3 アイドル・スキャンダル!
「また大沢木君は無断でお休みですか」
たずねられた日和は、むずかしい顔をして型を保ったまま沈黙している。
「春日君?」
「師匠。オレはどうしたらいいんでしょう」
めずらしく真剣な顔をしている。
「気にやむことではありません」
友達である大沢木のことをそんなに心配しているのかと、いたわりの言葉をかけるあえか。
「オレにとっては人生を決める選択です」
「そんなおおげさな。いかに近しい間柄とはいえ、人はひとりの個人です。お友達の関係をつづけていけばいいではないですか」
「師匠」
はっ、とした顔であえかを見上げる日和。
「浮気をゆるしてくれるんですね!」
初動作もなくとびかかってきた腕をはらうと「沸っ!」と拳がめりこんだ。
眼球を飛びださせ、うしろ向きに吹きとぶ日和。
ずさーーーーーーーーーーッ
ていねいにみがかれた床はよく滑る。
「……なして?」
むくりと起きあがってほほを押さえつつ、涙目になって訴える。
「フゥ。普段はろくな動きもみせないのに、あなたの才能は本能と直結しているのですか?」
「馬鹿じゃないの?」
みすずが横からせせら笑う。
「あえかさんがあんたなんか相手にするわけないでしょ」
「馬鹿め、みすず」
日和は痛むほほをゆがめて笑った。
「奇跡は二度起こるのさ」
「あえかさん、打ち所がわるかったみたい。もう一発おねがいします」
「てめぇ……ゆるしてください」
日和は床に手をついてあやまった。
「それで、なにを悩んでいたのですか?」
「師匠と香月ちゃん、どちらを本妻にしようかと――」
「パンチ!!」
はれたほほと逆側にグーがめりこむ。
「あえかさん、代わりに殴っておきました!」
「腰の入ったいい突きです」
嬉々として報告するみすずに、満足げにうなずくあえか。
両サイドのほほを膨らませ、女2対男1の状況を悲観する日和。やはりいっちゃんは必要だ。
「なんでおまえが殴る!」
ふんっ、とそっぽを向くみすず。
「わたしの勝手でしょ」
「他人の勝手で殴られてたら毎日おそろしくて外でられんわ! 謝罪しろDVオンナ!」
「あえかさん、この型ってこうでしたっけ」
「ええ。それで合っていますよ。いい調子です」
「いっちゃーーーん! オレにはおまえが必要だーーー!!」
パシャッ!
「え?」
聞き慣れた音に、まっさきに反応したのはみすずだった。
「どうされましたみすずさん?」
「いま、だれかが……?」
不安そうにキョロキョロと、周りを見渡す。
「あえかさん、なにか聞こえませんでした?」
「わたし、ですか?? 春日君のわめく声以外とくには」
「ちくしょー! どうして世間ってヤツはオレに冷たいんだーーーッ!!」
パシャッ!
「また!」
サッ、とあえかのうしろに隠れるみすず。
怯えている。
「私にも聞こえました。カメラの音ですね」
あえかは開けはなたれた道場の窓をすばやく見てとり、みすずをかばうように体をひろげた。
「だれです! 出てきなさい!」
「うおおぉーーーん!!」
「そこっ、うるさい!!」
ビリビリと空気をふるわせる怒声に、地面に手をついたまま固まる日和。
しん、とした道場に、外からセミの声だけがひびく。
「出てこないなら――春日君!」
「はいっ」
直立不動で起立。
「見回ってきなさい!」
「イエッス! マム!」
ドタバタというさわがしい靴音が外でおきた。
一方、ピシリと敬礼し、軍隊の行進のように両手をふって外へ出ていく日和。
外の靴音は離れていく。
「あれでは追いつけませんね」
嘆息するあえか。
「みすずさん、今日は早めにあがるとしましょう」
「……うん」
気落ちするみすず。
「ひょっとして、どこかのパパラッチにバレちゃったかな」
心配げな声に、あえかはほほえみで答える。
「それがどうしたというのです? あなたは私の門下生なのですよ」
「あえかさん……」
やわらかく抱きしめるあえか。
その光景を、隠れてみている影があった。
「ちくしょう。どうして師匠の態度があんなにちがうんだ」
日和が不毛にくやしがっていた。