第21話 確かめてやるよ
「お前……いつの間に?」
真っ先にアーリーが気づいて、先程までの笑顔から一転して緊張した顔で剣を構えた。
「あら、私はずっと居たわよ?」
おかしそうに笑う隣の奴。低めではあるが女性の声だ。
隣をチラリと見ると、そこには薄い緑の髪を肩ほどにまで伸ばした高身長の女性が立っていた。
「……その人の傍から離れてください」
いつの間に詠唱を済ませたのか、炎の槍を女に向けるカルメがそんなことを言った。
「その程度で私を脅かせるとでも思ってるの?」
笑みを崩すことなくゆったりとして動作で三人へ近づいていく女。
「フレイムランス!」
身の危険を感じたのだろう。少しも躊躇うことなく槍を放った。
……が、それは女が一度手を振るだけで何も無かったように消えてしまう。
「えっ、なんで……」
その現象が理解できなかったカルメが驚きのあまり消え入りそうな声をあげながら困惑する。
そんなカルメを護るように、アーリーとマスキュルが前に立つ。しかし二人も女の実力を感じ取っているのか、その額には薄く汗が滲んでいる。
「あらあら、貴方達程度で私と戦えると思っているの?」
余裕そうな笑みを浮かべ続ける女。
そんな彼女に、俺は即座に弓を構えて矢を放った。
「……へえ?」
背後からの攻撃を何重にも重ねた防御魔法で防がれる。だがその程度の動きを見せられたところで俺は少しも動揺しない。
「お前の相手は俺だ。余所見すんじゃねえよ」
なるべく圧をかける姿を見せるようにしながら、俺はジッと女を睨んだ。
「サン……危険だ! 今すぐに——」
「逃げる時間くらいは稼げると思います。そのうちに早く」
ゆっくりと体をこちらへ向ける女の奥に居る三人へ向けて告げる。
「貴方達は今後も活躍される。今、こんなとこで命を落とすわけにはいかないでしょう」
「それはお前も同じだろ!」
アーリーは女の動きを止めるべく剣を振るったが、もう三人には興味が無いらしい。防御魔法でいとも簡単に止められてしまっていた。
「CランクとFランク、切るなら当然雑魚です。早く行ってください」
俺はアーリーではなくマスキュルを見つめて、言葉を紡ぐ。
「……アーリー、行くぞ」
「おいマスキュル! サンを置いていく気かよ!」
意図を正しく察してくれたらしい。マスキュルがアーリーの腕を掴んで半強制的に連れて行った。カルメも心配そうな顔をしながらだがマスキュルについて行く。
「さて、これで邪魔者は居なくなったな」
三人の姿が見えなくなったことを確認して、女に不敵な笑みを向ける。
「良いの? 盾が居なくなっちゃったけど」
「盾なんて必要ねえんだよ」
「そうかしら」
持っていた弓をポイっと投げ捨てて、手をプラプラと振る。
三人が居なくなったということは、本気で殴っていいということだ。
「確かめてやるよ。お前の実力」
女を煽りつつ、俺は一歩強く踏み出した。
「止まれマスキュル!」
風花雲月の三人は巣の入り口にまで来ていた。
リーダーのアーリーが力強く掴まれていた手を振り払って立ち止まる。
「サンを助けに行く」
「駄目じゃ」
「なんでだよ!」
今すぐにでも最深部へ向かいそうなリーダーをその逞しい腕で肩を掴むことによって制止する老人。
「あやつの覚悟を無駄にする気か?」
「……あんなん覚悟じゃねえ! ただのヤケクソで自暴自棄な自殺行為だ!」
アーリーには、サントールの意図が伝わっていない。当然である。元々アーリーに伝えようとしていないのだから。
「奴は何かを企んでおった。まだ死ぬとは限らない」
対してマスキュルにはサントールに策があることが伝わっているので、こうしてすれ違いが発生している。
「企むって何をだよ! あの女は次元が違う。Fランク一人で敵うわけないだろ!」
そう、アーリーは女と自分達の差を正しく理解していた。
風花雲月が束になっても数秒で蹴散らされてしまう。そんなこと容易に想像できていた。
それでも助けに行こうとするあたり、アーリーという男は相当な仲間思いなのだろう。
「……私も、辞めた方がいいと思います」
アーリーとマスキュルが言い争いをしていると、ずっと黙りこくっていたカルメが突然口を開いた。
「アイツは化け物です。行ったところで死ぬだけ。ならサンが言ったように一人の犠牲でみんなが生き残るべきだと思います」
これは所謂トロッコ問題というやつだった。そこに答えなんてものはない。
一人を犠牲にするか、その一人のために数名を犠牲にするか。
マスキュル、カルメとアーリーでは考えが違う。そして見ている景色も違っていた。
「それにアーリー、魔術に疎いから分かんないと思うけど。サンも中々に化け物ですよ。もしかしたら、一人でもどうにかなるかも」
「アイツが?」
カルメには他二人とは異なる視点からサントールという男を見ていた。
本人も自覚しそれを武器にしているが、サントールは魔力量が異様に多い。逆に霊力は極めて少なく、そのせいで魂力が生成できない体になってしまった。
二人は基本的な魔術師しか扱えないので気づいていない。しかし魔術に長け、更に魔法という魔物が扱う術にまで興味を持つカルメは気づいていた。
サントールという男の異質な魔力、そして洗練された魔力操作を。
「さっきアーリーが斬りかかった時、アイツは防御魔法を一枚だけ張ったの覚えてますか?
」
「……ああ、刃が通る気配すらしなかった。あれは相当レベルの高いものだった」
「それを複数枚展開していたんです。サンが矢を放った時」
その事を明かされ、アーリーもマスキュルも驚きを隠せなかった。
「まじかよ……」
「よく気づいたのぉ。カルメ」
「うん。だから、私達が行っても足手まといだと思います」
マスキュル、そしてカルメの制止を受けてようやく落ち着いたのか、アーリーは俯いて黙りこくってしまった。
「……それでも俺は助けに行きたい」
どうやらクランメンバー二人の言葉を聞いてもなおアーリーの仲間想いは止まらなかった。
「アーリー、そろそろ大人になれ。冒険者の世界は甘くないんじゃぞ」
なるべく優しく諭すマスキュルの腕を感情に動かされて振り払う。
「分かってるよ! でも俺がサンを誘ったんだ。それなのに見捨てられっかよ!」
仲間想いなアーリーは結局、新人の命を助けるために最深部へと駆け出してしまった。
「……全く、相変わらず我儘なリーダーじゃな」
「それがアーリーの良いところですよ。ほら行こ」
そんなリーダーに慣れているのか、マスキュルは呆れたように笑い、カルメはどこか嬉しそうにしていた。
「そうじゃな。急ぐとするか」
リーダーを置いて逃げるという選択肢は風花雲月の二人には無く、アーリーの背中を追って走り出した。




