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英国骨董屋の奇妙な日常  作者: 秋野 七種


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第五章 人喰い絵画 ⑥

「お客さんだ、珍しい」

 部屋へ帰る途中、薄暗い廊下を歩いていると、突然声を掛けられた。

 人の気配は感じなかったから、俺は驚いて体をびくりと跳ねさせる。慌てて振り返り、今度はヒェッと声にならない声を上げた。

 そこには、白い何かを被った子供の姿があった。白い何かは、まるで頭蓋骨のような形をしていて、目の部分は仄暗い橙の光が灯っている。手にはランタンを持っており、辺りをやんわりと照らしていた。

「え、えっと、こんばんは。き、君は……?」

「アハハ! 驚いた? 僕はジャック・オー・ランタン! 皆はジャックって呼ぶよ」

「じゃ、ジャック。君も精霊、だよな?」

「そうそう! 精霊、精霊! でも普通の精霊じゃないよ。僕は、道を照らせるんだ!」

「そ、そっか。それで、俺に何か用?」

「特にないよ。いつもこの時間に一人でウロウロしてるけど、今日はお客さんがいたから、声を掛けてみただけ!」

「そうなんだ。俺、そろそろ寝るから。じゃあね」

「なんだ、帰っちゃうの? エドは部屋にはいないよ?」

「……え?」

 俺はジャックの言葉に、帰ろうと翻した体をぴたりと止めた。そしてそのまま、再びジャックの方を見る。

 彼は楽しそうに体を揺らしながら、ニコニコと笑っている。実際に見えているのは表情の変わらない頭蓋骨のようなものだけれど、雰囲気でそうなのだと分かる。

 そして、いたずらめいた口調で言った。

「エドは、絵の中に入っていったよ」

「絵の中? それって、フィリアさんの絵画のことか?」

「フィリア? それは知らないな。メアのいる絵の中だよ。さっき、自分で部屋に行ってた」

「自分で? 何か様子が変だったりしなかった?」

「エドに会うのは久しぶりだから、わかんないや。あ、でも、なんかぼーっとしてたかも」

「それはいつ頃だか覚えているか?」

「うーん、わかんない。太陽が昇り始める前くらいかな!」

「太陽が?」

 俺はその言葉に引っ掛かって、ぱっと外を見る。

 外はすでに太陽が昇り始め、東雲の空は青紫の色に染まっていた。

「そうか、()誰時(たれどき)か」

 魔と逢うと言われる時間は、黄昏時のほかにもう一つあった。それが、明け方のまだ薄暗い時間帯である。黄昏時に対して、彼は誰時と呼ばれている。

 黄昏時が“あちら側”との境界を曖昧にするならば、彼は誰時だって同じ効果があってもおかしくはない。そしておそらく、黄昏時に絵画の影響を受けたエドワードは、この彼は誰時にも同じように何らかの影響を強く受けたに違いなかった。

 そうでなければ、一人でふらふらと絵画のもとへ行くはずもない。

「ジャック、エドは絵の中に行ったと言っていたけど、どういうこと?」

「そのままの意味だよ! メアは、気に入った人間を自分の中に閉じ込めちゃうんだ!」

「助ける方法はある?」

「何もしなくても、いつか出てくるよ? メアは、飽きたらポイって捨てちゃうんだ。待ってれば大丈夫!」

 何も大丈夫ではない。飽きたら捨てるということは、飽きるまでそのメアとやらの中に居続けることになる。もし現実と同じ時間を過ごすならば、いつか飢えて死ぬことになる。その前に運よく助かっても、無事とは限らない。

 それに、と俺はフィリップとの会話を思い出す。

 この話は、エドワードの父がしていたものに似ている。たしかその悪さをしていた精霊も、精神に干渉し、遊ぶだけ遊んで、飽きたら捨てていたという。そして捨てられた人は、崖から飛び降りている。

 同じことが起こるかもしれないならば、何としてでも止める必要があった。

「……ジャック、俺はエドを助けたいんだ。力を貸してもらえないか?」

「えー、やだよ。それに、君じゃ無理だよ。だって、君は僕たちの世界と触れ合う力が無いじゃない!」

「それは……」

 俺は、何も言い返せなかった。

 エドワードは“あちら側”に干渉する力を持っている。けれど、俺にその力は無い。精霊と話し、触れることはできても、エドワードを助けられそうなものは何も持っていないのだ。

 無力感に、思わずぺたりと座り込む。

 絵画の影響を受けたエドワードが倒れた時も、絵の中に飲み込まれた今も、俺には何もできないのだ。何の役にも立たない力なんて、いっそ無ければよかった。

 エドワードは、俺がいたからこの城へ帰ってこられたと言っていた。つまり、俺がいなければ、こうしてエドワードが危険な目に遭うこともなかったということではないか。そうだとすれば、俺はとんだ疫病神だ。

 自分らしくない負の感情に苛まれていることは、自覚していた。きっと絵画の影響を受けているのだろうことも、分かっている。ただそれでも、湧き出る感情の全てが、偽りというわけでない。

 見て見ぬふりをしてきた感情が、重苦しい体積で俺を押し潰してくる。息がしづらくて、誰かに助けて欲しくても、その手を取ってくれる人は俺のせいで危険に晒されている。

 俺が、もっとちゃんとしていれば。俺に力があったなら。

「おい、戻ったんじゃなかったのか」

 意識の遠くで、声がした。ぐるぐると回る思考が、ぴたりと止まる。

 俺はゆっくり、その声の主を見た。

「フィリップ、卿……」

「そんなところで寝られても邪魔だ。さっさと戻れ。風邪でも引かれたらエドワードになんて言われるか……」

「フィリップ卿、エドが……エドが……」

「エドワードが、なんだ?」

「絵の中に、取り込まれました」

 俺の言葉に、フィリップの目が大きく見開かれた。


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