『蒼炎と霜華の輪舞』
水面を焦がす激情の焔と、すべてを凍てつかせる冴えた氷気。そして、甲板を吹き抜ける荒々しい潮風。
水、火、風——三つの威光が交錯する船上には、数多の惨劇が広がっていた。死臭を孕んだ潮風が吹き抜けるたび、甲板に折り重なった骸の山が不気味に揺れる。血潮で濡れた木目には、もはや生の温もりなど一切残されていない。
「強いな。こんな小娘が。……まぁ、ここまでだ」
甲板の惨状を意にも留めず、暗灰色の鎧に身を包んだ巨漢の騎士が嘲り笑う。その傍らには、異様な黄緑色のオーラを揺らめかせた短弓兵が、蛇のような眼光でこちらを射抜いている。
騎士が地鳴りのような足音を立てて突進してきた。頭上高く振り上げられた長柄の鈍器が、空気を引き裂きながら旋風となって振り下ろされる。
対するミタマは息を呑み、交差させた両手でそれを真っ向から受け止めた。
「くっ……!」
両手に握る二振りの錫杖——『空斬水鏡』と『東雲煌竜』。極寒の青白さを帯びた刃と、朝焼けを思わせる東雲色の刃の交点から、激しい火花が弾け飛ぶ。腕を苛む絶大な衝撃に、ミタマの薄い唇から苦悶の喘ぎが漏れた。
「遊んでやるよ、お嬢ちゃん」
短弓兵が歪んだ笑みを浮かべ、弦を弾く。放たれた紫電の矢、凄まじい雷鳴とともにミタマの華奢な躯を襲った。直撃を免れたものの高圧の電流が身体を駆け巡る。
「あ、あっ……!」
激痛が全身の神経を焼き尽くす。しかし、ミタマの瞳から宿る決意の光が潰えることはなかった。怯む素振りすら見せず、彼女は絶妙な手捌きで『空斬水鏡』と『東雲煌竜』の柄を固く繋ぎ合わせた。
瞬時に長柄の錫杖へと姿を変えた神器を抱え、ミタマは甲板を蹴った。一歩、二歩——弾みをつけるため、死体の山を縫うようにして全力で疾走する。そして踏み切ると同時に、天空へ向かって高く跳躍した。
その跳躍に応えるかのように、荒れ狂う海面が重低音を響かせて唸りを上げた。一瞬遅れて押し寄せた巨大な波が船体を激しく揺らし、甲板全体に容赦なく塩水をぶちまける。水飛沫が舞い散り、濡れた木片が鈍い光を放った。これで雷撃は使えない。
「なにっ!?」
驚愕に目を見開く敵を見下ろし、ミタマは空中で縦に旋回を始めた。水流と風を纏い、まるで神聖ななにかが、いや、そのものが降臨するかのような美しくも苛烈な軌跡。上段から放たれた錫杖のひと振りが、短弓兵へと叩きつけられる。
「くっそ!」
もの凄い衝突音とともに、夜の闇を切り裂くほどの火花が乱舞した。ミタマは着地の隙すら敵に与えない。軸足を滑らせるように反転させると、中段から水平方向へ向けて疾風のごとく薙ぎ払う。
回避の体勢すら取れなかった短弓兵は、無慈悲な刃に腰骨と太腿の付け根を深く砕かれた。
「ぐはっ……!」
激痛に顔を歪め、短弓兵が崩れ落ちる。
「おのれぇぇ!」
仲間の凄惨な窮地に、暗灰色の騎士が咆哮した。重厚な鈍器がうなりを上げ、ミタマの首級を狩らんと死角から襲いかかる。ミタマは極限まで上体を後ろへ反らし、髪の毛一筋の差でその一撃をかわした。
滑らかな動作のまま、彼女は繋ぎ止めていた錫杖を再び二つに分離させる。
「——放て!、『東雲煌竜』」
ミタマの呟きに応じ、左手の『東雲煌竜』が解き放たれた火龍のごとく灼熱の火炎を噴出させた。間髪入れず、右手の『空斬水鏡』を激しく振るう。凝縮された空気が不可視の真空刃となって飛び、騎士の足止めを掠める。
そして——牽制の直後、彼女は旋律を奏でるように二振りを再び接合した。
間髪を容れず繰り出されたのは、あまりにも美しく、あまりにも残虐な霜華の乱舞。
灼熱の炎に晒された直後、絶対零度の冷気が騎士の鎧を襲う。急激な熱量変化に耐えきれず、騎士が誇っていた絶対の防御壁は、硝子細工のように脆く粉砕された。
「な……防御が……!?」
形勢は完全に逆転した。ミタマの瞳に宿るのは、一切の迷いを捨て去った神威の輝き。変幻自在の技前に圧された騎士は応戦もままならず、後退を余儀なくされ、ついには追い詰められて船縁へ背をつける。
ミタマは舞うように反転した。長柄の錫杖が斜めに旋回し、黄緑色の 神々しい光が夜の帳に鮮やかな弧を描く。
「ぐあぁぁぁっ!」
絶叫が響き渡る。胸を深く切り裂かれた暗灰色の騎士は、自身の血で海を赤く染めながら、もがき、悶え、そのまま深い深い海原の底へと沈んで行った。
静寂が戻った甲板に、ただ荒々しい波音と、少女の静かな吐息だけが残されていた。




