一日目
魔王裁判が終わってからの話。暗黒の一週間が始まる。その初日。
あつい。熱い。とある南国の海。緑青と呼ばれる海。暑さを忘れたい観光客が集まっていました。きれいな海で皆、熱を冷ましていました。ある一部の人間を残して。一部の人間は海に浸かろうとしませんでした。
「あつい。あついぜ」と言っているのに浸かりませんでした。
「はい。熱すぎです」この人たちは我慢大会をしているわけではなかったのです。
「倒れろ」男は剣で魔物と戦っていた。
「くらってください」丁寧に話すもう一人の男は魔法で戦っていました。魔物は死にかけていました。とどめを刺すために、剣を使う男が魔法を使う男に声を掛けました。
「いくぞ賢者」
「はい?勇者」そうです。二人は勇者と賢者だったのです。
すぐにとどめを刺すかと思われたが、賢者は動かなかった。勇者は一人で戦っていた。魔物は粘り強く決定打がなかなかでなかった。苛立つ勇者が賢者に催促する。
「早く、魔法を使え、お前」という言葉で賢者は動き出した。
「すみません。いきます」止まっていた分を取り返すように賢者は魔法を連発した。魔物がこの攻撃により倒れた。見事な攻撃に勇者は賢者の方へ振り向いた。
「良くやった」賛辞を贈りながら勇者は手を挙げた。賢者も手を挙げ、二人は手を合わそうとしたが、手と手を合わす寸前に勇者の手の軌道が賢者の手ではなく、顔に向かっていい音を鳴らした。
「痛っあ」なぜ叩かれるのか分からず頬を抑え、質問した。
「私が何をしたのですか」
「バカヤロ~。さっきお前、動かなかったろう。俺を一人戦わせやがって」かんかんに怒る勇者に対して理由が分かって、冷静に賢者は対処した。
「さっきはですね。勇者の言葉に驚きと感動で動けなかったのです」
「俺の言葉」”かんかん”に怒っていた勇者の怒りの度合いが、かんぐらいに怒りが収まって来た。
「そうです。さっき私を呼ぶとき名前で呼んだでしょ」
「名前。ふん、くだらん。そんなことで動かなかったのかお前」かんだった怒りが”かんかん”に戻った。
「でた。お前、いつもその呼び方ですよ。だから驚いて感動したのです。今まで名前で呼んでもらったことないですから」冷静に報告する賢者によって怒りを抑えた。
「とっさだったから覚えてないが、まあ何だ。今度からは気にするな。魔物を倒すことに専念しろ」勇者は説教臭く言っていた。
「パリ~ン」
「うん」
勇者の背中に何かが当たる。後ろを振り向くと魔物が何かを投げたポーズをしていた。勇者の足元にはガラス片が散らばっている。場の空気がいっきに緊張感に包まれた。
「「臭」」場の空気がいっきに臭くなった。勇者の背中から臭いが立ち込めてきた。二人は鼻を抑え匂い消しの呪文を唱えた。
「臭いを飛んで行け」二人は鼻を抑えるのをやめて戦闘態勢に戻る。
「くそ~魔物!」大きな声で魔物を睨む。
「ぐっ・・ぐっ・・俺の仕事は済んだ」魔物は動かなくなった。謎の言葉を残して。勇者が剣で生きているか突いて確認した。
「死んでるな」
「死んでますか。よかった。勇者体は大丈夫ですか」心配する賢者が体調を気遣った。
「ああ」
「とりあえず。この臭いを取らなければいけないな」海を見る勇者は緑青の海にめがけて一直線に飛び込んだ。
「気持ちいい」豪快に泳いだ。よっぽど気持ち良かったのか、賢者も泳ぐよう誘った。
「いいです」引きつった顔で賢者は断りをいれた。
「本当にいいのか」海に背中を向けて勇者は浮いていた。しつこく誘ったが賢者は乗り気でなかった。
「おまえもしかして泳げないのか」あまりに断るので、鉄鎚かと勇者は疑った。
二人は冒険を四年ほどしていた。だが海に来るのは初めてだった。魔物退治に追われ、二人は海で泳ぐという行動を取っていなかった。
「そういうわけじゃないです。今日は泳ぎたくないのです」断り続ける賢者に勇者は、よっぽど泳ぎたくないのだと思い話さなくなった。目を閉じて勇者は浮いていた。緑青の海を汚しながら。
再び目を開けると満点の星空だった。しまった。寝てしまった。起き上り周りの様子を見ようとして体を動かした。気持ちわる。体全体に粘つく感じがした。粘つきながら起き上ると周りの海が汚れてほのかに悪臭が漂っていた。鼻を抑え再び匂い消しの魔法を唱えて状況確認をした。前方に灯が見えた。周りには他に目標となるものが見えない。とりあえず灯が見えた方向に泳いだ。進まない。海の粘つきが泳ぎの妨げになっていた。勇者は泳ぐのをやめ左手を前に出した。
「こおり」
左手から氷系呪文が目印にしている灯に向かって、解き放たれた。いっきに前方の海がこおったが灯は消えてしまった。
「よっしゃ~」こおった海の上に飛び乗って滑った。順調に灯があった方に滑っていたが途中から滑りにくくなってきた。勇者は気付くここが南国と。どんどんこおりが溶けていく。勇者はもう一度魔法を使うか迷っていたが海岸が見えてきた。灯がもう一度ついた。前には人影が見えてきた。どうやら手を振っている。声も聞こえてきた。
「勇者~」
大きな声で出迎える賢者が現れた。氷が溶ける前に勇者は海岸に着いた。
「危なかった」呼吸を乱し、手を腰に当てていた。
「おかえりなさい。けっこう海にいましたね」屈託のない笑顔で賢者は聞いてきた。呼吸が乱れて勇者はなかなか答えられない。
一分ほど沈黙が流れ・・・・答えた。
「寝てたんだ。魔物と戦って疲れていたからな。声を掛けろよ。流されるだろうが」と漂流者にされかけて不満を言った。いつも通り賢者は困らされた。そういつも勇者に困らされていたので対処法も身についていた。
「つい魔物が投げた液体を夢中で調べていたもので勇者の存在を忘れていました。気付いたら海からこおりの呪文が飛んできて、たき火が消えたので敵かと初め思いました。確認をするため火をつけたら勇者だったというのが顛末です」丁寧に説明をすると八割は不満を解消できた。あとの二割は気分しだいなのが勇者だった。
「まあ調べていたのか」二割の気分の比率で、魔物が絡むと飛躍的に不満を解消できるか、不満が爆発する原因になっていた。今回は前者だった。
「で分かったのか」
「いいえ」さっぱりとした否定にべとついている勇者は賢者の後ろに回り羽交い締めにした。海に向かって二人は歩き出した。賢者も抵抗するが腕力では勇者が上回っていた。
「俺の苦労を味わえ」汚れた海に賢者は投げ捨てられた。賢者は勇者の仲間になった。
「うえ~べとべと」
「苦しみが分かったろうが」汚れた賢者は海から上がった。勇者の不満は解消された。
「話を聞いてください。最後まで」賢者はまだ話すことがあった。
「液体の成分が分からないので、勇者がぶつけられた場所を調べて液体の採取をしていました。次に冒険者協会に魔法で問い合わせをしました。事情を説明すると話を聞くだけでは回答できかねるそうです。液体を持ってくるなら調べてくれるそうなので、明日冒険者協会の本部に行こうと思います。勇者もついてきてくれますか」真剣に聞く勇者が顔の高さぐらいに手を挙げて質問をした。
「ついていくのか。面倒だな。緑青の海で修行しときたいのだが。早く滝の洞窟の主に再戦しないと、時間の無駄は困る」焦りの色を見せる勇者がいた。焦るのも無理はなかった。滝の洞窟の攻略がうまくいかず、半年も立っていた。滝の主に一度挑むが二人は殺されかける。瀕死になった二人は滝の主から逃げるため、滝に身を投じ川に流され緑青の海についていた。
「成分が分からないと臭いとべとつき以外にもどんな効果があるかわかりません。我慢してついてきてください」修行がしたいが、勇者は後のことを考え引き下がった。
「よし、冒険者協会へ明日行く」いったん緑青の海を離れることを二人は決心した。
「臭」
魔法の効果が消えて賢者が苦しみだす。鼻を抑えようと手を近づけた時、賢者は失神してしまう。ずっと液体を扱っていたので、手に染みついていた。
「面倒だな」賢者の鼻を思いっきり摘んで勇者は魔法を唱えた。意識が戻った賢者が立ちあがった。体はまだ揺れていた。
「世話をかけてずみません」
「まったく早く別荘行って、汚れを落とすか」
赤い鼻の賢者が南国の海で頷いていた