銀の髪の少女A10
応接室からクランドたちが去って、1時間後。
やっと覚醒したテンプスは、床の上で目を覚ます。
「んが………いてて………な、なにがどうなって………っ! クランドォッ!!」
鼻に走る鋭い痛みに驚き、朧げな記憶から原因を思い出して吠える。
「あれからどうなって………おい! 誰かいないのか! 誰かぁっ!」
やっとの思いで上体を起こし、激しく息を切らしながら立ち上がると、重たい足を動かして応接室を出る。
「愚鈍な無能どもめ………なぜ呼ばれてもすぐ来ないのだ………は? な、なんで………誰もいない!?」
いつもならテンプスの世話をするメイドが数人、護衛が数人いるはずなのだ。それが今、通路には争った痕跡があるだけで、ひとの気配が消えていた。
世界にたったひとり取り残されたような恐怖に支配されながら、テンプスはゆっくりと通路を歩く。極度の肥満体型では迅速に歩くことすらできないからだ。
短足のうえ脂肪満載な両足を腰ごと前に出すような歩き方をするテンプスは常人なら10分でエントランスに到着するところ、20分以上かけて、昇降口から飛び出すのだった。
「ゼッ、ハ………かひゅっ………なんだ………いるではないか。この無能な奴隷め………ぇ?」
誰もいないという認識はテンプスの勘違いだった。
大勢がそこにいた。テンプスのメイドも、護衛も、衛兵も。この支部の人間すべてが、広大にして整備の行き届いていない滑走路や駐車場に集合していたのだ。
そして共通していることといえば、全員が唖然としながら空を見上げていたこと。
いったいなにを見ているのかと思えば、先程のクランドとの対談が、空中に投影され、さらに爆音でテンプスの声が流れていたのである。バリアさえ貫通するダミ声が、この支部、いや周辺の廃墟に住うしかない難民たちを唖然とさせていたのだ。
今流れているのは、終盤の部分だ。クランドたちが聞き流していた部分である。
ほとんどが愚痴と、この支部における実態であった。
『ハァ………お前にわかるかクランドォ? この支部の連中の無能さときたら、見たことがないくらいだ。機体を与えてやっているというのに碌に戦果も出せない。パイロットたちだって育ちが悪い無能ども。これだからアジア人は。本当に辟易するね。いったいどういう親に育てられたんだか。そもそも最低限の常識がないんだよ。常識が! だから俺は、もうなにも期待しないのさ。あのゴミどもは使い捨ての消耗品。戦って死ぬのは軍人として当然だし、俺の指揮下で死ねるんだから感謝のひとつくらいあってもいいくらいなのに、金を寄越せとか要求してきやがった。そういう連中は、真っ先に片付けたよ。スラスターくらいしか動かないガリウスに乗せて、アンノウンに突撃させてやった。元々タダ同然で来る機体だしな。失えば補填すればいい。そいつらの子供が訴えに来たが、同じように機体に乗せて突撃させてやったよ。有効活用ってな。俺に歯向かうから悪いんだ。ハァ………護衛どももそろそろ爆弾に変えてやるかな。あいつら笑わないし。俺専属のメイドどももそうだ。わざわざ俺の出身地から呼び寄せた同郷の女なのに、俺が雇ってやってるのに股のひとつも開かねぇ。半年程度給料を払わなかっただけだぜ? 酷ぇよなぁ。同じ人間たぁ思えねぇよ。難民どももうるせぇしよ。いっそのこと、あいつらに爆弾括り付けてアンノウンにぶつけてやるかな。あいつら汚ねえし。我ながらナイスアイデアってな! 笑えよ。おい、クランド。笑えったら。俺はいずれ本部に戻って、幹部になるぜ。その時はお前をこき使ってやるからな! 嬉しいだろ? この支部の連中も、難民も、全部俺の踏み台だ! 俺と同じ空気吸えてるだけで泣きながら支配を受け入れるべきなんだ! 本当にここの連中ときたら無能で差別的だぜ。俺が他所の人間だから冷たいんだ。みんなあいつらのせいだ。俺が悪いんじゃねぇよ! クソッタレがあっ!』
これはほんの一部である。
これからまだまだ同じような内容を反復して叫ぶのだ。
自分は悪くない。優秀だから偉い。奴隷どもが悪い。犠牲になる方が悪い。俺の責任ではない。これが10分以上は続く。
すると、当然のことなのだが、そこにいた全員が、ギロッとテンプスを注視する。
テンプスはその目に覚えがあった。アリスランドの時と同じだった。
テンプスは学習能力が皆無で、破滅している性格をした、滑稽な男だ。
学習さえしていれば、原作にいたハオとほぼ同じ、一応存在し、周囲から支部長であると認識され、その地域のみではあったが小規模ながら経済を回せたはずなのだ。
『議員ども? ハッ。議会を開く臭そうな集会所のことか? 事故を装ってガリウスに突っ込ませたよ。うるさい連中が一掃できて気持ちよかったなぁ』
「ち、ちがっ………おい! 騙されるな! あれは俺の声を編集して、あっち側に都合よくでっち上げた映像なんだ! 来るな………お前ら、俺を誰だと思っている!? 俺はお前らにとっての神だぞ!? 俺がいなけりゃまともに生活できないくせに、なんだその目はぁっ!」
全員が殺意を孕んだ双眸で睨み、にじり寄る。
テンプスはやっと恐怖し、失敗を悟った───が、もう遅い。
支部の人間は、映像を背に、流れるダミ声で憤怒を爆発させている。
なぜそんな映像と音声がリアルタイムで配信されているのか。
決まっている。グラディオスだ。
浮上したグラディオスは、立体投影が可能なスクリーンを展開。プロペラで飛翔するドローンカメラを出撃させ、それぞれが中継して30メートルをも超えるほどのサイズの立体投影モニターを作った。音声はグラディオスが巨大なスピーカーを出現させて流している。本来は地上にいる市民たちに避難を呼びかけるものだが、記録音声の再生なら難もない。
『あー………不愉快な配信の途中で失礼する。中国支部ならび、周辺にいる難民たちへ告ぐ。私は諸君らの頭上にいる艦の艦長、クランド・デネトリアである。支部の諸君、難民の諸君らの心中お察しする。そして、これから諸君らがなにをするかも把握している。その上で申し上げる。どうか、テンプスの命だけは奪わぬように』
「く、クランドォッ………!」
まさか目の上のたんこぶ的な、宿敵であり一生相互理解ができないクランドから、命を救われるとは思わなかったテンプスは感涙して叫ぶ。両手の太い指と指を絡ませて拝むほどだ。
支部の人間と難民は、一斉にグラディオスを敵視する視線を投げかけるのだが、
『勘違いをさせる発言、お詫び申し上げる。命を奪わぬようにと言ったのは、これよりテンプスの悪業を本部へ送信するゆえである。厳罰は免れない。具体は申し上げられぬが、簡単には死ねぬし、死んだ方がマシと思えるような末路となるのは確実である。諸君、間違えてはいけない。殺してはならぬ、のではなく、殺さなければいいのだ。死ななければなにをしてもいい。そうだろう? あと、意識が回復する程度に留めてほしい。痛覚などを失ってしまえば、これから迎えるであろう苦痛を楽しめなくなるからな。さて、聞こえるかな、テンプス。貴様の自由は今日限りだ。中国支部の者たちと仲良くするのだぞ? 貴様さえ退けば、中国支部は復興することができるだろう。今日が革命の日となるのだ』
支部の人間と難民たちの表情が、パァと明るくなる。苦行から解放される革命記念日だ。
テンプスはクランドへ怨嗟を述べようとしたが、これまで散々セクハラを働いたメイドの渾身の前膝蹴りによって前歯を失い───次々と殺到する人間たちによって、お礼参りを迎える。
見るも無惨な姿となるのだが、殺してはなつまらないというクランドの言動に従い、屈強な護衛たちが支部の人間たちを誘導。行列を作らせて、尻を蹴る刑に処す。
所詮は尻を蹴る程度───とは思ってはいけない。バリアが解除され難民たちが到着。数える限り2000人はいる。すでに2週目に並んでいるメイドたち。ドクターも到着。殺意で漲るパイロットたちや整備士たち。つまり万を超える、億の回数以上で蹴られ続けるのだ。まず下半身は無事では済まない。
徹底された管理の下、テンプスはその日を限り表舞台から姿を消すのだった。
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テンプス、ザマァ。
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