08
カインと正式に婚約者になった。対外的な発表は私の成人パーティーの時にする予定だが、カインは休みの日には婚約者として会いに来てくれるようになった。
婚約してからというもの、カインは勤務中はなるべく私のことを可愛いと思わないようにしているらしいが、ことごとく失敗している。
『今日の数学の授業は眠そうで可愛かったな…って今は仕事中!しっかりしろ俺!』
そして婚約者として会いに来る時は、思っていることを声に出して言うようにしているらしい。
「シャルロット様、今日もとてもお可愛らしいです。俺が贈ったドレスを着てくださっているんですね、嬉しいです」
今までも心の中で散々可愛いとか似合っているとか褒められていたのに、いざ声に出して言われるとなんだか恥ずかしくていつも反応に困ってしまう。
「あ、ありがとう…カインも近衛兵の制服も素敵だけれど、私服もセンスが良くて似合っているわ」
婚約者として会いに来るカインは、一人称が俺になった。でも私のことはシャルロット様と呼ぶらしい。
「ねぇ、あの愛称で呼んではくれないの?」
「あ、あれは…ちょっと外聞がよろしくありませんので」
「それもそうね…でも私もその、す、好きな人から愛称で呼んでもらいたいわ」
『!!!!!!好きな人!!!!!今!好きな人って言った!!!嘘っシャルたんが俺のこと好きとかマジか!?結婚するのに好ましい、とかではなく、好き!?!?!?』
「カイン、ちょっと落ち着いてちょうだい」
「…はっ、申し訳ございません。あまりの衝撃で意識が飛びそうになっておりました」
カインはゴホンと咳払いすると、シャル、と私のことを呼んだ。
私がなあに?と聞くと、カインは沈黙した。ただし心の中は大荒れだった。
『ああああああ可愛い可愛い可愛い!!小首をかしげてなあに?だって!あざと可愛いもう無理俺今日死ぬかもしれない!』
「カイン落ち着いて。それよりいつまで敬語で話すつもりなの?心の中ではもっと砕けた感じじゃない」
「それはそれ、これはこれ、と申しますか…」
『砕けた話し方とかしちゃっていいのか!?いや駄目だ絶対歯止めが利かなくなる。まだ婚約者なのに婚約者じゃ許されない触れ合いとかしたくなる絶対。我慢我慢ああハゲそう』
「そ、そう…じゃあいずれ、カインが良いと思ったタイミングで話し方を変えてくれればいいわ」
婚約者じゃ許されない触れ合いって一体何をする気なんだと思ったが、突っ込んで聞くとカインが想像してしまうだろうから聞かないでおくことにした。
婚約してから2か月後。私の成人パーティーが開かれた。主賓なので、会場への入場は一番最後だ。控室でカインと共に他の招待客が全員集まるのを待つ。
「シャル、今日は一段と可愛らしい…いえ、お綺麗です。ご成人、おめでとうございます」
「ありがとう」
今日のドレスはカインと婚約する前にデザインを決めたものなので、残念ながらカインの色は入れられなかった。その代わり、胸元を飾るネックレスの宝石は、カインの瞳の色である深い青色だ。
カインは正装の胸元のポケットチーフに、私の瞳の色である茶色いハンカチを使っている。
『今日のシャルたんは本当に一段と綺麗だ。いつもは可愛い系のドレスが多いけど、今日は成人だからかちょっと大人っぽいドレスですごく似合ってる。ああ、早く結婚したい。そしたらいつでも抱きしめて思いっきりキスできるのに』
!?
「カイン!な、何を考えてるのよ!」
私は驚いてカインの袖を引っ張ると、小声で言った。
「申し訳ございません。シャルがあまりにも美しくて、我慢できませんでした」
カインはそう言うと、すっと顔を私の耳に近づけた。
「あそこの近衛兵がいなければ、本当にキスするんだけど」
耳元で囁かれた言葉に、私は一瞬で顔が熱くなるのを感じた。
「もうっ!馬鹿!」
私はカインから1歩離れた。カインは何事もなかったかのように微笑みを浮かべている。うう、大人の余裕という感じで悔しい!
『あーシャルたんてば真っ赤になっちゃって可愛い!ほんと今すぐ食べちゃいたい』
!?!?
私がもう1歩離れると、ちょうどドアがノックされた。私たちが入場する時間らしい。
会場の入り口に向かって歩きながら、私はお返しとばかりに言ってやった。
「カイン、好きよ」
その瞬間、カインは驚いたような顔をしてから蕩けるような笑みを浮かべた。
「俺も。愛しています」
カインが左手を曲げて、手を乗せやすいように差し出してくれた。私はカインの腕に右手をそっと乗せる。
『シャル、今日はシャルが俺のものだって見せつけるつもりだから覚悟してね』
望むところよ。
私はカインにだけ聞こえるように呟くと、会場に1歩踏み出した。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。