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「雪花さま、こちらのお召し物はいかがでしょう?」

 

「こちらもお似合いですわ」

 

 天光殿の一室。

 宴の用意のために訪れれば、待っていたのは数多くの衣装を用意した天華官女だった。しかし、その表情は皆固い。

 雪花のことをよく思っていないことが丸わかりで、それを察した琴乃が彼女らを退室させ、残ったのは琴乃と千代。

 雪花に煌びやかな着物を当てて熟考している。

 

「そんなにこだわらなくても……」

 

 冷めたような物言いをすれば、琴乃ぐいっと眉を寄せた。

 

「いけませんよ、雪花さま。今回の宴には春陽さまもご出席されますからね」

 

「は、はぁ……」

 

「雪花さまのお美しいお姿をお見せする良い機会ですわ」

 

 隣に立つ千代も激しく縦に首を振る。当の本人は二人に圧倒されながら人形のようにされるがまま着物に袖を通していく。

 

「あら? こちら素敵じゃないですか」

 

 琴乃の声に目の前の姿見を見てみれば、暖かみを帯びた桜色の着物に身を包んだ自分がいた。

 色自体は春らしいが、浮かんでいるのは繊細な雪の結晶。桜に紛れて儚く舞う様は美しい。銀色の糸で刺繍された結晶がきらりと光って、やけに眩しかった。

 

「……綺麗な着物ね」

 

 普段はこんな明るい色を身につけないから自分でも見慣れない。だが、温かいようでどこかひんやりした雰囲気が自分に合っている気がした。

 

「では、衣装はこれにしましょうね。私共はこれに合う草履や髪飾りを用意いたしますから、こちらでお待ちください」

 

 納得のいくものが見つかり、語尾が上がる琴乃は早口で告げると、部屋を後にした。一人きりの部屋は深々としている。

 忙しない空気感が一気に緩み、雪花は部屋に篭った熱気を外へ逃がそうと、襖に手をかけた、その時だった。

 

「ふっ、これで夕凪の件も一件落着だな」

 

「左様でございます」

 

 襖を隔てた向こうから聞こえる低い声。その声に雪花は思わず手を止めた。

 

「夕凪の懐妊は予想外だった。あれが皇后になられたらひとたまりもない。私の妻は雫と決めているのに」

 

(どういうこと……?)

 

 聞こえてくるのは紛れもなく、帝の声で、話の内容はつい最近、流産したと天華宮中を騒がせた夕凪についてだった。

 

「でも、こんなにも上手く流れてくれるとは。やはりあの薬の効果は抜群だったのだな」

 

(な、にを言って……)

 

 血の気が引いていくのが分かる。襖に触れる指先が青白く、震えていた。物音を立てないように必死に堪える。

 

「この薬一滴で、子どもを流せるのだから大したものだ。あの薬師に褒美を授けることにしよう」

 

(夕凪さまの子を流したのは……主上さま……)

 

 雪花は目を瞠った。怒りでわなわなと身体が震える。

 帝に対するこれまで蓄積されたものがここにきて限界に達した。


(いくら主上さまでも、良いことと悪いことがあるわ)


 そして気がつけば、襖を思い切り開き放ち、重々しい一歩を踏み出していた。

 

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