第19章『新たな年と変わらぬ寒さと』
年の瀬の宴と冬至の浮かれモードが過ぎ去り、アルヴェリアには「本気の極寒(一月)」が襲来していた。 アクアパレス周辺の水路はカチコチに凍りつき、要塞都市の壁には凶器レベルの巨大ツララがズラリ。外は完全にドSな寒波に支配されていたが、親王府の執務室ではそれ以上に熱い「バトル」が勃発していた。
バンッ!!
「ーーーー殿下ぁぁぁ! 新年あけましておめでとうございます! …なんて優雅にあいさつしてる場合ですかッ!!」
怒りのフルスロットルでドアを突き破らんばかりに現れたのはセシリア。 モコモコの毛皮ポンチョを着込んだ彼女は、おめでたい鏡餅の真横に、殺意すら感じる重さの書類の山を叩きつけた。 戦場では冷徹な『念視』で敵をハチの巣にしてきた魔導の才女は、いまや完全に「新春ドタバタ行政・軍備総括デスク」と化している。
しかし、お目当ての主君・イリアード(18歳・黒き親王)はというとーー 部屋の奥のソファに鎮座する**「毛布と毛皮でできた不自然な小山」**の中にいた。
「……嫌だ。年が明けたからって、急に働く人間になるわけがないだろう。私は昨年よりもさらに磨きをかけた『極限のぐうたら』になるのだ……」
毛布の山から漏れ出る、信じられないほど情けない声。
「一月の寒さを舐めるなセシリア。新春の風は男の決意を秒で砕く魔物だ。私がこの毛布の絶対領域(結界)を出たら冷気で脳みそが破砕し、我が国の未来は終了する。……リゼリア、ぬくもりが足りん。正月くらい一日中抱き合って過ごしても神様だって許してくれるはずだ」
「黒き親王」の威厳はどこへやら。イリアードは正妻リゼリアのお腹に顔を埋め、全力で甘え倒していた。 膝上の夫の黒髪を撫でながら、リゼリアは「やれやれ」といった笑顔を浮かべる。
「ふふ、イリアード様ったら、新年早々かわいらしい駄々っ子ですこと。……ですが殿下、一月は春に向けた超・重要準備期間なのですのよ?」 「……うぐっ」 「地下で保管中の種籾のチェックに、三千の将兵が暴れ回る新春武道大会の賞品決裁……。殿下がハンコを押してくださらないと、誰も仕事に取りかかれなくて干からびてしまいますわ。……ほら、セシリアが淹れてくれた甘酒を飲んで、ちょっとだけ起きてくださいな?」
「……リゼリア。お前はいつもそうやって、女神のような笑顔で私を追いつめる……。退路がまったくないのだが?」 「あら、逃げなくてよろしいのですよ? 私がここで、ずーっと優しく受け止めて差し上げますから」
夫婦のあま~い空気にリゼリアが頬をゆるめると、すかさずセシリアがドヤ顔で割り込んできた。
「そうですとも! 先月の大市が大成功したおかげで、捕虜の女の子たちもすっかり馴染んで、いまや新春『開拓女子会』を結成したんですから! 『春になったらすっごい畑作ろうね!』って、みんなノリノリなんですよ!」
毛布からひょっこり頭を出したイリアードが、二度見した。
「開拓女子会……!? セシリア、またお前は怪しいクラスタを作ったのか……」 「怪しくありません! 兵士の奥さんと元・捕虜の女子が仲良くなるための素晴らしい交流の場です! さあ殿下、サボるならサボるで、この『新春・婚姻申請書(10件分)』のハンコ押しだけでも先に済ませてくださいッ!!」 「……わかったよ、やればいいんだろ、やれば!」
盛大なため息とともに、ブラック企業ならぬ「ブラック親王府」の長が観念して起き上がった。こうしてアルヴェリアの賑やかな一年が幕を開けたのである。
一月中旬・新春武道大会
極寒の練兵場は、吐く息を真っ白にした3,000の熱血将兵と、彼らに声援を送る2,000の開拓民で熱気ムンムンだった。 上段の観覧席から、イリアードが防寒バッチリの姿で眼下を見下ろしている。
「殿下、見てください! 第二部隊の銀髪副隊長さん、新婚の奥さんが応援に来てるからってガチガチに張り切ってますよ! 相手の槍を素手で流して一勝です!」 『念視』で遠くのイチャイチャをちゃっかり観察したセシリアが報告する。
「……チッ、浮かれおって。後で優勝賞品のイイ毛皮、あいつの分だけ半分に減らしておけ」 「ちょっと!? 殿下ったら意地悪すぎます!」
ぷんすか怒るセシリアの横で、温かい果実茶をすする母エリザベータが「ほほほ」と上品に笑った。
「いいではないですか、イリアード。愛する者のために男を磨く……実に頼もしい光景です。功名心と上司へのゴマスリだけで戦っていた帝都の兵とは大違いですね」
かつて帝都のエライ人が「嫌がらせ」として押し付けてきた2,000人の捕虜(ただの飯食い虫のはずだった)は、いまや兵士たちに手作りの熱々スープや炙り干し肉を差し入れする「最強の身内」へと変貌を遂げていた。
「……フン。父帝のドヤ顔が目に浮かぶな。我が軍の弱点になるはずだった『2,000の胃袋』が、今や我が軍の背中を守る『2,000の盾』だ」 ニヤリと不敵に笑い、冷徹な戦術家の顔を見せるイリアード。
ーーが、次の瞬間。
「ほら殿下! 難しそうな顔してないで、女子会特製の焼き立てチーズ餅食べてください! 超美味しいですから!」 「ふぐッ!?」
セシリアによって、香ばしい餅が容赦なく口に突っ込まれた。
「んぐ……お前は不意打ちの天才か……!」 もぐもぐと餅を噛みしめる情けない主君の姿に、リゼリアもエリザベータも、周囲の側近たちも大爆笑となったのだった。
一月下旬・ある日の午後
ドタバタの武道大会も終わり、親王府には静かな日常が戻っていた。 暖炉の薪がパチパチと心地よい音を立てる私室で、イリアードはリゼリアの膝枕で完全にドロドロに溶けていた。
「……ふぅ。これで今月のデかい公務は全部終了だ。もう絶対動かん……」 「ふふ、お疲れ様でした、イリアード様。今だけは存分にゴロゴロなさってくださいね」
優しく髪を撫でてくれるリゼリア。帝都では「冷血な黒き親王」と恐れられた18歳の若者が、自分の膝の上で無防備に猫のように甘えている時間を、彼女は心から愛おしく思っていた。
「……リゼリア」 「はい、殿下?」 「私と結婚して、こんな極寒のド田舎についてきて……後悔していないか?」 ふと真面目な顔で尋ねるイリアード。リゼリアは少し驚いたように目を見開いたが、すぐに愛おしさで胸をいっぱいにした。
「後悔なんて、一度だってしたことはありませんわ。帝都にいた頃の私は、ただの『飾り人形』でした。嘘と腹探りばかりの夜会で、愛想笑いを浮かべるだけの毎日……。ですがここには、本当の『生きている喜び』があります。何より……こうしてあなたを腕の中で甘やかして差し上げられる。これ以上の幸せが、世界のどこにあるというのですか?」
「リゼリア……」 感極まったイリアードが起き上がり、彼女の肩を抱き寄せて静かに唇を重ねるーー
暖炉の光が二人を優しく包み、まさにロマンチック度100%の最高潮!!
「ーーあーーーっ!! また二人だけでイチャイチャしてるーーーッ!!」
**ガチャーン!!**と完璧すぎるタイミングでドアが開き、セシリアが爆風のごとく乱入してきた。
「セシリア……お前は本当に、イイ雰囲気をぶち壊す天災(天才)だな……」 ガックリと肩を落とすイリアード。セシリアは知らん顔でモコモコの毛布をソファに放り投げた。
「だって寒いんですもん! 私だって一日中書類と格闘してクタクタなんです! ほらリゼリア様、半分こです!」 「ふふ、セシリアったら賑やかですね」
セシリアは遠慮ゼロでソファにダイブすると、イリアードの反対側の腕に抱きつき、一緒に毛布にくるまった。リゼリアも笑いながら、イリアードの頭を再び自分の膝へと引き戻す。
左右から伝わる妻たちの温もりと、ずっしり重い毛布の暖かさ。 イリアードは深ーくため息をついた。
「まったく……私を甘やかす天才と、私の平穏をぶち壊す天才に挟まれて、私の人生は退屈する暇もないな」
愚痴をこぼしながらも、その口元には隠しきれない幸せな笑みが浮かんでいた。 外では一月の冷たい北風が吹き荒れているが、この部屋にある温かな愛と絆を脅かすことなど、どんな極寒にもできやしないのだ。




