強襲、銃撃戦、死
首都郊外の公園に、一機のヘリが駐機していた。
広い運動場に簡単な遊具、人工の川が流れる森を備えた公園は、APMC社の部隊によって制圧されており、あちこちにAPMC社のワッペンを付けた戦闘員が待機している。
少なからず戦闘はあったようで、公園の中にはいくつかザルカ帝国軍兵士の遺体が転がっていた。
APMC社の負傷者と死者は、すでに後送されてここにはいない。
公園の中に、一台のバンが走り込んできた。
迷彩服を着用した戦闘員が、銃を構えながらそれに駆け寄る。
バンのドアが開いて、紺色の戦闘服を着てカービンタイプの自動小銃を持った戦闘員が降りてきた。
内1人は狙撃銃を、1人は散弾銃を背負っている。シャーナたちだ。
「こちらです」
APMC社の戦闘員は銃口を下ろして敬礼し、ヘリの方へと走り出した。
公園の運動場に駐機している青い塗装をされたヘリは、すでに離陸準備を終えており、乗り込み次第離陸できる状況になっていた。
外観はテレビ局の空撮用ヘリだが、カメラなどの撮影機材の代わりにフレアの発射装置やラペリング装備が取り付けられていて、そのまま軍用ヘリとして使えるほどの性能がある。
パイロットはAPMC社の社員ではなく、特務機関の隊員だ。
肩書はAPMC社のヘリパイロットなので、社員といっても間違ってはいないが。
シャーナたちは、小走りでヘリへと乗り込む。
鉄骨や装甲板が剥き出しの機内はがらんとしていて、フル装備の戦闘員が5人入っても十分に余裕があった。
ヘリは、プロペラの回転音を一段と高くして離陸する。
「こちらカヤ、作戦継続に支障なし」
ヘルメットにつけられたヘッドホンに、防犯カメラや潜伏工作員などを通じて首都全域の情報を収集しているカヤから、報告が入ってきた。
ヘリは上空で数秒間ホバリングすると、首都中心部にそびえる共産党中央委員会ビルを目指して加速した。
首都のあちこちで、火の手が上がっている。
消防車や警察車両のサイレン音に混じって、発砲音がこだましている。それはひどく不気味な獣の鳴き声のようだった。
潜伏工作員たちは、すでに行動を開始している。
官僚、電気技術者、会社員などに就職してその業務に従事しつつ、命令を待つ潜伏工作員。
カヤを中心とした特務機関の工作員たちが長年をかけて育ててきた何百もの彼らは、首都に致命傷を負わせるのに十分な規模と能力がある。
狩人に追い詰められた獣が、最後の力で暴れている。シャーナは、死にかけの街を見下ろして、そんな印象を抱いた。
共産党中央委員会の黒い高層建築物が、近づいてくる。
外観は円筒状で飾り気がなく、屋上は平らだ。
いや。
屋上にある妙な動きに気づいて、シャーナは目を凝らす。
先に気づいたのは、ヘリのパイロットだった。
「ロックオン?」
シャーナは機体から身を乗り出すと、狙撃銃を構えてスコープを覗き込む。
ビルの屋上に、何か筒状のものを構える人が1人、立っていた。
「屋上で、誰かが筒状の物を構えている」
経験豊富なパイロットは、それが携帯地対空ミサイルであることを理解するのに一秒もかからなかった。
パイロットは操縦桿を引いて、機体を大きく旋回させた。
それと同時に発射された対空ミサイルは、白い煙を吐きながらヘリへと迫る。
市街地の上空に、白く光るフレアがばらまかれる。
警告もなく急に行われた旋回に、戦闘員たちは慌てて手すりにしがみついた。
だが、身を乗り出していたシャーナはそうもいかない。
「あっ」
バランスを崩して機外へと放り出されそうになったシャーナの腕を、ガーランが慌てて掴んだ。
ミサイルは空中で爆発して、爆風がシャーナの頬を撫でる。
ガーランは、シャーナの腕を引っ張って機内へと戻す。
「気をつけて」
「ありがとう」
ミサイルを回避したヘリは、そのままビルへと近づいていく。
汎用ヘリには武装を搭載していないので、屋上の敵を掃討することはできない。
それを理解しているからか、短機関銃や自動小銃で武装した警備員が、続々と屋上に飛び出てくる。
中には射程の長い狙撃銃を持っている兵士もいるらしく、弾丸が機体を掠めた。
携帯地対空ミサイル兵が、ミサイルの再装填を行っている。
パイロットは着陸が難しいと判断して、機体を携帯地対空ミサイルの射程外へと後退させた。
「救援は呼べるか?」
ザルノフが、パイロットに聞く。
「無理です。APMC社の攻撃ヘリ部隊は全て各地の戦線に散らばっていて、ここには来れるものはありません」
「ちょっと射撃してみる」
サリアはそう言って自動小銃を構え、機体から身を乗り出した。
彼女は慎重に狙いを定めて数発射撃したが、弾丸は外れて、ビルの窓ガラスに食い込んだだけだった。
ホバリングしているとはいえ、安定していないヘリから地上を狙撃することは不可能に近い。
高性能な狙撃銃を使っても、まず当たらないほどだ。
「私がやる。とりあえず対空ミサイル兵を射殺すればいいな?」
シャーナが、ザルノフに聞いた。
「ああ。頼む」
屋上にある対空ミサイルは一機のみ。その射手1人だけでも撃てれば、ヘリは撃墜の恐れなくビルに肉薄することができる。
シャーナは再びヘリから身を乗り出して、スコープを覗き込んだ。
ヘリは揺れていて、狙いはうまく定まらない。
シャーナは呼吸を止めて、引き金を引いた。
発砲音が響いて、弾丸は狙い過たず対空ミサイル兵の腹部を貫いた。
兵士はぐらりと傾いて、地面を転がる。
「射殺したぞ」
シャーナは、冷静に報告しながら、武器を自動小銃に持ち替えた。
ヘリは、そのまま限界まで速度を上げて、屋上までの数百メートルを一瞬にして駆け抜けた。
警備員たちは、慌てて地面に転がった携帯地対空ミサイルを拾おうとしたが、それよりもヘリが屋上へと突入する方が早かった。
墜落する勢いで屋上に着地したヘリから、戦闘員が次々と飛び出してくる。
警備員たちは慌ててヘリに銃口を向けたが、それよりも戦闘員が引き金を引く方が早かった。
発砲音が連続して、唐突に鳴り止む。
屋上に、警備員たちの死体が転がっていた。血の匂いが、ほんのりと漂う。
戦闘員を降下させたヘリコプターが、離脱していく。
後には、5人の戦闘員だけが残された。
「行くぞ」
ザルノフが短い指示を飛ばして、他の全員が頷いた。
彼らは屋上のドアを蹴破って、銃を構えたまま階段を駆け降りる。
散弾銃を持った警備員が飛び出してきたが、即座に先頭を走るザルノフが引き金を引いて射殺した。
うるさい発砲音と共に、警備員は血飛沫をあげて倒れた。
ビルの内装は、一般的なオフィスと大きく違わず、廊下には黒い絨毯が敷かれ、屑籠などが置かれている。
両側には片開きの白いドアが並んでいて、小洒落た金色のドアプレートには『第3会議室』『資料室』など、部屋の中身を示す表示が彫られている。
それと言って変わった物はなく、警備員がやたらと重武装であることを除けば普通のオフィスビルだ。
自動小銃が火を吹いて、現れた警備員の一団を弾幕が襲う。戦闘の警備員は一瞬で射殺され、彼らは慌てて銃を構えた。
サリアは応射を地面に伏せることで交わすと、自動小銃を乱射して彼らの足を薙ぎ払った。
残りのメンバーが、地面に倒れた生き残りの頭に一発ずつ撃ち込む。
絨毯に、血の染みが広がっていく。
スーツ姿の党員が、2人ほどドアから飛び出て走り出した。
ザルノフは散弾銃を構え、引き金をひく。
党員は1発で2人とも射殺された。その間に、シャーナはドアを開けて、会議室の隅にうずくまる人に銃口をむけ、引き金を引く。
軽快な発砲音が響き、ガラスの壁に血が飛び散った。
巧みに連携をとって隙が出ないようにして、シャーナたちの分隊はすでに3階分ほどまで進んでいた。
警備員や事務員を射殺したり、コンピューターにウイルス入りのUSBを挿したりなどの破壊活動も、同時に行っている。
すでに共産党中央委員会ビルはほとんど機能を停止しており、作戦は上手く行ったように思われた。
廊下を進んでいたところで、ガーランが急に怒鳴った。
「ザルノフ、伏せろ!」
こういった場合に、プロの軍人は迷いなく伏せる。伏せてろくでもない事態になる可能性より、伏せずにろくでもない事態になる可能性の方が高いからだ。
そして、ザルノフもプロだった。
彼は脊髄反射で伏せる。次の瞬間、ザルノフの真横にあったドアに小さな穴が開いて、つい数秒前までザルノフの頭があった場所を、弾丸が通り抜けた。
すぐ後ろにいたライツが自動小銃を構えて、引き金を引く。
弾丸はザルノフのすぐ頭上を通過して、ドアを穿った。
それと同時に、ザルノフは立ち上がりながらドアへと散弾を撃つ。
鍵が破壊されたドアをサリアが蹴破って、シャーナとガーランが室内へと突入した。
不意を打つ奇襲と、高精度な射撃。
シャーナは、その敵と戦った記憶があった。
次の瞬間、飛んできた弾丸がシャーナのヘルメットを掠める。
ガーランは、自動小銃の引き金に指をかけて止まった。
男の構える銃の先には、シャーナがいる。
もしガーランが撃てば、男は自らの命が尽きる最後の時間にシャーナを射殺するだろう。
本来であれば撃つべきだ。
たとえシャーナを失ったとしてもここを突破する必要がある。
だが、ガーランにそんな決断ができるはずもない。
「久しぶりだな」
額に傷のある男が、唇を吊り上げるように笑ってシャーナに話しかけた。
「貴様か。私を撃ったのは」
「ああ。あのときはよくも情報調査室の施設を破壊してくれたな、隠蔽と復旧にいくらかかったと思っているんだ」
男は、それが愉快なことであるかのように嗤う。
「私の気にするべきところではないな。とりあえず死ねクソ野郎」
シャーナは、銃を構えて引き金に指をかける。
だが、男は全く動じなかった。
「おっと。別に構わないぜ。どっちが早いか勝負するか?」
男は早撃ちに自信があった。
シャーナが少しでも引き金を引くような素振りを見せたら即座に彼女のことを射殺するつもりだったし、それが可能であることはシャーナも理解している。
「ふざけるな」
シャーナは奥歯を噛みしめた。
「それと、別に俺も一人じゃないぜ。オーケストラは一人でやる物じゃないしな」
次の瞬間、男の後ろから数名の戦闘員が現れた。
それぞれ、銃身全体が消音装置で覆われた奇妙な形の自動小銃を持っている。
顔をガスマスクで覆っているせいで、その表情はうかがえない。
「赤いオーケストラ舐めるなよ」
「黙れ侵略者」
シャーナが引き金を引くよりも、ナイフを持ったサリアが飛び出す方が早かった。
突然現れた新しい相手に、赤いオーケストラの戦闘員は迷う。
「ちっ。空気読めよな」
男は銃を投げ捨てると、腰から軍用ナイフを抜いて構えた。
サリアがその懐に飛び込む。
白刃がぶつかり合って火花が散った。
それと同時に、シャーナは発砲した。
赤いオーケストラの戦闘員が、ガスマスクもろとも頭蓋を貫かれて倒れる。
次の瞬間、その場にあるほぼ全ての銃火器が一斉に火を噴いた。
近距離で弾丸が飛び交う。
先頭にいた男の注意をサリアが引き付けている隙に、シャーナたちは室内へと飛び込んで、戦闘員と銃撃戦を開始した。
ザルノフの散弾が轟音を鳴らし、敵兵の片腕が吹き飛ぶ。
返ってきた応射はザルノフの肩を穿ったが、彼は全く動じずに射撃を続けている。
薄暗く肌寒い室内に、シャーナの背丈ほどもある黒い箱がずらりと並んでいる。
箱には鍵穴らしきものがあり、右上の方に青い点滅が三つほど並んでいた。
サーバールームか。シャーナはそう予測する。
電気系の技術者が見たら感嘆するほど高性能で、その上よく整備されていたが、シャーナはその手の専門家ではないので何も感じなかった。
一台100万は下らないような最新鋭のコンピューターの間を、銃弾が飛び交う。
コンピューターが並んでいるせいで、敵が何処から現れるのか分かりにくい。
シャーナは弾丸をばらまいた。弾丸がコンピューターの箱に穴を穿つ。
右上の点滅が消えた。
コンピューターの陰から自身を狙う敵兵に気付き、シャーナは即座に銃を構える。
だが、敵兵の方が早い。
敵兵は引き金に指をかけて、勝利を確信した。
即座にその意識は途絶える。
ガーランは、敵の後頭部から肉厚の軍用ナイフを抜いた。
血が飛び散り、ガーランの黒い戦闘服に付着する。
ガーランは敵の戦闘服でナイフについた血を拭って、鞘に戻した。
「シャーナさん、気を付けて」
「分かっている」
ガーランは拳銃を構え、再び敵の掃討に戻った。
ライツは、敵兵と拳銃で撃ち合っていた。
弾倉が空になるたびに、コンピューターの陰に隠れて素早く弾倉を交換し、再び拳銃を構える。敵からの応射が、コンピューターを貫く。
ライツは電子機器に対する知識が豊富な方だったので、これらのコンピューターがどれほど価値のある物なのかはよく分かっていた。
だが、それを気にして引き金を引くほど繊細な男でもない。
「手強いですね」
ライツはそう一人ごちると、拳銃を連射した。
敵戦闘員たちはよく訓練されていて連携も取れていたが、世界最高峰の練度を誇る特務機関戦闘員を前にしてはほとんど無力で、次々と撃破されていた。
全滅を恐れてサーバールームを離脱しようにも、そこにはザルノフが散弾銃を構えて待ち構えており、近づけば即座に射殺される。
だが、全員が弱いわけではなかった。
サリアは、ナイフを振り下ろす。
男は後ろに飛んでそれを躱すと、拳銃を構えて引き金を引いた。
弾丸はサリアの腕に当たる。
サリアは痛みを噛み殺して、拳銃を構えた。
男は、銃口の動きを見て弾丸を躱す。これができる人は多くない。
サリアは、一度コンピューターの陰に隠れて拳銃の弾倉を交換する。
拳銃やナイフは、警察特殊部隊時代から頻繁に使用し、多くの相手と戦ってきた。
だが、ここまで強い相手は初めてだ。
「ちっ」
サリアは舌打ちして、男へと拳銃を連射した。
弾丸がコンピューターを穿って、火花が散る。
後ろで小さな足音が聞こえ、サリアは振り返る。
男が、口ににやりとした笑いを浮かべながら、逆手にナイフを構えていた。
サリアは振り下ろされたナイフを、咄嗟に拳銃の銃身で受け止める。
ナイフが拳銃の機関部に食い込んだ。
サリアは拳銃から手を放して後ろに跳躍すると、腰のナイフを抜く。
弾き飛ばされた拳銃が、床を転がった。
「くくく。やるねぇ」
男は、愉快そうに笑う。
サリアの手から拳銃を弾き飛ばした肉厚のナイフは、少し刃こぼれしている。
「お前たち何者?」
「共産党の秘密部隊としか言えないね」
サリアの問いに男はそう答えると、そのまま切りかかった。
サリアは体を捻ってナイフを躱すと、逆にナイフを振り下ろす。
男は地面を転がってナイフを躱しつつ距離を取ると、0,4秒にも満たない速度で拳銃を構えた。その銃口が、まっすぐにサリアを睨む。
まずい。
サリアは何とか射線から体を引こうとしたが、間に合わない。
男は引き金を引いた。
突然、サリアは何かに体当たりされて倒れる。
ライツが、サリアに覆いかぶさっていた。
痛みに顔をしかめている。
「ライツ!大丈夫?」
「問題ないです。防弾ベストを着ていますから」
ライツは防弾ベスト越しに内臓を殴られた痛みに呻きつつ素早く起き上がると、自動小銃を構えて男に向け乱射した。
男はあわててコンピューターの陰に隠れ、弾幕をやり過ごす。
「このタイミングで助けに現れるとか卑怯すぎるだろ」
悪態をつきながらも、男は楽しそうに唇をゆがめている。
「さあ。最後に立っているものが正義です。どれだけ卑怯で卑劣で汚くてもね。貴方方は誰よりもそれを良く分かっているのでは?」
ライツは、皮肉を返した。
「ああそうだ。たしかにそれは俺たちが一番理解している」
男は、額の傷をなでた。いつ負ったかはよく覚えている
赤いオーケストラの任務は過酷で男は多くの負傷を負ったが、抉られたような額の傷だけは、強く男の心に残っていた。
「ザルノフ、覚えているか」
男が、突然ザルノフに話しかけた。
ちょうどザルノフが自分に向かってきた敵の一人を射殺し終えたところだったので、その声は彼の耳にも届く。
「覚えていないが。APMC社時代の話か?」
無視してもいいところだが、彼は応じた。
ザルノフにとって、目の前の敵はさして警戒する必要があるほど強くない。
それは、額に傷のある男ですらそうだ。
「多分その頃だな。あるやたら蒸し暑い国で、俺は現地の共産勢力に軍事技術を教えていた。ある日、俺たちは現地のテロリストを率いて、テレビ局を襲撃しようとした。目的は、我々の思想をテレビで発信することだ」
男は、一方的に語りだした。
サリアはその隙をついて男に接近しようとしたが、ライツが制止する。
戦闘が、一時的に停止していた。
敵戦闘員たちは戦闘を止め、銃口を下ろしている。
その奇妙な状況に、シャーナたちも戦闘を止める。
破壊されたサーバールームからは発砲音が消え、かわりに男の声が妙に聞こえてきた。
「現地警察が信用できないことをよく知っていたテレビ局は、民間の傭兵を雇って放送施設に配置していたんだ。その中に、お前がいた」
ザルノフは何も答えない。
「俺たちの部隊は完璧な動作で放送施設へと突入したよ。正面のドアを警備員と社員もろとも吹き飛ばして、そのまま中へと突入して、即座に俺たちは全滅した」
男は自嘲する。
「散弾銃を持って突っ込んできたお前は、瞬く間に部隊を全滅させた。額に弾丸を受けたとはいえ、俺が生きていたのは奇跡だよ。あの状況からどうやって助かったのか」
ザルノフは散弾銃を構えて、静かにサーバールームへと入った。
慎重に銃口を動かして、男の姿を探す。
「俺は初めてあそこまで惨敗したよ。その上、赤いオーケストラが過去実行してきた中では、唯一の敗北だ」
「それがどうした」
ついにザルノフが口を開いた。
「だから俺は決めた。お前は俺の手で殺す。お前がいるとやりにくいんだ」
「買いかぶりすぎだな。俺はそんなに強くねぇよ‥‥。いや、お前よりは強いな」
ザルノフは、散弾銃の引き金を引いた。
散弾銃の発砲音が鳴り響く。
「話中だろ。待てよ」
男は地面を転がって弾丸を避けると、拳銃を構える。
「悪いが、俺はそんなくだらないおしゃべりに付き合うつもりはない」
ザルノフは空薬莢を弾き出して、散弾の狙いを定めた。
それが銃撃再開の合図になった。
じっと固まっていた赤いオーケストラの戦闘員が、一斉に動く。
「くだらないおしゃべりに付き合わないといけないあなた方も大変ですね」
音を立てないよう慎重に後ろを取っていたライツは、敵戦闘員に銃口を向けて引き金を引いた。
脳が飛び散り、戦闘員はぐらりと傾いて倒れる。
ライツは、戦闘員が死の間際に手榴弾のピンを抜いたことに気づいた。
床に転がった手榴弾の、レバーが跳ね上がる。
ライツとの距離は3mちょっと。手榴弾の殺傷範囲は5mで、15メートル圏内でも重傷は免れない。
ライツは、ふっと笑った。
「ここまでですか」
爆轟が、サーバールームに響き渡る。
ライツの体は爆風に弾き飛ばされて、コンピューターに叩き付けられた。
ザルノフは散弾銃を構えて引き金を引く。
男は素早く体を捻って弾丸を避けると、拳銃を構えた。
それと同時に、周囲の敵兵がザルノフに銃口を向ける。
彼らは、同時に発砲した。
ザルノフは地面に伏せて弾丸を躱し、散弾を乱射する。
敵兵の数名があっという間に射殺され倒れたが、ザルノフとてここまで囲まれて無事には済まされない。
弾丸が、ザルノフの片足に食い込む。
ザルノフは微動だにせず交戦を続けた。
散弾の雨から逃れようとコンピューターの陰に隠れた男へと、ガーランがナイフを振りかざす。
寸前で気付いた男は素早く顔を捻って避けると、ガーランの腹部に拳銃を突きつけた。
「ガーラン!」
目の前の敵兵をナイフで切り捨てたシャーナが叫んだが、もう意味はない。
発砲音が響く。
腹部を穿たれたガーランは、そのまま倒れた。
シャーナは、男に自動小銃の照準を向ける。
「おっと」
男は愉快そうに笑いながら、コンピューターの影に消えた。
ザルノフは散弾銃の引き金を引いたが一歩遅く、鉛の散弾はコンピューターと床を穿つだけだった。
「大丈夫か!」
シャーナは安全の確認もそこそこに、ガーランの側に膝をつく。
サリアが、代わりに自動小銃を構えて安全を確保した。
「問題ない。交戦を続けてくれ」
ガーランは、苦し気に喘ぎながらも頼んだ。
「待ってくれ。せめて安全な場所に」
「このビルの制圧が最優先だ。頼む」
手榴弾の爆音が響いた。コンピューターの電気系統が火花を散らす音が、空気を切り裂く。
「こちらカヤ。ライツからの連絡が途絶えた。誰か確認してくれ」
「了解、私が行く。ガーランは任せた」
サリアはシャーナに指示をして、銃口を下ろして走り出す。
「俺は大丈夫だ。自分の身は自分で守れる。だから行け」
ガーランは拳銃を掲げてそう言った。
シャーナは後ろ髪を引かれる思いを感じつつも立ち上がると、敵の掃討へと走り出した。
ライツは薄目を開けた。
損傷して火花を散らしているコンピューターが、目に映る。
彼は、まだ地獄に入っていないことを理解した。
自身の体に目を向ける。
片目は破片に抉り飛ばされていたので、もう片方の目を使う。
手榴弾の破片をもろに受けた体はボロボロで、あちこちから出血していた。
もう棺桶に片足を突っ込んでいるような状態だ。
ライツはさらに視線を下げて、棺桶に突っ込む片足がないことに気づいた。
右足の膝から下が、ちぎれてなくなっている。
周囲を見ても彼の足はなかった。爆発で四散してしまったのだろう。
ライツはとりあえず足に止血帯を巻こうとしたが、指の何本かが吹き飛んでいてうまく止血帯を掴めない。
彼は止血を諦めた。
動揺はない。死は覚悟していた。
ただ自分の番が来ただけだ。
「ライツ、無事?」
突然頭上から声をかけられて、ライツは少し頭を上げた。
「サリアさんですか。見ての通りですよ」
ライツは自嘲するように笑いながらそういった。
サリアはそれを無視するとライツの側に膝をついて、血の流れる片足を止血帯で縛る。ライツは、痛みに呻いた。
「サリアさん。敵の掃討に回った方がいいですよ。私は見ての通り助かりそうにありませんので」
敵兵の真ん中で片足を失う重傷を負うことは、すなわち死を意味すると言っても過言ではない。そもそも四肢欠損自体が、それだけで命に関わる致命傷だ。
「大丈夫。すぐに治療を受けられるから」
サリアはそう言った。口調はいつも通り冷淡だったが、強く心配するような色を帯びている。
「こちらサリア、ライツが重傷。救援をお願いします。オーバー」
サリアは、カヤにそう要請した。
「こちらカヤ。現在首都で交戦しているAPMC社の戦闘部隊がそちらに向かっている。ただ、到着は間に合わないかもしれない。オーバー」
カヤの返答は、サリアが予想していた通りのものだった。
特務機関の全戦力を投入して対応に当たっている状況で、1人助ける余力などあるわけもない。
「どうすれば」
サリアは、ライツを前に途方に暮れていた。
ライツは早く戦闘に戻るよう促そうと口を開く。
その時、唐突に誰かに看取ってほしいという欲求が湧き上がってきた。
もう死ぬんだ。サリアの行動にまで口出ししなくてもいいんじゃないか。
彼女が看取ってくれるなら看取ればいいし、任務を優先するならそうすればいい。
ライツは声の漏れかけた口を閉じて、ふと心の底から笑った。
看取って欲しいとは言えない。でも、自分を無視して任務に戻って欲しくない。
だけどサリアは、何も言わなくても傍にいてくれるようだ。
ライツは、満足げに目を閉じた。
「ライツ!」
サリアは、喪失感と恐怖を感じながらライツの体を抱き上げた。
思いのほかがっちりしているその体が、ふと軽くなる。
力んでいた手が崩れ落ちた。
サリアは自分の体が血で染まることも気にせずに、ライツを抱きしめる。
「ライツ」
ただ名前を呼ぶ。かつてライツだったものは返事をしない。
一人の敵兵が、自動小銃を構えて引き金を引いた。
数発の弾丸が、ライツを抱いて丸くなっているサリアの背中を貫いた。
ザルノフは敵兵の腹部を散弾で吹き飛ばし、周囲を見回した。
整然とコンピューターが並んでいたサーバールームも、弾丸や手榴弾に破壊され尽くして、今はあちこちに無残な機械の骸が転がっている。
「こちらカヤ。サリアとライツ死亡。ガーラン重傷。オーバー」
ヘッドホンから、絶望的な情報が伝えられる。
「こちらザルノフ。任務の継続は不可能と判断。これより撤退する。オーバー」
「了解。オーバー」
ザルノフの要請を、カヤは受理した。
部隊の半数が戦闘能力を失った状況下で交戦を続けろというのは無理がある。
なにより、すでに十分な戦果は出た。
ザルノフは銃口を下ろす。
「またな」
彼は踵を返して、サーバールームを飛び出した。
ガーランは、自分の腹部に触れる。
戦闘手袋に、べったりと血が付いた。重症ではあるが、致命傷と言うほど酷くはない。
だが、周囲に自分を殺そうとしている人が大勢いる状況では致命傷と何ら変わりはない。
「俺もここで終わりか」
多くの仲間を失って、その血肉を糧にここまで来た。
ガーランは自嘲するように、それでいて満足げに笑う。
「シャーナ」
俺の血肉もまた後続の糧となって、特務機関は続くのだろう。
一人の敵兵が、ガーランの頭に銃口を向けた。
ガーランは拳銃を構えて、その敵兵を射殺する。
腹部に重傷を受けながらも、その射撃は正確だった。シャーナの顔が脳裏に浮かぶ。
「もう少し粘るか」
ガーランは黒いコンピューターに体重をかけて立ち上がると、歩き出した。
無線のマイクを口元に寄せる
「カヤ。共産党委員長はどこにいる?オーバー」
ガーランは聞いた。
ビルの設計図は、ガーランたちが内部のコンピューターにウイルスを流し込んだことでカヤの元に送信されているはずだ。
「君のいる階の廊下を直進。突き当たりを右に曲がった一番奥に委員長室がある。でも、委員長はもう逃げている可能性が高い。オーバー」
カヤは、冷静に指示を下す。
ガーランの頭には、もう道筋が浮かび上がっていた。
これで全てを終わらせられる。
シャーナの復讐も、戦争も、何もかも。
「構わない。行ってみるよ。オーバー」
ガーランは、静かにサーバールームを出た。




