オーレリア外伝『ガラスと大理石の幼姫』その17
帝都オクタヴィアの白亜宮、その一角に佇む翡翠宮の中庭は、陽の光を受け、色とりどりの花々が咲き誇る穏やかな庭園であった。
先帝の御前琴師であったフレデリカゆかりのこの宮で、大人の目を盗み、三人の幼子たちが一堂に会していた。
「見ていらっしゃい、殿下!これがわたくしの真の力の一部ですわ!」
高らかに宣言したのは、セシリアの娘ルシアである。セシリア譲りの可憐な銀髪をなびかせ、小さな手に拾い集めた色鮮やかな花弁を包み込むと、宝石のような瞳をキラリと光らせた。
ルシアが小さな手を開くと、手のひらの花弁が黄金色の光を放ち、ふわりと宙へ浮かび上がった。それらはまるで生き物のように旋回し、くるくると舞いながら可憐な大輪の花の形へと姿を変えていく。
「わあ……! ルシア、すごい!」
それを見上げるのは、徳妃ルネッタの息子であり、第四皇子であるイスファだ。同じ四歳とはいえ、三人の中で最も早い1月に生まれたイスファだが、天真爛漫なルシアの勢いに完全に押されている。目を丸くし、ちいさな手をおそるおそる伸ばして、宙に浮かぶ光の花びらに触れようと歓声を上げた。
「ふふん! どうですの? わたくしにかかれば、こんなものお茶の子さいさいですわ! 殿下、あなたにこの素晴らしい光の花束をプレゼントして差し上げますわ!」
高慢かつ誇らしげに胸を張るルシア。しかし、その威圧的な態度とは裏腹に、イスファに向ける眼差しには親愛の情を込めた満足気な笑みが浮かんでいた。
そのすぐ傍らで、イリアードとリゼリアの息子であるリアムは、庭園の木陰で静かに2人を見ていた。
「ルシア、あんまり大きな光を出すと、大人たちに見つかっちゃうよ。お母様たちにバレたら、またお説教されちゃうんだから」
リアムが呆れたように苦笑いを浮かべた。
「なにい言っていますの、リアム! わたくしが誰にも見つからないように上手に調整しているに決まっていますでしょ! 臆病者のリアムには、この芸術の素晴らしさが分からないのですわ!」
ルシアはぷくっと頬を膨らませると、宙に浮かべていた光の花弁の束を、八つ当たり気味にリアム目掛けて『えいっ!』と弾き飛ばした。
シュッ!
光の粒が猛スピードでリアムの顔前をかすめる。だが、リアムは驚く素振りも見せず、あらかじめ軌道が見えていたかのように、首をわずかに傾けてそれを完璧にかわした。小さな身体を滑らかにしならせる、驚異的な体術である。
「ほら、やっぱり危ないよ」
「……むぅ! 相変わらず可愛気のないかわし方ですわね!」
ルシアが悔しそうに足を踏み鳴らすと、それを見ていたイスファが「きゃっきゃっ」と楽しそうに手を叩いた。同じ四歳でも、二人の異能や身体能力の常識外れぶりには、イスファも感心するばかりだ。
「リアムも、すごい! くるって、避けた!」
「ふふん、殿下は分かっていますわね! でも本当にすごいのは、あの攻撃を繰り出したわたくしですのよ?」
ルシアはイスファの前にしゃがみ込むと、頭をなでなでとなで回した。「二ヶ月早く生まれたからって、威張らせませんわ」と言わんばかりの態度だが、イスファも気持ちよさそうに目を細めている。
「ねえ、リアム。殿下も一緒に遊べる運動をしなさいな。わたくしが特別に審判をして差し上げますわ」
「審判って……ルシアがやりたいだけでしょ。よし、殿下、あっちの芝生でかけっこしようか」
「うん! かけっこ!」
リアムが優しく手を差し伸べると、イスファはその手をぎゅっと握りしめた。
二人が並んで芝生を走り出す。当然、天才的な体術を持つリアムの方が圧倒的に速いが、リアムはイスファの歩幅に合わせ、転ばないよう巧みにスピードを調整して寄り添っていた。
「がんばれ、イスファ! リアムを追い抜いてしまいなさい!」
ルシアが影から声を張り上げて応援する。
「あははっ! 待ってー!」
無邪気に笑いながら追いかけるイスファの姿に、リアムもまた柔らかな笑みを浮かべた。ルシアは腕を組み、高飛車な笑みを浮かべつつも、二人が楽しそうに走る姿を満足そうに見守っている。
そこへ、ふと影が差し込んだ。
「あらあら、三人で何をなさっているのかしら?」
翡翠宮の奥から姿を現したのは、徳妃ルネッタと侍女のエミーナであった。
「「「あ……!」」」
三人の動きが同時に止まる。ルシアは慌てて背中に手を回し、残っていた光の粒子をすばやく消し去った。
「ルネッタおば様! わたくしたち、とっても仲良くお遊戯をしていましたのよ!」
ルシアはいち早く『お行儀の良い良い子』の顔をつくり、すんとすました表情でドレスの裾を摘み上げた。リアムも木剣を背中に隠し、イスファは無邪気にルネッタの元へ駆け寄っていく。
「おかあさま! お花が光って、かけっこしたの!」
「まあ、そうなの? イスファ、とっても楽しそうね」
ルネッタは優しく微笑み、イスファを抱き上げた。ルシアが密かに異能を使ったことを察したエミーナは、ハラハラしながら周囲を見回し、誰も見ていないことを確認して胸を撫で下ろす。
「ルシア様、リアム様、殿下。そろそろおやつのお時間ですよ。セシリア様もお待ちです」
エミーナが声をかけると、ルシアの瞳がパッと輝いた。
「おやつですの!? 殿下、一緒にお菓子を食べましょう! わたくしが美味しいところを選んで差し上げますわ!」
先ほどまでの澄ました顔はどこへやら、ルシアは二ヶ月兄であるはずのイスファの手を引いて、真っ先に宮の中へと駆け出していった。
「あ、ルシア、走ったら危ないよ!」
後ろから呆れつつも追いかけるリアム。
破天荒な異能の姫ルシア、頼もしく優しいリアム、そして一番年上ながら優しく皆を見守るイスファ。同じ歳である幼い三人だけのあたたかな笑い声が、秋の翡翠宮に爽やかに響き渡っていた。




