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婚約破棄の瞬間に「前世の記憶」が戻りまして。〜ヒロインの座は譲りますので、私は推しキャラの側仕えを目指します!〜  作者: 綾瀬蒼


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第75話 教皇の切り札「神獣」召喚! ――からの、即落ち2コマ

 絶対に破れないはずの『神の結界』を、私のデコピン一発でガラスのように粉砕した私たちは、そのまま聖都ラグナディアの心臓部――中央大聖堂へと、優雅な足取りで真っ直ぐに進んでいた。


 当然ながら、その道中は蜂の巣をつついたような大パニックの連続である。


「け、結界が……!」

「何者だ、あの二人は!? 大軍はどこだ!?」

「止めろ! 異端の侵入を止めるのだ!」

「む、無理です! 足が動きません! 近づけません!」


 白い法衣の神官たちが悲鳴を上げて右へ左へと逃げ惑い、重武装の僧兵たちは慌てて槍を構えようとするが、私たちの放つ威圧感に飲まれて、その震える穂先をこちらへ向けきれずにいる。

 それもそうだろう。


 数百年、教国の絶対無敵の象徴と謳っていた『神の結界』が、ついさっき、自分たちの頭上の空で飴細工のように呆気なく砕け散ったばかりなのだ。

 しかもそれを砕き、正面から堂々と歩いてきたのは、大軍勢でも、巨大な攻城兵器でもない。

 ただの辺境伯夫妻、たった二人。


 人間の本能的な恐怖というものは、自分の常識と理解の外側からやって来た『圧倒的な理不尽』を前にした時ほど、芯までよく効く。


「道を開けなさいまし」

 私は扇を広げ、極めて穏やかな、貴婦人の声で言った。

「文字通り、物理的に踏み潰されたくなければ」


 その魔力のこもった一言だけで、目の前の屈強な僧兵たちがビクリと肩を震わせ、モーゼの十戒のようにサァーッと綺麗に道を空けた。

 あら。

 皆様、大変素直で聞き分けがよろしいですわね。


「ルシア」

 隣で歩くクライス様が、低く呼ぶ。

「何ですの」

「顔が、笑っているぞ」

「そうでしょうとも」

 私はニッコリともせず、氷の目のまま答えた。

「うちの可愛い子どもたちへ不純な手を出そうとした愚か者どもが、今さら自分たちの無力さに絶望して右往左往しているのですもの」

「……」

「少しも愉快ではございませんけれど」

「……」

「大変、痛快スッキリではありますわね」

 クライス様は、少しだけ呆れたように小さく息を吐いた。

 だが、その見下すような冷酷な目は、私と全く同じ『親としての怒りの温度』だった。


 ええ。

 長年連れ添った妻ですから、分かりますとも。

 この人もまた、かなり本気でブチギレていらっしゃる。


 ◇ ◇ ◇


 大パニックの街を抜け、中央大聖堂の広大な前庭へ出た時には、すでに教国側も“これはただの襲撃ではない”と正確に理解していたらしい。


 白亜の石段の上。

 金の刺繍を施した豪華な長衣の老人たち(枢機卿)がズラリと並び、その前には教国最強の『聖騎士団』が、幾重にも分厚い防衛の隊列を敷いている。

 そして、その過保護な陣形の中央に立つのは、ひと目で分かる。

 この宗教国家の頂点だ。


 教皇。


 長い白髭。

 過剰なまでに宝石で飾られた豪奢な法衣。

 頭上には権力を示す金の冠。

 いかにも“神の権威の権化”といった偉そうな姿だが、その顔色は、死人のようにお世辞にもよろしくない。

 無理もない。

 絶対の自信を持っていた神の結界が、何かの冗談のように砕け、敵が傷一つ負わずに大聖堂の真正面までお散歩感覚で歩いてきたのだから。


「……辺境伯」

 教皇が、よく通るが明らかに動揺を押し隠した震える声で言った。

「ならびに、その妻よ」

「ごきげんよう」

 私はドレスの裾をつまみ、完璧に優雅なカーテシーで会釈した。

「教国が誇る神の結界、少々、スライムより脆うございましたわね」

 その一言で、場の空気がピシリと限界まで張り詰める。


 枢機卿らしき老人たちの顔が、屈辱でヒクッと引きつった。

 前衛の聖騎士団も、明らかに剣を握る手に力を込めて殺気立っている。

 だが、誰一人としてこちらへ踏み込んでこない。

 いや、踏み込めないのだろう。

 正面から相対すれば、本能で分かる。

 今、この前庭の空気を、命の生殺与奪の権を、本当に支配しているのがどちらか。


「ふ、不敬であるぞ!」

 教皇の左端にいた枢機卿が、顔を真っ赤にして喚いた。

「神の御前で、なぜ頭を垂れて平伏さぬか!」

「あら」

 私は小馬鹿にするように首を傾げる。

「本物の神様がお出ましなら、オタクとして尊さにひれ伏すことも考えなくもありませんけれど」

「何だと!」

「今のところ、私の視界には『不当な権威の服を着込んだ、ただの強欲な人間の老人たち』しか見当たりませんもの。どこに平伏する価値が?」


「き、貴様ァ……!」


 ああ、本当に単純で分かりやすい。

 こういう温室育ちの権力者の方々は、論理の言葉で真正面からプライドを叩き折ると、すぐに見苦しく顔へ怒りが出るのですわね。


 教皇が手を上げて、怒鳴りかけた枢機卿を制した。

 どうやら、トップだけあって、まだ完全には理性を失っていないらしい。


「ルシア・フェルド」

 老人は、私を憎々しげに真っすぐ睨みつけた。

「そなたは、神聖教国へ何を求めてここへ来た。金か、領土か」

「まあ」

 私は小さく、腹の底から笑った。

「順序が逆ではなくて?」

「……」

「先に私たちの平穏な日常へ、強欲な手を伸ばして求めてきたのは、そちらでしょう」

 私は一つずつ、冷酷に指を折る。

「愛する我が子」

「……」

「我が領地の流通(経済)」

「……」

「そして、自分たちの裏帳簿の奪還」

「……」

「その全部が私たちに無様に失敗して叩き潰されたから、今度は私たちが、直接クレームを言いに参りましたのよ?」

 教皇の目が、致命傷を突かれてわずかに大きく揺れる。


 よろしい。

『裏帳簿の件(横領の事実)が本丸であること』は、ちゃんと伝わったらしい。


「そ、そのようなもの」

 教皇は冷や汗を流し、声を低くしてシラを切る。

「我ら清廉なる教皇庁は、一切知らぬ」

「では」

 私はニッコリと、最高に邪悪に微笑む。

「今からこの公開の場で、全信徒様へ向けて、私が『拡声魔法』を使って大きな声で一つずつ確認いたしましょうか」

「……ッ」

「信者から集めた寄進金のロンダリングの流れと、聖騎士団名義の架空支出と、教皇庁上層部の皆様の『私的蓄財(裏金)』の具体的な金額について」

 今度こそ、教皇と枢機卿たちの顔色が、完全に紙のように真っ白に変わった。


 ああ。

 はい。

 そこが彼らにとって一番、社会的に死ぬから困るのでしょうね。


 だが次の瞬間、教皇のその絶望の表情がスッと消えた。

 消えた、というより、“奥の手(物理的な切り札)を切る覚悟を決めた”狂信者の顔になったと言うべきか。


「……残念だ」

 教皇が、ひどく静かに、見下すように言った。

「本来なら、神に愛された奇跡の幼子たちの親として、異端の罪を許して穏便に導いてやるつもりであった」

「結構です。虫唾が走りますわ」

「だが!」

 老人の目が、ギラリと狂気に光る。

「ここまで神の慈悲に逆らう愚か者であるなら、仕方あるまい。消え去れ!」


 その瞬間、前庭の空気が異様に変わった。


 枢機卿たちが一斉に蜘蛛の子を散らすように後ろへ下がる。

 聖騎士団も、事前に訓練された動きで、中央を大きく開けて半円状に退いた。

 そして教皇は、法衣の胸元から一枚の古びた『国宝級の巨大な神符』を取り出し、天へ掲げた。


「あら」

 私は目を細める。

「それは少々、オタクの琴線を刺激する大仰な魔力アイテムですわね」

「恐れよ!」

 教皇の声が、急に狂気と熱を帯びる。

「神に背く異端の者どもよ! 今こそ、古の『神獣』の絶対なる裁きを受けるがよい!!」


 ゴォォォォッ!! と。

 私たちの目の前の足元の石畳へ、直径三十メートルを超える巨大な召喚魔法陣が展開して広がった。


 金と白の複雑な幾何学模様。

 古代の祈りの文字列。

 周囲に配置された無数の高価な魔力供物石。

 そして陣の中央から立ち上る、空間を歪ませるほどの圧倒的な魔力の柱。


 周囲の神官や聖騎士たちが、歓喜と陶酔の入り混じった狂乱の声を上げる。


「おおお……!」

「教皇猊下が、伝説の神獣召喚を!」

「これで勝った! 神の使徒たる聖獣が、ついに我らを救う!」


 なるほど。

 教国の最大の武力の切り札とは、これでしたのね。


「クライス様」

「何だ」

 私は軽く、余裕の息を吐く。

「少々、面倒で大きめの魔物が出そうですわ」

「出る前に、俺が陣ごと斬るか?」

「いえ」

 私は首を振って、クライス様の剣を止めた。

「まずは、相手の希望(最大戦力)を出して差し上げましょう」

「……そうか。分かった」

「ええ」

 私はニッコリと、ドSな笑顔で笑う。

「その方が、後でへし折った時に、完全に心が折れて絶望しやすいですもの」


 ◇ ◇ ◇


 召喚陣の中心から、目を焼くような眩い光が噴き上がる。


 大気がビリビリと震える。

 前庭の頑丈な石畳が圧力で軋み、砕ける。

 神々しい魔力の奔流が、まるで大聖堂そのものを支える巨大な柱みたいに天へ突き抜ける。


 そして、光が収まった中から現れたのは――。


 見上げるほど巨大な、四足歩行の獣だった。


 神々しく輝く白銀のたてがみ。

 額にそびえる、魔力を帯びた黄金の一本角。

 鳥とも獅子とも竜ともつかぬ、神話じみた美しい輪郭。

 四肢は丸太のように力強く、背中の翼は空を覆うほど広く、その眼光にはただの魔物ではない、明確な『高い知性』が宿っている。


「おおお……!!」

「神獣様……!」

「我らの勝利だ……! 異端に死を!」

 神官たちが、涙を流して歓声を上げる。


 ええ、まあ。

 確かに、見た目は大変立派で作画コストが高いですわね。

 荘厳さもある。

 絶対強者の威圧感もある。

 実際、普通の人間や騎士なら、ここで絶望して腰を抜かしても全くおかしくはない。


 教皇が、完全に勝利を確信し、勝ち誇ったように両手を広げた。


「見よ! これぞ我ら教国に味方する、神の威光なり!」

「……」

「辺境の愚者どもよ、今すぐその地に平伏し、跪け! 偉大なる神獣の前に、己らの矮小さを知れ!」


 私は、全く動じずに、その神獣を涼しい顔で見上げた。

 クライス様もまた、剣の柄に手を置いたまま、静かに目を細めて「いつでも斬れる」と値踏みしている。


 神獣は、ゆっくりと、威厳たっぷりにこちらへ顔を向けた。


 一瞬。

 その知性の高い金色の目が、私とバチリと合う。


 その、次の瞬間だった。


 ピタリ、と。

 神獣の堂々とした動きが、不自然に完全に止まった。


「……?」

 教皇が、いぶかしげに眉を寄せる。

「どうした、神獣よ。早くその者たちを蹂躙せよ」

「…………」

 神獣は動かない。

 いや、本能的な恐怖で『動けない』のかもしれない。


 なぜなら今、その巨大な金色の視線は。

 私の『規格外の深淵のようなチート魔力』をガン見したあと、隣のクライス様の放つ『絶対零度の斬撃の殺気』へ移り、そしてもう一度、信じられないものを見るように私へ戻ってきたからだ。


 私の中の、底なしの魔力。

 クライス様の中の、絶対強者の剣気。

 それを、高い知性を持つ獣だからこそ、真正面から『本能の格付け』として正確に感じ取ってしまったのだろう。


「あら」

 私は小さく、クスリと首を傾げる。

「もしかして」

 クライス様が、拍子抜けしたようにボソリと言う。

「……アイツ、俺たちに完全に怯えているな」

「ええ。プルプル震えておりますわね」

 私は目を瞬いた。

「相手の力量(死の気配)を正確に測れるとは。大変、素直で賢い獣ですこと」


 神獣の美しい白銀のたてがみが、恐怖でブワッ!! と逆立った。

 大きな身体が、私たちから距離を取るように、ジリッ、ジリッ、とゆっくり後ずさる。


「な、な、何をしておる!!」

 教皇が、予想外の反応に焦って叫ぶ。

「神獣よ! どうしたのだ! その不敬な者どもを早く裁け!」


 だが、神獣は全く裁かなかった。


 むしろ、もう完全に「おい、召喚主! なんで俺をこんなヤバい奴らの前に呼んだんだよ!」と困り果てていた。


 目の前には、巨大な神獣を前にしても妙に落ち着いている、笑顔の女。

 しかも、軽く国を滅ぼせるレベルの、ものすごく濃く重い魔力の気配。

 その隣には、視線が合っただけで自分が三枚におろされると確信できる、明らかに斬ってはいけない死神の圧を放つ男。


 神獣の生存本能アラートが、全力で脳内に警鐘を鳴らしているのだろう。


 ――絶対に関わるな。

 ――一歩も近づくな。

 ――ていうか、殺される前にむしろ土下座して謝れ。


 そんな声がテレパシーで聞こえてきそうなほど、神獣は分かりやすく怯えきっていた。


「神獣よ!」

 教皇が、思い通りに動かない切り札に顔を真っ赤にして怒鳴る。

「我ら教国の命を受けておるのだぞ!」

「……(ブルブルブル)」

「進め! その小賢しい女を噛み殺――」


 その時。


 私が、ほんの少しだけ、扇を持った右手をスッと上げた。


「――こっちへいらっしゃい」


 声は、とても穏やかだった。

 でも、その中に含めたのは、ただの命令ではない。

 もっと魂の根源的なもの。

『圧倒的上位の存在』が、逆らえない下位存在へ向ける“私に従っていいのよ(従わなければ殺すわよ)”という、絶対的な許可(支配)。


 神獣のピンと立った耳が、その声にピクリと動く。


 そして。


 トテトテトテトテッ、と。


 さっきまで威厳たっぷりに吼えていた巨大な神獣が、まるで飼い主に呼ばれた大型犬のように、ものすごくお行儀よく、尻尾を下げて私の目の前へ小走りで歩いてきた。


「…………」

「…………」

「…………」


 教皇。枢機卿。聖騎士団。

 教国側、アゴを外して完全沈黙。


 ええ。

 そりゃあ、そうなりますわよね。


 だって、ついさっきまで“我らが神の裁き”だの“絶対無敵の切り札”だのと崇めて持ち上げていた伝説の存在が。

 今や、ただの辺境伯夫人の前へ、自分から嬉々として歩いてきているのだから。


 しかも、私の無双はまだ終わらない。


 神獣は私の数歩手前でピタリと止まると、その巨大な身体をスッと低くした。


 前脚を綺麗に揃え。

 私を見上げて頭を下げ。

 さらに、忠誠を示すように、ためらいがちに――。


 ポフンッ、と。

 私の差し出した手のひらの上へ、巨大な片方の前脚を優しく差し出した。


「……まあ」


 私は予想外のファンサに、目をパチパチさせた。

 クライス様が横で、剣から手を離して低く言う。


「……完全な『お手』だな」

「ですわね。完璧なフォームです」

 私は、そのあまりの可愛さに思わず笑ってしまった。


 次の瞬間、神獣は「危害を加えないでください」とばかりに、さらにゴロンッ、とその場に仰向けに横になった。

 完全に弱点であるフワフワの腹を見せている。

 圧倒的強者に対する、絶対の服従と降伏である。

 それも、これ以上なく分かりやすく、愛らしい形で。


「「「……………………(絶望)」」」


 教皇も。

 枢機卿たちも。

 最強を自負する聖騎士団も。

 全員の処理能力が限界を迎え、魂が抜けたように何も言えなくなっていた。


 ああ。

 はい。

 分かりますとも。皆様のその絶望のお気持ち。


 国を挙げての最大の切り札として召喚した、伝説の神獣が。

 辺境伯夫人へ自分から尻尾を振って『お手』をし、腹を見せて寝転んだ。

 これはもう、テンポが良すぎる“即落ち2コマ”以外の何物でもございませんわね。


「とっても良い子で、かわいいですわね」

 私はそっと、神獣の差し出した前脚の肉球へ触れた。

 温かい。

 モフモフの毛並みも極上で最高に良い。

 大変立派で賢い神獣ですこと。


 神獣は、私に撫でられて殺されないと分かり、ホッとしたように「キュゥ……」と鼻を鳴らした。

 あら。

 本当に、本能が警告するほど怖かったのですわね。

 ごめんなさいまし、私の魔力圧が強すぎましたわね。

 でも、そちらから先にうちの子たちを狙って喧嘩を売ってきたのは教国ですので、許してくださいな。


「な、な、な、何をしておるゥゥッ!!」

 ついに、現実を受け入れられない教皇が、半狂乱の裏返った声を上げる。

「神獣よ! 神の使徒たるお前が、なぜ敵の前でそのような犬のような屈辱を!! 目を覚ませ!」

「あら」

 私は神獣の頭を優しく撫でながら、哀れな教皇を見上げた。

「この子は、別に屈辱など感じてはおりませんわよね?」

 神獣は私の言葉に即座に同意し、教皇に向かって「ワンッ!(違います!)」とばかりに、ブンブンと激しく頭を振った。

 さらに、私に撫でられて嬉しいのか、床を叩くようにバタバタと大きな尻尾まで振り始める。


「…………(白目)」

「…………(気絶)」

 教皇と枢機卿たちが、その光景にショックでさらに言葉を失い、数人が泡を吹いて倒れた。


 ああ。

 もう駄目ですわね。

 完全に、向こうの切り札(権威)が社会的に死にましたわ。


 クライス様が、足元で腹を見せる神獣を見下ろしながら、少しだけ感心したようにボソリと言った。

「戦う相手を間違えない。俺の夜襲の刺客たちより、よほど賢い獣だな」

 神獣が、氷の騎士のその言葉にビクッ! と震えながらも、「その通りです!」とばかりにコクコクと必死に頷く。


「まあ」

 私は思わず、可愛すぎて口元を扇で押さえた。

「よかったわね。最強のクライス様に褒められておりますわよ」

「……(バタバタバタバタッ!)」

 神獣の尻尾の動きが、嬉しさと安堵でさらに激しく、千切れんばかりになった。


 あらあら。

 この子、自分より圧倒的に強い者に素直に従う獣としては、だいぶ愛嬌があって筋がよろしいですわね。

 大型犬みたいで大変可愛いですこと。お持ち帰りしたいくらいですわ。


 ◇ ◇ ◇


「ば、馬鹿な……」

 教皇の顔は、もはや死体のように、紙のように真っ白だった。

「我らの最後の希望である神獣が……神獣が……あの女に……」

「完全に懐きましたわね」

 私はモフモフを堪能しながら、あっさりと事実を告げる。

「懐く、だと!? 異端の悪魔に!?」

「ええ」

 私は神獣の気持ちよさそうな首元を撫でる。

「少なくとも、欲と権力にまみれたあなた方より、よほど賢くて話が分かりそうですわ」

「き、貴様ァァ!! 許さん!!」


 逆上した枢機卿の一人が、懐から短剣を抜いて半歩前へ出た。

 だが、その瞬間。


 クライス様が、スッ、と愛剣の柄へ手を置いた。


 チャキッ、と。

 たった数ミリ刃が鞘走った。たったそれだけの殺気で、枢機卿の足が完全に縫い止められ、凍りつく。

 聖騎士団の何人かは、本気で死を悟って武器を捨て、一歩後ろへ下がった。


 ああ、よろしいですわね。

 ようやく“どんな手を使っても、この夫婦にはもう絶対に勝てない”と、身をもって理解が追いついてきたらしい。


 私はゆっくりと、優雅な動作で立ち上がった。

 神獣は足元で寝転んだまま、「ご主人様!」とキラキラした目でこちらを見上げている。

 大変、愛くるしい良い子ですわね。


「さて、教皇様」

 私は静かに、処刑宣告のように呼びかけた。

「……」

「ご自慢の絶対防壁(結界)は、私のデコピンで割れました」

「……」

「絶対の切り札だった伝説の神獣は、私に『お手』をして腹を見せました」

「……ッ」

「さて」

 私はニッコリと、この世で一番邪悪で美しい笑顔で笑った。

「これですべてのカードを失ったわけですが。次は、一体何で私たちに戦いを挑みますの?」


 教皇の青白い唇が、恐怖と絶望でワナワナと震える。


 答えられない。

 当然だ。

 もう、教国の威信を保つ看板は、全部完全にひっぺがされて剥がれ落ちたのだから。


 結界は砕け。

 神獣は完全に懐柔された。

 残っているのは、私たちがハッキングして握っている『横領と裏金』と、『子どもへの誘拐未遂』と、『夜襲の証拠(自白)』だけ。


 でしたら。


「そろそろ、逃げ隠れせずにお話ししましょうか」

 私は冷たく、拡声魔法を展開して、聖都全域に響き渡る声で宣言した。

「この街にいる、全信徒様の前で。『あなた方の長年の横領と不正』について、盛大な公開お話し合い(裁判)を始めましょうか!」


 その決定的な言葉に、教皇と枢機卿たちの顔が、今度こそ絶望で真っ青になった。


 ――ええ。

 あなた方が、本当に恐れるべきだったのは、私たちが倒す神獣などではなく。

 その武力無双の後に必ず始まる、私のオタクの執念と商社スキルをフル活用した“逃げ場のない公開裁判(社会的な死)”の方でしてよ。



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