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『オーレリア戦記』  作者: りあと
外伝『六棘の霜華』
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オーレリア外伝『六棘の霜華』その7

水の都アクア・パレス。網の目のように巡る水路が朝光を反射し、光の波紋を天井に映し出す蓮花宮(れんかきゅう)の静寂な一室で、フレデリカ・リヴィエールは一通の書状を前に深くため息を吐いていた。

書状は帝都オクタヴィアの翡翠宮(ひすいきゅう)——後宮に身を置く徳妃ルネッタからのものであった。内容は、皇帝アラリックとの間に生まれた第四皇子イスファと、アルヴェリア親王イリアードの娘ルシアとの婚姻の打診である。

オーレリア帝国において、男女は十五歳をもって成人となる。今年、イスファとルシアが共に十五歳の節目を迎えたことで、後宮のルネッタが動き出したのだ。

かつてフレデリカ自身も、息子であるイリアードが十五歳で成人し、結婚して親王として領地を拝領した際、統治者としてアルヴェリアへ下向するのに伴って後宮を出た経験がある。親王が領地に赴く際、その生母も共に後宮を離れて暮らすことが許されるという帝国の定めに倣い、ルネッタもまた、息子イスファの結婚を機に冷たい後宮を脱出しようと模索しているのだった。

ルシアとイスファは幼少期に何度か顔を合わせており、非常に仲が良く相性も抜群であった。なにより、ルネッタとルシアの母セシリアは実の姉妹である。ルネッタは姪であるルシアに強い親近感を抱いていたし、彼女の規格外な異能と強烈すぎる人格も承知していた。不思議なことに、ルシアの棘のある強烈さは、穏やかなイスファと一緒にいるときだけは角が取れて和らぐのを、ルネッタは自らの目で確かめていたのだ。

(ルネッタの気持ちは痛いほどよく分かる……だが……)

フレデリカの心は激しく揺れていた。かつてルネッタを帝都の後宮へ送り出したのはフレデリカ自身である。できることなら彼女の願いを叶え、救い出してあげたいという情があった。しかし、大一族リヴィエールの長老としての理性が、その決断に待ったをかける。

イリアードと正妃リゼリア、側室セシリアはそれぞれ従姉妹・従兄妹同士である。もしイスファとルシアが結ばれれば、父親同士が兄弟で母親同士が姉妹という、あまりにも濃厚な「リヴィエールの血」が交わることになる。ただでさえルシアは、一族の歴史上でも類を見ないほど苛烈で強い異能の力を宿して生まれてきたのだ。血を濃くすることは危険であり、ルシアの婚姻相手はリヴィエールと全く縁のない他家から迎えるのが理想であった。

沈思黙考の末、フレデリカの頭の中に一つの代替案が浮かんだ。

「正妃リゼリアの産んだ次女、シンシアではどうか……」

シンシアはルシアより五歳年下の十歳。かつてリゼリアやセシリアも、十歳前後で翡翠宮に呼ばれ、フレデリカの侍女として淑女の嗜みを学びながら成人を待った経緯がある。シンシアをイスファの妃候補として後宮へ送り出せば、ルネッタの「息子の結婚に伴う後宮脱出」の道筋は立てられる。血の濃さもルシアほど極端にはならない。

考えをまとめたフレデリカは、すぐさま正妃リゼリアと側室セシリアを蓮花宮へと呼び出した。

事情を聞いたリゼリアは、「フレデリカ様の深いお考えであるならば、私は謹んでそのご意向に従います」と穏やかに頭を下げた。一方で、実妹ルネッタの思惑を知るセシリアは、妹の立場に理解を示しつつも、フレデリカの判断に強く賛同した。

「……叔母様のおっしゃる通りですわ。ルネッタの力になってあげたい気持ちは山々ですが、何より……ルシアを手元から離すわけにはまいりません」

修羅場をかいくぐってきたセシリアは苦笑交じりに溜息をついた。

「あの子を帝都の後宮などに送ってみなさいませ。手元に置いて監視しておかなければ、一体どんな大それた騒動を引き起こすか分かったものではありません。あんな強烈な子を産み落とした親として、世間に対する責任がございますもの」

母親としての切実すぎる本音に、フレデリカも思わず苦笑を漏らした。

最後に立ちはだかるのは、ルシアの父親であるアルヴェリア親王イリアードであった。イリアードは娘のルシアを異常なまでに溺愛しており、ルシアがわがまま放題に育った原因の半分は彼の過保護さにあると言っても過言ではない。彼との話し合いに臨んだフレデリカであったが、イリアードの反応は予想通りであり、同時に意外なものでもあった。

「ルシアを遠く帝都へ嫁かせるなど、断固反対です! あんな愛くるしい宝物を手放せるはずがありません!」

ルシアの婚姻に関しては頑として首を縦に振らないイリアードであったが、次女シンシアをイスファに嫁かせる案に対しては、あっさりと納得した様子を見せた。

「シンシアか……。あの子は大人しく、慎み深い良い娘だ。帝都へ行っても見事にやっていくだろう」

もちろんイリアードとて、シンシアへの父親としての愛情は人並みに持ち合わせている。しかし、正妃リゼリアに似て、文句のつけどころがない品格ある貴族の令嬢として育ちつつあるシンシアならば、皇室へ嫁いでも何一つ恥じることはないという事実を、冷徹に理解してもいたのだ。

こうして、一族の血筋、後宮の思惑、そして親たちの様々な愛情と計算が交錯する中、ルシアの知らぬところで大きな決定が下された。

「では、これより翡翠宮のルネッタへ返書を書こう。ルシアではなく、シンシアを皇子イスファの許嫁として迎えていただくように、と」

フレデリカが筆をとる。アクア・パレスの静かな朝の光の中で、二人の少女の運命がひそやかに動き始めていた。

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