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婚約破棄の瞬間に「前世の記憶」が戻りまして。〜ヒロインの座は譲りますので、私は推しキャラの側仕えを目指します!〜  作者: 綾瀬蒼


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第56話 夫婦揃って最前線へ。たった二人で大軍を蹂躙するチート無双

 翌朝、フェルド辺境伯爵領の空気は、恐怖で張り詰めるというより、迎撃に向けて鋭く研ぎ澄まされていた。


 国境監視所からの報せは、夜明けとともにさらに具体的な絶望的な数字へと変わっている。


 グランゼル皇国側の先遣隊、重装騎兵三百。

 続いて本隊の歩兵千強。

 さらに後方からの巨大な補給車列。

 後続の増援もあり。

 総数、現時点で二千を優に超える大軍。


 辺境領一つ(それもつい最近まで疲弊していた土地)へ向けるには、明らかに過剰な戦力だ。

 つまり、単なる国境の威圧ではない。

 本気で、この領地を物理的に蹂躙(制圧)しに踏みに来ている。


「王都からの第一騎士団の援軍は」

 私が作戦図の上から顔を上げると、伝令兵が悔しそうに顔を曇らせた。


「最速で馬を飛ばしても、三日」

「三日」

「はい。ですが国王陛下とローデン隊長は、全軍を挙げて必ず間に合わせると」

「ええ、あの生真面目なローデン隊長のことですもの。信じますわ」

 私は頷いた。

「ですが、“三日”というタイムラグは覆らない現実ですわね」


 執務室の中央には、作戦卓代わりの大机。

 その周囲に、クライス様、ハインツさん、領兵隊長、若い騎士たち、それから私がいる。


 誰もが必死だ。

 だが、あの悪徳代官の時代のように、狼狽えて絶望してはいない。


「城壁防衛で、三日間持ちこたえるか?」

 領兵隊長が苦渋の顔で問う。

「防衛設備は整えましたが、相手の数が多すぎる。しかも大盾と攻城兵器まで持ち出しています」

「しかも向こうは、たちの悪いことに“秩序回復”を名目にしてやがる」

 若い騎士が吐き捨てるように言った。

「力押しせずとも、遠巻きに包囲して長引かせるだけでも、領都の商流は止まり、民の心は削られる」


 その通りだ。


 籠城戦そのものは、時間稼ぎとしては悪手ではない。

 だが、こちらのフェルド領は『立て直しかけ』の希望の領地である。

 ここでただ城壁へ張りつき、怯えながら“何とか三日耐え凌いだ”では済まない。

 魔法で蘇らせた畑も、整えた水路も、お菓子工房も、あの温泉も。外(領地全域)へ出られなければ、敵に好き放題に荒らされて全部が傷む。


「……敵を城壁まで引き入れて、正面から受けるべきではございませんわね」

 私が静かに言うと、全員の視線が集まる。

「私たちの尊い日常の領域(街と畑)へ足を踏み入れられる前に、止めるのが最善ですわ」

「止める?」

 ハインツさんが慎重に問う。

「この二千の大軍を、一体どこで」

 私は地図の一点を、ペンでコンと叩いた。


「『灰岩平原』」

 国境手前、領内の街や畑へ入る直前の、だだっ広い不毛な平地。

 左右は低い丘と、身を隠す場所のない疎らな林。

 見通しが良く、大軍を横に並べて展開するには向いている。

 だが逆に言えば、こちらが迎え撃つなら“圧倒的な力の差を、好きなだけ見せつける(絶望させる)”こともできる場所だ。


 クライス様が地図を見下ろし、氷の目で低く言う。


「……あの平原で、出鼻を叩くか」

「ええ」

 私は静かに、冷酷に笑った。

「あのようなクズどもを、私の推し(夫)の領都まで一歩でも入れる価値など、1ミクロンもございませんもの」


 だが、次の瞬間。

 若い騎士が、青ざめた顔で悲鳴のように声を上げた。


「ま、待ってください奥方様!」

「何ですの」

「叩くって、相手はあの数ですよ!?」

「ええ、二千と少しですわね」

「こちらは領内の守備兵をかき集めても、その半分にも届かない! 圧倒的数的不利です!」

「そうですわね」

 私は優雅に頷いた。

「ですから、数では受けません」

「……はい?」

チートで、すべて物理的にすり潰します」


 室内が一瞬、シンと静まり返る。


 そして、クライス様がごく自然に、今日の昼食を決めるようなトーンで言った。


「俺とルシアの『二人』で出る」


「「「…………(は?)」」」


 ああ。

 ええ。

 そう来ますわよね。限界オタクの妻への理解度が深すぎますわ。


 私としては大変納得の作戦である。

 納得であるが、周囲の常識的な皆様にとってはそうでもないらしい。

 領兵隊長など、完全にアゴを外して石像のように固まっていた。


「だ、旦那様!?」

「元副団長、いくらなんでもそれは……!」

「伯爵様! 相手は二千の軍勢ですよ!? お二人だけでだなんて正気の沙汰では!」


 だがクライス様は微塵も動じない。

 私も動じない。

 というか、昨夜、水路に毒を撒かれたブチギレの時点で、半分くらいそうなる気はしていた。


「王都の援軍が来るまで、二千を真正面から一人残らず殺して潰す必要はない」

 クライス様が、戦術の最適解として淡々と言う。

「敵の先陣を物理的にへし折り、『戦意(心)』を折ればいい。そうすれば烏合の衆は崩れる」

「それが一番難しいのでは……」

 若い騎士が、顔を引きつらせて言う。


 私はそこで、ニッコリと扇を広げて微笑んだ。


「とても簡単ですわよ」

「どこがですか!?」

「敵に、“ああ、この領地に手を出したら自分たちは一瞬で肉塊になる。絶対に無理だ”と、本能で理解わからせればよろしいのですもの」

「それをどうやって……」

「目の前で、命の危険を感じるトラウマレベルの魔法を見せつけて、わからせます」


 ああ。

 そうですわね。

 改めて言葉にすると、オタクの推し活防衛戦としてはだいぶ乱暴(物理的)ですわね。


 だが、事実だ。

 相手の皇太子は、自分の軍の数に酔っている。

 なら、その数が何の意味も持たない圧倒的な蹂躙劇を、脳髄に叩き込めばいい。


 クライス様が、当主として短く告げる。


「兵はすべて後方(城壁)へ残せ。待機だ」

「旦那様!」

「絶対に領都を空にするな。民を守れ」

「しかし、それではお二人が!」

「俺たちが前へ出て、敵を足止めする」

「……ッ」


 言い切る絶対零度の声音に、一切の迷いがない。


 私はそっと息を吸い、それから卓上の地図へ別の青い印を書き込んだ。


「領兵の皆様は、私たちの後ろの『第二防衛線』ですわ」

「第二線?」

「ええ」

 私は分かりやすく説明する。

「私たちが最前線の灰岩平原で、敵を根こそぎ止める。その間に、皆様は領都防衛と非戦闘員の避難の最終整理を」

「……」

「もし万一、こちらの網を抜けられる敵がいても、その時点で皆様が次へ繋げられる完璧な形を作る。これが一番効率的です」

「ですが」

 ハインツさんが、痛切な顔で低く言う。

「奥方様と旦那様お二人に、その“万一のすべての危険ヘイト”が集中します」


 私はクライス様と視線を交わした。

 向こうも、同じ顔(やる気)をしている。


「1ミクロンも問題ございませんわ」

 私は静かに、誇り高く言った。

「だって、私たち二人ですもの」

「……」

「単騎で戦場を制圧する『最強の氷の騎士』と」

 私は隣のクライス様を見上げる。

「ちょっと日常を壊されて怒っている『魔法使いの妻』」

「ちょっと、か?」

 クライス様がボソリと横から挟む。

「かなり?」

「かなり、魔王レベルでブチギレているな」

「では、かなりブチギレている妻で」

 私は笑った。

「それなら、まず負けませんわ。敵が可哀想なレベルです」


 ◇ ◇ ◇


 灰岩平原へ出る直前。


 私は機動力のある馬ではなく、自分の足で大地に立つことを選んだ。

 クライス様も同じだ。

 機動力そのものは騎兵(馬)に分がある。

 けれど、今回はこちらが圧倒的な力を見せつける『プレゼンテーション(蹂躙)』の戦いになる。

 ならば、馬にも乗らず、たった二人の生身の足で大軍の前に立ち塞がる姿の方が、相手へ与える絶望(圧)は圧倒的に強い。


「本当に、お二人だけで行かれるのですか」

 出立前、若い騎士が泣きそうな顔で言った。


「ええ」

 私は優雅に頷く。

「皆様は、後方の領民の安全をお願いいたしますわ」

「でも……!」

「大丈夫。絶対にここへは通しません」

 私は穏やかに、確信を持って笑った。

「私たちの力を信じてくださいまし」

 その言葉に、若い騎士は悔しそうに唇を噛み、それから深く、深く頭を下げた。

「……どうか、ご武運を!」

「ありがとうございます」


 隣で、クライス様が愛剣の重心バランスを確かめている。

 その横顔は静かだった。

 静かで、極限まで研ぎ澄まされていて、そして限界オタクの私が卒倒しそうになるほど、どうしようもなく雄みがあって格好いい。


「クライス様」

「何だ」

「今さらですけれど」

「……」

「あなたと結婚して、一緒の戦場(推し活)で良かったですわ」

「当たり前だ。俺の妻だからな」

「ええ」

 私は小さく笑った。

「私一人でも殲滅魔法で何とかするつもりでしたけれど、愛するクライス様と二人なら、もっと楽で心強いですもの」

「そうだな」

 クライス様が私を見て、フッと獰猛に笑った。

「好きに暴れろ、ルシア」

「まあ」

「お前の規格外の魔法に、俺の剣を合わせる」

「……ッ」


 ああ。

 本当に。

 死地に赴く戦場直前でも、こういうプロポーズみたいなことを平然と。


「それは」

 私は少しだけ頬を熱くしながら、でも最高の笑顔で笑った。

「あまりにも、頼もしすぎますわね」

「お前もだ」

「ええ」

「だから」

 クライス様は低く言う。

「絶対に、後ろ(領地)は見るな」

「はい」

「俺の背中と、前だけ見ろ」

「もちろんですわ」


 ◇ ◇ ◇


 灰岩平原は、国境の乾いた風が強く吹き荒れる不毛な場所だった。


 身を隠すもののない低い草。

 白っぽい岩。左右のなだらかな丘。

 そして、正面。


 地平線を埋め尽くすほどの、敵軍がいた。


 ビッシリと盾を並べた重装歩兵。

 その背後に控える精鋭の騎兵隊。

 風に靡く皇国の旗。

 補給車。槍の列。鎧の銀色の反射。


 数が多い。

 前世の満員電車レベルで多いが、所詮は“無駄に数が多いだけ”の烏合の衆でもある。


 私はその特大のジオラマのような光景を見て、静かに息を吐いた。


「……随分と、派手でご大層な陣容ですわね」

「たかが辺境に、数で押し潰す気満々だな。愚か者が」

 クライス様が冷たく言う。


 敵の最前列も、こちらへ気づいたらしい。

 ザワッ、と大軍全体に奇妙なざわめきと動揺が広がる。

 当然だ。

 二千の大軍の前へ歩いて出てきたのが、馬にも乗らない『丸腰の女』と『剣士』の、たった二人なのだから。


 やがて、敵陣中央から一騎が前へ出た。

 指揮官だろう。


「そこの二人!」

 指揮官の怒鳴るような声が風に乗って飛ぶ。

「辺境伯軍の本隊はどこだ!」

「ここだ」

 クライス様が、たった一人で一歩前へ出る。


 敵指揮官が、あからさまに鼻で笑った。


「……何の冗談だ? 降伏の使者か?」

「残念ながら本当の軍(本隊)ですわ」

 私が答えると、男の目がこちらへ向く。

「何だ、昨日生意気な口を叩いていた女まで出てきたのか」

「ええ」

「恐怖で逃げ遅れたのなら可哀想に」

「いいえ」

 私はニッコリと、氷のように笑った。

「あなた方を物理的に駆逐するために、わざわざお出迎えに出たのですわ」


 敵陣から、ドッと下品な嘲笑が起きた。


 ああ。

 分かりやすい。

 強者の数に酔った三流のモブの反応として、本当に分かりやすいですこと。


「たった二人で何をするつもりだ!」

「狂ったか! 命乞いでもしに来たのか?」

「違いますわ」

 私は穏やかに首を振る。

「あなた方が、命あって国境へ引き返せる『最後の機会』を差し上げに来たのです」


 嘲笑の声が、さらに地鳴りのように大きくなる。


 その隣で、クライス様が静かに愛剣の柄へ手をかけた。

 私は両手を前で組む。

 風が吹く。

 草が揺れる。


「――クライス様」

「何だ」

「先に、右翼から中央の二列目までをお願いできます?」

「ああ。容易い」

「では私は、うるさい左翼の槍列と後方を、少し静かに(物理的に黙らせ)いたしますわ」

「好きにしろ」


 敵はまだ腹を抱えて笑っていた。

 圧倒的な数の差に酔っている。

 この二人が、どれほど常識外れのバケモノ(チート)で、これから自分たちに何をするつもりなのか、まるで分かっていない。


「それでは、蹂躙プレゼンを始めますわね」

「ああ」


 次の瞬間。


 クライス様が、視界から『消えた』。


 本当に、陽炎のようにブレてそう見えた。


 一歩目の踏み込みで、数十メートルの間合いを完全に潰し。

 二歩目で、重装歩兵の最前列のど真ん中へ入り込み。

 三歩目には、もう最初の盾持ちの兵士三人の身体が、悲鳴を上げる間もなく宙へ舞って吹き飛んでいた。


「なッ!?」

「速――ッ!?」


 反応が遅すぎますわよ。


 私はその間に、膨大な魔力を込めた左手を、左翼へ向けて横へ薙ぐ。


「《重圧壁グラビティ・ウォール》!」


 大気が、ギシッ、と不快な音を立てて歪んだ。


 目に見えない巨大な城壁のような『重力の圧』が、左翼の槍列へ向けて、横殴りの暴風のように叩きつけられる。

 一人。

 二人。

 十人。

 五十人。


 まとめて全身の骨がきしむ音を立てて膝をつき、さらに後ろの密集した列ごと、ドミノ倒しのように重圧で地面に押し潰される。


「う、ぐァッ!?」

「何だ、これ――! 身体が重ッ!」

「立て、立てぇ!!」


 立てるわけがないでしょう。

 まだ最初のご挨拶ジャブですもの。


 右翼では、クライス様の剣がすでに敵陣をズタズタに引き裂いていた。

 ただ闇雲に斬るのではない。

 流れるように。踏み込む。

 払い、打ち、鎧の隙間を崩し、抜ける。


 一人へ入った剣の軌道が、二人目の武器を叩き落とし、その遠心力の返しで三人目の脚を払う。

 一切の無駄がない。

 異常に速い。

 そして、どうしようもなく芸術的に美しい。


(ああ……推しの無双スチル、尊すぎますわ……!)


 いけない。

 戦場だというのに、あまりの作画の良さに少し見惚れそうになった。


 だが、今は私も忙しい。


 私の重圧で敵の左翼が崩れる。

 その隙を突いて、後ろから精鋭の騎兵隊が回り込んで私を狙いに出ようとする。

 なら。


「《地脈脈動アース・クエイク》」


 ゴゴゴゴゴォォッ!! と平原全体が不気味に低く唸った。


 敵の騎兵の足元。

 灰岩の下を通る浅い地脈へピンポイントで魔力を打ち込み、彼らの『進軍ルートの線』だけを局所的に激しく揺らす。

 広範囲を派手に割る必要はない。

 走る馬の足元を狂わせて、転ばせればそれで十分だ。


「うわァッ!?」

「馬が! 落ち着け!」

「地面が揺れて……止まれ、止ま――!」


 突撃の勢いに乗っていた騎兵列が、見事にヘシ折れた。

 前の馬が地割れにつまずいてよろめき、後ろの馬が猛スピードでぶつかり、騎兵の列そのものが完全に大クラッシュして自滅ペチャンコにする。


 私は静かに、扇で口元を隠して笑う。


「動きが雑ですわね」

「こっちの露払いとしては十分すぎる」

 敵陣のど真ん中の奥から、クライス様の余裕の声が返る。


 その直後、ヒュンッ! と私の顔の横で空気が裂けた。


 後方から飛んできた、狙撃の矢。

 狙いは、厄介な魔法使いである私。


 あら。

 後方の弓兵部隊、ちゃんと私の脅威を見ていらっしゃるのですね。

 感心感心。


 だが。


「《偏向リフレクト・シールド》」


 指先ひとつ。

 私へ向かっていた何十本もの矢は、まるで見えない壁に弾かれたように軌道を急激に逸らし、そのまま自分たちの陣地の地面へポキポキと無害に突き刺さる。


「ば、馬鹿な!」

「あいつ、強力な魔法持ちか!?」

「たかが田舎の伯爵夫人が!? 報告と全然違うぞ!」


 報告。

 ああ、ミレーヌあたりが「ただの口が達者で傲慢な悪女」とでも、適当なことしか吹き込んでいなかったのでしょうね。

 ありがたいことですわ。


 私は今度は、右手を高く空へ向けた。


「《光網プリズム・ネット》」


 無数の細く眩しい光の束が、空中へ網の目のように広がる。

 ただの眩しい光ではない。

 魔力で編んだ、特殊な屈折率を持つ薄い網。

 敵陣の上空全体へ覆いかぶさり、乱反射で彼らの視界を乱し、距離感(遠近感)を完全に狂わせる、前世のVR技術を応用したチート魔法だ。


「なッ、何だこの光!?」

「前が見えない! 目が痛い!」

「隊列を保て! 同士討ちするぞ!」


 無理ですわ。


 その視界の致命的な乱れを突いて、クライス様が一切の減速なしで、敵陣の最深部(中央)へ深く入る。

 そこから先は、もはや戦闘ではなく『一方的な蹂躙』だった。


 敵の指揮官の旗へ真っ直ぐに向かう。

 邪魔する重装兵は、鎧ごと兜割りで叩き斬る。

 恐怖で前へ出る者は、柄でアゴを砕いて打ち倒す。

 怯んだ槍の列は、そのままプレッシャーで崩壊へと押し込む。


「止めろ! 止めろォォ!!」

 敵の指揮官が、恐怖に顔を歪めて喚く。

「たかが二人だぞ!? 何故何百人もいて包囲できない!!」


 たかが二人。

 ええ。

 その無知な認識のまま、死ぬほど後悔なさるとよろしいですわ。


 私は両手を重ね、今度は敵陣全体へ向けて、底知れない莫大な魔力を練り上げる。

 まだ本気フルパワーではない。

 本気ではないが、相手に『絶対に勝てない絶望』という嫌なものを見せるには十分に足りる。


「《広域威圧メテオ・フォール・フェイク》!!」


 空が、悲鳴を上げるように軋んだ。


 青空の下、何もないはずの上空に。

 街一つを容易く消し飛ばせるサイズの、巨大でドス黒い『魔力の光の輪』が幾重にも重なって浮かび上がる。

 そこから降るのは、物理的な実体(隕石)ではない。

 だが、もしあれが一つでも落ちれば『自分たちは地面ごと塵になって潰れる』と、生物としての本能でハッキリと分かる類いの、圧倒的な死の圧だ。


 二千の敵兵たちが、一斉に恐怖で空を見上げる。


「……は?」

「何だ、あれ……魔法……?」

「落ちるのか……あんなデカいのが……」

「嘘だろ……神の怒りかよ……逃げろ!!」


 私は冷酷に笑った。


「まだ落としませんわよ。お掃除が面倒ですもの」

 もちろん、敵には聞こえるはずもない独り言。

 けれど、その見せしめだけで効果は十分だった。


 大軍が。

 二千を超える精鋭の兵が。

 たった二人の人間を前に、完全に恐怖で足を止め、武器を落とした。


 右ではクライス様。

 敵の中央を完全に単騎で裂き、皇国の旗を叩き斬り倒し、誰より深く敵陣(本陣の馬車)へと食い込んでいる。

 左と上空は私。

 重力で圧し潰し、大地を揺らし、視界を遮り、巨大な質量兵器の幻影で『死の恐怖』を植えつける。


 理不尽。

 そう、これは圧倒的なチートによる理不尽だ。


 でも。

 向こうが先に、私たちの平和な日常を理不尽な暴力で踏みに来たのでしょう?


 でしたら、こちらも一切の遠慮は不要ですわね。


「クライス様!」

 私は凛とした声を張った。

「中央、もう少しで完全に心が崩れますわ!」

「ああ!」

 返ってきた声は、剣戟の爆音の中でもハッキリと頼もしく届いた。

「左の残党も、そのまま逃さず止めておけ!」

「承知いたしました! 逃げ道は完全に塞ぎましたわ!」


 敵の指揮官が、絶望で引きつった顔でこちらを見る。

 ようやく、その小さな脳みそで気づいたらしい。

 これは数の暴力による包囲戦でも、国境の威圧でもない。


 最初から。

 最初から、この異常な夫婦は。

 自分たちたった二人の力だけで、この数千の軍勢を『全滅』させて折りに来ているのだと。


 そしてその正しい理解は、もう遅すぎる。


「退け! 退けェェッ!」

 どこかで誰かが、泣き叫ぶように叫ぶ。

「いったん下がれ!! 殺される!!」

「ば、馬鹿! 背を見せるな! 追いつかれるぞ!」

「無理だ! あんなバケモノ夫婦に勝てるわけないだろ!」


 敵陣の端から、雪崩を打つような完全な崩壊パニックが始まる。


 私はその惨めな光景を見ながら、胸の奥で静かに、スカッと笑った。


 そうですわ。

 それでよろしい。

 まずは骨の髄まで理解なさい。


 この私の推しの領地へ、大軍で踏み込めば簡単に勝てるなどという傲慢な発想自体が、決定的な間違いだったのだと。


 クライス様の剣が、敵将の旗の太い支柱を根本から真っ二つに断ち切る。

 皇国の旗が、泥にまみれて落ちる。

 その瞬間、敵軍の動揺は決定的な『敗北』へと変わった。


「――さあ、まだおもてなし(蹂躙)は終わりではありませんわよ」


 私は空へ浮かぶ巨大な魔力輪を、さらに一段、圧を増して重ねる。


 次の瞬間。

 隣国の誇る大軍は、ようやく本当の絶望と地獄を見ることになる。


 たった二人の夫婦に立ちはだかれただけで。

 彼らの知る戦場の常識そのものが、音を立てて木っ端微塵に崩れ去り始めていた。



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