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『オーレリア戦記』  作者: りあと
外伝『アンチアルマの復興』帝国歴304年
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アンチアルマの七夕祭り

かつて「美しき都」と称えられた古都アンチアルマは、凄惨な戦火によってその美しさを失い、瓦礫と灰燼が広がる廃墟と化していた。しかし今、この地に新たな息吹が注ぎ込まれつつある。総督として派遣されたアルヴェリア親王イリアードのもと、十三万の帝国軍、五千のアルヴェリア親王軍、そして残された数万のアンチアルマ領民が手を取り合い、連日連夜の復興作業に汗を流していた。


酷暑が続く八月。激しい肉体労働と復興の疲れから、人々の顔には焦燥と不眠の影が差し始めている。そんな空気を誰よりも敏感に感じ取っていたのが、アルヴェリア親王妃リゼリアと、その側室であり従妹でもあるセシリアであった。


◇

八月七日の朝。復興本部の幕僚会議が終わった直後、セシリアは目を輝かせながらリゼリアとイリアードの元へ駆け寄った。


「殿下、姉様! 本日は八月七日(たなばた)の日です! 復興作業で疲れ切った領民の皆様と帝国兵の方々のために、今夜はみんなで七夕祭りを開催いたしましょう!」


「七夕……祭り、ですか?」


イリアードは驚いて目を丸くした。二十二歳の若き総督として、十三万もの大軍と復興現場を率いる彼の肩には、計り知れない重圧がかかっている。疲れの見える表情で、彼は優しく微笑んだ。


「セシリア、気持ちは嬉しいが、いま我々には祭りを用意する時間も余裕もない。何より笹竹も、飾るための色紙も、祭りの装飾すらないのだよ」


「ふふ、殿下。それなら心配ご無用ですわ」


傍らで静かに微笑んだのは、親王妃リゼリアであった。彼女は二十一歳にして気品と慈愛に満ち、裏では予知や念視といった異能を秘めている。リゼリアは優しくセシリアの肩に手を置いた。


「セシリアの提案は素晴らしいと思いますわ。厳しい復興作業が続く今だからこそ、人々の心に希望の光と息抜きが必要です。……それに、私達には優秀な従者達と、少しばかりの“特別な力”がございますでしょう?」


リゼリアが視線を送ると、その背後から眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせた侍女長ベルナデットが静かに前へ出た。「メガネのナデット」「無慈悲のナデット」と恐れられる十九歳の彼女は、完璧主義と最速・最効率を誇る頭脳の持ち主である。


「お任せください、リゼリア様。すでに文献に基づき、七夕祭りの最適実行プランを算出済みです。アンチアルマ北部の竹林からの笹竹切り出し、紙くずや廃材を再利用した短冊および飾りの作成、兵士と領民の作業シフトの最適化配置調整——これらを並行して行えば、所要時間わずか四時間十五分で祭りの準備を完了できます」


さらにセシリアの側近である十七歳の黒髪の美少女ロゼッタと、金髪の美少女エミーナも元気よく声を上げた。


「ロゼッタは念視と予知で、一番立派な笹竹がどこに生えているか、もう見つけました!」


「エミーナは念動とパイロキネシスで、竹の切り出しと広場の灯りの準備を担当します! 一気にやっちゃいますよ!」


イリアードは頼もしすぎる妻と側室、そして異能を持つ侍女たちの結束に圧倒され、思わず苦笑いを浮かべた。「参ったな……そこまで準備されているのでは、総督としても止めようがない。よし、今夜の作業は夕刻までとし、夜は全軍・全領民をもって七夕祭りを行おう!」



◇

決定が下されるやいなや、驚異的な速度で準備が開始された。


アンチアルマの広場には、兵士たちが瓦礫の中から運び出した巨大な木材や竹が次々と運び込まれた。しかし、最も活躍したのは彼女たちの秘密の異能であった。


ロゼッタは「念視」の力で遠方の竹林を検知し、見事な太さと葉の茂りを持つ「願いの主竹」を選び抜いた。エミーナは「念動(サイコキネシス)」を行使し、斧を使わずして竹を一瞬で刃物のように綺麗に切り出し、ふわふわと空中を泳がせるようにして広場の中心へと運んで設置した。


ベルナデットは計算し尽くされた効率で兵士たちに指示を出し、余剰の羊皮紙や復興用の梱包紙を小さく切り分け、カラフルな塗料で染め上げて数千枚の短冊を作り出した。


「兵士の皆様、領民の皆様! 短冊には、皆様の願い事や復興への想い、家族への言葉をお書きください!」


セシリアが明るい声で呼びかけると、最初はおずおずとしていた帝国兵やアンチアルマの住人たちも、次第に笑みをこぼしながら筆を取り始めた。無骨な兵士たちが「故郷の母が健やかでありますように」「早く家を建て直せますように」と不器用な字で願いを書き込んでいく。


夕暮れが迫る頃、広場の中央には高さ十メートルを超える見事な笹竹が立ち上がり、そこには色とりどりの短冊と折り鶴が所狭しと結びつけられていた。




◇

陽が沈み、アンチアルマの街に深い藍色の夜が訪れた。街灯も破壊された廃墟の夜はいつもなら暗く寂しいものだったが、今夜は違っていた。


広場には数万の領民と十三万の兵士たちが集まり、焚き火を囲んであたたかなスープやパンを分かち合っていた。前線で戦ってきた粗暴な兵士が領民の幼子を抱き上げ、笹竹の飾りに手を伸ばさせてあげるような、心温まる光景が随所で見られた。


「殿下、ご覧になってください。皆様がこんなにも笑っていらっしゃいます」


リゼリアは夫の腕にそっと手を添え、優しく微笑んだ。イリアードは胸を熱くしながら頷いた。


「ああ、リゼリア。瓦礫を撤去し、家を建てることだけが復興ではないのだな。壊れた心をこうして繋ぎ合わせることこそが、本当の復興なのだと教えられたよ」


その時、セシリアが広場の中央にある高台へと躍り出た。


「皆様! 七夕の夜、織姫と彦星が天の川で出会うように、私達の願いも必ずや天に届きます! 今夜の仕上げに、私からささやかな贈り物です!」


セシリアは両手を高く掲げた。彼女の秘めたる異能——「念創」と「パイロキネシス(発火能力)」が静かに解き放たれる。


セシリアが空を仰ぐと、黄金色と朱色の温かな炎の粒が次々と生まれ、夜空へと立ち上っていった。それらはただの火粉ではない。セシリアの念動とパイロキネシスによって巧みに制御された炎は、夜空のキャンバスの上で弾け、光の星や大輪の花となって美しい軌跡を描いた。


「うわあぁぁっ……!」


「綺麗だ……! 花火だ! 炎の星だ!」


兵士たちからも領民たちからも、割れんばかりの歓声と拍手が沸き起こった。暗闇に包まれていたアンチアルマの廃墟が、セシリアの創り出す幻想的な炎の光によって綺麗に照らし出されていく。


ロゼッタは「念話」の力を用いて、広場のあちこちにいる人々へ温かな感謝の念波をそっと届けた。エミーナは「念動」で風を起こし、セシリアの炎の光粒を優しく広場全体へと循環させた。ベルナデットは眼鏡のブリッジを指で押し上げながら、完璧にコントロールされた光のショーの数値データを見つめ、満足げに小さく頷いた。




◇

宴がたけなわとなった頃、イリアードとリゼリア、そしてセシリアは笹竹の前に立ち、自分たちの書いた短冊を深々と結びつけた。


イリアード:『アンチアルマに再び豊かな笑顔と平和が戻り、我が民が永遠に安らかでありますように』

リゼリア:『愛する夫と妹たち、そして全ての人々が災いなく、光ある未来を歩めますように』

セシリア:『イリアード様と姉様をずっとお支えし、この街が温かい希望の花でいっぱいになりますように!』

ベルナデット:『復興計画の進行効率が常に最高値を維持し、皆様の健康状態が最良であり続けますように』

ロゼッタ:『皆様の未来に、明るく幸せな予兆だけが訪れますように』

エミーナ:『私の力が、みんなを守り温めるための優しい炎であり続けますように』


夜空を見上げると、いつしか雲が晴れ、天の川が満天の星々とともにアンチルマの真上に輝いていた。


「見て、イリアード様、姉様! 天の川がこんなに綺麗に見えますわ!」


セシリアが嬉しそうに夜空を指さす。リゼリアはセシリアの手をそっと握り締め、イリアードもまた二人の肩を優しく抱き寄せた。


「ああ、本当に美しい夜だ。……明日からの復興作業も、我々全員で力を合わせれば、必ずややり遂げられる。この街は必ず、以前よりももっと素晴らしく蘇るはずだ」


帝国兵の武骨な歌声と、子供たちの無邪気な笑い声が夜のアンチアルマにどこまでも響き渡っていた。瓦礫の街に咲いた一夜の七夕祭りは、傷ついた人々の心に確かな復興への希望と、決して消えることのない強い絆の灯火を点やしたのだった。

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