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たいまぶ!  作者: 司条 圭
第3章 露草五十鈴 ~ケルベロス討伐録~
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第62話 露草五十鈴

「ケルベロスを相手した後とは思えないほど、みんな随分と楽な顔をしているな」


 森川先輩の軽口は、皆の表情を柔和にさせる。


 何というか……

 今回は珍しく「重傷者」がいない。


 つまり、全員が何の躊躇もなく、身体に戻れたのだ。


 そんなことは、私が退魔部に入って、最初の「バルティナの歪み」以来だろうか。

 ともあれ、私達はケルベロスを倒し、余裕の凱旋を果たしたのだった。


 みんなが和気藹々としている中、浮かない表情でいるのは露草先輩だった。



 ケルベロスを倒すことを敢行したのは露草先輩だ。

 作戦を立案したのも露草先輩。


 でも、その作戦は失敗に終わった。

 その失敗は、皆を危機に晒した。

 露草先輩が悪い部分は、決して無いじゃないだろう。

 だが、それを責める人は、ここにはいない。

 仕方のないことだと、そう思っているから。

 自分も同意した作戦だと、そう思っているから。


 でも、今も露草先輩は自分を責めている。


 もっと上手く出来たのではないか。

 もっと、皆を危機に陥れることなく出来たのではないか。

 そして何より、自分の我が侭に、皆を危険に巻き込んだこと。


 そんな後悔が、露草先輩の心に渦巻いている。


 誰もそんなことを責めていないのに。

 誰もそんなことを言わないのに。


 そう思い込んでいる。


「どうした、五十鈴? ケルベロスを倒したのに、浮かない顔だな」


 いつもの調子で声を掛ける森川先輩。


「……そうね。やっぱり、部長は厘さんに任せるべきだったのかもしれない」


「それについては、私達が3年に上がる時に、もう結論は出たはずだ。五十鈴の方が、部を統括する能力が高い。まだ何かあるのか?」


 深いため息。

 同時に、目尻に少し涙を溜める。


「今回の事で思い知ったわ。私は、ちゃんと冷静でいるようで、そうでも無かったみたい。そのせいで、私はみんなを危険に晒した。自分の欲のために、みんなを巻き込んでしまった。退魔部の部長失格よ…………部長の座は厘さんに譲るわ」


 落ち込んでいる露草先輩の隣に行き、肩を寄せる森川先輩。


「悪いが、私こそ部長には向かない。私は感情的になる癖があるからな。冷静になれるようで、いざとなると、その時の感情に流されてしまう。これは悪い癖だと思っているが、いかんせん治らない」


「でも、今回の厘さんは冷静だったわ」


「ま、今回はそうだったとしても、次はどうかな。少なくとも、私は五十鈴が部長でいるほうがいいと思う」


「でも…………」


 二の句を告げようとする露草先輩に、突如として衝撃が走る。


 森川先輩が、軽く頭突きをしたのだ。


 軽くとはいえ、不意打ちのこの攻撃は、想像以上に効いているようだった。

 そんなフラフラとした露草先輩に、森川先輩は腕を組みながら言う。


「そうだな。五十鈴は、人を頼らなすぎる。相談しているようで、自分が確認したいことばっかりだ。そんな自分本位の相談は、意味が無いぞ」


「そ、そんなつもりは」


「おぉ、これは重傷だ。自覚が無いようじゃ、この先思いやられる。それでは、今回と同じことが起きるぞ?」


「…………っ」


 これが、ぐうの音も出ないということなのか。

 思わず唇を噛みしめている。


 そんな露草先輩を見ながら、森川先輩は優しく語りかけた。


「もっと自分を晒してみてくれ。そして、もっとよく話そう。きっと、今回みたいに、見えない部分が見えてくる。それは、五十鈴だけじゃなく、私も、皆も、成長するキッカケになるだろう」


「…………」


 押し黙ってしまう露草先輩。

 小さくため息をついた後、少し挑発気味に森川先輩が口を開く。


「それとも、私達では不満か? 力不足か?」


「そ、そんなことないっ!」


 珍しく大きな声で否定する。


 思わぬ声に、みんなが露草先輩に視線を向けた。

 顔を赤らめて俯く先輩。

 その先輩の背中を、軽く押す森川先輩。


「言うことがあるんだろ?」


 なおも赤くする顔を上に向ける。

 そして。


「みんな、今回はありがとうっ! これからもよろしくねっ!」


 露草先輩の満面の笑顔。


 その笑顔の中で、頬を伝う雫。


 私は、その笑顔を見ているうちに、自然に頬が弛んでいるのを感じていた。

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