第1章 ファル公爵の旅立ち【7】
再び言葉に詰まるエレンに、ジークベルトは彼の膝に置いてあった箱を開いて見せた。その中に入れられていたのは、白いフルフェイスの仮面だった。
「これは……?」
「碍魔の魔力が込められた仮面だ」
“碍魔”は魔道具に付与される効果のひとつだ。碍魔の魔道具を身に着けていると、魔力が外側に放出されるのを防ぐことができる。つまり、碍魔の魔道具を身に着けていれば、魔力を感知されることがなくなるのだ。魔力を隠し、さらに仮面を装着していれば、その正体が容易に知られることはないだろう。
「狙われるのなら、逃げればいい」
真っ直ぐに投げられる力強い言葉に、かすかに眩暈を覚える。この六年、自分とこれほどに真剣に向き合ってくれた者はほとんどない。叔父くらいのものだ。それも、自分が逃げていただけなのかもしれない。
「……私は……」エレンは俯いた。「……ファル公爵家には、父の罪の呪いが付与されました。その贖罪をしなければ……」
父の犯した罪は重い。父の命だけでは足りないと思う者が多いのは致し方ないことだ。それにより自分が命を狙われることは、当然のことと言える。
「その贖罪はいつまで続くんだ「
エレンはハッとした。例え自分が殺されたとしても、それでも足りないと思う者がいるかもしれない、ということだ。贖罪という呪いを、自分の次に爵位を継いだ者にも継承してしまう可能性があるのだ。
「そうやって背負った罪をどうするつもりだ? 父親の罪は父親の死で償われたはずだ。父親の命で気が済まない者の恨みが、お前に罪の意識を刷り込んでいるだけだ」
「……それは、そうかもしれませんが……」
エレンは言葉を続けることができなかった。
ジークベルトは、呆れたように小さく息をつく。
「とりあえず、王都を目指す」
「王都ですか?」
「目的はファル公爵位の撤廃だ」
力強く言うジークベルトに、エレンは目を丸くした。
「そんなことができるのですか?」
「知らん。だから行くんだ。王に会いに」
「…………」
爵位の撤廃。自ら爵位を手放すということだ。これまでの社交界では、爵位の剥奪は失脚によるものであった。貴族社会において、爵位は当然としてある制度。それがなければ社交界は成り立たない。爵位の撤廃、それはファル公爵家をエレンの代で終わらせるということだ。
「王が、お前の父親の罪をお前が追わなければならないと判断したら、お前はそこで首を斬られればいい。その必要がないと王が判断すれば、それで終わりだ」
エレンは激しく心が揺さぶられていた。この六年、こんなことを言う護衛はいなかった。いままで叔父が連れて来た護衛は、一ヶ月と待たずにエレンのもとを去って行った。彼は、いままでの護衛とは違う。
「ここで死んだように生きていていいのか。お前は、自分の人生を生きたくないのか」
「……私に、それが許されるのでしょうか……」
「俺が許す」
「…………」
強い意志を湛えた声に、胸が締め付けられた。エレンの未来、過去を真っ直ぐに見据える瞳が、エレンの中の枷を解いていく。彼の言葉は違うことなき真実であった。
ただすべてを諦めているだけだった。自由になることは許されないと、そう思い込んでいただけだ。父の罪が自分のものであると刷り込まれ、爵位を狙う貴族に命を脅かされることも致し方ないことだと、そう諦めていたのだ。
エレンは顔を上げ、衛兵に呼び掛けた。
「伯父貴を呼んでください」




