第11話 二頭の巨大赤猪
・コスモ(女)=モウガス(男)
元騎士団の39歳のおっさん冒険者、職業は【ソードアーマー】
領主騎士団時代に負傷した右膝を治す為に飲んだ森の魔女の秘薬、万能薬の効果により39歳のおっさんモウガス(男)から見た目が20歳前後のコスモ(女)となる
本人は嫌々ながらも着る服が無いので、ピンク色で統一されたビキニアーマーにハート型の大盾を仕方なく装備する事になる
冒険者【フォレストアーチャー】のシノと共に巨大赤猪の討伐に挑む
足跡を追って獣道を草木をかき分け追って行く。シノの魔獣の追跡技術は卓越しており、コスモも感心する程であった。その道中で依頼中は殆ど喋らないシノが珍しく声を抑えながらコスモに説明をしていた。
「魔獣の足跡だけでも情報が沢山あるんだ、窪みの深さに歩幅で大体の体格が分かるし、体毛や木に付けられた匂いや爪痕で縄張りの場所も分かる、どの魔獣も似た様な習性があるから一目瞭然なんだ」
「さすが【フォレストアーチャー】のシノだな、詳しくて頼りになるぜ……」
魔獣の追跡に慣れていないコスモに、シノが追跡について事細かに説明をしながら先に進んでいた。騎士団時代の魔獣討伐の追跡は斥候部隊が行うのが通例で、その後、斥候部隊の報告を元に作戦立案してから、モウガス達の出番となっていた。
普段ソロでの活動が多いシノが他の冒険者に追跡技術を教えるのは非常に珍しい。基本的に冒険者は技能以外にも飯の種となる技術は他人には教えないからだ。もし教えるとしても必ず見合った技術の交換か、金貨などの見返りを求めるのだ。
それを無償で行っているという事は、シノがコスモに冒険者の新人として信頼をして期待している、かと思いきや当の本人は全く違う事を考えていた。
(新人に舐められっぱなしじゃ冒険者の名折れ、ここは先輩らしい所を見せないとね!)
である。
冒険者は人一倍、負けん気が強い。騎士団の様に雇われる身で無く、個人で全ての責任がその身に降りかかる、負けん気が強くなければ続かない職業でもある。シノも当然、人二倍の負けん気の強さを持っていた。
しばらく巨大赤猪の親子の足跡を遡って追うと、辺りの木から異様な匂いがする。まるでこの場は俺の物だと主張するような濃い獣臭がコスモ達の鼻に突き刺さる。
「……この匂い巨大赤猪の縄張りだね、自分の体臭を木に擦り付けて強調してる、近いよ」
「こっちはいつでもいいぜ」
シノが腰を低くして鋼の弓と矢を構え、コスモは盾を前に掲げ鉄の剣を鞘から抜く。臨戦態勢を整えるとより警戒を強めてその先へと進む。
巨大赤猪の濃い匂いが漂う森の中を抜けると、日の当たる木々の無い広い野原に出る。コスモ達が周囲を見回すと野原の先に盛り上がった小高い丘があり、麓に大きい洞がある事に気付く。それと同時に洞からゆっくりと2頭の巨大赤猪が出て来きて、大きい鼻を上げると辺りの匂いを嗅ぐ仕草をする。
洞から出て来た2頭の巨大赤猪を見ると、先程の親の巨大赤猪に比べても大きい。
匂いを嗅いでいた2頭の巨大赤猪がコスモ達の匂いを察知すると、体毛を逆立て警戒する姿勢を見せる。それを見て今回の依頼の討伐対象と分かったシノがコスモに指示を出す。
「二手に分かれるよコスモ!」
「了解!」
今回は安全地帯でもある背の高い木が無い、するとシノが瞬時に作戦を切り替える。2頭が別々になる様にシノとコスモが互いに距離を取って野原の上に立つと、2頭の巨大赤猪もこちらの状況を見て受けて立つ様に1頭づつに分かれて対峙する。
「コスモ!そろそろ来るよ!1頭は任せたからね!」
「相手にとって不足はねえ!俺の初陣にはもってこいの相手だ!」
シノがコスモに1頭を任せると、コスモが嬉しそうな表情でしっかりと答える。1年以上振りの実戦なのだコスモの士気がいやでも高まって行く。
その気合に触発されたのか2頭の巨大赤猪が足を蹴り上げて、コスモとシノ、それぞれの相手に向かって突進する。親子の巨大赤猪よりも突進する速度が速い、間合いを一気に詰められるとより巨大に見えて、普通ならば恐怖で足が竦む所だが。
コスモは突進して来た1頭の巨大赤猪をぎりぎりまで引き付けると華麗な足取りで身をかわす。まるで自分の高い能力値を確認する様に余裕を持っていた。もう一方のシノは横に飛び突進を避けると同時に矢を放つ。
鋼の弓から放たれた矢が1頭の巨大赤猪の後ろ脚に突き刺さる。
「プギャッ!!」
矢が刺さった巨大赤猪が叫び声を上げる。不安定な体勢でも狙いが外れないのは【フォレストアーチャー】として優秀なシノだけが出来る芸当だ。
「よしっ!」
突進して来た2頭の巨大赤猪がコスモ、シノを通り過ぎて後方に回ると速度を落として再び向きを変え、足に力を入れ始める。シノが振り向き二の矢を構え、こちらに狙い定めた矢の刺さった1頭の巨大赤猪に意識を向ける。
矢の刺さった1頭の巨大赤猪が突進を始めるが、明らかに最初に比べて速度が落ちている。これを見たシノが勝機を見出す。
(さっきの矢が効いてるな、これなら確実に急所が狙える!)
シノがより力を込めて鋼の弓の弦を引き矢を放とうとした瞬間、コスモに向かって突進していた1頭の巨大赤猪が急に向きを変えてシノに向かって突進してくる。しかも先ほどよりも速い。
それに合わせて、矢の刺さった1頭の巨大赤猪もわざと遅く突進した速度を回復させると怪我の影響を感じさせない速度で迫ってくる。この2頭の巨大赤猪の連携にシノが完全に不意を突かれる。
(こ、こいつ効いた振りをしていたのか!最初から2頭で私を狙うつもりだったんだ!)
2頭の巨大赤猪の罠にシノが気付くが、気付いても逃げられない様にシノの左右から交差する軌道を描き突進している。恐らく今までライバルだった魔獣達をこの技で葬って来たのだろう。
2頭分の巨大赤猪の全体重が乗った突進を受ける事は、人生の終わりを意味する。だがシノにはもう逃げ場が無い。
(くっ、避けられない……)
シノが諦め覚悟を決めた瞬間、正面に見慣れた桃色の鎧が現れる。
【ソードアーマー】のコスモである。
巨大赤猪の動きの異変を察知すると、英雄級の【速さ】を活かして巨大赤猪より先にシノの下へと辿り着いたのだ。通常の【ソードアーマー】なら完全に間に合わない距離だ。
コスモがハート型の盾を地面に叩き付けると同時に腰を深く落とし重心を下げる。
「盾技!大凧楯ッ!!」
そう叫ぶとハート型の盾の前に薄っすらとハート型の半透明の層が出て来る。層の大きさは盾の3倍以上の大きさがある。盾による防御範囲を広げるアーマー職専用の技だ。
コスモの登場にも怯まず2頭の巨大赤猪が更に速度を上げて、同時にコスモの出現させた盾の層へと次々に衝突する。
ギィィィイイン!!……ギィィィイイン!!
盾の層にぶつかった衝撃音の後、2頭の巨大赤猪がその場で完全停止する。コスモの足元を見ると先ほどと同じく一歩も下がってはいなかった。
(2頭の巨大赤猪の突進を……止めただって!?あ、ありえない!)
シノが驚くのも束の間、すかさずコスモが大凧楯を解除すると、鉄の剣を握った右腕に力をこめ腕を大きく振り上げる。鉄の剣の握る腕、肩の筋肉が膨張し血管が浮き出る。そして矢の刺さっていない1頭の巨大赤猪の脳天に鉄の剣を振り下ろす。
「剣技!脳天衝撃!!」
グシャ!ズゴゴゴゴゴゴ!!
潰れるような音と必殺の一撃音が森の中に響き渡る。
攻撃を受けた1頭の巨大赤猪の脳天が潰れると、ふらふらとしながらコスモから離れて行く。すでに脳が潰れ絶命しつつあるのだが、脳天衝撃は一時的に相手を気絶させる技と思い込むコスモが、シノにトドメを刺す様に大声を上げる。
「シノっ!今だ!そいつはしばらく動けない!」
「わ、分かった!」
コスモの声に応えシノが鋼の弓の弦に矢を添えて全力で力をこめる。
「弓技!一点集中矢!」
初撃とは比べ物にならない速度と回転で矢が飛んで行き、頭が潰れた巨大赤猪の側頭部の急所を正確に貫くと、しばらく痙攣した後にゆっくりと倒れる。
「よーし!じゃあ、後はお前だけだな」
コスモが矢の刺さった巨大赤猪を見つめると、その場から後退りをして距離を取り始める。まだ体毛は逆立っている、相方の巨大赤猪がやられても闘志を失ってはいなかった。それに気付いたシノがコスモに忠告する。
「コスモ!そいつは逃げてるんじゃない!突進するつもりだ!」
「魔獣らしく最後の足掻きってとこか、気に入った、受けてやるよ」
闘志の衰えない巨大赤猪にコスモが敬意を示すと、持っていたぐにゃぐにゃに曲がっている鉄の剣を投げ捨て、腰を落として盾を構える。先程の剣技、脳天衝撃でコスモの英雄級の【力】に鉄の剣が耐えられず、曲がってしまったのだ。
その鉄の剣を見たシノが鋼の弓に矢を添え、構えながらコスモに離れる様に説得する。
「何を言ってるんだコスモ!武器が無いだろ!こっちでトドメを刺すから離れるんだ!」
「シノ!こいつは俺に一泡吹かせたいのよ、この縄張りを長い間、維持してきた魔獣の意地としてな!だから手を出すなよ!」
「くっ……」
この依頼にコスモが付いて来てからは、その異常な力を目の当たりにしている。シノはコスモを説得をする言葉が思い付かないでいた。すると静かに鋼の弓の構えを解いてコスモを見守る事にした。
しかし鉄の剣が無くてどうやって巨大赤猪と戦うのか、そこだけがシノの心配していた点だ。それを察したのかコスモが語り掛ける様に話し出す。
「心配するなシノ!【ソードアーマー】の武器は剣だけじゃないぜ!」
コスモが更に大きく股を開き腰を深く落としハート型の盾を身に引き付ける様に密着させる。太腿から脹脛までの筋肉に力を込めると艶やかに膨張する。
自慢の突進を止められ、仲間も倒されて縄張りの主としての誇りを汚され怒り狂う巨大赤猪が、何度も後ろ脚を蹴り上げ突進する力を溜める。
そして巨大赤猪が堰を切ったかのように、コスモに向かって全力で走ってくる。
「ゴアァァッ!!」
叫び声を上げると段々と速度を上げ、速度が一番乗った所で一番固い部分、額をコスモに向ける。その巨大な額が回避出来ない間合いに入るとコスモの眼前へと迫る。
その刹那、コスモが静かな声で口ずさむ。
「盾技……楯駿突撃」
脚に貯めた力を一気に解放して地面を蹴り上げると、目にも止まらぬ速さでハート型の盾に全体重を乗せる。眼前の巨大赤猪の額に向かってハート型の盾を抱えて全身で押し出す様に衝突する。衝突した瞬間に腕に力込めハート型の盾を一気に前へと押し出す。
ドンッッッ!!!グシャッ!!ズゴゴゴゴゴゴ!!
生物がぶつかった物凄い衝撃音と潰れる様な音と必殺の一撃音、ほぼ同時に聞こえてくる。物凄い速度でコスモに迫った巨大赤猪が反対方向へと勢いが乗ったまま宙を舞う。目と口から出血しながら30歩程、離れた後方へと吹き飛ばされる。
その様子はまるで勢い良く投げた球が棒で打ち返されるのと酷似していた。
そのまま巨大赤猪が地面に落ちると微動だにしない。コスモが見事に巨大赤猪の全力を受け切って勝利する。
「すうー……はあ……」
それを確認するとコスモが深い呼吸をして盾の構えを解き真っ直ぐと立つ。コスモの表情は喜ぶ事も無く目を閉じると、挑んできた巨大赤猪に敬意を示していた。その姿は凛とした騎士の様な立ち振る舞いであった。
コスモの戦いの一部始終を見ていたシノが寒気に襲われ体を震わせる。
(巨大赤猪の最大の速さで突進したと思ったら逆に後ろに吹き飛ぶって……人間技じゃない……)
震えているシノを見て心配になったコスモが、背中にハート型の盾を背負うと声を掛ける。
「おい、大丈夫かシノ?怪我はないか?」
「だ、大丈夫だけど……コスモ、巨大赤猪に何したの?」
「あーあれな、足に力を込めて体ごと盾を突き出す、アーマー職の基本技だな、敵を押し出す時に使うんだ」
誰がどう見ても必殺技だ。それに押し出すというよりは、勢い良く衝突したという表現の方が正しい。それを基本技と言いのける規格外のコスモに、シノが呆れると深く考える事を止める。
「もういいや考えると頭がおかしくなりそう……とりあえず助けてくれてありがとうねコスモ、これで依頼は達成したよ」
シノが鋼の弓を背中に抱え、矢を矢筒に戻すと微笑みながらコスモの肩を軽く叩くとお礼を言う。するとコスモが倒れている巨大赤猪を見つめ、シノにどうするのか確認する。
「なあシノ、討伐した魔獣ってのはどうするんだ?」
「魔獣の部位だけ持って帰れば討伐証明は出来るんだけど、全部持って帰れたら毛皮や肉がお金になるね、でもこんなに大型の魔獣は持てないし、普通は放っておくんだよ」
冒険者として魔獣討伐の経験が無いコスモが討伐後の魔獣の扱いを確認する。あれだけの実力があるのに、変な所だけは新人並な所にシノが不思議に思うが、頼られる事を嬉しく感じて答えて行く。
コスモがモウガスとして騎士団に居た時は、倒した魔獣は全て領主の物として持ち帰っていたのだ。だが冒険者は持ち帰りさえすれば全て自分の物と分かるとシノの倒した巨大赤猪に近付く。
「ふむ、ってことは持ち帰ってもいいんだよな?」
「持てたらねって……はっ!」
まさかと思ってシノがコスモを注視すると、目の前でコスモの体格の倍以上ある巨大赤猪を軽く持ち上げ肩に担ぐ。もう驚かないと決めていたシノが、呆れた表情でコスモを見つめる。
「確か近くに開拓村があったよな、2頭も食べれないからお裾分けしてくるよ」
「呆れた……ここからあっちの方向に1時間位だから行ってきな」
何か達観した様な表情でシノが開拓村の方向を指さす。コスモが肩に巨大赤猪を担いだ状態で、シノに教えられた開拓村の方向へと走って行く。その速さもシノと一緒に走っていた時と同じ速度であった。
シノはもう突っ込む気力さえない状態で脱帽していた。もちろんコスモが戻って来たのも1時間も経っていない。今度はコスモが最後に倒した額が砕けた巨大赤猪を肩に担ぐと、シノと一緒にカルラナへと向かって帰路に着く。
~
地方都市カルラナは平地に造られた性質上、城壁が造られ囲まれていた。その城壁の外側では多くの露天で賑わっていた。城壁外側には堀でも使用されている大きな川が流れている。その水を利用して肉や川魚、野菜などの生鮮品を扱う商人達が集まり、商売をしているのだ。
そんな中に一つの店がある。
解体屋【精肉の妖精】
主に家畜や魔獣の解体をして町中の店に肉を卸す事を生業にしている。主人の男の腕が良いのか、冒険者が魔獣をこの店に持ち込み金銭に替える事が多く、冒険者御用達の店でもあった。
店の主人は妖精とは無縁の中年男で頭は毛が一本も無い丸坊主にねじり鉢巻き、精悍な長い口髭に少し腹が出た小太りした大男で肩掛けの白い上着に、黒い前掛け、腰回りには商売道具の様々な種類の包丁が皮ベルトに差してある。
今は暇なのか口に煙草を加えながら包丁を研ぎ石で研いでいた。研ぎ終えた包丁をすっと目の前に立てると、主人の男が満足気に微笑む。すると店の遠くから人の騒ぐ声が聞こえてくる。
「なんだ?何かあったのか?」
しばらく主人の男が声のする方を見つめていると、人だかりの上に浮かぶ巨大赤猪の頭が見えてくる。
「な、なんじゃ!ありゃ……」
人だかりの上を巨大赤猪が歩いているかの様な錯覚に陥るが、良く見ると桃色の格好をした女が巨大赤猪を担いでいるのが分かる。その巨大赤猪がどんどんとこちらに近付いて来る。主人の男が汗をかき動揺していると顔馴染みの声が聞こえてくる。
「おーい!セキハ!」
「その声はシノか?その後ろに居るのは……」
「俺はコスモってんだ、よろしくなセキハ!」
セキハと呼ばれた主人の男がシノの後ろ居る、巨大赤猪を担ぐコスモに注目する。見た事が無い冒険者なのかセキハが異様な格好をしているコスモを見つめていると、コスモが騒がしい中で自己紹介をする。
コスモの周囲には一定の距離を保った群衆が囲っていた。その群衆は夕暮れ時に買い物をする主婦達とその子供達であった。巨大赤猪を生で見た事が無い者も多く、ちょっとしたお祭り状態になっていた。
そんな騒がしい中で早速セキハに巨大赤猪の解体をシノが頼み込む。
「セキハ、この巨大赤猪を解体して欲しいんだけど」
「ま、待てシノ、ここに下ろすな、この奥に解体台がある、そこまで運んでくれ」
あまりの大きさに驚き、セキハが急いで露天の奥にある解体台へと案内する。解体台に辿り着くとコスモがその上に巨大赤猪をゆっくりと下ろし、セキハが巨大赤猪の状態確認を始める。
「しかし、巨大赤猪を丸ごと持ち込むなんて何年振りだ?……というか良く持ち帰れたなシノ」
「私じゃなくて、このコスモって子のお陰なんだけどね……」
セキハが巨大赤猪を見ながら興奮気味にシノに話し掛ける。さらによく見ると鮮度が高く全身に傷が少ない事にも気付く。
「な、なんて新鮮な状態なんだ、しかも傷がほとんど無いじゃねえか……まるでさっきまで生きてたかのようだ!」
「そ、そりゃまあ……先ほどまで生きてたので」
数時間前まで激闘を繰り広げていた巨大赤猪なのだ、鮮度が高いのは当然である。セキハがその鮮度の高さに感動しているとシノが視線を逸らして気まずそうに答える。倒したのはほとんどコスモだからだ。
持ち込まれる魔獣は基本的に全身傷だらけか、時間が経ち傷みかけている物が多い。冒険者の命を懸けた戦いで無傷な方がおかしいのだ。更に持ち運びとなると人手が居るので時間も掛かり傷み易い。
状態を見ていたセキハが巨大赤猪の額を見ると、そこにある傷に注目する。
「んっ?額が変に陥没しているな……ハート?の様な形だが……」
巨大赤猪の額を見るとコスモの持っているハート型の盾の装飾である、小さいハートの跡がくっきりと残っていた。セキハが顔を上げてコスモを見ると背中に背負ったハート型の盾を凝視する。
(ま、まさかな……巨大赤猪の一番頑丈な部位だぞ……状況を考えるとありえない……)
明らかにトドメとなった額の陥没を、セキハがこんな桃色の変な格好をした女が正面から盾を使って作れる訳が無いと考える。そんな事を考えているとコスモがセキハに声を掛ける。
「なあ、セキハ!出来れば夕食に巨大赤猪の太腿が食べたいんだが……解体は間に合うか?」
コスモが目を輝かせながら口から少し涎を垂らしている。昨日の朝から今まで水以外、口にしていないコスモは空腹の限界を迎えようとしていた。巨大赤猪を持ち帰った理由も空腹だからであった。
飢えたコスモの頬をシノが押し退けると間に入る。
「こら、コスモ少し待ちなって、セキハ、解体を頼みたい、太腿一本を残して後は全て売却する」
シノから正式に依頼が入りセキハが頷く。
「分かった、切り取った太腿は……仕事斡旋所の酒場で良いか?」
「ああ、それで構わない」
シノが帰りの道中でコスモと報酬の分け前を話し合い、巨大赤猪の太腿一本をコスモそれ以外をシノが受取ると決めていた。シノがコスモの分け前が少なすぎると苦情を言ったのだが、空腹になったコスモは食べきれないと答えになっていない答えで拒絶するので仕方なくこの分け前となった。
シノとセキハの間で話が決まると、素材の売却金を渡す日程を伝える。
「よし、じゃあ明日の同じ時間、またここに来てくれ、その時に金を渡す」
「ああ、頼むよ」
「むふふふ、赤猪の太腿、楽しみだな」
巨大赤猪を解体屋のセキハに預けると、続けて依頼報告を行うためコスモとシノは仕事斡旋所へ向けて歩いて行く。
冒険者コスモとして初めての依頼であったが、結果としては完璧である。忙しい1日だったが、新しい鎧に、英雄級の能力値、それらが上手く噛み合った結果、無事に乗り越えたとも言える。新人冒険者の始まりとしては、これ以上に良いものはないだろう。
だが巨大赤猪を担ぐコスモを見ていた群衆によって、カルラナにある噂が一気に広まって行った。
巨大赤猪を担ぐ、怪力の桃色のビキニアーマー現る。
後にコスモという名も広まるのだが、名誉か不名誉かは本人の思い次第である。