第63話 目も当てられない
ケルベロスを討伐して以来、あまり動きは無いまま、迎撃戦、殲滅戦を終えていた。
それは即ち、時間も過ぎ去っているということ。
その合間に迎えていたのは、高校生になって初めての中間テストだった。
今、私はその答案が全て返却され終わっている。
そして、陰鬱な表情を浮かべることしか出来ないでいた。
何というか……
今までの人生において、最悪の結果を叩き出している。
現代文40点、古文35点、数学Ⅰ33点、数学A27点、英語41点、化学38点、生物32点、政治経済37点。
赤点1つに残りもスレスレ。
もはや目も当てられない。
「一子、何だかとっても憂鬱そうですねー」
明るい声で話しかけてくる千里だったが、クラス順位では最下位をゲットしているのはこの子だ。
順位を全て公表されてしまうのが、この学校の決まり。
掲示板に貼られた順位結果には、堂々と私と千里の名前が一番下に記され、退魔部の顔に泥を塗る結果に終わってしまった。
そうなってしまった理由については、心当たりが無いわけじゃない。
とはいえ、原因の一部でしかなく、やはり私の努力不足でしかない。
ただ、明らかな原因は……
(まさか、退魔部のせいとは言えないよね……)
そう……
一番の原因は、恐らくこれだ。
大概、テスト前というのは、部活動も一時的に休止するものだ。
中学時代の吹奏楽部もそうだったし、ここ雄葉高校でも、ほとんどの部活は休みに入り、学生の本分を全うしていた。
だけど、退魔部ばかりはそうはいかない。
テスト前だからと言って、「バルティナの歪み」を放置して良いはずがないのだ。
もちろん、討伐、探索についても同じ事。
私達の部活に、実質休みという文字は無い。
もちろん、授業はしっかり受けていた。
でも、テスト対策については、そういった部活休みに集中させていたことから、そのリズムが完全に狂ってしまっていた。
そして、その結果……
この悲惨な状況を目の当たりにしていた。
「はぁ……」
深いため息をつく。
部室には、露草先輩が、いつもの定位置に座っていた。
「あら、どうしたの朝生さん。FXで有り金全部溶かしたような顔をしているわね」
「どんな顔ですかそれ……」
「今の朝生さんみたいな顔♪」
「はぁ……」
反応もいまいち出来ない。
あまりイジってほしい問題でも無かった。
浮かない顔を続けていると、京さんが元気良く入ってきた。
「いやー、終わった終わったぁ! あれ、いっちゃん。FXで有り金全部溶かしたような顔してるね。これは、テストの結果は散々だったのかなー?」
元気な京さんは、私の肩をバンバンと叩く。
正直痛い。
でも、それに反応する元気も無かった。
少し時間を置いて、愛さんが、相変わらずふんわりとした雰囲気で、定位置である露草先輩の横に座った。
そんな折、私の顔をのぞき込みながら言う。
「何というか……FXで有り金全部溶かしたような人の表情ですね。どうかしましたか?」
この顔は、どこまでもFXで有り金全部溶かしたような人なのだろうか。
というか、そもそも、どこまで広く認識されているんだろうか。
FXで有り金全部溶かしたような顔。
「愛ちゃん、この時期にこの表情と言えば、一つしかないじゃーん!」
「あっ……」
京さんの言葉で察したのか、愛さんは申し訳なさそうな顔をする。
そんな愛さんなどそっちのけで、京さんは相変わらず私の背中をバンバン叩く。
「まぁ、テストの点なんて気にするなっ! それで人生終わるわけじゃないぞっ!」
「こら、京ちゃん。京ちゃんとは違うんだから。朝生さん、もし点数が悪かったなら、それを反省して次に生かしましょう?」
「はい……ありがとうございます」
「うんうん。京ちゃんは反省しないから、朝生さんのほうがよっぽど立派です。ちなみに何点だったんですか?」
なんだか救われたような気がして、私は鞄から答案を取り出して見せる。
すると、始めはニコニコしていた愛さんの表情が、次第に曇り始める。
最後には、笑いだけは浮かべつつも、お通夜にでもいるかのような表情になっていた。
ごめんなさい、愛さん。
そんな顔されるなら、笑い飛ばしてくれたほうがまだマシです。
「どうしたんだ、この空気は」
入ってきた森川先輩の声に、私は思わず肩をびくつかせて反応してしまう。
今となっては、一番結果を聞かれたくないのは、森川先輩だった。
本当のところ、優しいのは分かってはいる。
でも、やっぱり普段の雰囲気は怖いと感じる森川先輩。
退魔部の看板に泥を塗るようなことをしたとあっては、鬼の形相で怒るかもしれない。
そう思うと、部屋の隅っこで怯える子供の心境だった。
「実は、一子のテストの点が壊滅的だったでーす!」
そんな私の気持ちなどいざ知らず、千里が即座に暴露する。
「そうか、だからFXで有り金全部溶かしたような顔をしているわけか」
どこまで引っ張りますか、そのネタは。
などと気楽には言っていられなかった。
森川先輩の声は明らかに怒気を含み、私を睨み付けている。
ヘビに睨まれた蛙とは、今の私のことを言うのだろう。
「ちなみに、私はこれでーす!」
惜しみなく答案を見せつける千里。
私より順位が下だというのは分かっていたけれど……
一桁が並んでいるのがある意味すごい。
ただ、英語だけは100点なのが憎い。
「まぁ、千里は仕方ないな……」
「えぇっ!? ちょっと、森川先輩っ?! 千ちゃんにはえらく甘くないですかーっ?」
何だか挑発するように言う京さんだったが、森川先輩は冷静に答える。
「あのな、京。千里は、元々イギリスの学校に通うはずだったんだぞ? それが、退魔部に入る関係で、仕方なくこの学校に入学してきたんだ。日本語だって、まだ勉強中。その上、勉学までこの学校に合わせろというのは、土台無理な話というものだ」
なるほど……
千里があれほど酷い点を取っているのにも関わらず余裕があるのは、そういうことか。
無駄に納得している私に、森川先輩の視線の槍が向けられ、再び小さくなってしまう。
森川先輩は、若干呆れ顔で手を差し出してきた。
「……見せてみろ」
「は、はい……」
恐る恐る答案を渡す。
私は祈るように、地獄の沙汰を待ち続けることになった。
「いやー、それにしても、なかなかに清清しいっすねー!」
他人事であるが故か、京さんが楽しそうに口にする。
そんな京さんを、更に鋭い目で見つめる森川先輩。
「人のことは言えるのかな、京?」
「えっ? あ、いやぁ……」
「……ちょっと、京ちゃん。そんなに悪いの?」
視線を外し、後頭部を掻く京さん。
そんな京さんを尻目に、露草先輩がパンドラの箱を開ける。
怪盗よろしく、音も無く京さんの鞄の中を漁っていた。
その答案を見つけた時の表情は、お母さんに隠された玩具を探し当てた子供のようだった。
対して、愛さんが京さんを見ている表情は、玩具を見つけた子供を現行犯で見ているお母さんさながらだった。
ちなみに、点数は……
私よりひどい。
というか、赤点しかなかった。
「け~い~ちゃ~ん~……?」
怪しく目を光らせて京さんを凝視する。
さすがの京さんも、愛さんのどぎつい視線には耐えられないのか。
冷や汗たっぷりかいて、わずかに身体を震わせていた。
「いやー……ほら、ボクはさ。退魔師として家を継ぐってことになったんだから、俗世の勉強なんていいんだって。むしろ、そっちの勉強をすれば、それで解決っ! ね、そうでしょ?」
そんな言い訳をする京さんに、愛さんはため息混じりに。
「はぁ……京ちゃん。今、自分が置かれている立場で、出来ることを最大限やらないとダメだよ? そうやって手を抜くことを覚えていたら、いざ自分が本当にやりたいことが出来ても、本気で出来なくなっちゃうよ?」
「うぐっ……」
言葉を詰まらせる京さん。
ぐうの音も出ないとはこのことか。
珍しく、上手く反応出来ないでいる。
私と京さんは、森川先輩と愛さんの2人に威圧され、縮こまってしまっていた。
最後に、森川先輩が大きなため息をつき、そして。
「勉強会だな…………」
そう呟いた。




