一番近いことの弊害?
家に帰ると、奏音からメッセージが来ていた。
私が一番最初に帰り着いているはずだから、奏音はまだ帰宅途中かな。
「なんだか、すごい視線を感じるんだけど」
「それは、奏音が可愛いからでしょ」
もっとも、それだけじゃなくて、『ファルモニカ』の好況の影響というところが関係しているのは間違いない。
奏音一人だからわからない、なんていうこともないだろうし。もちろん、アイドルに興味のある人は、という範囲だ。
まだ、アイドルにそれほど興味がなくても名前は知っている、顔は見たことある、という程度には広がっていない、よね?
「多分、中吊りの広告と被ってるからだと思う」
奏音から送られてきた写真は、『ピュアリーフ』の広告。
丁度、奏音が映っているものだ。
「よく撮れてるね。被写体が良いから」
便乗するように、琴音から送られてきたのは、『アクティス』のほうの広告。
これは、以前撮ったもので、琴音は映っていないけど、コンビニの入り口上に飾られていたらしい。
「『アクティス』の仕事を受けたのは結構前なのにね」
まだそれが使われているのか、あるいは、使っていなかったけれど、この機に乗っかろうとして、引っ張り出してきたのか。
こちらも、心機一転ということで、新しく撮影の仕事もあるかもしれないと思うと、嬉しくもなる。今度は、琴音とも一緒だし。
「また、仕事はくるんじゃないかしら。こういうスポーツドリンクのパッケージとか、CMって、短いスパンで交換されるでしょう?」
たしかに、周期というか、間隔はわからないけど。
「二人の映っているCMを観たけれど、二人の構図が丁度良い感じだとは思うけれど」
「そこは、琴音が入って三人になったなら、三人用の新しい構図が考えられるんじゃない?」
たしかに、奏音と二人のときには、一対一の構図というのが魅せられたけど。
べつに、これはバスケだけに限った話じゃないわけだし、三人でやるのなら、たとえば、陸上で並んで走っているところでもいいし、別の団体競技とか、バトンタッチしていく感じのものでもいい。
「こう言うとあれだけど、CMなんかに関しては、私たちは言われたとおりにやるだけだからね。仕事が頼まれるときには、構図とか、台詞とかは、先方で考えてくれるよ」
たとえば、歌詞に関しては、私たち自身で創作しないといけない部分が大きいとか、動画に関しては、自分たちでプロデュースしないといけない、というところはあるけど。
でも、それは、自分たちで決めた活動だから当然のことで。
「実際、この間の『ピュアリーフ』のときだって、『アクティス』のときと同じ、学校というシチュエーションで、三人で成立する構図だったでしょう」
だから、心配はいらないはず。
それは、CMに関しては、受ける側、モデル側は、なにも要求せず、相手方の考えに乗るだけでいい、ということがいつも通る、ということでもないけど。
より良いものを撮るために、出演者側の意見を取り入れることは普通にあることだから。
「私だけなにも見つけられなかったなあ」
帰り道に、私たちのポスターが飾られている、みたいなこともないし。
「それは、詩音の家が一番近いからで、寄り道もなにもしていないからでしょ」
「気になるのなら、スマホでCMを再生していたらいいんじゃないかしら」
「歩きながらスマホを弄ったりしないよ」
迷惑になるからね。
それで、下手に写真でも撮られたりして、拡散されるようなことにでもなったら。
不用意なことはできない。
そもそも、私たちの写真を勝手に撮ったりするのは肖像権に違反していて、事務所側から訴えられる可能性はあるから、勝手に写真に撮られたり、ネットにアップされたりすることはないだろうとはいえ。
一般の人たちには、そのあたりまで意識されていないかもしれないから、気をつけるに越したことはない。
学校までも近いからね。そもそも、日常の動線で、街頭のテレビ画面があるようなところに行かないというか。
「日常の中で、とくに意識したりすることなく、たまたまぶつかりました、みたいに出会いたい」
探しに行ったりするんじゃなくて。
「それは……事務所の近くなら、あるいは?」
「こうして考えている時点で、自然にとは言い難いんじゃないかしら?」
それはそうなんだけど。
一番ありそうなのは、ふとコンビニに立ち寄ってみたら、私たちが出ている雑誌が置いてあるとか、そのくらいかな。
広告とか、キャンペーンなんて、その店によっても違ったりするものだから。
その点、雑誌なら全国一律。
いや、でも、雑誌への出演は、事前の取材からわかっていることだし……贅沢を言っていても仕方ないか。二人から送られてきた写真で満足しておこう。
とはいえ、なにもしないのも寂しいから、SNSに投稿しておこうかな。
「『二人が見つけてくれました』っと」
私の帰り道では見つけることができませんでした、みたいな内容は投稿できない。
私たちの所属している事務所である、『フレアスター』の所在地はわかっているわけで、そこから、広告のない道を探して歩いたら、もしかしたら、私のところに行きついてしまうかもしれないから。
どれだけ可能性は低かろうとも、用心は重ねる。慎重になるのは悪いことじゃない。
これでも、私には見つけられなかった、というところから推測を重ねられる可能性はあるけど……そこまで気にしだしたら、コメントなんてなにも残せないからね。
奏音と琴音について言うのなら、電車の中とか、それだけで特定できることでもないし。
その広告の様子だけで、どの方面の、どの路線を使っているのか、なんていうところまで特定できるような人が、絶対にいないとは言い切れないけど、それはもう、事故みたいなものだ。一応、撮った直後じゃなくて、投稿までに時間をおいてもいることだし、突撃される、なんていうこともないだろう。アイドルなどということとは関係なく、常識としてね。
それ以外にも、リスクはいろいろとあるわけだから、周知、認知を優先させても良いだろう。
投稿してから、数分も経たず、返信があったとの通知がある。それも、一件だけなんていうこともなくて。
自分の近くでも見つけたとか、きれいとか美しいとかかわいいといった感じのものから、ようやく見つかってしまったか、みたいなものまで。
具体的に、私とか、奏音、琴音の名前を出してのコメントも来ていて、私たち個人がそれぞれ注目されていることがわかる。
SNSでの個人的な返信はしないけど。
というより、これだけの数になると、できない、というほうが正しい言い方になるかもしれない。
何万件の返信なんて、それこそ、一日で終わる量じゃないから。一日のうち、私がSNSに利用できる時間はほんの少しなわけで。一時間かけたとしても、せいぜい、数十件が限界だ。
申しわけない気持ちもあるけど、イベントとか、ライブに来てくれたら、直接話す時間も、少しはあるから。
その、イベントやライブに出るための体調管理のためにも、SNSの利用は適度にしておかないとね。ただでさえ、気になるんだから、意識して節制するくらいで丁度いい。
もちろん、SNSによる利もわかってはいるから……まあ、適度にね。
「ここで喧嘩をしないでください、みたいにコメントするのも違うよね」
炎上阻止のためのコメントをわざわざ残すこともない。
そのあたりは、ファンの人たちのモラルとか、気持ちとかを信じているから。
部屋の扉がノックされて。
「詩音。ご飯よ」
「はーい」
今から私にできることは、しっかり食べて、お風呂を済ませて、ぐっすり眠ることだけだ。




