第67話 長女の魔法の才能が開花。母親譲りのチート遺伝子
その日の朝、私はいつにも増して機嫌が良く、鼻歌交じりで執務室の書類に向かっていた。
昨日は、我がフェルド家が誇る『親子二代推し』による剣術稽古という、とんでもなく尊い神供給を最前列で浴びたばかりである。
おかげで本日の私の心と魔力は、大豊作の後のように非常に潤っていた。
潤っていたのだが。
「おかあさまー!」
庭の向こうから響いてきた、愛らしくも元気いっぱいの勢いのある声に、私は書類の上からハッと顔を上げた。
「何かしら、私の天使」
窓を開けると、そこには朝露の残る青々とした芝生の上で、ピョンピョンとちぎれんばかりに両手を振っている娘の姿。
淡い銀の髪が朝の陽に透けてキラキラしている。
朝から作画が良い。可愛い。大変に可愛い。スチル保存したい。
「みてくださいませ! リリア、できましたの!」
「ええ、見ておりますわよ。今日も世界一可愛いですわ」
「ちがいますの! もっと、すごーいのです!」
「まあ」
もっとすごい。
その不穏な単語へ、私はほんの少しだけオタクの警戒アンテナを立てて目を細めた。
うちの愛娘の“もっとすごい”は、だいたい二種類のベクトルに分かれる。
一つは「四つ葉のクローバーで花冠が上手に編めましたの」系統の、非常に平和で微笑ましい、愛らしい“すごい”。
もう一つは「庭の池の水面を全部凍らせて、天然のスケートリンクをつくってみましたの」系統の、少々物理法則を無視した規格外な“すごい”である。
そして今の、やけに自信満々で魔力に満ちた声色は。
(十中八九、後者のヤバい方ですわね……)
私はそっと、インクがこぼれる前にペンを置いた。
「クライス様」
同じ部屋の向かいのデスクで、別の書類へ真面目に目を通していた夫を振り返る。
「何だ」
「リリアが、庭で“もっとすごいこと”をしたそうですわ」
「……」
「この私の沈黙、長年の夫婦として意味が分かっていらっしゃいますわね?」
「だいたい分かる。お前の悪い癖が遺伝したな」
クライス様が、書類をスッと置いて静かに立ち上がった。
「行くぞ」
「ええ」
さすがですわね。
この短いやり取りだけで、もう私と『チート発動の危機感』を完璧に共有していらっしゃる。
◇ ◇ ◇
庭へ出ると、そこにはリリアが一人、芝生の真ん中で「えっへん!」と誇らしげに立っていた。
今日は私とお揃いの薄青のワンピース。
銀髪には、昨日自分で結んだのと同じ色のリボン。
やわらかい頬は少しだけ魔力行使で紅潮し、紫の瞳は「早く褒めて!」という期待でいっぱいに輝いている。
「おかあさま! おとうさま!」
「どうしましたの」
私は歩み寄りながら、優しく問う。
「“もっとすごいこと”とは」
「リリア、ひとりで、できるようになりましたの!」
「何をですの」
「まほうです!」
私は、ピタリと足を止めた。
魔法。
もちろん、リリアに魔力の素養があること自体は分かっていた。
『氷の騎士』と『チート広域魔法使い』の娘なのだから、むしろない方が不自然である。
暖炉に小さな火を灯したり、花へほんの少しだけ冷たい霜を下ろしたり、その程度の魔力操作の兆しはこれまでも何度かあった。
だが“できるようになりましたの!”と満面の笑みで自信満々に言う時は、だいたい“その程度の可愛い規模”では絶対に終わらない。
「……具体的に、どの程度の魔法ですの?」
私は慎重に問うた。
リリアはニッカァ! と最高の笑顔で、両手を胸の前で大きく広げた。
「おしろです!」
「…………はい?」
「おしろ!」
「……城」
「はいっ! ピカピカのおしろです!」
「魔法で」
「はいっ!」
ああ。
そう来ましたのね。
私はそっと、自分のこめかみを押さえた。
いや、分かりますわよ。
小さな女の子というものは、おとぎ話に出てくるようなキラキラした『お城』が大好きですもの。
氷の粒を両手で集めて、砂場サイズの小さな氷の家を作る、とか。
せいぜいそのくらいの手のひらサイズの話なら、私も「まあ可愛い。才能の塊ですわ」で写真を撮って済ませられる。
ですが。
この子の“できるようになりました”の規模感は、母親譲りで、いつも一段階どころか十段階ほど常識をすっ飛ばすのですわよね。
「リリア」
クライス様が、父親の威厳ある低い声で呼ぶ。
「はいっ」
「俺たちに見せる前に、一つだけ確認する」
「はい」
「その魔法、お前は自分で(暴走せずに)止められるか」
「……」
「リリア」
「ええとぉ」
娘が、少しだけ気まずそうに視線を空へ泳がせた。
「あんまり、そこまでかんがえてませんでした!」
「でしょうね」
私とクライス様の呆れた声が、見事にユニゾンで重なった。
リリアはキョトンと私たちを見上げ、それからテヘッと誤魔化すように可愛く笑った。
ああもう、その顔でごまかそうとしても駄目ですわよ。
可愛すぎて怒る気が失せますけれど。
「危なくないように、ママがまず庭に『結界』を張りますわ」
私はすぐにパチンと指を鳴らし、庭の中央の広場へ向けて、巨大な半球状の透明な魔力膜を展開した。
「《静圧障壁》《温度緩衝》《魔力流出制限》」
淡い光が、訓練場を含む庭一帯へドーム状に広がる。
「これで、娘の魔法が多少大きく暴発しても、領都の街中までは被害が飛び火いたしませんわ」
「『多少』で済むといいな」
クライス様が、私の過去のやらかしを思い出してボソリと言う。
「そうですわね……血は争えませんものね」
私も否定しきれず、少しだけ遠い目になる。
その時、少し離れた屋敷の回廊から、本を小脇に抱えたエルがこちらへ歩いてくるのが見えた。
「母上、庭で何か――」
言いかけて、庭中央に張られたガチの防護結界と、やる気満々でドヤ顔の妹を見て、ピタリと止まる。
「……また、うちの家族の誰かが、何か規格外のことを始めるんですか」
「ええ」
私はニッコリと微笑んだ。
「今から、あなたの可愛い妹の『天才的な魔法の才能』が開花する歴史的瞬間を見られますわよ」
「……」
「特等席、ご用意いたします?」
「いえ、巻き込まれると危なそうなので、遠くの安全圏からで大丈夫です」
「まあ、冷静ですわね」
「最近、この家で生き残るには、事前の危険察知と慎重さが必要だって分かってきたので」
「あらまあ」
私は胸を押さえた。
「そのリスク管理の慎重さ、少しクールな父親似で大変よろしいですわね……!」
「母上」
「何ですの」
「今、褒めるところそれじゃないです。リリアを止めてください」
「ええ、そうでしたわね」
◇ ◇ ◇
結界の中央へ立ったリリアは、本当に嬉しそうだった。
「おかあさま」
「何かしら」
「すっごくおっきいの、つくっても、だいじょうぶ?」
「ええ、結界の中なら大丈夫ですわ」
私は一度だけ深呼吸してから、母として優しく答える。
「ただし、魔力を使いすぎて途中で息が苦しくなったら、すぐやめること」
「はい!」
「絶対に無理はしない。お約束よ」
「はい!」
「あと」
私は少しだけ声をやわらげ、微笑んだ。
「うまくいっても、いかなくても、リリアがママとパパの宝物で、とても素晴らしいことには変わりありませんわよ」
「……うん!」
その返事があまりにも真っ直ぐでキラキラしていて、私は胸の奥がジンとした。
ああ。
本当に。
どうしてこう、我が子は尊くて可愛いのでしょうね。
「では」
クライス様が腕を組み、娘の初めての挑戦を静かに見つめる。
「やってみろ、リリア」
「はいっ!」
リリアが、両手を前へ突き出した。
風が、少し変わる。
庭の空気が、ピンッ、と極限まで張る。
あたたかい春の陽の下にいるはずなのに、私の指先へ、絶対零度のヒヤリとした気配が触れる。
私は思わず、その魔力の質に息を呑んだ。
(まあ……)
魔力の性質が。
完全に、私に似ている。
透明で、鋭くて、でもただ冷たいだけではない。
澄みきった冬の朝みたいな、静かで圧倒的に強い魔力。
しかも、六歳という年齢にしては、明らかに純度と密度が異常に高い。
「リリア」
私は思わず呼ぶ。
「はい?」
「そのまま、ゆっくり、イメージして」
「うん!」
娘の足元へ、真っ白な霜が円形に広がった。
パキ、パキパキッ、と。
緑の芝の上へ、芸術品のような薄い氷の華が咲く。
それ自体は、小さな現象だ。
だが次の瞬間。
ドゴォッ!! と。
地面から、信じられない極太の『巨大な氷の柱』が生えた。
「……ッ」
「母上」
遠くで見ていたエルが、思わず一歩下がる。
「これ、思ってたより」
「規格外に大きいですわね」
私は真顔で、滝の汗を流して言った。
氷柱は一本では終わらない。
二本。三本。
十本。
それらが複雑な弧を描き、太い橋をつくり、天を突く尖塔を立て、あっという間に巨大な建造物の形を持ち始める。
「わあっ!」
リリアが、自分自身の魔力に驚いたように歓声を上げる。
「できてる! おっきい!」
「ええ、できておりますわね!!」
私もたまらず叫んだ。
「完璧にできておりますけれど、ママの想像の百倍おっきいですわ!! ちょっと待ってくださいましね!?」
だって、思っていたよりずっと、本当にずっとデカい。
最初は、庭の隅にある小さな東屋程度かと思っていた。
せいぜい子ども数人が中へ入って、おままごとで遊べるくらいの氷の家。
だが違う。
娘の魔法の規模は、私の予想のハードルを軽く成層圏まで飛び越えた。
パキパキパキパキッ!! と連続する凄まじい結晶音。
庭の中央で、分厚い氷の城壁が立ち上がり、透き通る螺旋階段が伸び、陽の光をきらめかせるステンドグラスのような窓枠がはまり、ついには――。
「できた! おしろですわーっ!」
リリアの無邪気な歓声とともに。
屋敷の庭の真ん中へ、三階建ての屋敷と同じくらいの高さがある『巨大な氷の城』がドカンと完成した。
「…………」
静寂。
庭全体が、シン、と静まり返る。
目の前には、陽光を反射して青白く神々しくきらめく、超絶クオリティの氷の城。
天を突く鋭い尖塔が四つ。
中央に迎賓館のような大きな階段。
両脇には見張り台のような小さな塔。
壁面には、雪の結晶みたいな美しい装飾まで完璧に浮き彫りにされている。
どう見ても、“六歳の子どもの初歩的な魔法の練習”の範疇ではない。
国家の筆頭宮廷魔術師が、三日徹夜して作るレベルの芸術的な城塞だ。
「……」
「……」
「……」
私も、クライス様も、エルも、少し離れて様子をうかがっていた侍女や護衛の領兵たちも、全員がアゴを外して言葉を失っていた。
そして次の瞬間。
「私の大天使、控えめに言って天才すぎませんか!?」
私はオタクの親バカとして、限界を迎えた。
「リリアーーーッ!!」
結界の中へ飛び込みそうになるのを、かろうじて一歩手前で理性を保って止める。
「すごいですわ! 凄すぎますわ! 何ですのこの美しすぎるお城! 完成度と作画コストが高すぎますわよ!?」
「ほんと!?」
リリアが、パァァッと向日葵のように顔を輝かせる。
「ほんとうに、すごい!?」
「本当に本当ですわ!!」
私は胸の前で、祈るようにギュッと手を組んだ。
「氷の色彩の透明感、建物の構造のまとまり、尖塔の高さの黄金バランス、どれを取っても魔法の初回とは思えないプロの犯行です!」
「やったー!!」
リリアがピョンピョンと跳ねて喜ぶ。
ああもう。
可愛い。
しかも圧倒的な天才。
どうしましょう。
私とクライス様の娘、最強の大天使な上に、魔法の天才ですわ。
「母上」
エルが、少し呆れたような、疲れた声を出す。
「リリアの魔法の才能がすごいのは、誰が見ても分かりますけど」
「分かるでしょう!?」
私は勢いよく、フンスと振り返った。
「この六歳という年齢で、この巨大な規模、この緻密な精度、この完璧な造形美ですのよ!?」
「う、うん」
「つまり」
私は真顔で断言した。
「我が娘は、神が遣わした魔法の天才ですわ。歴史に名が残ります」
「そこは一切否定しません。妹はすごいです」
「でしょう?」
「でも」
エルが、庭の大部分を占拠している巨大な氷の城を見上げて、冷静にツッコむ。
「ちょっと、いくらなんでも、ウチの庭の真ん中につくるには、大きすぎて邪魔だと思います」
「…………」
私は一瞬、返す言葉を失って口をつぐんだ。
ええ。
その通りですわね。
庭の日当たりが悪くなるレベルで、大変邪魔ですわ。
◇ ◇ ◇
「リリア」
クライス様が、ようやく呆然とした状態から復活し、口を開いた。
その声は落ち着いていた。
だが、長年連れ添った私にはハッキリと分かる。
妻の規格外の魔力がそのまま遺伝したことに、ほんの少しだけ呆れている。
そして、それ以上に、ほんの少しだけ――父親として、限界突破するほど『誇らしがっている』。
「はい、おとうさま!」
娘は「褒めて!」と満面の笑みで振り返る。
「……よくできた」
「えへへ!」
「だが」
「はい?」
「次からは、少しは場所と『大きさ(規模感)』を考えろ。庭師が泣く」
「……あれ? おおきすぎました?」
「少しな。やりすぎだ」
「ちょっとじゃないです」
エルが横からボソッと冷静に補足する。
「かなり、規格外のサイズですわ」
私も真面目に言った。
リリアは自分が作った巨大な氷の城と、呆れている私たちを見比べて、少しだけシュンと悲しそうに眉を下げた。
「あう……ごめんなさい」
「でも」
クライス様が、娘の頭に大きな手をポンと乗せて続ける。
「見事な城だった」
「……!」
「初めての魔法で、細部までイメージしてここまで完璧に作れるなら、お前の才能は十分すぎるほど本物だ」
「ほんと!?」
「ああ。俺の誇りだ」
その頭を撫でる優しい言葉で、リリアの顔がまたパッと明るく輝く。
ああ。
もうだめですわね。
厳格な父に認められて褒められて、嬉しさを隠しきれない愛娘。
その親子愛の構図もまた、あまりにもエモくて尊い。
私はすぐさま、横に立つクライス様を見上げた。
「クライス様」
「何だ」
「今の娘の褒め方、飴と鞭のバランスが完璧でしたわ」
「そうか」
「ええ。最高のパパです」
「それはよかった」
「しかも、頭を撫でた時、少しだけ目元がデレてやわらかかったですわよ」
「……お前、そんな細かいところまで見ていたのか」
「当然です。視力2・0です」
「そうだろうな」
「だって、私の愛する推しですもの」
「最近、その推しという言葉、俺だけでなく娘と息子にも使っているが」
「当然ですわ。エルもリリアも、二人とも私の大切な推しですわ」
「……」
「むしろ、家族全員が箱推し(大好き)です」
「……愛の範囲が広いな」
「それだけ、私が最高に幸せだという証拠ですわ」
クライス様は、少しだけ照れくさそうに小さく息を吐いた。
だが、その口元はほんの少しだけ、嬉しそうに緩んで上がっている。
ああもう。
父として娘を褒めた直後の、推しのこの優しい笑み。
何ですのそれは。
本当に、朝からこちらの心臓がもたない尊さですわね。
◇ ◇ ◇
問題は、その後の“後片付け”だった。
いや、片付けというには、あまりにも規模が巨大すぎるのだけれど。
「こわすの、もったいないですわ……」
リリアが、シュンと落ち込んだ顔で自分の作った氷の城を見上げる。
分かります。
クリエイターの母として、とても分かりますわ。
私だって、正直これを全部壊すのは少々もったいない。
このまま庭園の『冬季限定の観光名所』にしてしまいたい気持ちすらある。
だが、今はあたたかい春である。
日中の気温もそこそこ高い。
この規模の巨大な氷塊を庭に放置すると、気温で一気に解けた時に、庭の土と水はけが完全に死んで泥沼になる。
あと、手入れをしている庭師が多分絶望して泣く。
「どうしましょうか」
私は顎へ手を当てて、魔法の計算式を組み上げた。
「このまま春まで保存するには、私の冷却結界を常時維持しないと」
「それはお前の魔力の無駄だ。却下だ」
クライス様が、妻の過労を心配して即答する。
「ええ、そうですわね。私もサビ残は嫌ですわ」
「でも、おしろ……」
リリアが泣きそうにションボリする。
私は少しだけ考えてから、名案を思いついてニッコリ笑った。
「でしたら」
「……?」
「初めての魔法の記念に、一番出来のいい『一部だけ』を残しましょう」
「ほんと!?」
「ええ」
私は氷の城の、最も高く美しい中央の尖塔を指差した。
「この一番綺麗な尖塔だけを切り取って、絶対に解けない魔法のコーティングを施し、庭園の『氷像』として永久保存いたしますわ」
「おしろ、のこせるの!?」
「できますわ」
私はフンスと自慢げに胸を張る。
「世界最強の魔法使いの、お母様を誰だと思って?」
「おかあさま、すごーい!!」
リリアが飛びついてくる。
「リリア、おかあさまだいすき!」
「私も、リリアが世界で一番大好きですわーッ!」
私は娘をギュッと抱きしめ、ついでにスリスリとぐりぐり頬を寄せた。
可愛い。
本当にスライムよりやわらかくて可愛い。
その横で、エルが半分になった氷の城の尖塔を見上げながら、ポツリと冷静に言う。
「……リリアって、やっぱり母上にそっくりだよね」
「どこがですの?」
私は娘を抱いたまま、不思議そうに聞き返す。
「異常な魔法の才能と、その『規模感』」
「…………」
「あと、やる前に『後の止め方(後処理)』を全く考えてない大雑把なところ」
「……エル」
「何ですか」
「少し成長して、ママに対するツッコミの言葉に、鋭い棘(語彙力)を覚えましたわね?」
「事実を言っただけです。親譲りです」
「クライス様」
私は、助けを求めて夫を振り返った。
「今の、聞きまして?」
「ああ。ハッキリと聞いた」
「息子が、母に対してひどく辛辣ですわ。誰に似たのかしら」
「……」
「クライス様!?」
「いや」
クライス様が、耐えきれずにほんの少しだけ肩を揺らして笑う。
「エルの言う通りだ。魔法の暴走具合はお前似で、その冷静な辛辣さは、多分、俺と前世のお前の両方だな」
「まあ」
「ぼくも、そう思います」
エルが静かに、深く頷く。
何ですのこの親子。
息子まで混ざって、理詰めの二対一ではありませんこと。勝てませんわ。
でも、その息の合った家族のやり取りすら愛おしくて。
私は最後には、降参したように声を出して幸せに笑ってしまった。
◇ ◇ ◇
その日の夕方。
庭の中央には、リリア作の氷の尖塔だけが、私の魔法で溶けないように加工され、きらめく記念碑のように美しく残された。
オレンジ色の夕陽を受けて、青銀に光るその塔は、六歳の子どもの初めての大規模魔法の名残としては、十分すぎるほど芸術的で美しかった。
私たちは家族四人で、その完成した氷の塔の前へ並んで立っていた。
「夕日にひかって、きれいですわね」
リリアが嬉しそうに言う。
「ええ」
私は頷く。
「本当に、絵画のようですわ」
「おかあさま、またおしろ、つくってもいい?」
「もちろんですわ」
私は娘のやわらかい頭を撫でた。
「ただし、次はもう少し小さめで、ママが結界を張れるサイズでね」
「はーい!」
分かっているのか、分かっていないのか、たいそう元気の良い返事が返ってくる。
エルが氷塔を見上げながら、少しだけ真剣な顔で言った。
「でも、あの大きなお城、本当にすごかったよ」
「……え?」
リリアが驚いて兄を見る。
「ほんと? エルもそうおもう?」
「うん」
エルは少し照れくさそうに視線を逸らした。
「ぼく、最初は大きすぎてびっくりしたけど」
「……」
「リリアの魔法、すごくきれいだった」
「おにいさま……!!」
リリアの顔が、兄に褒められた感激でパァァッと輝く。
ああ。
いけません。
今度は『尊い兄妹愛』まで供給されてしまいましたわ。
私は胸を押さえてプルプルと震えた。
横からクライス様が、呆れ半分の声で言う。
「また発作か」
「仕方ございませんでしょう」
私は真顔で、涙を拭って答える。
「本日は、推しの遺伝子が、剣だけでなく『魔法』の方でも奇跡を起こした記念日なのですもの」
「奇跡」
「ええ」
私は夕日に輝く氷塔を見上げる。
「母親譲りの規格外のチート魔力に」
次いで、エルとリリアの美しい顔を見る。
「父親譲りの、圧倒的な顔の良さ。奇跡のハイブリッドですわ」
「魔法の才能に、顔は関係ないだろう」
「オタクの画面の良さ(作画)的に、大いに関係ございます」
「そうか」
「そうですわ。最高の芸術作品です」
「……」
クライス様が、やれやれと小さく息を吐いた。
だが次の瞬間、当然のように私の肩を、大きな腕でギュッと抱き寄せる。
「まあ」
「何ですの」
「お前が毎日そうやって、喜んで笑っているなら、それでいい」
「……ッ」
「娘も」
「……」
「息子も」
「……」
「お前も、な」
ああ。
本当に。
この方は。
こういう時、不器用なくせに、さらりと全部まとめて「幸せの中心」へ置いてくださるのだから、たまらない。
私はあたたかい肩へ寄りかかりながら、小さく笑った。
「ええ」
「……」
「私、毎日とても嬉しいですわ」
「そうか」
「ええ」
私は夕日に照らされる、愛する家族を見渡す。
「だって」
胸の奥が、ジンワリと幸福で熱くなる。
「私の愛する天使たちが、こんなにも立派に、素直に育っているのですもの」
リリアは誇らしげにエッヘンと胸を張り、
エルは少しだけ照れながらも嬉しいのか口元を緩め、
クライス様はそんな二人を見つめる蒼い目を、ひどくやわらかく、優しくしていた。
夕陽の中。
氷の尖塔がきらめく、あたたかい庭で。
私は改めて思う。
推しの遺伝子とは、本当に偉大で尊い。
そして。
その奇跡のような成長を毎日、最前列の特等席で見守れる私の人生は。
やっぱり前世から数えても、文句なしに『最高』なのだと。




