第9話 店舗決定
「どうぞ。ウブド酒とオススメ三品です」
王子と話している間に料理の作成が完了したらしく、俺の目の前に小さな樽で作られたジョッキと皿が並べられた。
「ありがとうございます」
俺は感謝の言葉を述べて、まずは酒を飲んでみることにした。
ジョッキの中身を見ると、紫色に輝く液体が入っている。そこから独特な香りが放たれていて食欲を促される。
一口飲んでみると、フルーティーな味わいと香りが口の中に広がった。
日本でいうワインというものに近いかもしれない。
当時の俺はまだ酒を飲める年齢ではなかったので飲んだことは無いが、親が飲んでいたものに匂いが近い。
どの世界の人間も似たようなものを作るあたり、ヒトという種族に世界的な違いはあまり無いのかもしれない。
「よく追いつけたな」
一通り初めての酒を楽しんでから、俺は王子に問うことにした。
一先ず知らないフリをしていたことは置いておいてやろう。
確かあの時はそれなりに早く走って離れたはずなのだが、この男はよく付いて来れたと思う。それに土煙でまともに周囲を見られなかったはずなんだけどな。
「探知系は得意なんでな。それにお前ほど異様な存在すぐに分かる」
自慢するように胸を張るトワイライト王子。俺はそんな彼の言葉が気になって首を傾げた。
「俺って異様なの?」
人と変わらないと思っていたんだけどな。そうではなかったのだろうか。
「魂力がゼロだからな。中々居ないぞ。全く魂力が無い人間」
確かにそうか、と変に納得してしまって、それがまたおかしくて笑ってしまった。
「その身体でどうやってブラッド・ブルを倒したんだ?」
「殴っただけ。見てたんなら知ってんだろ」
今更誤魔化すこともできないだろうと判断したため、俺は素直に白状した。
「それが信じられないって言ってんだよ」
本当のことを言っただけなのだが、何故か睨まれてしまった。防御力が下がってしまいそうだ。
「本当に殴っただけなんだよ。強いて言うなら魔力で強化したくらいだ」
偽ってもバレるだけなので、俺は当時使用した技術のことを思い出しながら説明した。
「魔力で……お前は魂力を持っていないんじゃないのか?」
「魂力はな。ただ魔力自体は持っているんだ。だからそれをちょこっと使って身体強化を施した。そんで殴った」
世界の至る所に存在する三大法力のうち二つ、霊力と魔力が混ざりあって生まれたものが人々の扱う魂力だ。
それを持っていない俺なのだが、体内にその力が無いというわけではない。
俺は特別に魔力が多い。代わりに霊力が極端に少ない。だから体内でバランス良く混ざり合うことができず魂力を作れないのだ。
それに気づいたのはいつだったか、忘れてしまったな。まあまあ絶望したのは覚えている。
だが、魂力が扱えない、イコール終わりと決めつけるには早い。
魔力しか無いのであれば、その魔力を使ってしまえばいい。
そう考えた俺は魔法というものを研究し始めた。
本来魔法は魔族や魔人、魔物が扱う。
純粋な魔力を体内にある法力回路で変化させて超常的な現象を放つものだ。
人間には出力が高すぎるため普通であれば扱うことができないが、そこは研究の結果人間程度の脆弱な法力回路でも問題なく扱えるようにした。
「魔法……ってことか? お前、そんなことが出来るのか」
「絶対誰にも言うなよ。バレたら面倒だ」
これは両親にも隠している話だ。知っているのは、我が最愛の妹くらいだろう。
「なんだ、名声は欲しくないのか?」
物珍しそうな目で見てくるが、生憎そんなものに興味は無いので肯定する意を込めて無言を貫いた。
「珍しい奴だな。そんな世紀の大発明をしたのであれば億万長者になれるだろうに」
「そんな事よりもやらなければならない事があるんでな」
魔法なんてあくまでもこの体でこの世界を生き抜くために編み出したものに過ぎない。そんなもので金を稼ごうとは思わないし、変に話題の中心になるのはごめんだ。
「やりたい事?」
俺の目標が気になったのか、興味深いと言わんばかりに顔を覗き込んできた。
「牛丼屋を開く。この世界の飯はあまりにも不味すぎるからな」
言わなくてもいいとは思うが、勿体ぶると面倒になりそうだと直感的に判断したので素直に吐いておく。
すると王子は余計に興味を持ってしまったらしく、目をキラキラと輝かせた。
「牛丼……というのはなんだ?」
「米の上に煮込んだ牛肉を乗せた飯だよ。まだ研究中だがな」
この世界の食材で完全に再現できるかどうかは分からないが、試してみる価値はある。
なにより、この世界は飯が不味すぎる。日本の料理を現代の料理とするなら、この世界の料理は石器時代の料理だ。
「この店の料理は美味しくてびっくりしたけどな。どうやってこの料理を作ったのか訊きたいくらいだぜ」
「企業秘密です」
目の前の店主さんにニコニコとした顔で隠されてしまった。
企業秘密と言われてしまえばどうしようもないな。
日本という食に精通した国を生きた俺からすればこの世界の食事はあまりにも不味すぎるが、この店の料理はその日本の味に近かった。
もしかしたら俺と同じ転生者なのかもしれない、一瞬だけそんな思考が頭を過ぎったが、日本の転生者同士が出会うなんてこと宝くじの一等よりも低いのではないだろうか。
「料理屋を開くのか。それは楽しみだ」
「店の場所も何も決まってないけどな」
自嘲気味に笑ってみると、何故か王子は店主と顔を見合せて笑った。
なんだ、この二人は揃いも揃って未だ何も成し遂げていない俺を笑うような性根の腐った連中だったのか。
彼らの笑みを嘲笑だと判断した俺はフツフツと怒りが湧いてくるのを感じていたが、それが誤解だったと即座に知ることになった。
「じゃあさ。この店使わないか?」
「……はあ?」
王子がカウンターをトントンと指で叩きながらそんな提案をしてきた。
「お前が許可出すもんじゃなくねぇ?」
この店は店主さんのものだろう。ならこの場所を俺が使っていいかどうかは王子が勝手に決めることではない。
「そりゃそうなんだけどな」
「私には人脈というものがあまり無くてですね。トワくんにこの店を代わりに使ってくれる人を探してもらっていたのですよ」
俺の指摘が図星だったのか困ったように笑う王子に代わって、微笑みを崩さない店主が説明を始めた。
なるほど、確かに王子ともなれば交友関係はそれなりに広そうだしな。賢明な判断では無いだろうか。
「店、辞めちゃうんですか?」
純粋な疑問をぶつけてみると、店主は僅かに悲しそうな顔をした。しかし即座に微笑みで上書きする。
「もう歳ですからね」
確かに白髭を携えたその顔は歳を感じさせる。それでもまだ現役なように感じるのだが、見た目よりも老いているのだろうか。
「この店にも随分愛着が湧いてしまったようでして、せっかくなら大切に使ってくれそうな人に譲りたいのです」
愛おしそうにカウンターを撫でる店主さん。その表情から、いかにこの店を大切にしてきたのか分かる。
「俺なんかでいいんすか?」
ここで、俺は謎に力不足を感じていた。
俺はこの人ほどこの店を大切にできるとは思えない。
当然構えたのであればこの身を挺してでも守るつもりだ。だが店主の顔を見て察してしまった。俺はこの人ほどこの場所を愛せないし守れない、と。
そんな俺の様子を見てか、店主は柔らかく微笑んだ。
「貴方であれば十分この場所を使ってくれる。私は貴方であれば躊躇うこともなくここを引き渡せますよ」
どうやら俺の分析とは違い、店主さんは俺の事を高く評価してくれているらしい。
「……分かりました。この店、大切に使わせてもらいますね」
俺は店主の優しくも力強い瞳をまっすぐ見つめて、そう告げた。
店主さんは覚悟を決めた俺の様子を見て、ゆっくりと頷いた。
これで場所は確保できた。後は食材を集めて店を開くだけ。
店主さんの期待に答えるためにも、今後はより力を入れて頑張らないとな、と俺はその時決意を固めるのだった。




