かしをくらったれけども、騎士やハウスキーパー隊にミケを見られるのはまずいから谷が来てくれたのは、手間も省けたのでラッキーだ。
「俺はお前の主治医に任命されたから、隣の部屋に控えていたんだよ……しかし、間違いなく丈治だな。転生したってより、若返ったって言った方が納得できるくらい変わってないぞ。転生したらイケメンになったり、特殊な力に目覚めるのがお約束なんだけどな」
谷はそういうとニヤリと笑った。ちなみに谷に持たせた手紙には“腕の良い医者なので、城で雇います”と書いておいたのだ。城の医者=俺の主治医となったんだろう。
「変わったのは貴族になったくらいさ。話は変わるけど、お前にも神使がつくんだってよ。ちなみに俺の神使はそこに浮かんでいるミケだ」
俺が指さすと頭上にいたミケがドヤ顔しながら俺達の目線の高さまで降りてきた。ミケの大きさは1メートルオーバーなので、間近でみるとかなりの迫力がある。
「儂がミケや。これからよろしゅう頼むで。ジョージ、これを持ってくれるか?それは儂のカリカリやから、勝手に食うたらあかんで」
ミケはそう言うと、俺にマタタビ酒とカリカリを手渡してきた。言われなくてもカリカリは食べません。しかし、マタタビ酒は良い匂いがしている……そう、ミケが食べるなと言ったのはカリカリだけで、マタタビ酒を飲むなとは言っていない。転移してきたばっかりだし、今日はマタタビ酒を飲んで自主休業にしよう。しかし、マタタビ酒に口をつけようとしたら、誰かにビンごと奪われた 。
「丈治、未成年の癖に医者の前で酒を飲もうとするとは、良い度胸をしているじゃねえか」
マタタビ酒を奪ったのは、本日付けで俺の主治医になった谷崎雄一さん。
「俺が未成年じゃないのは、お前も知ってるだろ?」
体は中学生だけど、中身は三十五歳のおっさんである。酒の飲み方くらいきちんと心得ている……ここにくるまで、数々の失敗を繰り返してきたけど。
「中身はおっさんでも、今のおまえの体は成長期の中坊なんだぞ。未成年の体にはアルコールは毒なんだよ」
俺の主治医厳しくないか?まあ、友人に貴族扱いされるよりはましだけど。
「おーい、そろそろ谷はんの神使を呼んでもええか?……さあ、アールツトはん出番やで」
あれ?俺今まで呼び捨てにされてなかったっけ。旧友といい神使といい俺の扱いが悪くないか。
ミケの呼びかけに応えたかのように、淡い光の球が現れた。同時に荘厳な音楽が流れてくる。
そして光の球の中から真っ白な翼を持った男性が姿を現した。四十代前半くらいの渋い白髪のイケメンである。
「ミケ様、お呼びによりアールツトまかりこしました。我が名はアールツト、医神メドサン様に仕えし神使なり。医に従事せしユウイチ・タニザキよ。異世界で培った力で、レコルトの民を救うならば、我が加護を与えん」
アールツトは低く渋い声で谷に話し掛ける……なんか、俺の時とノリが違い過ぎるんですけど。谷はアールツトの言葉を聞くと、その場に跪いた。
「こちらの世界の事は何も知らない若輩者ですので、よろしくお導き下さい。一つお聞かせ下さい。医療の神様がいらっしゃられるのに、なぜ病原菌を滅ぼさないのですか?」
「病原菌は人の価値から見た一方的な呼称である。そしてウィルスも一つの生命。人が自ら解決の手段を見つけたのならば問題はないが、神が一方だけを贔屓する訳にはいかないのだ。人に害があるからと言って、ウィルスを根絶すれば自然界のバランスが崩れる。さすれば人に害が及ぶ危険性もあるのだ」
あれか、草食動物を保護する為に肉食獣を駆除したら、草食動物の数が増えすぎて食べる草が無くなり全滅してしまいましたってパターンになるのか……でも、待てよ。医療行為をするのは人間くらいだ。なんで自然界に配慮する必要があるんだろう。疑問に思った事を考えていると、ミケが近付いてひそひそと話しかけてきた。
「さっきの音楽といいメドサン様達気合いが入っとるな。信者が少ないと、肩身を狭い思いをするんやで。メドサン様の信者は少なくなったから、自然を司る神相手にはあまり強くでれんのや」
レコルトでは怪我や病気を治す時は、治癒魔法が一般的で医者に掛かれるのはごく限られたお金持ちだけである。その所為でレコルトでは医療の発展が遅れているのだ。
それに加え、医神メドサンを信仰して得られる加護はヒール等の医療に関する物ばかりだけど、水神ハイードロや農耕神ラブーレを信仰すればヒールの他にも様々な加護を得れるとの事。それでも医療技術の発展していた頃は信者も多かったそうだ。しかし、フライングシップ同様、魔王ミステリーオとの争いで、その大半が失われたらしい。必然的にメドサンを信仰する人間は少なくなったそうだ。
対して自然を司る神には水神ハイードロ等人気の高い神が多く、メドサンの申請は却下される事が多いらしい……神使の世界も世知辛いんだな。
「でも、レコルトには盲腸を治す手段がないんだろ?外科や風邪はヒールで対応できるだろうけど、医療行為に対する潜在的な需要は高いんじゃないか?」
「どんなに優れた治療方法を知っていても、それを行える腕がある医者がいないと宝の持ち腐れやろ。来期で部門縮小の話もあるから、是が非でもアールツトはタニはんと契約をしたいんやで」
メドサン達にとって、日本で医療を修めた谷は喉から手が出るほど欲しい人材なのだろう。部門縮小って、神使の世界もシビアだな。
谷の契約が終わったみたいので、鑑定してみる。
鑑定結果 名前:谷崎・雄一 種族:猿人 性別:男 身分:ボーブル城典医 年齢:三十五歳 能力:レコルト言語翻機能・レコルト基礎知識・医療技術・鑑定(医療用)・普通免許(マニュアル、オートマ)・医神の恩恵(人の命を救う度に寿命が少し伸びる)
……恵まれ過ぎじゃねえか。ミケに聞いてみると、谷に少しでも長生きして欲しいと言うメドサンの思惑だそうだ。伸ばせる寿命には限界もあり、エルフと同じくらいとの事。
「そう言えば今日が何日か分かるか?向こうに二週間いたから、一月七日だと思うんだけど」
「メドサン様から早くタニはんを連れて来て欲しいと頼まれての。時空列に干渉したんや。せやから今日は十二月の二十七日やで」
何でも谷を一度スキャンした時にメドサンが谷の事を知ったそうだ……って二十七日!?年末の真っ只中じゃないか。
俺が日本に転移したのは二日前である。俺を待っていたのは再会の涙を流す人ではなく、大量の書類を抱えた人達であった
◇
たった二日間で溜まっていた書類に目を通すと、何点か気になる報告があがっていた。
まず、ドラゴンを狙っている冒険者がうちに目をつけたらしく、しきりに嗅ぎまわっているそうだ。
次に年明け早々フェルゼンからベガル・コルエシオンが派遣されてくるそうだ……帰還早々、頭を悩ませる問題が勃発です。
あれこれ対策を考えていたら、ドアがノックされた。規則的なリズムで叩かれており、礼儀を知っている人物だと分かる。
「へー、真面目に領主してるんだな。感心、感心」
しかし、入って来たのは領主礼儀とは無縁の人物。まあ、対外的な礼儀がきちんとしていれば問題はないと思う。
「真面目にやらなきゃ滅亡END一直線だからな。それで転移した人達の様子はどうだ?」
谷からのアドバイスで日本から帰って来た人達の帰宅を一時的に待ってもらった。こっちにないウィルスを持ち込んだらパンデミックを起こす危険性があるそうだ。
「鑑定って便利だな。何かに感染してないかとか、一発で分かるんだぜ。全員、健康そのものだから帰宅指示を出したぞ。ところで、アミちゃんはいつ帰るんだ?完治はしているけど、再発を防ぐ為のアドバイスを伝えたいんだけど」
「今、手紙を出したよ。でもすぐに帰れる可能性は低いと思うぞ。こっちで盲腸が治ったって前例が少ないから、しばらくはうちにいると思うな」
日本なら、医者が治りましたって言えばみんな信じるけど、アランは簡単には信じないだろう。数カ月ボーブルで暮らして元気だと分かればアコーギ城に戻れると思う。
「貴族か。優雅な世界だと思っていたら、結構大変なんだな。それと頼みがある。データ集めを兼ねて大規模な健康診断を行いたいんだ。サンプルにするから人数、人種、年齢幅広く行いたい」
健康診断か。確かにそろそろ導入したいと思っていたけど。
「なんのサンプルにするんだ?それと助手として使いたい人数や必要な物品を一覧にしてだしてもらえるか?」
「正常が分からないと異常が分からないだろ?だから人種による平均体温や血圧の違いを知りたいんだよ」
谷の話によると、地球にいる人間でもコーカソイドとモンゴロイドでは平均体温が違うそうだ。
「分かった。平均値をすぐ見れるように、データベースを作っとく。年が明けたら時間を見つけて、こっちの有力者にお前を紹介しに行くからな。それと神使と契約した事は内緒にしておいた方が良いぞ」
これから谷もパソコンを弄る機会が増えるだろう。見られたくない物には、がちがちにプロテクトを掛けてやる。
◇
ミケが丈治と別れた後、向かったのは簡素な木造の部屋であった。作られて幾年も経っているらしく、壁や床が飴色に変色している。その部屋では白髪の男性が机に向かい一生懸命なにかを作っていた。
「リヤン様、第一神使ミケ今戻りました」
ミケは普段のおちゃらけた態度とは真逆の生真面目態度である。男性の名はリヤン。ミケが仕えている絆の神である。
リヤンは作業していた手を止めると、ゆっくりと振り向く。その表情は優しくミケを労わっている事が分かった。
「ご苦労様。彼の様子はどうでしたか?」
彼とはミケが契約している猿人・榕木丈治の事である。第一神使のミケが人と契約をする事自体が異例なのであるが、神であるリヤンが一個人の名を覚え気に掛ける事も普通はありえないのだ。
「一度日本に戻した事で故郷に対する未練がのうなったようです」
ミケの返答を聞いたリヤンは髪と同じ白い眉毛を八の字にし顔を曇らせる。
「ミケには色々と辛い思いをさせるね」
リヤンは深い溜め息を漏らすとミケに向かい深々と頭を下げた。
「リヤン様頭をお上げ下さい。丈治には悪いですが、なんとかせんとレコルトが滅んでしまうやないですか」
「でも、榕木君はこの世界の人間じゃないよ。それを自分達の都合で喚んだのは私達だ。出来る事はしないといけない。榕木君にこれを渡してもらえるかい?」
リヤンがミケに手渡したのは細い糸で編まれた腕輪であった。




