第83話 バルティナの歪み
翌日。
放課後になり、私達は退魔部の部室にいた。
私達、というには少ないかもしれない。
だって、そこにいるのは、やっぱり2人だから。
今日も、露草先輩は呆けている。
頬杖をつき、今日何度目か分からないため息をつく。
目は焦点が合わず、遠いところを見続ける。
きっと、待っているんだ。
みんなの帰りを。
こうして待っていれば、いつか来てくれるんじゃないか。
そんな夢想……
いや、妄想の中にいる。
私も、昨日はほとんど変わらない状態だった。
病院から離れ、家にフラフラとたどり着き、そのままベッドに入ると、ひたすら泣いた。
まるで赤ん坊のように。
友達を悼むように。
無くしたものの大きさを嘆くように。
何かを与えて欲しいように。
誰かに助けて欲しいように。
ひたすら泣き続けていた。
泣き疲れて寝ることもなく。
ずっと布団に見守られ、泣いていた。
しばらくして、無限と思っていた涙が枯れ果てた頃。
頭が冷静になっている自分に驚いていた。
そして、千里の言葉を思い出していた。
千里が、私に残してくれた言葉。
その一つ一つを噛みしめ、整理していく。
そうしていくうちに、それは、私の希望となっていた。
いや、私だけの希望じゃない。
私達の希望にするんだ。
退魔部員としての。
キーパーとしての。
そして、何より1人の人間としての。
千里が、私に託してくれた希望を……
絶対に無駄にはしない。
「あの、露草先輩……」
言い掛けたところで、突然、魔刻の砂時計が鳴り出した。
唐突なことに、私の心臓が思わず躍った。
「……もう、耐えられなくなってしまったのね」
ポツリと呟く露草先輩の言葉。
理解しかねていると、やはり呆けたままの露草先輩が補足してくれる。
「愛さんの人身御供はね、一時的に閉めるだけなの。だから、6日という間は置かず、いつしか開いてしまうのよ。私が常に部室にいたのは、それが何時来るか分からなかったから……」
「そうなんですね……」
それを聞いて、実はちょっと安心している自分がいる。
露草先輩は、ただ、無気力でいたわけじゃなかった。
ちゃんと退魔部の部長として頑張ってくれていた。
そして、それを私に話さなかったのは、きっと余計な負担を掛けたくなかったからなのだろう。
露草先輩は、そういう人だ。
「…………とにかく、行きましょう。私達だけで、やれることをやるしかないわ」
「はい……頑張りましょう、先輩」
私達は、暗室へ向かった。
目の前に見える巨大な扉。
もう何回見ただろうか。
数えられるほどしか見ていないはずなのに、見飽きているほど見ている気がした。
近いうちに開くだろう扉。
それを目の前にして、露草先輩の顔色は決して良くはなかった。
「……まぁ、作戦も何もないわよね。私が前で護方結界を張るから、朝生さんは出来るだけ早くゲートを閉めて」
「それしかないですもんね」
露草先輩の声色に対して、私の声は明るい。
それが気に障ったようだった。
「朝生さん、何でそんなに楽観的なの?」
珍しくトゲトゲしい先輩の言葉。
無理もないことだ。
きっと、逆の立場なら同じことを言うかもしれない。
それでも、私のトーンは変わらない。
「……私は、千里に託されたんです。希望を、そして未来を。だから、下を向いてはいけないんです」
「樫木さんに……?」
「はい。だから、今回は絶対に負けられないんです。いえ、絶対に何とかしてみせます!」
私の言葉に気圧されたのか、少し退いてしまう露草先輩。
そんな先輩に、笑ってみせた。




