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『那須資晴、二度目の転生』  作者: 山田村


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第28話 器を得よ、海へ出よ




 越前での役目を終えた俺は、京へと戻り、ようやく落ち着いた日常を取り戻していた。


 そんなある日のことだ。今井宗久殿が、一人の客人を連れて俺の元を訪ねてきた。


「こちらは松井友閑殿。信長公の代官として堺を任されておられるが、外交・内政・調停、さらには茶の湯や商人との繋がりにも通じた、いわば政務の達人だ」


 紹介された男、松井友閑は、堺の代官という重職にありながら、京でも自由闊達に動き回る半独立的な外交官のような風情を漂わせていた。


「松井友閑にございます。以前、お顔を拝見したことはありましたが、こうして直接お会いするのは初めてですな」


 松井殿は気さくに言葉をかけてくれた。


「那須資晴でございます。以後、お見知りおきを」


 俺が無難な挨拶を返すと、松井殿は本題を切り出した。


「今回、今井殿を介してこのような場を設けていただいたのは、ほかでもない南蛮の件で伺いたいことがあったからです」


「はて、てっきり茶の湯の話かと。して、南蛮とは?」


 首を傾げる俺に、松井殿は困り果てたような顔で事情を説明し始めた。


「実は、織田信長様から『アラブの馬を入手せよ』との命を受けましてな。さっそく取り寄せたのですが、輸送の途中で三頭が死に、生き残った一頭も調べてみればアラブ馬ではなかったのです。詳しく問いただしたところ、本来の馬は道中で全滅し、やむなくマラッカで別の馬を一頭買い求めたのだとか。南蛮人は『一頭届けただけでも我らの善意だ』などと言い張る始末でして……。まったく、どこまで本当やら」


「それは災難でしたな。やはり現地に信頼できる者を置かぬことには、一筋縄ではいかぬのでしょう。前回、我らが管理した際は無事に連れてくることができましたが……。どなたか、派遣できそうな心当たりは?」


「やはり、そうなりますか。検討してみましょう。幸い、今井殿のところには喜八と甚内の二名がおります。彼らを含め、また那須殿にもお力添えをいただければと考えておるのですが」


 願ってもない話ではあるが、今の俺には事情があった。


「今は殿から褒美として自由な時間を頂いております。しかし、いかんせん京での細々とした政務が溜まっておりまして……」


「はっはっは、存じておりますとも。なれば、ご心配召されるな。事務方の専門家を連れてまいりました。ご紹介しましょう、朽木典膳と申す者だ。貴殿の手助けになるはずだ」


 そこに控えていたのは、三十一歳になるという男だった。


 朽木典膳。かつて足利義輝・義昭の両公に仕えた幕臣の一人だという。文書作成、政務、儀礼に精通し、さらには軍略も心得ている文武両面の実務官だ。義昭公が追放された後、多くの幕臣が散り散りになる中で、彼もまた浪人の身となっていたらしい。


 朽木典膳:能力評


内政:★★★★★(文書作成・裁定・寺社交渉のプロ)


軍略:★★★☆☆(守備戦と調略に長ける)


外交:★★★★☆(公家や寺社に独自の太いパイプを持つ)


 幕府再興への未練は捨てきれていないようだが、信長政権下で幕臣たちの居場所はほとんど残っていない。今井殿や松井殿は、今の那須家に欠けている実務の力を補わせるべく、初めから彼を斡旋するつもりだったのだろう。


 こちらとしても、面倒な事務仕事を丸投げして家が円滑に回るなら、願ってもない提案だ。


「お初にお目にかかります。朽木典膳と申します。以後、よしなにお願い申し上げます。以前、朽木の里で商人を助けていただいたと聞き及んでおります。その縁もあり、那須様の御名はかねてより存じ上げておりました」


「おー、そんなこともあったか。山城に出入りする商人は随分と助けてきたからな。その中に貴殿の知人もいたのかもしれん」


 こうして、俺は思わぬ形で有能な人材を確保することに成功した。


 これで大田原や大関たちの負担も減るだろう。二家とも京での人脈も事務の経験も皆無に等しく、慣れぬ仕事に難儀していたのだから。


 それからというもの、我らは海へ出る計画を具体的に進めることとなった。


 堺の港へと向かい、九鬼殿たちとも協議を重ねる。何しろ、日ノ本の人員のみで行う初の外洋航海だ。習うより慣れろの精神で進むほかない。会合衆から推薦された少数の船乗りを含め、九鬼の船員団がようやく形になり始めていた。


 堺と京の間を幾度となく往復していたある日のことだ。京の町外れで、小競り合いを「たった一言の指示」だけで冷静に収める男たちの姿を目撃した。


 その見事な手際に驚き、俺は思わず声をかけた。すると、一人の男がこう語った。


「人は動かすよりも、動かしたように見せる方が難しいものですな」


「ほう! 意図的にやったというのか。面白い、どうやったんだ?」


 興味を惹かれて問い詰めると、男は「それは、秘中です」と不敵に笑った。


「俺は那須資晴だ。貴殿ら、ただ者ではない気配が漂っているが……何者だ?」


 俺の問いに、男は目を細めた。


「ほほう、それはお互い様ですな。まさかこのような場所で『鬼』に出会うとは。……おっと失礼。私は秋津主馬。右におりますのは玄妙。以後、お見知り置きを」


 秋津主馬、二十六歳。元・三好家の軍略家であり、文治にも通じる異才だ。三好家滅亡後は京に隠棲し、表向きは穏やかに暮らしながらも、内面は極めて冷静かつ計算高い。仕えるべき器を見定めるたちで、今は寺社の代筆仕事などで糊口を凌いでいるようだ。


秋津主馬 能力


戦略:★★★★★(奇策・陣形・地形戦)


内政:★★★★☆(文書・裁定・寺社交渉)


調略:★★★★☆(敵将の心理分析)


築城:★★★☆☆(陣城構築)


 その隣に立つのが玄妙、三十歳。比叡山焼き討ちを生き延びた僧兵である。山門復興に尽力したが、信長公の監視が厳しく、行き場を失っていた。今は用心棒として生計を立てているが、秋津主馬とは六条河原で知り合い、意気投合して行動を共にしているという。


玄妙 能力


戦闘:★★★★★(槍・薙刀・護衛戦)


軍略:★★★☆☆(山岳戦・防衛戦)


宗教:★★★☆☆(祈祷・占断を少し)


「俺は今、人材を求めている。お主たち、俺と共に『冒険』をしてみないか?」


「冒険? 何です、どこかの城でも落とすのですか?」


 主馬が不可解そうに聞き返す。


「城ではない。俺と共に南蛮船に乗り、海賊退治をしながら回教の国まで買い出しに行くのだ」


「「南蛮船!」」


 二人は同時に声を上げた。


「……拙僧は船に乗ったことなどないぞ」


 困惑する玄妙に、俺は笑って返した。


「ハハハ、大丈夫だ。すぐに慣れる。それに、無事に戻れば一財産築けるぞ」


 その言葉に、貧窮していた玄妙は思わず生唾を飲み込んだ。一方、主馬は冷静に先を読んでいる。


「その船は、堺の九鬼家の船ですかな?」


「ああ、そうだ。正確には俺の船だが、運航は九鬼家が担う。前回の航海を経験した者たちが、今は内海で修練を積んでいるところだ」


「ほう。噂は真実でしたか。海戦には興味がありますな」


「拙僧は織田の方は嫌いだが……背に腹は代えられぬ」


 二人から前向きな返事を聞くことができた。


「数日中に旅立つわけではない。興味があれば鷹司邸を訪ねるがいい。部屋を用意しておこう」


 そう言って別れた後、傍らにいた直勝が口を開いた。


「二人共、かなりの使い手ですね。特に三好残党の秋津……あれは典型的な軍師の器です」


「俺も同感だ。海図を書くついでに、異国の海戦記を翻訳して見せてやるのもいいかもしれんな」


「えっ! 海図を書けるのですか?」


「ああ、ここに記憶している」


 俺は自分の頭を指差した。


 当時の海図は国家最高機密だ。リスボンの「インドのカザ・ダ・インディア」に保管されているような最新のポルトラーノ図ではないが、俺には知識がある。十七世紀当時の世界地図や、難所・停泊地の詳細図を数枚描き上げた。


 さらに、主馬が食いつきそうな「軍艦の発展史」「マゼラン航海記」「軍制・戦術・兵站の理論書」などの翻訳本も作成した。暇を持て余している公家衆を鷹司邸に集めて複製させ、信長公にも献上するつもりだ。


 複製作業を朽木典膳に丸投げしたところ、彼自身がその内容にすっかり嵌まってしまった。あまりの熱中ぶりに二日間も作業が止まるほどだったが、絵師の手配などは手際よく進めてくれたようだ。


「興味深かったか?」と尋ねると、典膳は真剣な面持ちで答えた。


「大変参考になりました。挿絵もあり、南蛮の様子が実によく分かる。……ただ、これは安易に世に出してはいけません。特にこの地図。これはあまりに危険です」


「地図か? 日ノ本では役に立たないと思うが」


「いえ、地図は国家機密です。くれぐれも、お取り扱いにはご注意を……」


 数日後、主馬と玄妙の二人がやってきた。


 その日は今井宗久殿、九鬼嘉隆殿、鵜飼、伴、大関、朽木、赤井、そしてルイス・フロイスらが集まり、航海の合評を行っていた。ペルシャ絨毯の上にテーブルを置き、椅子に腰かけるという異様な光景に、案内された二人は一瞬気圧されたようだったが、すぐに礼儀正しく挨拶を交わした。


 会議の席で、ルイスが問いかけた。


「航海の道具は揃っているでしょうが、風や潮流の知識はどうされるのです? 海図ポルトラーノは船長が回収して無いと思うが」


 九鬼殿が答える。


「海図は無い。風や潮の知識は、前回の往復である程度は把握している」


 そこに俺が補足を加えた。


「それらの知識は本にまとめておいた。予習すれば問題ない。……それと、これを見てくれ」


 俺は自作の彩色海図を広げた。


「俺の記憶にある海図を書き起こしたものだ」


 ルイスはそれをまじまじと見つめ、驚愕に目を見開いた。


「……正確だ。信じられないほどに。これはリスボンの本物と遜色ない。全く、那須殿というお人は……。いや、言うのはやめておきましょう」


 今回は会合衆推薦の商人も二名加わる。客分ではなく船員として働いてもらう予定だ。また、前回同様「柑橘類」の実験も行う。前回は誰も壊血病を発症しなかったので、今回も験を担いで大量の柑橘を用意することにした。ルイスもこの効果には気づき始めているようだ。


 会議が終わり、秋津主馬と玄妙に感想を尋ねた。


「現実にこれほどの計画が進んでいること、そして那須殿や九鬼殿が南蛮の言葉を操ることに驚きました」


「ポルトガル船に乗れば、言葉などすぐに覚えるさ」


 俺は出来上がったばかりの南蛮軍事書の翻訳本を手渡した。


「これは南蛮の軍事書の翻訳だ。参考に読んでくれ」


 すると主馬の目の色が変わった。


「これは……とんだ大好物を。忝い!」


 彼はそう叫ぶなり、その場で読み耽り、石像のように動かなくなった。隣で玄妙も同じように頁をめくっている。


 この男たち、知識に対して異常なほど貪欲だ。特に主馬のあの集中力……やはり、ただ者ではない。


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