第一話 愚王と呼ばれた男
この作品は、私の連載中作品「灰になった男」に登場するカインというキャラをメインにしたセルフスピンオフです。
この作品から読んでも全然大丈夫ですが、よろしければこちらも併せてよろしくお願い致します。
https://ncode.syosetu.com/n0078mn/
二十四歳になる少し前、カインは「このまま遊んで暮らすわけにもいかないか」と、ようやく重い腰を上げた。
地元で気ままにやっていた時期もあったが、さすがにこの年になって、いつまでも冒険者ギルドに登録して食いつなぐだけの生活を続ける気にはなれなかった。冒険者ギルドというのは、要するに人材派遣のようなもので、その日暮らしの仕事を回してもらう分には都合が良かったが、将来を考えると、いささか心もとない。
そこで目についたのが、フロンティア・パートナーズ――通称FPC(Frontier Partners Co.の略)という会社だった。
冒険者ギルドとは違い、こちらは正規雇用の会社組織である。ダンジョン探索やその周辺業務を、企業として請け負う形態のため、採用にもそれなりの基準があった。大卒であることはほぼ必須条件で、面接でもある程度の受け答えができなければ、まず通らない。カインは地元の大学を出ていたこともあり、思いのほかあっさりと採用が決まった。
入社が決まると、まず首都グランディアでの新人講習が待っていた。全国各地から集められた新人が、三十人ほど。三週間にわたって、座学と実技を詰め込まれる日々だった。
「よろしくな」
同じ班になった大柄な男が、そう言って軽く頭を下げてきた。口数は少なそうだが、腕っぷしは強そうな体格をしている。この男が、後にパーティーを組むことになるブルーノだった。
「よろしく」
その隣で、人懐っこい笑みを浮かべた男が声をかけてくる。
「俺、けっこう服とか音楽とか好きなんだよね。よろしく」
こちらがノアだった。カインとは早々に趣味の話で意気投合し、講習期間中、自然と行動を共にするようになっていた。
問題は、もう一人の同期だった。
初日の自己紹介の時間、その男は、他の誰よりも堂々と、大きな声で立ち上がった。
「特技はクンニリングス、自慢は最大時18センチです!」
講習会場に、しばらく白けた沈黙が流れた。
誰もその発言にどう反応していいか分からず、講師すら苦笑いを浮かべるだけだった。カインも、思わず隣のノアと顔を見合わせた。
「……なんだ、あいつ」
「知らねえ。アホそうだな」
その男は、周囲の反応など気にする様子もなく、満足げに席に着いた。
その後も、この男の奇行は続いた。実技の講習で少しでも思い通りにいかないことがあると、すぐに目に涙を浮かべる。ある日の実技試験、簡単な模擬戦で軽くあしらわれただけで、とうとう本格的に泣き出した。
「ぐお”お”お”お”ぉぉーー」
なんとも表現しがたい、独特な嗚咽だった。会場中の視線が、一斉にその男に集まった。
「なんだよ、あの泣き方」
「クンニの人だろ、あれ」
「なんかもう、アホの王様みたいな奴だよな」
誰が言い出したのかは、後になってもはっきりしなかった。ただ、誰が付けたのか分からないが、この男はいつの間にか「愚王」と呼ばれるようになっていた。愚かな王――言い得て妙な渾名だった。本人だけが、この呼び名にまったく気づいていない様子だった。
「あいつと同じ班にならなくてよかったな」
カインがノアにそう漏らすと、ノアも深く頷いた。
「マジで。関わりたくないタイプだわ、あれは」
三週間の講習は、そうして過ぎていった。カインにとって「愚王」は、あくまで講習中に見かける、少し変わった同期の一人に過ぎなかった。
運命が変わったのは、配属発表の日だった。
「配属先、フェリシオン支部な」
担当者からそう告げられ、カインは特に気にする様子もなく頷いた。地元からもそう遠くない、悪くない配属だった。
「え、僕もフェリシオンです!」
聞き覚えのある、やたら大きな声がした。振り返ると、そこにいたのは、あの「愚王」だった。
「僕、フェリシオン出身なんですよ! 地元に帰れるってことっすよね!」
満面の笑みでそう言ってくる男を前に、カインの中で、嫌な予感が音を立てて膨らんでいった。
「……よろしく」
絞り出すようにそう返すのが、精一杯だった。
この日から、カインとダニー――もとい「愚王」との、長く騒がしい付き合いが始まることになる。




