第67話 森川先輩の秘密
幸せだったおやつタイムも終わり、その後も勉強に集中していた。
さすがの京さんも懲りたのか、熱心に筆を進めている。
勉強する時間が楽しいと思ったのは随分と久しぶりな気がした。
分からない部分が出てくると、森川先輩と愛さんが教えてくれる。
千里は後ろで応援してくれている。
あなたも勉強しなさい……
という突っ込みはともかくとして、その気持ちはとても嬉しい。
レースのカーテンから差し込んでいた日差しも、いつの間にか無くなっており、森川先輩が遮光カーテンをしめる。
時計が6時30分を指し示すと、愛さんと京さんの鞄からけたたましい音が鳴り響いた。
思わず私の心臓が小躍りしてしまう。
「あ、もうこんな時間ですか……」
「ホントだ。はやいねー」
時計を見て、昂然としてしまう狩野姉妹。
「門限か。箱入り娘も大変だな」
「もう、森川先輩までそんな扱いして」
「ふふ……冗談だ。迎えはもう来ているのか?」
「連絡していますから、もう来ていると思います」
「そうか、じゃあすぐそこまで送ろう。千里、お前も乗っていくのだろう?」
「猪八戒になるでーすっ!」
森川先輩の頭にハテナマークが浮かび、かなりの時間を要した後。
「………………ご厄介、か」
「あ、それでしたー」
いつものやりとりをして、千里も鞄を持ってドアの前まで来る。
「一子はどうするでーす?」
「あ、うん。みんな帰るなら帰ろうかな?」
そう言いながらも、なお勉強を続ける私。
そんな様子を見た森川先輩が言う。
「どうせこの家は私しかいない。まだ居たいというなら、泊まっていっても良いくらいだぞ?」
「えっ、でも泊まってまでは……」
「そこは冗談ということくらい察しろ」
笑いながら言う森川先輩に、私はつい赤面してしまう。
森川先輩の冗談をあまり聞いたことがないが故だろうか。
冗談だと半分は理解しつつも、半分は真に受けてしまった。
「じゃあ、もう少しお邪魔します」
「分かった。じゃあみんなを送ってくるから、そのまま続けててくれ」
「あ、じゃあ私も玄関まで……」
私が玄関まで来た時には、既にみんな靴を履き終わっていた。
「朝生さんはまだ残っていくのですか?」
「はい。赤点だから追試もあるし、しっかりやっておきたいなと思って」
「そっかーっ! 赤点同士、頑張ろうね、いっちゃーん!」
京さんもやっぱり赤点だったのか。
人のこと言えないじゃないか。
とも思ったが、考えてみると、京さんはテストの点なんて気にするな、としか言ってないことを思い出す。
本当に全く気にしてなかったんだなぁと思うと、京さんの度胸が少し羨ましくもなった。
…………が、それは違うと、自分の考えをすぐに否定する。
「それじゃあ一子、また明日でーす!」
「うん、千里。またね」
ちなみに千里はというと、留学生ということで特別扱い。
赤点を取っても追試は無いらしい。
ちょっと羨ましい気もするが、日本語から勉強しなければならないのだから、やはり大変な立場にあると思う。
「じゃあ、エントランスまで送ってくる。一子は戻っていてくれ」
「はい、分かりました」
「またねー」
最後のまたね、は愛さん、京さん、千里の3人同時だった。
それぞれの、それぞれらしい声で再会を誓う。
ドアがみんなを飲み込み、私も部屋に戻る。
入ってすぐ横にある本棚にふと目が行く。
図鑑や辞書が並んでおり、それだけで知識欲が満たされる気がする。
こういう本棚と向き合うと、何だか圧巻されてしまう。
その本棚の中で、最も分厚い本を取り出す。
大きな辞書を手に取り、ちょっと調べ物をしようと思った。
今、私が思った「圧巻」という言葉は、こういう使い方で良かったのか、ふと気になったからだった。
その辞書を引く前に、気になるものを発見する。
辞書があったその更に奥。
そこに、何かが光っていた。
思わず手に取って、私は驚愕する。
「……アニメ?」
ボックスにいくつも入っているディスクパッケージ。
数字が1から8まで並んでいるあたり、全部揃っているのだろう。
そのタイトルは、とても懐かしいもの。
「魔法騎士プリティーマリー」。
魔法騎士と書いて「マジカルナイト」と読ませる。
私が5才くらいの頃に、朝8時くらいからやっていたアニメだ。
ただ、そんなことはどうでもいいこと。
驚いたのは、その表紙にある主人公マリーの格好。
「……森川先輩?」
そう、その格好は、正に幽体離脱した際の森川先輩そのものだったのだ。
どこか既視感のある格好だと思っていたのだけれど……
まさかアニメだとは思わなかった。
小さい頃に見ていたから、あまり覚えていなかったというのもあるけれど。
「戻ったぞ。一子、勉強は進ん……で………………」
部屋に入ってきて、目の前に映る光景。
それはきっと、森川先輩にとって、あってはならないことだろうということは、想像に難くない。
わざわざ辞書の裏側に隠したアニメ。
それをわざわざ取り出し、手に取っている私。
先輩がいない間に、家捜ししていたとしか思えないだろう。
そう思うと、途端に冷や汗が止まらなくなった。
何も言えない私。
口を開け、右手を半端に上げて、赤面する先輩。
やっぱり何も言えない私。
左手をふるわせる先輩。
どうあっても何も言えない私。
赤面する顔を伏せる先輩。
喉まで声が出て、結局出せない私。
両手を力なく下げるも、両肩には力が入る先輩。
何とか振り絞ろうにも、何を言えばいいか分からない私。
全身が震える先輩。
それには思わず恐怖で震える私。
何というか……
故意、過失は関係ない。
私に非があることなのだから、それは森川先輩の沙汰を受けるしかない。
次の瞬間を、固唾を飲んで待つしかないのだ。




