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面接とダメ男

 寒波厳しい2月上旬。ちらつく雪を横目に、私は暖房が効いた温かい部屋で、パソコン画面上の求人を眺めていた。職業安定所とは無職者になんと優しいところか。空調は完備され、パソコン設備も整い、清掃も行き届いており、なおかつ無職でも堂々と居座れる。私はまだ無職では無いが、三月末で今の職場を離れる予定だ。もし新しい仕事が見つからなければ無職になる。私は、無職=ニートと認識している。いや、コウイチの稼ぎではニートになりたくてもなれないのだが。


 コウイチの契約更新まで2ヶ月を切った。なのに未だ店長には何の話もしていない。転職話を持ち出すのは私だけになってしまった。

「店長に話した?」

「まだ……」

このやり取りを何回したことか。

「辞めるのが怖いの?」

私の問いにコウイチは、少し考えた後申し訳なさそうに答えた。

「うん……。今の会社ならもし倒産しても、親会社に吸収されるから職に困る事は無いんだ。俺、中卒だからこの仕事辞めた後、他の大きな企業に就職できる自信もないし……。やっぱりここで正社員目指した方がいいのかなって思う。引越し費用もないし」

つまり、今までの話は無かった事になるの?

 それなら最初から移住の話なんかなかった方が良かった。地元に帰れると期待していた分、失望が大きかった。しかし何も文句は言えなかった。


 父にコウイチの転職の件で相談した時に忠告されていた。

「何も言いなさんな。黙ってコウイチ君が決めるのを待ちなさい」

コウイチに着いて行くと決めたのだから、あれやこれやと文句を付けるな。そんなことしても本人の負担になるだけだと。私だってそうは思うが、コウイチがハッキリしてくれないと私も仕事を決められないのだ。

「じゃあ私はこっちで仕事探した方がいいよね。今からじゃ店長に話をしても引き継ぎ間に合わないしね」

わざとトゲのある口調で言った。

「うん……」

曖昧な返事をするコウイチにまた苛立った。一家の大黒柱と自分で言うくせに、こういう肝心な所で決断をしてくれない。口先で理想を並べるばかりでけっして形にならないのだ。

 転職話が出るようになってから、コウイチの発言に一喜一憂させられる生活だった。


 このころコウイチは長期に渡る体調不良に悩まされていた。一ヶ月以上も腹痛と下痢が続き、発熱も何度かあった。転職の話が出てからだった。今思えばストレス性のものだったのだろう。私は自分の事しか考えておらず、コウイチを責めてばかりいた。何故あの時の私はコウイチの不安を分かろうともしなかったのか、悔やんでも悔やみきれない。

 後日この反動が一気に降り懸かる事になるのだが、それはまた後で話す事にする。


 何度探しても、やはり条件に合う仕事は見つからない。

いっそ妥協して時給の安い所に面接を申し込むか………。

とにかく行動しなければ始まらない。受けて採用となるかもわからない。適当に何件か求人票をプリントアウトしていて、ふと「地元の求人状況はどうだろうか」と思いついた。早速検索してみると、多くはないが数件ヒットした。一件ずつ求人票を開くと、生まれ育った土地の懐かしい地名が目について嬉しかった。一通り目を通した中に、里帰り出産した時に入院した総合病院の名前があった。市内で有数の大きな病院で、こんな所で働きたいと以前から思っていたのだ。

 正社員の募集で、就業時間7:40〜17:00 給料16〜23万円 少し朝早いのが気になるが、条件は悪くない。この際コウイチに主夫をしてもらって、私が大黒柱になった方がいいのではとさえ思った。ここで働きたいと思いダメ元で話してみる事にした。帰るまで待ちきれなかった私は、印刷した求人票を片手にコウイチに電話をかけた。すると、

「良いじゃんそれ!そこ受けてみなよ」

かなりの好反応が返ってきて、逆に戸惑ってしまった。

「でもまだコウイチは辞めるって店長に話してないよね?」

「明日言う!もう絶対辞めるから、そこ取りあえず受けて!」

コウイチがそう言ってくれたので面接を申し込み、その日の内に地元に里帰りすることになった。

 申し込んだのは木曜で面接は土曜。あまりに急な展開に上手くいくのか心配になった。コウイチは本当に三月いっぱいで辞められるように話を付けられるのだろうか。辞められたとしても、まだ私は採用になるとは決まっていない。もし採用になれば、就業時間が7:40と朝早くの出勤になるので、ゆうとを保育園に預けるのならコウイチの協力が必須となる。そもそも住む所さえ考えてもいないのに、仕事ばかり話を進めて大丈夫なのか?

 しかし面接の予約は入れてしまったので、コウイチがどうなるかを待つしかない。金曜に店長に話すと言う事なのでその結果、もし辞められないと言うなら面接を辞退しよう。


 面接の前夜、つまり金曜日。実家で履歴書を書いたり面接会場の確認をしたりと、明日にむけての用意を整えていた。時刻は午後十時を過ぎたがコウイチからまだ連絡がこない。

 店長はどういう反応をするだろうか。

 以前、月末処理の雑務のために閉店後二人で残って仕事をしていた時に、店長はコウイチに

「お前はもう所帯持ちだ。正社員になれないのを理由に会社を離れるのは仕方ない。」

そう言っていたそうだ。私もそう思うし、最もな理由だろう。

 いくら待ってもメールも来ない。待つ事がきらいな私はコウイチに電話をかけた。

「店長に話した?」

「……まだ。今日店長早めに帰ったからタイミング合わなくて」

「はぁ!?面接明日だよ!?」

いい加減にしてくれ。辞める気がないのならそう言えばいいじゃないか。コウイチの発言と行動との矛盾に振り回されっぱなしで、もう黙っていることは出来なかった。

「じゃあ私、明日の面接断るから。もし採用になっても、コウイチが仕事を辞められ無かったら辞退しなきゃいけないし」

「明日話すよ」

「面接明日の昼なんだよ。話すのは夜でしょ。間に合わないからもう良い」

「ごめん……」

「私の仕事はコウイチ次第って言ったよね。コウイチがどうするかハッキリ決めてくれないと、私も仕事決められないよ」

「うん……」

力なく応えるだけでコウイチは何の反論もしなかった。


翌日、私は会場に電話し面接を辞退した。結局今回の帰省は、何をするでもなくただ実家にゆうとを連れて遊びに行ったようなものだった。

私の家族には、地元に移住するつもりでいると面接の前に話していた。皆せっかく喜んでくれたのに、さぞかしがっかりしただろうと申し訳無くなった。

 

それもこれも全てダメ男のせいだ。



この時も私はコウイチを責めていた。どう考えてもコウイチが悪いとしか思えなかった。





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