三十四
……なんて、答えが返って来るはずもない質問に、あたしは自嘲した笑みを浮かべた。“誰か教えて”なんて、あたしらしくもない。あたしにわからない事が、他人にわかるはずもないのに。
名残惜しかったが――勇者からの温もりから逃れたあたしは、一旦あたりを見渡した。なんの変哲もない海に、浜辺。いったいどこへ飛んできたのだろうか。というか……孤島、か? ここは。そんな印象がある。
近くに仲間はいないだろうかと、少しだけ歩く事に。不思議なことにこの孤島には、“魔”の気配を感じられない――つまり、モンスターや魔族はいないということだろう。なんだか変わった空気に包まれているせいで、なんとなく身体が重い。
勇者をおいといても大丈夫だったので、あたしは遠慮なく歩き出した。さすがに一人でデカい勇者は運べまい。いや運べるけど、重さの理由でなく身長の理由で。さすがに人を引きずれないだろう。
人気のない浜辺を歩きながら、私は森を覗く。だいぶ深そうだけど――やっぱりみんなは中の方にいるのだろうか? しかし、迂闊に森の中に入りたくない。奇想天外な事がいっぱいある世界なのだ。……警戒もなく入ってハイさよなら、なんてオチだけは避けたい。天国への片道切符だけはいらないのだ。
「――あっ、フィーリア!!」
と、その時。アテもなくフラフラ歩いていたあたしに……やっと見覚えのある少女が現れた。あたしはホッとして息を吐く。
「ヤイバ……」
「よかったー、一瞬心配しちゃったよ」
「ねえ、ここなに? すんごい身体が重く感じない?」
「そう? んー、アタシはむしろ心地いいけどなぁ」
ここはね――と、ヤイバは言った。ここは、帰還の地なのだ、と。
――帰還の地。それは、異世界人が唯一元の世界に帰られる場所でもあり、異世界人が自ら魔法を扱わねばここへは絶対来られない、という噂がある。あたしはもちろん初めて来た。話に聞いて知っていただけで、本当に異世界人にしか出来ないとは思わなかった。
そうか……自然の魔力を使うからこそ、それは異世界人にしか出来ないという事だったのか。それは納得だ。
呆然として森を見渡したあたし。帰還の地にいる、それはつまり――。
「……帰るんだ?」
「……うん。帰るよ」
ヤイバは苦笑する。
「あのね、姉ちゃんのお腹には――今、赤ちゃんがいるんだ」
「……えっ!?」
「父親は、教えてくれなかった。でも今ならわかる」
ファニーだよ、と。ヤイバはそう呟いた。
エーファンに、子供が。つまりそれは……私のハトコ、か? あれ、どうだっけ。まぁとにかく血縁ではあるのか。
そうか。だから……ヤイバは帰りたいのか。好きな人がこの世界にいたとしても、たった一人の姉の側にいたいがために。それもそうだと思わせるのは、ヤイバにとってもその姉にとっても……互いしか家族がいないからだ。唯一の家族の側にいたい、それは誰だってそうだよね。
……多分私も、帰りたいと思うから。
「そっかー」
「……フィーリアは、どうする?」
「えっ?」
「元はフィーリアだって、普通に生まれてたら異世界人だったんだよ? アタシの両親はいないけど、母方のお婆ちゃんは生きてるし……。つまりフィーリアのお婆ちゃんでもあるわけで」
「……」
そうか。この世界にあたしの親戚はいないと思っていたけど、向こうにはいるのか。……そりゃ、人間の父の家族を探せばあたしの親戚も見つかるだろう。でももし、今ヤイバについていけば――すぐにでも、家族に会えるんだ。
……正直、迷った。ヤイバという血の繋がった家族がいて、お婆ちゃんもいる。このままついていけばあたしは、きっとヤイバ達とともに平凡で幸せな日々が待っているのだろう。
でも、あたしは――。
「――フィーリィ!」
「……! あ……勇者」
……あたしは。
遠くから走ってくる勇者を見つめながら、あたしはヤイバに言う。
「ごめんヤイバ。あたし、ここに残る」
「……理由とか、聞いてもいい?」
「深い理由はないよ。たしかに異世界には、ヤイバやお婆ちゃん――“家族”がいるってのはわかる。でもあたしは、やっぱりこの世界の住人なんだよね。この世界の……人間、なんだ」
そう、あたしはこの世界で生れた。フィーリア・エンジェル・マールヴォロ・オコナムカ。それが、あたしだ。家族はいないけど、家族――父上と過ごした、大切な思い出が“ここ”にある。
あたしはそれを、おいて行く事は出来ない。
「……そっかぁ、あーあー残念だなぁ」
ヤイバはそう言って、笑った。
「フィーリィ! 迂闊に行動するな!」
「うるさいな……大丈夫だっての」
「大丈夫じゃない! ……一応女の子だからな」
「……一応?」
「ハイハイお二人さん、夫婦喧嘩はあとでね。向こうでファニーが待ってるから、早く行くよー」
夫婦じゃない! と、声を揃えるあたし達。どちらも顔が真っ赤になりながらの、照れ隠しだ。ヤイバはそれを「羨ましいねぇ」と呟きながら、一人先に歩き出す。私達はそれに釈然としないままついていった。
――あたしはこれを、もう少し先の未来で再び思い出す事になるだろう。あたしは、ここが自分の世界の人間だ、そうたしかに言った。あたしは魔族でありながらの人間、決して不思議な事じゃなく後悔することもない。
未来のあたしは、本当にそう言えるのだろうか?
不定期にはなると思うのですが、少しずつ投稿していきたいと思います。
こんな自堕落な作者ですが、どうか生暖かい目で見守っていただければ幸いです。