『蒼天の貴公子と月華の錫杖』
空を覆う戦雲の下、巨大な質量が激しくぶつかり合う爆音が轟いていた。
包囲の罠を断ち切らんと決死の覚悟を固めたブランガ艦隊は、その尖端をオーレリア帝国艦隊一点へと絞り込み、巨大な針の如き紡錘陣を展開して強行突破を図る。後方に位置するアルヴェリア艦隊と聖ゲンドラス艦隊は交差しつつ旋回、完璧な連携で反転北上を開始し、逃げ場を失った敵へ追撃の刃を突き立てた。次々と炎に包まれ、巨躯を歪ませて崩壊していくオーレリアの艦艇――戦場は焦土と化し、激動のうねりが渦巻いていた。
その混乱のさなか、旗艦の甲板に立つ皇女シンシアは、静かに側近へ目を向けた。
「ミタマ、お願いします」
澄んだ声に応じたのは、透き通る水流のオーラを纏う巫女ミタマ。深く頷いた一瞬ののち、その姿は水泡が弾けるように気配ごと姿を消した。
「シンシア様、私も参ります」
決意をその眼差しに宿し、前方へ踏み出したのはココロギだった。秘めていた強い想いがその表情を硬く引き締め、凛とした気迫を放っている。
シンシアは片手を腰にあて、眉をひそめて呆れたように息を吐いた。
「まさか、1人でブランガとやり合うつもり?」
「俺が、ココロギ様をお守りします!」
その横から必死の面持ちで声を張ったのはツルギだった。必死に己の存在を主張するその姿に、シンシアは少し毒気を抜かれたように肩をすくめる。
「な、なんなのよアナタ達……。もう、分かったわ。行ってらっしゃい」
二人は深く一礼を捧げると、因縁の宿敵ブランガと対峙すべく、風を切って戦場へと姿を消していった。
「ねえ、フェリス……二人きりになっちゃったね」
ぽつりと漏らしたシンシアの呟きに応えるように、上空を旋回する白鷹フェリスが「ヒュー」と甲高い鳴き声をあげる。不満げな表情を浮かべる主人を慰めるような、どこか優しい滑空であった。
だが、穏やかな空気は一瞬で霧散する。
空間が歪み、一人の凄絶な気配を纏う人物が突然姿を現した。
「皇女様を守れ!」
聖騎士たちが剣を抜き、即座にシンシアの前へと立ちはだかる。しかし、誇り高き皇女はその美しくも厳かな片腕を優雅に広げ、制した。
(異能の者を相手にしては、命を無駄にするだけ……)
目の前に立つのは、赤茶色の禍々しいオーラを渦巻かせた大人の女性だった。両手にずっしりと重い戦斧を握りしめ、地面を踏みしめる一歩一歩が重圧となって押し寄せてくる。
「アルカディアス様の命を受けましてね……貴女に会いに来ましたよ、皇女様」
女の唇が不敵に歪む。
シンシアもまた、月華の錫杖『朧三日月』を静かに構えた。その肌を刺すような濃密な殺気――眼前に立ちふさがるのが、紛れもない強敵であると直感が告げていた。
「おだまり!」
主の危機を察し、上空からフェリスが急降下して牽制を仕掛ける。女は鬱陶しそうに巨大な戦斧を荒々しく振り回したが、シンシアはそのわずかな隙を見逃さなかった。
「もらった……!」
足元の小石を鋭く蹴り飛ばし、それを起点に旋回しながら『朧三日月』を力強く振り抜く。一閃。空中に描かれた弧から、まるで光の粒子が溢れ出すように眩い閃光が降り注いだ。
しかし、女は身を翻すように鮮やかな側転でそれを交わすと、前進の勢いのまま右手の戦斧を旋回させ、鋭いバックブローの要領で襲いかかってくる。
切っ先を掠めさせたシンシアはすぐさま反転し、天高く掲げた『朧三日月』を上段から一気に振り下ろした。這うような低い姿勢で月華の錫杖をすり抜けた女。だがその頭上から、疾風と化した純白の鷹が容赦なく襲いかかった。
「ギャーーッ!?」
鋭い爪が女の顔面を切り裂き、血みどろとなった悲鳴が大空に響き渡る。美貌を損なわれた絶叫は、空の貴公子に対する深い怨念へと変わった。
「厚かましいハエめが……よくも私の顔をぉぉッ!」
凄惨な怒りに狂う女。だが、その意識が上空へ向いた瞬間、シンシアはすでに対勢を沈めていた。
美しい脚を大胆に開脚させ、甲板へと滑り込むような超低空の姿勢から、全霊を込めた旋回攻撃を繰り出す。
ドッ、と肉を裁つ重厚な衝撃音が響き、女の両脚が骨ごと粉砕された。
「ぐはぁぁっ!?」
支えを失い、崩れ落ちる女。その目前へ、シンシアは即座に立ち上がり、右手の五本指を美しく翳してみせた。
「―—深く沈みなさい」
静かな宣告とともに解き放たれた神聖なる波動。両脚を砕かれ動けぬ女は、抗う術もなく東海の神聖なる深海へと引きずり込まれ、光の泡とともにその姿を永遠に消し去った。




