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たいまぶ!  作者: 司条 圭
第4章 森川厘 ~ローレライ討伐録~
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第68話 プリティーマリー

「…………ふぅ」


 全身の力を抜いたのは、森川先輩だった。

 顔を上げたとき、目尻には僅かに涙があった気がしたが、すぐに右手の人差し指で拭ってしまう。


「まぁ、見ての通りだ。私は、そのアニメ……プリティーマリーが好きでな。幽体の時も、マリーになりきっているんだ」


 何か吹っ切れた様子で、ゆっくりと話す。

 私が持っているプリティーマリーのパッケージボックスを取ると、テーブルの上に置いて、勉強の定位置に座った。

 私も、それに倣うように、席に座る。


「あ、あの。ごめんなさいっ! 辞書で言葉を調べるだけだったつもりが、なんか後ろにあったから……」


「いいんだ、隠すこと自体が間違っていたのかもしれないしな」


 訪れる沈黙。


 何と返せばいいか分からない。

 どう切り出せばいいか分からない。

 頭の中で言葉が浮かんでは消える。

 表面上はともかく、中身はしどろもどろになっている私に、森川先輩から話が振られる。


「あ、あの……一子」


「は、はひ」


「一子は……プリティーマリー、見ていたか?」


「あ、はい。見てましたよ」


 何を聞かれるかと思って冷や冷やした。

 実際、小さい頃に見ていたのだから、素直に答える。


「そ、そうか。面白かったと思うか?」


「え、はい。毎週楽しみにして……」


「そ、そうかっ! よかったっ!」


してたと思います、なんて続けられなくなった。


 森川先輩の目が、珍しく一様に輝いている。

 とてもじゃないけど、小さい頃のことだからよく覚えてない、なんて言える状況ではない。


「実はな……五十鈴は見ていなかったようだし、愛も京も、狩野の家がテレビなど見せてくれるはずもない。千里は、まぁ今までイギリスにいたわけだから、見ることはそもそも不可能だ」


「な、なるほど……」


「だから、マリーの話が出来るのがすごく嬉しいんだ……!」


 顔を真っ赤にして、そうつぶやく姿は、いつもの森川先輩とは全くの別人だった。

 見ているだけで癒されるような、子犬や子猫を見ているかのごとく錯覚する。


「しかし、見ていたということは、実は私の技もお見通しだったということなのか。シングメシアにしても、リバーサル・カデンツァにしても、マリーの必殺技だったからな」


「え、えぇ。一応……」


 言われてみて、今更ながらにシナプスがつながっていく。

 そういえば、シングメシアもリバーサル・カデンツァもマリーちゃんの技だ。


 最初は「煌めけ!」と放っていたシングメシア。

 それからパワーアップしたあとは「唸れ!」と言ってシングメシアを放つ。

 返し刃であるリバーサル・カデンツァも、苦し紛れに出来た偶然の技だ。


 同時に、マリーの物語も思いだし始めていた。




 主人公の万里ちゃんは、普通の女子中学生。


 ところが、イジメを苦にしていた弟の壌君が「絶望」という存在に襲われ、一緒に逃げるのが最初の話。

 逃亡劇の果てに、心の力である騎士精神ナイトソウルを持っていた万里ちゃんが、マスコットキャラクターのソード君と契約し、魔法騎士マジカルナイトとなって、絶望から街の平和を守っていくという流れだ。


 絶望の力の源は、文字通り人々の絶望。

 イジメられて毎日を過ごしている子供。

 お金を苦にして食べるものにも困り日々日々窶れている人。

 ついに思い詰め、自殺に追い込まれた人。

 そんな絶望が深ければ深いほど、巨大な魔物となり、無差別に人々に復讐するという、卑劣極まりないものだ。

 そんな絶望に囚われた人々に、希望を与えながら心の絶望を切り裂いていくのが、魔法騎士プリティーマリーの使命。


 何度と無く絶望に染められそうになるも、それを払いのけ、絶望を希望に換えて1人立ち向かうマリー。

 しかし、最終回の直前。

 ついにマリーが絶望に染まってしまう。

 弟の壌君が絶望に染まり、マリーに襲いかかったのが原因だった。

 一番近くに居ながら、その絶望に気づけなかった自分を責めたマリーは、暗黒騎士へと変貌してしまう。

 暗黒騎士として人々を襲うマリーだったが、絶望の中で、希望を求めてもがき続ける人々を見て、絶望からは何も生まれないことを悟ると、再び魔法騎士へと変貌する。


 最終決戦の果てに、絶望の親玉であるカタストロフを撃破する。




 子供だから、あまり内容は分からずに見ていたけれど、こうして思い返してみると、かなり凄い内容だったように思える。


「子供ながらに、マリーのひたむきさに引かれたんだ。それに、境遇も似ていた。それが、なおさらマリーに自分の姿を重ねる理由かもしれない」


 その言葉に、思わずここに反応する。


「森川先輩、弟さんいらっしゃるんですか?」


「……そうか、話してなかったかもしれないな。私には弟がいる。名前は奈由多なゆた。今も、病院で入院中だ」


「えっ、入院してるんですか?」


「あぁ……幼い頃に怪我をした際、あたりどころが悪かったようでな。首から下が自分の思い通りに動かせないんだ。それも、もう治らないそうで、医者は既に匙を投げている。13才の少年が、意識だけはしっかりしていて、身体はいっさい動けないという地獄を、およそ10年程味わっている」


 そんなひどい話があるだろうか。

 楽しいはずの時間が、全て病院のベッドで寝たきりだなんて。

 それでも、死ぬよりはマシだということだろうか。


「このご時世、両親が共働きでなければ、まともな生活も出来ないのはよく知っているところだと思うが……奈由多は身体が動かない。それなのに、たった1人、家にいさせることは出来ないだろう? だから、入院させておくしかないんだ。本当は、私が退学して面倒を見るつもりだったんだが……それは両親が許さなかった」


「…………」


「今となっては、両親はあまり家に帰ってこれない。長期出張が多いからな」


 どこか遠い目をしつつも、眉を顰めて怒りを露わにする。

 それは、両親に向けられたものではない。

 もっと別のことを見ていた。


「まったく、世の中は間違っているとしか思えない。親が2人働きに出ないとまともに生活が出来ない。働き手は、こき使えばそれでいいと思っている。今の経営者というのは、どこまで無能なのだろうな」


 長時間労働というのが問題になっているのはよく聞く話だ。


 でも、結局まだ自分の身に降りかかった話でないせいか、あまり関心が無かった。

 ところが、実はこんなところに弊害が出ている。

 こんなひどいことが、まかり通っている。


 それを聞くと、今の大人たち……

 というか、偉い人たちは何をしているんだろうと思う。

 こんなことを言う資格はないのかもしれないけれど、世の中への憤りを覚えた。


 そんな様子の私を、森川先輩はまっすぐに見据える。


「だからな。私は、そんな世の中を絶対に変えてやると誓ったんだ。まずは、医科大学に入り、弟を治すところからだ。今の大人が匙を投げようとも、私だけは絶対に諦めたりはしない。絶対に治して見せる」


 ドクンと、心臓が高鳴る。


 これが、覚悟というものか。

 これが、森川先輩の立脚点。


 将来に向ける、己を持つための大事な指針。

 どんな苦難をも乗り越えるための根源たるもの。

 これがあれば、何があろうともその将来に向かって突き進むことが出来るのだろう。


 私はそんなものを持ってなどいない。

 易々と持てるものじゃないのも分かっている。

 だから、その立脚点を持っている森川先輩が、とても輝いて見えた。


 だから、お世辞でも、社交辞令でもなく。


 自然と、こう言っていた。


「先輩なら、出来る気がします。きっと、素晴らしいお医者さんになれますよ」


「そうだな。まずは医者になり、奈由多を治して……それから世直しだ。こんな間違いを間違いだと認識出来ていない世界など、一度ぶち壊してやる」


「あはは、その意気ですよ。私も全力で応援します!」


「ありがとう、一子。私はやるぞ」


 笑いながら、細い腕に力こぶを作る。


 幽体の時こそ巨大な剣を振り回せるものの、現実の森川先輩の腕は、とても細かった。

 そんな先輩が、少し眉を下げながら言う。


「……だが、奈由多の身体は、それより早く治って欲しいな。あの子の将来がもっと広がるように」


 先輩は遠い目をしている。

 その視線の先には、弟さんだけでなく、この世界すらも入っているのだろう。

 そう思うと、私も頑張らないといけない気がした。

 ふと視線を戻した森川先輩が、少し俯きながら、少し小声で。


「っと、ちょっと話がそれたな。プリティーマリーのことなんだが……」


 そう切り出してきた。


 私は覚悟を決める。

 そして、切り替えよう。

 今までの話は今までの話しだ。


 今、なんとか思い出したプリティーマリーの知識をフルに活かして、何とか話しを繋いでいくしかない。




 ……………………

 ………………

 …………



 その後、私は約2時間ほど。


 プリティーマリーについて、一方的に熱く語られることになった。

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