最終章 迷い家の約束 ④
「じゃ、年に一回くらいは帰ってくるから」
羽田空港の出発ロビーで、俺は見送りに来た両親と明依、そしてなぜか一緒にいる聡志にそう声を掛けた。
「ああ、年に一回と言わず、いつでも帰ってこい」
「そうよ。エドワードさんも、実家だと思って、いつでもいらしてね」
「……ありがとうございます」
エドワードが嬉しそうに微笑む。そこにはもう、外行きの表情は無い。
「エド、会えてよかったよ。どうしてるか、地味に気になってたんだ。良い顔をするようになったな」
「……悠大くんのおかげでね」
「みたいだな。近いうち、お前んとこに顔出すから、その時は盛大に歓迎してくれよ!」
「えー、嫌ですよ。聡志さん、うるさそうだし」
「悠大、なんか俺に冷たくない? おしめ変えたこともあるんだぜ」
「そういうのが鬱陶しいんですよね」
「そうだなぁ……よし、今度会ったら、エドが日本に住んでた時の話聞かせてやるよ」
「……たまになら来ても良いですよ」
俺の言葉に、聡志は快活に笑った。
ちなみに聡志は、俺が視える人間だとうっすら気付いてはいたらしい。だが陰陽師の家系だということを母に伝えるつもりもなかったし、小さい頃に視える子でも成長とともに消えることも多いので、もし何かあれば相談されるだろうと思っていたようだ。
母は母で、聡志が陰陽師の家系とは知らなかったから、俺の海外転居先の相談をした際にぽろりと漏らすまで、俺の力については触れなかったようだ。
それで、渡英するから安心だと思っていたら戻ってくることになったから、力になるべく馳せ参じてくれたらしい。
悔しいが、彼のそういうところには感謝している。
「合格したら、絶対彼氏と遊びに行きますから!」
「そうだ、彼氏! 明依、絶対に連れて来いよ。俺が見極めてやる」
「お兄ちゃんウザイ」
「明依ちゃん、受験がんばってね」
「はい! エドワードさん、勉強見てくれてありがとうございます!」
きゃっきゃする明依の横で、俺はうざいと言われたショックにひっそりと落ち込んでいた。大事な妹には、兄の深い愛情は届かないらしい。過保護な自覚はあるが、仕方ない。目に入れても痛くないほど可愛いのだ。
「それじゃ、行ってきます!」
俺達は別れを告げ、出国エリアへと入っていった。
スムーズに飛行機に乗り込む。
ちなみに、飛行機をチャーターするというフィリップの申し出は、丁重にお断りした。妥協としてビジネスクラスをご用意されたので、俺は今、いつもより広いスペースを堪能している。
隣に座るエドワードは、パソコンに向かって文字を打っている。仕事をしているようだ。
俺は、俺を育成することにしたフィリップから押し付けられた課題をこなしながら、ふと気になったことを尋ねてみた。
「そういえば、どうして俺に声をかけたんだ?」
「ん? ああ、初めて会った時のこと?」
「そう。やけに親切だったよな。スタッフがちょうどやめたって言ってたけど、嘘だっただろ」
「あー、バレちゃっていたんだね。……まあ、大した理由じゃないんだけど。僕は店を開く前に、聡志さんのところに厄介になっていただろ? そこで良くしてもらったから、僕も日本に恩返しがしたくて。それに君は精霊の気配を感じていたみたいだったから、きっと苦労しているだろうな、と」
「わざわざ店に誘ったのは?」
「君がどういう子で、何に困っているか分からなかったからね。近くに居れば、困った時に手助けできるなと。それに、スタッフが欲しかったのも本当だったんだ。僕は出張が多くなるから、その間店番をしてくれる人が欲しくてね。だからあの時言った言葉は、全部が嘘だったわけじゃないんだ。君がうちで雇いたいと思える子だったのは、本当だよ」
「なるほどな」
俺は納得して頷く。
出会った時のエドワードは、親切心の塊だった。同時に警戒もしていて、何度か試されたのを覚えている。とにかく、食えない人。そんな印象だった。今では見る影も無い。
まだまだ、聞きたいことはいろいろとある。けれど、焦らなくていいだろう。なにせ、時間はたっぷりあるのだ。
どういう方法を使ったんだか、俺のパスポートはすでに労働ビザが与えられているし、五年経てば永住権も得られる。そうなれば、何の気兼ねもなくエドの隣にいることができる。
未来がどうなるかは分からない。エドワードが精霊の声を聞けなくなったことが、どう影響してくるかも未知数だ。
ただ、明日が今日よりも良い一日になって行けばいいと思う。
黄昏に沈む窓の外を眺めながら、俺はそう思った。
エドワードを見たブラウニーがしれっと「声が聞こえないなら手話を覚えれば良いではないですか」と言い、二人があっという間に手話をマスターするのは、少し先のお話である。
終




