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勇者ですがハーレムがアホの子ばかりで辛いです  作者: 鹿角フェフ
第四章

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77/90

閑話:『天意降臨』

※注意

今回更新した話は第四十六話の後の話になります。

クリスマス短編の差し替えとして四十六話を入れてありますので、そちらをお読みでない方はそちらから御覧ください。

 バレスティア帝都首都アストルム。帝国病院特別病棟。

 国内でも一定以上の地位につくものしか利用を許されない、国内最先端の医療技術を持つその医療機関。

 最上階に位置する厳重に監視された一室にて、包帯によってぐるぐる巻きにされた男が一人苦痛に呻いていた。


「う、ああ……」

(何故だ……? 何故こんな事になった?)


 喉が潰れているためか、それとも苦痛によるものか、先程より男の口から漏れるは言葉にならない唸りでしか無い。

 四肢が切断されているのか、本来それがあるはずの場所には奇妙な管が何本も取り付けられているだけで、その風貌も相まってまるで奇妙なオブジェクトの様だ。


(あれは、あの化け物はなんだ? あんな奴が……)


 男の容態はかんばしくない。四肢の欠損、更に体表組織の焼失。臓器の破損、不全。免疫力低下による感染症、体内魔力生成機関の壊滅的損傷。

 彼が現在も生きながらえているのは、勇者であるというその一点のみに尽きる。

 だが勇者といえども、そのベースは人間だ。

 如何に甚大な魔力と生命力を有していようと限界は訪れる。それどころかこの状況においてもなお生存している事が奇跡であった。


 呼気は乱れ、先より彼の周辺に設置された生命維持の為の魔導器は危険信号を発している。

 既に医者や高名な魔法使いも匙を投げている。

 バレスティアの中枢が攻撃され、国内が未曾有の混乱に見舞われる中、用済みとなった勇者にゆったりと訪れるいまわの際を見守る者は誰一人していない。


 ――その男は、ギークと呼ばれた、かつての勇者だった。


(俺は、ここで死ぬのか? 誰にも看取られること無く、何も出来なく! 何もせずに! こんな惨めに!)


 ギークの命を支えるのは、もはや生への執念ではなく、勇者カタリに対する憎悪と自らの境遇に対する嘆きでしかなかった。

 フローレシアがバレスティア黄金帝国に宣戦布告したあの日、ギークはバレスティア側の最終戦力としてフローレシア使節団抹殺の任を与えられた。

 もちろんそれは無謀な判断などではなく、事実ギークはそれに足るだけの力と能力を有していたし、生半可な勇者や超越者程度では相手にならない程の戦闘力があった。

 ギークが、そしてバレスティアが失念していたのは、フローレシア王国はそれすらも一蹴するほどに異常な戦力を有していたと言う事実一点のみだった。


 ギークはあの瞬間を覚えている。

 彼とて相手に対してなめてかかったわけではない。

 議会堂を満たす血と臓腑の装飾、その中で平然と佇むフローレシアの勇者。

 それは自分が今までに出会ったどの様な存在よりも危険で、余裕を見せて勝てるような相手では無い事を如実に表している。

 だからこそ、ギークは最初から全力を出した。

 自らの力、魔力を余すところなく発揮した。

 辺りへの被害を考えること無く武器を持つ手を振るった。

 己の持つ最高の力、勇者としての固有能力も使用し、相手の肉体どころか魂までも粉砕するつもりでその一撃を加えた。


 彼が見た光景は、己の攻撃を悠々と受け止める……、フローレシアの勇者、本堂カタリだった。

 後の事は思い出すのも悍ましい。

 ギークはまるで戯れとばかりに四肢を切断され、そうして最後のトドメとばかりにカタリが振るう爆炎放つ戦斧によって階下へと突き落とされたのだ。


(ああ、死にたくねぇ。死にたくねぇ、こんなままで、こんな様で……)


 幸運にも救助が間に合い、その生命を永らえたものの、彼が受けたダメージはバレスティアの医療の限界をゆうに超えていた。

 以来、ギークはこの病院の一室で怨嗟の念を募らせている。

 もはや自分の命運は尽き、その生命は幾ばくも残されていない事を彼は知っている。

 だからこそ、彼に出来る事は呪う事のみだった。

 それは無力な己に対して、己の運命に対して、そしてなによりフローレシアの全てに対して。

 彼の心は、行きどころの無い憤怒と憎悪によってもはや正常さを失ってしまっている。


 だが、どれほど彼が憎しみを募らせようと、怒りを燃やそうと、彼に終焉が訪れる事実は避けようが無かった。

 やがて呼吸が浅くなり、生命維持の魔導器が一層けたたましくなり叫ぶ中、一人の男の人生が終わろうとし……。



『ギーグよ。哀れなギークよ、目覚めなさい……』



 ――時が止まった。


「ああう……?」


 それは光だった。

 眩しいばかりの光がギーク眼前いっぱいに差し込んでくる。

 だがギークの目は潰れ、光を受け止める事は永遠に無いはずだ。

 ではこの光はどこから来るのか?

 一瞬の逡巡の後、彼はその暖かな光が魂へと直接照らされている物だと理解する。


(だ、だれだ!?)


 自身が何も出来ない恐怖によるものか、ギークは声にならない声を上げる。

 この世界に来てから超常の現象には数多く遭遇したしさらに多くを文献等で学んだ。

 だがこの様な現象、この様な存在は彼の知識には一切なかった。

 彼の恐怖を感じたのか、光が幾分和らぎ自然とギークの緊張をほぐす。

 先ほどのそれを威風と評するのなら、今のそれは慈愛だった。


『私は運命の代理人、天上の意志を代行するもの、天国の管理者――』


 やがて、困惑と安堵がギークの心を複雑に支配する中。

 その存在は自らを名乗る。


「私の名前は"天上の運命(ル=シエル)"といいます……」


「あ、ああああ……」


 その言葉を聞いた瞬間、ギークの胸中を言い表しがたい歓喜が満たす。

 その声音、その光、その温もり。

 すべてこの世のものではなく、その全てが愛にあふれている。

 彼の隣まで来ていたはずの死は、いつの間にか消え去っていた。


「貴方はよく戦いました。だが残念なことに悪逆非道なる者達の前に善戦むなしく敗れ去りましたが……」


 ソレは慈愛に満ちた言葉で彼を慰撫する。

 まるで母親が子に向ける様に優しい声だ。

 生まれて以降、母の愛などと言う存在を一切知らずに育ったギークは、何故か漠然とその様に感じた。

 だが安堵と歓喜の中、同時に彼を恐ろしいまでの不安が襲う。

 もしや自分はこの存在――ル=シエルと呼ばれる神聖なるソレの期待を裏切ってしまったのだろうか?

 一瞬その考えがよぎった瞬間、ギークは何十年ぶりになる涙を流しまるで子供のように泣き初めてしまう。

 あまりにも自分がみすぼらしく、愚かな存在かと恥じたから故の行動だった。

 盲た瞳からは血液混じりの涙が溢れ、包帯を朱に濡らす。

 口から漏れる声は獣の様な唸り声で聞くに堪えない。

 だが絶望を感じる中、スッと彼の頬を暖かな感触が包み込む。


『安心しなさいギークよ。善は決して朽ちる事無いのです。その栄光は遍く地を照らし、この大地より暗黒の存在を駆逐せしめましょう』


 頬を愛撫される感触にギークの魂が震える。

 よりハッキリと聞こえる声はル=シエルが眼前まで来ている事を表している。

 ギークは己の瞳が潰れている事を心から悔やんだ。


『ギークよ。可愛い私の子羊よ。貴方に力を与えましょう』


 光は変わらず彼を暖かに包み込んでいる。

 だが、ル=シエルがその言葉を告げた瞬間、今まで以上に強烈な光が彼を包み込んだ。


 ――気がつけば、ギークは瞳を開き、彼女の姿をその視界に収めていた。


『貴方こそ真の勇者です。天上より貴方の活躍を常に見守って参りました。貴方はここで終わる人ではない。貴方こそが、この世界を真の平和へと導くべき存在なのです』


 ベッドで横になるギークに覆い被さるように浮くル=シエル。

 彼女は優しく微笑むと、様が済んだとばかりにふわりと距離を取る。

 ギークは思わず彼女を追い求めようと手を差し伸べ、驚愕する。

 瞳はおろか、手、足、そして臓器や魔力の流れ、すべてが正常に戻っていた。

 それどころか世界は一変していた。

 彼のベッドの周りは、本来あるはずの魔導器や病院に特有の白塗りの壁ではなかった。

 それは淡く光る世界で、空には無数の星々煌き天上には白銀に輝く建築物が浮いている。

 人が決して成し得ない天上の世界がそこにはあった。

 暫く唖然としていたギークは、また別の変化に気づく。

 己の中に力強い光が宿っているのだ。

 それがル=シエルに与えられた物だと理解した瞬間、ギークの身体を今までに体験したこともないような絶頂が襲った。

 どれだけ良い女を抱いても、どの様な薬を使っても、この世に存在するどの様な物を用いたとしてもこれほどの絶頂は得られないだろう。

 魂自身が感じる歓喜と快感。

 ギークは、ル=シエルの力によって自らが大きく生まれ変わった事を確信する。


「おお、おお、神よ……」


 慌ててベッドから飛び降り、膝をつくギーク。

 瞳は彼女から離れていない。

 ソレは全身を光に包まれた、この世のどのような表現さえも足りぬ程の美しい女性だった。

 虹色に輝く薄絹を身にまとい、心を満たす愛の光を放っている。


「…………」

「神よ? どうしたのですか?」


 彼が自ら知りうる最上級の敬意を払い、超常の現象をいともたやすく行使したル=シエルを神と崇める中、彼女は少しだけ何かを思う素振りを見せる。

 思わず尋ねるギークであったが、彼女は表情を変えずに軽く首を振った。


「いいえ、何でもありませんギークよ。さぁ、貴方に次の贈り物をしましょう。力の次は、知恵です。この世界の仕組みを、重なりあった二つの世界の真実を貴方に伝えましょう……」


 再度光がギークを包み込む。

 彼女が言う知識、世界の真実を知った瞬間、ギークは思わず笑いそうになってしまった。

 世界の真実、自分達が呼び出された理由。魔王と勇者の本来の意味。

 そして自分が為すべき使命。

 まるで茶番で、今までの自分があまりにも滑稽で、同時にあれほど恐れたフローレシアが逆に哀れに思えて来た。


「貴方は選ばれたのですギーク。貴方は特別な存在ですギーク。貴方は無二の人なのですギーク」


 大きく頷くギーク。

 自らは神に選ばれたのだ。世界の安定と秩序をもたらす真なる勇者として。

 この世界を救わねばならぬ。

 今までに感じた事のない正義感が彼を満たす。

 この国の、そして世界のすべてが彼には愛おしかった。

 同時に、その世界を乱すフローレシアが何よりも許せなかった。


「貴方は絶対者です。ギーク。何人も貴方の行動を批難できないでしょう。それは神に弓引く行為です」


 ル=シエルは謳う。

 それはまるで儀式の様だ。

 否、紛れも無い超常の存在による儀式。ギークのみに許された、ギークの為だけに行われた神聖なる儀式。


「貴方が生まれてから、そして死ぬまで。その全ては祝福され、許されるでしょう」


 光がギークの身体に宿る。

 その瞳は正義に燃え、ありとあらゆる悪を断罪する意志を秘めている。

 かつての彼は死に、新たな彼が生まれた。

 彼が今までに犯した罪はどこか遠い記憶の彼方に埋もれ、代わりにル=シエルに対する狂信的なまでの忠誠が生まれる。


「さぁ、立ちなさいギークよ。そして真なる勇者としてフローレシア王国を滅ぼすのです。あの国は滅ぼさねばなりません。それが神の意志であり、運命なのです」

「かしこまりました神よ。私は貴方の忠実な下僕として必ずや悪を打ち砕き、世界を救ってみせましょう」


 静かに立ち上がるギーク。

 力と光が彼を満たし、全ての行為は神によって保証されている。


 ――俺はヒーローになったのだ!

 ――子供の頃に夢見て、現実を知った時に捨て去ったあのブラウン管の向こうの存在に!


 善なる感情が彼を満たし、全なる力が彼に宿る。

 もはや自分を縛る者はおらず、栄光の道を阻むものは悪しかいない。

 躁病にも似た感情がギークを支配する中、ル=シエルは満足気に頷く。


「私の名前は"天上の運命《ル=シエル》"。過去、現在、未来、ありとあらゆる世界を産み、育て、見送った母なる存在。唯一無二の神の意志」


 ふわりと浮かび上がり、天へと帰りゆくル=シエル。

 光がいっそう強くなり、彼女の輪郭が見えないほどの眩しさが世界を包む。

 常人なら思わず目を背けてしまいたくなるような光量だが、ギークは一瞬も彼女に対する敬愛の視線を外す事無く見つめ続ける。


「我が栄光は常に貴方と共に。さぁ、貴方がなすようになさい。それが運命であり、神の意志です」


 パンッと一瞬小さな破裂音が鳴り、静寂と暗黒が戻る。

 気がつけば、ギークは自らが治療を受けていた病室に戻っている事に気がつく。

 まるで夢の様な出来事だった。

 聖書に記される神代の奇跡とは、まさしくあのような事を指すのだろう。

 だが、夢でも幻でもない。

 その事実は全快した彼の身体と、何よりその内に秘めたる至上の愛が証明している。


「神よ、偉大なる神よ。必ずや貴方の理想とする世界を実現してみせましょう」


 悪意の抜けた端正な顔立ちに強い意志を秘め。

 歪な神の使者は、その産声を上げた。

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