最終話.旅立ち
「――――さぁ、殺せぇえええええええええ!!!!」
視界は戻る。身体は現実に戻る。
声が頭上。
少女が俺を庇うように覆いかぶさっている。
目の前には、腐った腕。
「――――来い、妖刀」
その尽くの脅威を、俺は斬り捨てた。
音も無く、何もなく、目の前の屍は……両腕を無くす。
再度召喚した俺の刀は、淡く怪しく朱色の魔力を刀身に宿し、圧倒的な魔力を放っている。
「な、ば、馬鹿な……一体何が……!!」
男は、驚愕に目を剥いた。
ただただ慄き、目の前の現実を受け入れられないというように、愚かにも絶句していた。
俺はムラマサを振るい屍の、頭/胴/脚/と音さえ置き去りにして切り捨てる。
「どうして……若返っているのですか!!!」
屍に仕込まれていた、死霊魔法の魔方陣を腐った腹の中に発見、何重にも仕掛けられていたがそれに触れれば、一瞬にして解除される。
「――――『希望』を託されたからな」
屍は灰になり、骨は死霊魔法の代償に消える。
俺の身体は……全盛期である若かりし頃へと戻っていた。
これが……ミシアがくれた希望。
賢者ミシアの魔法は……回復魔法。誰も並ぶものが居ない練度の魔法で。
俺は、全盛期の年齢まで――――回復していた。
「希望だと、そんなの理由になるか!! 『祖は求む悪霊の」
「――――無効だ」
俺は男の詠唱を阻害する。
一歩、一歩、前へ前へ刀を持ち進む。
「く、くるな!! 私はまだ他の呪文がある!! 無効にされるのなら!!」
男は巨大な闇の弓矢を魔法で作り出す。
無詠唱でその威力は相当練度の高いものだ。
「そうら死ねえぇえええええ!!!!」
そしてそれは、俺の身体を直撃し。
「通用すると思ったか、痴れ者が」
その瞬間に雲散霧消した。
男の絶望は色濃くなる、恐怖はその顔面を蹂躙し精神を追い詰める。
俺が進む度にその恐怖は増してゆき、がちがちと歯を鳴らす。
「ヒィッ!! わ、分かった、謝ります! 許してください! お願いします!!」
「俺の大切な人を冒涜したのだ、謝って許されると思うなよ」
喉元にムラマサの切先を突きつける。
男は青ざめ、蛙が死んだような声を上げる。
恐怖はピークに達したように瞳は淀んでいた。
「そ、そうだ!! もう二度と少女に関わるなと! 貴方にも関わるなと帝國に伝達します!! それに『犯人』の情報も話しますから!」
……必死の命乞い。
そうだ、コイツは『犯人』の情報を握っていた…………。
殺したいほどに怒りが俺を突き動かすが、俺はムラマサを引いて消した。
男は安堵したように、胸をなでおろす。
「ありがとうございます……! 必ず、約束を守りましょう!」
「情報を言え、まずはそこからであろう」
「は、はい、テスカ様! 犯人は賢者であり『五大賢者』の一人! 今も尚、帝國に存在しています!」
「名は何という」
「はい! 名は…………テスカ様!! 後ろ!!!」
男は必死の形相で俺の背後を指さした。
俺は反射的に振り返る。
「ぎゃはははは!!! 何も無いんですけどねェッ!!」
重たい発砲音が、草原に響く。気付いた時には音は鳴り終わり。
俺の腹には大きな穴が開いていた。
それは完全に貫通しており、致命傷と言うには相応しい。絶命に至る傷だった。
「くははは!! やった、やったぞ! 俺は遂にやったんだ!!」
男は狂喜してその手に握る、マスケット銃を抱きしめていた。
「私が3年かけ編み出した『魔法無効』の魔道銃!! 貴方が何の魔法を使おうと! 詠唱妨害をしようと!! こうして無効にして銃弾を放てばこの通りなんですよぉ!!」
「俺を、騙したのか」
「当たり前です、私は貴方に謝る事なぞ何もない!」
二発目。
今度は腹でなく、肩にに風穴が開いた。
「さあて、私の最高傑作を破壊した罪。じっくり精算してももらいましょうか!!」
男は口の端を吊り上げて、嘲笑って。
――――そのマスケット銃を、地面に落とした。
ガシャンと音を立てて、その銃はカラリと地面に転がる。
俺はその銃を拾い上げ男に手渡した。
男は茫洋としながらその銃を受け取る。
「……え?」
しかし、再度その銃は……無様に地面へと落ちた。
男は目線を下げて、その銃を見る。見る。見る。
銃だけじゃない。
その地面には。
「ぎゃああああああああああああああああ!!!!! 手が手が手が!!!! 手が!!!」
血に塗れた、腐った男の両手が転がっていた。
「――――毒魔法だ。お前の両手を毒で腐らせた」
男は獣じみた声を上げる、あまりの痛みに正気さえ失うんじゃないかと思うほどに絶叫する。
俺はそれを眺めながら自分の傷口を確認し。毒魔法で治療した。
男はその光景を見て痛みなどお構いなしに吠えた。
「なぜ死なない!! なぜだなぜだなぜだ!! その傷は回復魔法も不可の呪いで」
「当然だ。これは回復魔法ではない。俺の毒魔法による自己回復力の増強だ」
「そん、な……出鱈目な……!!」
「これがこそが一つの魔法を極めた大賢者。見たこともない光景だろうよ」
何か喚いた。男はそれでも狂って何かを叫んだ。
何かをしようとした、何か奥の手があったのかも知れなかった。
多量な魔力を含んだ魔方陣が目の前に何重にも展開して、男は勝ち誇ったように笑った。
「――――毒魔法『デッドリーポイズン』」
俺はそれら全てを、身体ごと『溶かす』。
濃い紫の瘴気が男の身体を覆い、魔方陣を覆い、全てを溶かして無効にして蝕んで。
全てを殺した。
後には何も、粉一つ残らない。これこそが俺の魔法、毒の神髄。
全てに感染し、全てを蝕んで殺す。
「――――気の毒に」
俺はそう吐き捨て、少女の元へ戻った。
少女は恐ろしかったのか、ぎゅうと俺の腰に抱き着く。
「大丈夫だったか」
「う、うん。……怖かった、です」
「よく逃げなかった。強い子だ」
「はい! あ、助けてくれて、ありがとうございます!」
ぺこりと少女は腰から離れてお辞儀をする。
もう既に恐怖に染まっていた頃の瞳は何処にもなく、晴れわたっていた。
これがこの子の本来の表情なのだろう、良いものではないか。
そんな表情をあそこまで曇らせるとは……帝国とは一体、この少女に何を見出した……?
「…………まぁ。聞きたい事もあるが。まずは供養だな」
俺は胸に手をやり、ミシアへ黙祷を捧げる。
墓を暴かれ、更に老いぼれた精神を励まして……静かに眠っていたというのに、すまぬな。迷惑をかけた。
だから。
この埋め合わせは、次でしよう、次で成そう。
あの世に教会があるかは分からぬが……礼装と指輪は忘れぬよ。
いくら年寄りとはいえ、そこまで忘れたりせぬ。
「……おじいちゃん、悲しいの?」
「いいや、嬉しいのさ」
「どうして? 何かあったの?」
少女の無垢な問いに、俺は歳相応の言葉を返した。
「好きな子から、告白されたんだ」
少女は、おめでとうと……笑ってくれた。
そうすると、今更俺の胸にはむずがゆい感覚が芽生える。
…………一度は諦めた生だが、あのような『奇跡』が起きたのだ。
それを蔑ろにし、尚も絶望だ絶望だと喚く様では……ミシアにどやされてしまう。
故に、生きよう。この命尽きるまで。
今度は……『隠居』なぞしなくとも良いように。
「……さて。やるとするか」
俺は……あの事件、ミシアを殺した『犯人』を必ず探し出す。
ミシアはああ言っていたが、好きな人を殺されて泣き寝入りなぞ出来ぬ。
次こそ、俺は『犯人』の行方を掴んでみせようぞ。
「のう、少女よ。ここで会ったのも何かの縁、君を守らせてはくれまいか」
「い、いいの!?」
「勿論だとも。どうやら俺の目的と君を守る事は繋がりそうだしの」
「ありがとう! おじいちゃん! あ、お兄ちゃん?」
「どちらでもよいぞ」
「それじゃ、お兄ちゃん! よろしくね!」
「あぁ。こちらこそ」
こうして。
俺は長らく過ごした地を離れ、無垢な少女と共に旅へ出る事にした。
あれほど手を尽くしても見えなかった闇へ挑む旅、いつ成せるか分からぬが……諦めはすまい。
なにせ俺にはたっぷりと寿命があるのだから。
「全く、長い余生になりそうだ」
少女と共に一歩を踏み出す。
それは小さな、しかし確実に残した一歩だった。
……ふと。
一迅の柔らかな風が頬を撫でる。
『――――行ってらっしゃい』
背後で、声が聞こえた気がした。
陽だまりのような優しい声。
振り返れどもそこには何もなく、誰もいない。
「――――行ってきます」
俺は、そう呟いて歩みを進める。
ただいまが言えるのは、当分先になりそうだ。
息抜きで、何か始まりそうで何も始まらない短編書いてみたかったんです。正直、意外に楽しかったので皆さんも是非。
忙しい現代人にものっそいピッタリだと思います。