竹皮の記憶
にぎりめしが、導く、路の涯
第四話
島原の乱のあと、数年の歳月が流れた。
あの地獄のような戦いを経て、その大功績により四千石の筆頭家老となった伊織の宮本家は、小倉藩へと移っていた。
今では台所にある、大きな米びつには、真っ白な米で、たっぷりと満たされていた。
もう、米屋の金兵衛からの借入状に、ため息をつく必要もない。
けれど、米びつが、米で満たされるようになったのと引き換えに、宮本家の食卓は、お膳を並べても、静かになりすぎていた。
寛永二十二年、五月
あの島原の戦場で、漬物石のような大石をスネにぶつけられていた不器用な親父さま
宮本武蔵は、六十二年の生涯を閉じた。
「伊織、ワシの『五輪書』はどこへやったかね……」
「親父殿、また失くしたのですか。いつも私が片付けているでしょう」
そんな会話を交わす相手は、もうどこにもいない。
武蔵が亡くなったあとの座敷は、実につまらないほどに整然としていた。
伊織は毎日、黒五つ紋の羽織袴、すなわち武士としての格式高い「礼服」を纏って登城していた。城の誰もが、この礼服姿の伊織を敬い、恐れていた。
だが、家に帰れば、伊織はやはり、あの引き出しの奥から、私物の風呂敷包みを取り出すのだった。
包みを開くと、中には、あの血と泥にまみれた藍染めの前掛けが、小さく折り畳まれて入っている。
伊織は、その布を静かに愛おしそうに撫でた。
世の武士たちは『五輪書』を読み、最強の剣の極意を学ぼうとする。
けれど、伊織にとって、この生活の匂いと戦場の傷が染みついた一枚の布こそが、己の『五輪書』であり、自分を正気に繋ぎ止めてくれる唯一の心の、ヨリドコロだった。
「ちちうえ、
お腹が空きました」
ふっと、座敷の襖の隙間から、小さな顔が覗いた。
伊織の実の息子、貞信である。
まだ、ほんの幼い貞信は、父がどんなに恐ろしい家老であろうとも、そんなことにはお構いなしに、無邪気にトコトコと座敷を駆けてくる。
伊織の顔から、自然と能面が剥がれ落ち、笑むがほころんだ。
「そうか、腹が減ったか、こちらへまいれ」
彼は風呂敷包みの中から、カサカサと乾いた古い竹の皮を取り出すと、その上で、今朝おひつの底から集めて握っておいた小さな丸いにぎりめしを、こしらえた。
貞信は
「わあ」
と目を輝かせ、小さな両手でそのにぎりめしを掴むと、口いっぱいに頬張り始めた。
「ちちうえ、
おいしょうございます」
と云い放ち、口の周りを米粒だらけにして笑う我が子の姿を、伊織は静かに見つめていた。
(やはり、ワシには、にがい)
伊織は、自分の分のにぎりめしを一口、口に含み、そっと目を閉じた。
島原の乱からどれほどの年月が経ち、
城東な米で、お膳を飾れるようになっても、
伊織の口にする米は、
あの日以来、ずっと
「にがい」
ままだった。
米を見るたびに、あの城壁の裏で海藻を貪り食い、大人たちの嘘に騙されて死んでいった、
三万七千人のキリシタンたちの無念が、苦味となって伊織の舌に押し寄せた。
それが、激烈な鬼となって敵を殲滅した伊織が背負わねばならない、一生消えない罰であり、業だ。
けれど、目の前で、その苦味など何も知らず、
ただ「生きるため」に無邪気に、
飯を喰らう我が子のぬくもりがあった。
そして、伊織は気づいた。
あの、島原の乱の血の海のなかで、天草四郎たちを全滅させ、生きていた人間たちの骨を砕き、火で燃やすという残酷な業のすべてを引き受けたのは、他でもない、この幼い貞信の世代に、二度とあのような飢えと絶望の地獄を味わわせないためだったのだと。
かつて、空っぽのおひつの底をさらって、こしらえた、にぎりめしのぬくもり。
それが今、島原の痛みを越えて、この小さな貞信へと「命のタスキ」として確かに繋がっている。
だからこそ
「竹皮の記憶・にぎりめしの包」に包まれた苦味とぬくもりを忘れないために、巨大な石碑は必要だった。
数日後、伊織は北九州の手向山の山頂に立っていた。
眼下には、関門海峡の青い海が広がっている。
そこには、高さ十四尺―四・五メートルを超える、見上げるような巨石の碑(小倉碑文)が堂々とそびえ立っていた。
「伊織殿、お早いお着きで。しかし、これはまた、
いくらなんでも、大きすぎはしませんか」
進捗を見にやってきた、ある武士が呟いた。
伊織は、着物の裾をたくし上げ、風呂敷から取り出したあの藍染めの前掛けを、そっと手にしたまま、小さく笑った。
「これで良い。
親父殿は、剣の『見切り』は天才でしたけれど、
自分の持ち物の『見切り』は苦手でした。
大切な記録もすぐにどこかへ失くしてしまう、
本当に手の焼ける親父さまでした。
だから、私が一生消えないように、大きな石碑に残しておいたのです。
これがあれば、鬼籍に入った親父殿も、自分がどこで何をしてきたか、失くさずに済むでしょう」
その武士は、
伊織から、吐き出された心の内なる、言葉の更に、裏にある「この親子の記憶」の深さを理解するはずもなく、頷くだけだった。
だが、伊織の「頭脳」は、その碑文のさらに、奥底の先を見越していた。
この巨大な石碑は、単に父親さまの、強さを自慢するためだけのものではない。
謀られ、縛られて死んでいったキリシタンたち、
そして、ただ生活のために突撃し、
骸となって散っていった何万人もの幕府方の兵たち。
その、すべての生きていた人間の命をその眼で見て、彼らの無念の
「にがみ」
それを、一人で引き受けた、ひとりの漢、伊織。
我が子や、
これから生まれてくる未来の子供たちへ命のタスキを、
繋ぐために、あるいは全ての魂を慰めるために建てた、巨大な鎮魂の祈りそのものだった。
伊織は、竹の皮から取り出した小さなにぎりめしをちぎり、石碑の根元にそっと供えた。
「天草殿の、親父さま、鬼籍に入った皆に、告げたい、
……腹いっぱいに、食べてください。
みなさまの分、苦しみは、我が、全てを食べておきます。
この国の子供たち、未来を、みなが温かくて、うまい飯を、我が、
みなに、食べさせてみせます」
伊織は、前掛けをもう一度大切に風呂敷へ仕舞うと、幼い貞信の手を優しく引きながら、
親父さまの、無骨で荒々しい手を思い出していた。
そして、十万石の家老の顔に戻り、歩き出した。
振り返ると、夕日のお天道さまに、穏やかな海は赤々と照らされていた。
その波間にきらめく光は、
まるで、
あの日、散っていったすべての命をお天道さまのいる温かい場所へと導く、
一本の、長く静かな路のようであった。
夕日に照らされる巨大な小倉碑文は、未来を生きる子供たちの行く末を包み込むように、その光の路の傍らで、静かに、優しく、海を見下ろし続けていた。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
本作は歴史の事実を借りたフィクションであり、
名著『二十四の瞳』
へのささやかなオマージュでもあります。
激動の時代に「激烈な鬼」の仮面を被り、一人で白米の苦味を噛み締め続けた若き家老の姿を通し、分断の今の時代に、命のタスキが持つぬくもりを少しでもお届けできたなら幸いです。
どこかでこの文字を追いかけてくださった皆さまが、どうかお健やかにお過ごしになれますよう、
心よりお祈り申し上げます。




