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婚約破棄の瞬間に「前世の記憶」が戻りまして。〜ヒロインの座は譲りますので、私は推しキャラの側仕えを目指します!〜  作者: 綾瀬蒼


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第93話 世界を救った最強夫婦。凱旋パレードは大陸規模で

 私の立てた『推しとの完璧な老後計画』を邪魔しようとした害虫(魔王)を、夫婦の合体魔法で物理的に完全討伐(お掃除)してから七日後。


 フェルド辺境伯爵領の空は、久しぶりに、どこまでも美しく澄み切って青かった。


 不吉で鬱陶しかった赤い空は完全に消え去った。

 それに呼応して大陸各地でパニックを起こして暴れていた魔物たちも、まるで嘘みたいに大人しく沈静化した。

 神聖教国(ポンコツ新教皇)からは「古代の封印核すべての再安定化を確認した! 感謝する!」との報告が届き、王都の国王陛下からは「大陸全域で魔物の異常発生率が急低下。我々の勝利だ!」との涙ながらの正式な通達が来ている。


 つまり。


「やっと、面倒なサビ残(世界救済)が終わりましたわね……」

 私は屋敷のあたたかいテラスで、最高級の紅茶のカップを前に、心底ホッとしてしみじみと呟いた。

「そうだな。お前がブチギレたおかげで、予想よりだいぶ早く片付いた」

 向かいに座るクライス様が、新聞を読みながら短く返す。


 そして、そのすぐ横の芝生では。

 リリアが鼻歌交じりに花冠を編み、エルが父親に買ってもらった木剣の念入りな手入れをしている。


 ああ。

 この幸せな光景。

 この尊い平和。

 私が何に代えても守り抜きたかった、完璧な家族の日常。


「おかあさま、またおめめからおみずでてる。ないてるの?」

 リリアが、私の涙を見てキョトンとした顔で言う。

「これは悲しいお水ではなく、オタクの尊さの感動の涙ですわ」

 私は目元を絹のハンカチで押さえながら答えた。

「面倒な世界滅亡の危機がサクッと救われ、私の最推しも無傷で無事で、お子たちも今日も致死量レベルに可愛くて、こうして大好きな日常が戻ってきたのですもの。泣かずにはいられませんわ」

「母上」

 エルが、木剣から目を離さずに落ち着いたクーデレの声で言う。

「最近、討伐から帰ってきてから、毎日それ言ってるよ」

「当然ですわ。毎日100回言いたいですわ」

「そうなんだ。母上が幸せならいいけど」

「毎日、一分一秒を噛み締める価値がございますもの」

 私のその言葉に、クライス様が新聞越しに小さく息を吐く。

 だが、その目元は、家族への愛しさに満ちて少しやわらかかった。


 ええ。

 穏やかですわね。

 本当に、理不尽な強制バッドエンドフラグも、これでようやく全部綺麗に片づいたのだ。


 そう、完全に油断して安心しきっていた、その時だった。


「旦那様、奥方様」

 家令のハインツさんが、いつもの完璧な足音でテラスへ現れた。

「各国より、追加の親書が届いております」

「追加?」

 私はピクリと眉を上げた。

「まだ何か面倒ごと(サビ残)が残っておりますの? 魔王なら木っ端微塵に消し炭にしましたけれど」

「いえ、魔物などの脅威の話ではございません」

 ハインツさんは、たいへん言いにくそうな、困惑した顔で言う。

「その……」

「何ですの。ハッキリおっしゃいなさい」

「各国のトップの皆様が、身を挺して世界を救ったお二人に『最大級の感謝の意』を直接示したいと」

「まあ」

「それ自体は、政治的なポーズとして分かりますわね」

 私は頷いた。

「世界規模でなりふり構わず“助けて”と泣きついてきて、実際に私たちが魔王をぶっ飛ばして助けてあげたのですもの。タダ働きさせるわけにはいきませんわ」

「問題は、その感謝を示す『方法(規模)』でして」

「何かしら。金一封? それとも領地の免税特権?」

「各国合同で」

「はい」

「『世界救済の凱旋式典』を、盛大に開きたいそうです」

「……」

「しかも」

「しかも?」

「大陸規模の、全国家共同プロジェクトとして」

「……」


 私は、ティーカップを持ったまま、しばらく完全に無言で黙った。


 クライス様も、新聞を読む手をピタリと止めて黙った。

 エルが木剣の手入れの手を止める。

 リリアだけが、何となく楽しいお祭りの話だと思ったらしく、紫の目をキラキラさせている。


「がいせん?」

「……そうですわ」

 私は無邪気な娘へ答えながらも、まだ半分くらいそのトンデモない現実を受け入れきれていなかった。

「偉い人が、着飾って立派な馬車やら何やらへ乗って、大勢の皆様に“あなたたち、すごいです!”とチヤホヤ言われながら街の中を進むやつです」

「わあ!」

 リリアが両手を上げて飛び跳ねる。

「おまつり!? パレード!?」

「いえ、そう単純なお祭り騒ぎでは……」

「祭りみたいなものだろう」

 クライス様が、新聞をバサリと閉じてボソリと言った。


「クライス様」

「何だ」

「他人事みたいに、どこか遠い目でおっしゃらないでくださいまし」

「他人事ではない。行きたくないだけだ」

「あなた、今回のパレードのド真ん中の当事者メインヒーローですわよ?」

「分かっているからこそ、嫌なのだ」

「でしたら、もう少し危機感を持って抵抗を」

「……面倒だな」

「そこは完全同意ですわ!」


 ◇ ◇ ◇


 だが、命を救われた各国の本気(熱量)は、私の想像を遥かに超えて異常だった。


 まず、王都から国王陛下直々の、涙の跡のついた書簡。


『ルシア、クライス。お前たち規格外の夫婦のせいで、大陸中の国々から「ぜひ合同で、英雄を称える場を!」と怒涛の問い合わせが来ている。

 ここで言い出しっぺの我が国が断ると、余の王としての立場が完全にない。暴動が起きる。

 頼むから、一生に一回くらい、大人しく表舞台へ出てきてくれ。土下座するから』


 次に、隣国グランゼル皇国のエドゥアルド国王。


『フェルド辺境伯爵夫妻へ。

 先の愚息の無礼を雪ぐ意味でも、今度こそ国家の威信をかけて最大級の礼を尽くしたい。

 世界を救った最強の英雄夫妻を、全大陸の民の前で、正式に称えさせてほしい。断られたら切腹する』


 神聖教国・暫定教皇庁――つまり、激務で過労死寸前のアーサーから。


『ルシア、クライス殿。

 魔王の恐怖に怯えていた信徒たちの希望を取り戻すためにも、ぜひ公の場で感謝を示したい。

 できれば、お前に懐いた『あの神獣』も同席してくれると、教皇庁として絵面が良くて助かる』


「絵面が良いとは何ですの」

 私は手紙を持ったまま、真顔でツッコんだ。

「少し俗っぽく(私に似て)なりましたわね、あの元王太子。腹黒いですわ」

「お前の理不尽に揉まれて、逞しくなったんだろう。元気そうで何よりだ」

 クライス様は、関心なさそうに淡々と言った。


 さらに、北西の自由港連合、北方諸侯連盟、南方砂漠王国までが、我先にと競うように「ぜひ我が国の旗もパレードに掲げたい!」「合同祝典へ資金と物資を出して参加したい!」「推し……ではなく、世界最強の英雄夫妻と奇跡の家族を一目拝みたい!」と、情熱的なラブレターを大量に書き送ってくる。


「……完全に外堀を埋められて、逃げられませんわね」

 私はとうとう、白旗を上げて天を仰いだ。

「無理そうだな。出ないと戦争になりそうな勢いだ」

 クライス様が深くため息をついて頷く。

「目立つの、面倒ですわ」

「そうだな。俺は領地で家族と過ごしていたい」

「でも」

 私は、机の上の異常な熱量の手紙の山を見下ろした。

「ここまで世界中から土下座の勢いで感謝されて、完全に無視するのも、それはそれで後々の領地経営(外交)に面倒ですわね」

「そうだな。政治的なポーズも必要だ」

「……」

「……」

「クライス様」

「何だ」

「決して目立ちたいわけではなく、領地のために『仕方なく』、ですわよ?」

「分かっている。俺も同じ気持ちだ」

「本当に、百パーセント仕方なく」

「分かっている」

「でも」

 私はそっと、ドクンと高鳴る胸元へ手を当てる。

「私が人生を懸けて愛した『私の最推しの圧倒的な素晴らしさ』が、ついに世界中の人々に公認されてお披露目される機会だと思うと」

「……」

「少しだけ、いや、だいぶ、オタクとして誇らしくて嬉しくなってまいりましたわ」

「だろうな」

「そこは呆れて否定なさらないのですね」

「お前のオタクのサガを否定しても無駄だと、長年の夫婦生活で学んだ」


 エルが、そんな私たちを見て小さく呟いた。

「母上、結局『父上が褒められる』ことが、一番大事で嬉しいんだ」

「当然ですわ」

 私はキッパリと、言い切った。

「たった二人で世界を救ったのですもの。この世界の全人類に、私の推しの顔の良さと強さが伝わるべきでしょう?」

「うん」

「やっぱり、母上はそういうところだと思った。ブレないね」

 リリアは、大人の事情など関係なく、もう完全にお祭り気分だった。

「リリアも、おひめさまみたいな、きれいなふくきる?」

「もちろんですわ!」

 私は即答で、全力で頷いた。

「お兄様も、あなたも、そして私のクライス様も、世界一作画コストの高い最高に素敵なお姿で、レッドカーペットに並んでいただきますわよ! 準備なさい!」


 ◇ ◇ ◇


 そして迎えた、大陸合同・凱旋パレードの当日。


 会場は、王都を中心とした大広場一帯。

 いや、“大広場一帯”では全く足りない。

 王城の正面から、大通りの中央を一直線に抜け、神殿街区までぶち抜いた、この国の歴史上過去最大規模の異常な長さの祝典ルートだった。


 大陸各国の鮮やかな旗が、風にはためく。

 空からは、魔法で無数の花びらが祝福のように舞う。

 各国の精鋭の楽団がズラリと並び、壮大なファンファーレを奏でている。

 近衛騎士団、高位神官団、商会連合、自由港連合の代表まで、お偉いさんたちが勢揃いして私たちを待っている。


「……想像の百倍、大げさですわね」

 パレード待機の豪華な馬車の中で、私は外の熱狂を見て率直に言った。

「世界を滅亡から救ったんだから、これくらい当然じゃない?」

 今日は妙に素直で誇らしげなエルが答える。

「そうかもしれませんけれど」

「母上」

 エルが、少しだけ群衆の熱気に緊張した顔で聞く。

「ぼくたち子供も、本当に父上と一緒に前に出ていいの?」

「当然ですわ」

 私は、息子の最高級の礼服の襟元を優しく整えた。

「私たちは、世界最強の『家族』の凱旋なのですもの」

「……」

「お父様だけを一人で先頭へ立たせて、愛するお子たちを後ろに隠す理由が、どこにありますの」

「それは、ないけど」

「しかも」

 私はエルの銀灰の髪を軽く整えながら、その美しさに思わずウットリした。

「本日のあなた、大変に“若き次代の天才騎士様”感があって、最高に尊くてスチルとして完璧でございますわね……!」

「母上」

「何ですの」

「今はオタクの心は落ち着いて。外に出る前に倒れないでね」

「無理ですわ」

「でしょうね」


 その隣で、クライス様が最高級の礼装(正装)姿で、静かに腕を組んでいる。


 漆黒を基調に、銀の細工刺繍が施された軍服アレンジの礼装。

 フェルド辺境伯としての絶対的な威厳がありながら、戦場をくぐり抜けた本物の騎士の気配(色気)も失っていない。

 余計なチャラチャラとした飾りは一切ないのに、ただ黙ってそこに立っているだけで、すべての視線を奪っていく。


「……」

 私は、その姿に撃ち抜かれ、数秒間、完全に息を止めて止まった。

「ルシア」

「はい」

「またか」

「またですわ」

 私は真顔で、鼻息荒く答える。

「だって、本日のクライス様、完全に致死量を超えてだいぶ無理(最高)ですもの」

「何がだ。ただの窮屈な礼服だぞ」

「顔とオーラが良すぎます。全人類が恋に落ちますわ」

「今さらだな」

「今さらですけれど、毎回新鮮に心臓にクリティカルヒットして効きますのよ!」

 クライス様が、やれやれと小さく息を吐いた。

 でも、その耳が少し照れたように赤い。

 ああ、ええ。

 自分が妻にベタ褒めされて格好いいと言われていること、ちゃんと分かっておりますわね。


「奥方様」

 外から、緊張した式典進行役の声がする。

「準備が整いました。間もなく出発です」

「承知いたしましたわ」

 私は深く、大きく深呼吸した。

 大丈夫。

 落ち着きなさい、限界オタクのルシア・フェルド。

 あなたは理不尽な婚約破棄を乗り越え、貧乏領地を立て直し、神聖教国をぶっ壊し、魔王をワンパンで討つ旅へ出て、無事に戻ってきた最強の女なのだ。

 今さら、凱旋パレードの歓声くらいで怯んではいけない。


 ……いえ、隣に立つ推しの旦那様が格好よすぎる件については、だいぶ足が震えて怯みますけれど。


 ◇ ◇ ◇


 馬車の扉が開かれ、私たちが外へ姿を現した瞬間。


 ドワアァァァァァッッ――――!!!!


 という、もはや音の塊(物理的な爆風)みたいな地鳴りのような歓声が押し寄せた。


「うわっ」

 エルが、その異常な熱気に思わず目を見開く。

 リリアは逆に「わああ! おまつり!」と目を輝かせた。

 私は、一歩外へ出て、その非現実的な光景に息を呑んだ。


 人。

 人。

 人。


 王都の広大な中央通りを、隙間なく完全に埋め尽くす、信じられないほどの何十万人という人波。

 身分の高い貴族も、平民も、遠方から来た商人も、騎士も、神官も、子どもも老人も、みんなが涙を流して一斉にこちらを見ている。

 そして、その全員が、割れんばかりの歓声と、心からの感謝の笑顔を私たちに向けていた。


「ルシア様ー!!」

「クライス殿ー!!」

「俺たちを救ってくれた、世界最強の英雄夫妻万歳!!」

「ありがとう! 本当に生きててくれてありがとう!」

「エル様ー! 未来の騎士様ー!」

「リリア様、天使みたいー!!」

「フェルド家の最強家族だー!!」


「……ッ」


 私は、その圧倒的な肯定の光景に、その場でポロポロと泣きそうになった。


 ああ。

 ええ。

 そうでしょうとも。

 無理ですわよ、こんなの、オタクじゃなくても泣いてしまいますわ。


 だって、見てくださいまし。

 大陸中から集まった名もなき人々が、今、私が人生を懸けて守り抜いた我が家(推したち)へ向かって、心の底から感謝と称賛の歓声を上げているのだ。

 しかも、その中心には、私を愛してくれる世界一格好いい最推しがいて、その隣には愛の結晶である可愛い子どもたちまで並んでいる。


 何ですの、この私の人生のすべてを肯定するような、幸福と供給の大洪水は。


「おかあさま?」

 リリアが、私の涙に気づいて不思議そうに見上げる。

「ないてるの?」

「これは」

 私は震える声で、必死に涙を堪えて答えた。

「オタクとしての、究極の感動ですわ」

「また?」

 エルが、呆れたように小さく聞く。

「本日は特別ですもの!」

 私はハンカチで目元を強く押さえた。

「私が前世から愛し続けた、私の最推しの圧倒的な素晴らしさが」

「……」

「ついに」

「……」

「全人類の、世界公認になってしまいましたわああ……!」

「やっぱり、最終的な感動の理由はそこなんだ」

 エルが、ちょっと遠い目をした。


 でも、仕方がないでしょう。

 本当に、私にとって一番嬉しくて誇らしいのは、そこなのだから。


 クライス様が、隣から優しく低く言う。

「歩けるか」

「尊すぎて、足の震えで無理かもしれません」

「俺の妻だろう。胸を張って歩け」

「はい……」


 でも、その無愛想な声も、どこまでも甘く少しだけやわらかい。

 多分、この人も分かっているのだ。

 私が今、どれほど幸せで、キャパオーバーの限界を迎えているか。


 パレードは、荘厳な音楽と共にゆっくりと始まった。


 先頭には各国の色鮮やかな旗。

 次に、世界一の演奏を誇る楽団。

 その後ろを、私たち家族の乗る屋根のないオープンカーのような『特注の装飾馬車』が進む。

 馬車と言っても、ほとんど“全方位の民衆へ、英雄の姿をあますところなく見せるための移動式壇上”みたいなものだった。

 つまり、照れて隠れる余地はない。


「おかあさま、お手、振って」

 リリアが嬉しそうに、小さな手を振って言う。

「ええ」

 私は涙を拭って頷き、笑顔で貴婦人のように上品に手を振った。


 すると、「女神様だ!」と歓声がさらに地鳴りのように大きくなる。


 その横で、クライス様が、民衆に応えるように短く片手を上げる。

 たったそれだけの、無骨で飾らない仕草で。

 周囲の女性陣(と一部の男性)の黄色い歓声が、また一段、爆発的に跳ね上がる。


「きゃあああ!!」

「フェルド辺境伯様ー!!」

「かっこいいー! 抱いてー!」

「無敵の氷の騎士様ー!!」


「……ッ」

 私は、その圧倒的なファンサの破壊力にまた胸を押さえた。

「母上」

「何ですの」

「今、また限界迎えて危ない?」

「大変に」

「父上がただ手を上げただけなのに」

「その“ただの無骨なファンサ”が、オタクの命取りに一番効くのですわ!」

「そうなんだ……」

「そうです」


 エルは、最初こそ数万の視線に緊張して固くなっていた。

 だが、自分へも向けられる温かい声援へ気づいたらしい。

 少しずつ次期領主としての背筋がピンと伸び、ちゃんと笑顔で手を振るようになった。

 その様子が、あまりにも凛々しくて成長を感じて、私はまた危うく「息子尊い」と泣きかけた。


 リリアは、もう完全に愛嬌を振りまく天使だった。

 花のついた小さな可愛い帽子を揺らしながら、沿道へ向けて全力で両手を振っている。

 そのたびに、沿道の人々が「可愛いー!」「お菓子あげたい!」と叫ぶ。

 当然ですわね。うちの娘の可愛さは世界一ですもの。

 ええ、存じておりますとも。


 そして何より。


 私の愛するクライス様が。

 王都の真ん中で。

 世界を滅亡から救った、この世で一番格好いい英雄として。

 誰よりも堂々と、眩しい光の中で立っておられるのだ。


 ああ。

 前世で、一人ぼっちで画面越しにゲームをプレイしていた社畜の私よ、見ていますかしら。

 あなたの見つけた最高の推しは、ついに大陸規模で、その圧倒的な素晴らしさを認められましたわよ。


 私は、とうとう感動のあまり、感情の制御ができずに堪えきれなかった。


「……ッ、う、うう……クライス、様……」

「母上」

「おかあさま」

「ルシア」

 三方向から、同時に心配する声をかけられる。


「大丈夫ですわ」

 私は泣き笑いの、ぐしゃぐしゃの笑顔で答えた。

「大丈夫ですけれど」

「……」

「もう、生きてて一番嬉しすぎて、心が無理ですの」

 クライス様が、私の涙を見て、ほんの少しだけ優しく目を細める。

 それから、数十万の民衆が見ている前で、ごく自然な動作で、私の肩を力強く抱き寄せた。


「ッ……!!」


 沿道の歓声が、今度は別の意味(尊さの悲鳴)でドカン! と爆発した。


「きゃあああ!!」

「辺境伯様が、奥様を抱き寄せた!」

「夫婦仲まで最高ー! 理想の夫婦!」

「尊いー! 無理ー!」


「ク、クライス様!?」

 私は真っ赤になって、驚いて彼を見上げる。

「何だ」

「何十万人も見ている、人前ですわよ!?」

「今さらだろう。俺たちに怖いものなどない」

「……それは、そうですけれど」

「お前、嬉し泣きしすぎだ」

「だって」

 私はもう、顔を隠して笑うしかなかった。

「嬉しいのですもの」

「……」

「この世界のすべての皆様が」

「……」

「私が誰より愛している、あなたの本当の素晴らしさを」

「……」

「ちゃんと、知ってくださって」

 クライス様は何も言わなかった。

 でも、私の肩を抱くそのあたたかい腕は、絶対に離れない。

 むしろ少しだけ、私を安心させるように、抱きしめる力がギュッと強くなる。


「当然だ」

 低い声。

 けれど、その一言は、世界中のどんな賞賛よりも、ひどくまっすぐで重かった。

「俺の妻(お前)が、出会った日からずっと一番に知ってくれていたことを」

「……」

「やっと、この遅れた世界が、後から知っただけだ」


「ッ……!!!!」


 駄目ですわね。

 本当に、この男は、駄目ですわね。


 私は本気で、その言葉の致死量の尊さに、その場でパレードの馬車の上で崩れ落ちそうになった。

 隣でエルが「母上、耐えて。気絶しないで」と真剣な声を出し、リリアが「おかあさま、またかんどうして、ぽてってなる!」とキャッキャしている。


 でも、もうどうしようもなかった。


 だって。


 私の最愛の推しが。

 世界を救って。

 世界中の人に称えられて。

 その上で、“お前が最初から一番に俺の良さを知ってくれていた”なんて、古参オタクの心を撃ち抜くような、そんな満点回答の愛の殺し文句をくださるのだから。


 ――ええ。

 凱旋パレードが大陸規模になろうとも、限界オタク妻の感情のダムは、それ以上に大規模に決壊して、幸せに尊死(気絶)して当然ですわよね。



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