表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄の瞬間に「前世の記憶」が戻りまして。〜ヒロインの座は譲りますので、私は推しキャラの側仕えを目指します!〜  作者: 綾瀬蒼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/52

第47話 領民から完全に「女神」として崇拝される妻と、誇らしげな夫

 フェルド辺境伯爵領は、日に日に『おかしな方向』へと急速に進化していた。


 もちろん、領地経営としては極めて良い意味で、である。


 魔法で一瞬にして農地は蘇った。

 地下水脈から水路は生き返った。

 超高級スパ温泉は連日大盛況で湯気を立て。

 私の前世知識を注ぎ込んだ焼き菓子は、王都や他国で飛ぶように売れに売れ。

 領都の市場には活気が戻り、城壁の補修は進み、備蓄倉庫の中身は以前とは比べものにならないほど充実している。


 つまり、私が手掛けた領地改革(チート内政無双)そのものは、非の打ち所がないほど順調だった。


 順調だったのだが。


「……何ですの、あれは」


 私は朝の市場視察の途中で、ピタリと足を止めた。


 視線の先。領都中央の広場の端。

 もともと古びた水瓶置き場があったはずの一角に、何やら異様な熱気を持った人だかりができている。


 しかも、ただの人だかりではない。

 子どもが花を捧げ置き、老女が感極まった顔で手を合わせ、若い職人たちがメジャーを持って大真面目な顔で何かを測っている。

 その中心には、白い布で仰々しく覆われた、巨大な木組みの台座があった。


 嫌な予感しかしない。

 限界オタクの危機察知センサーが、激しく警報を鳴らしている。


「クライス様」

「何だ」

「平和な市場視察が、急に不穏ホラーな空気を帯びてまいりましたわ」

「お前の行く先では、いつものことだろう」

「そう言われると反論しづらいのが、大変つらいところですわね」


 隣を歩いていた愛する夫(クライス様)は、相変わらず落ち着いていた。

 最近は領地全体の空気もだいぶ明るく変わり、この方の肩の力も少し抜けて、よく微笑むようになったと思う。

 もっとも、大勢の領民の前で私を“俺の愛する妻だ”とドヤ顔で当たり前のように紹介してノロケる悪癖は、抜けるどころかむしろ日々強化されているが。


 ……いえ、その恥ずかしい話は今ではない。


 私は足早に、その異様な人だかりへ近づいた。

 すると、真っ先にこちらへ気づいた若い石工の職人が、パッと顔を輝かせる。


「お、奥方様!」

「伯爵様も!」

「おお、ついに女神様が来たぞ!」

「うわ、本物だ! 後光が射して見える!」


 本物、とは何ですの本物とは。後光は気のせいですわ。


「皆様」

 私は努めて穏やかに、引きつりそうな頬をごまかして微笑んだ。

「朝からずいぶん、熱気があって賑やかですわね」

「はい!」

 先ほどの若い職人が、誇らしげにフンスと胸を張る。

「領民みんなの金と希望を出し合って、ついに『形』へしようかと!」

「何をですの」

「もちろん! 豊穣の女神様の『黄金像』を!」


「…………」


 私の思考が、完全に停止した。


 ああ。

 やはり。

 やはり、そういうベタな方向に狂信して来ましたのね。


 私はゆっくりと、布のかかった巨大な木組みの台座を見る。

 横幅。高さ。台座の重厚な形。

 そして、周囲にうず高く積まれた、やけに質の良い大理石や資材の山。


「……像」

「はい!」

「豊穣の」

「はい!」

「女神」

「ええ! もちろん、奥方様をモデルにした、実物大の黄金像です!」


「やめてくださいまし!!!」


 私は反射的に、淑女の仮面をかなぐり捨てて叫んでいた。


 広場の鳥がバサバサと驚いて飛び立つ。

 周囲の領民たちが一瞬ピタリと止まり、それからあちこちで「やっぱり怒られた」「ご本人へのサプライズにするんじゃなかったのか」「先に許可を取っておけばよかった」と小声が漏れる。


 当然でしょう。

 当然ですわよ。存命中の人間の黄金像なんて、正気の沙汰ではございません。


「何ですの、それは」

 私は本気で頭を抱えた。

「どうしてそう極端な思考回路になるのです」

「ええと、その……」

 年配の村長が、恐る恐る口を開く。

「死んだ畑を、神の御業で一瞬で戻してくださって」

「枯れた水路も整えてくださって」

「山に奇跡の温泉まで作ってくださって」

「神のお告げのお菓子で、俺たちの生活も立て直して」

「冬の飢えを完全に止めてくださって」

「皆、もう奥方様への感謝が止められなくて……奥方様は俺たちの“豊穣の女神様”だって……」


「だからといって、広場のど真ん中に黄金像を建てるのは絶対にやめてくださいまし!!」


 私は両手をブンブンと激しく振った。


 だが、領民たちは本気で不思議そうな、純粋な顔をしている。

 まさか本人に止められるとは1ミクロンも思っていなかった、という目だ。

 いや、どうしてですの。

 むしろ自己顕示欲の化け物でもない限り、全力で止める理由しかございませんでしょう。


「皆様のお気持ちは、痛いほどありがたいですわ」

 私はどうにか深呼吸をして、語気を整えた。

「でも、像はだめです。絶対に」

「どうしてですか!?」

 若い職人が、真っ直ぐに納得いかないという目で問い返す。

「神々しくて、絶対に格好いいのに!」

「格好いいとかそういう個人の趣味の問題ではございません!」

「じゃあ、格好いいのが駄目なら、可愛い感じで」

「テイスト(方向性)を変えても駄目ですわ!!」


 すると、クライス様の横から、低く抑えた声がした。


「……像、か」

 私はギクリとして隣を見る。


 まずい。

 この人、変に興味を持っていないだろうか。

 いや、持っている。

 無表情な顔に出していないだけで、長年推しを見てきたオタクには分かる。多分、少し(かなり)面白がっている。


「クライス様」

「何だ」

「領主権限で、ただちに全力で止めてくださいまし」

「俺がか」

「当然ですわ。私の夫でしょう」

「別に、像くらい悪くないと思うが」

「何ですって!?」


 私は本気で目を見開いた。


「黄金像ですわよ!?」

「そうだな。領地が潤っている証拠だ」

「私の、実物大の!?」

「そうだ」

「それのどこが悪くないのです!? 恥ずかしさで死にますわ!」

「領民が純粋に感謝したいんだろう。なら作らせてやれ」

「その感謝の方法ファンアートが、極端で物理的すぎますわ!」

「……そうか」

「そうです!」


 だが、その端正な口元が、ほんの少しだけニヤリと上がったのを、私は絶対に見逃さなかった。


「あっ」

「何だ」

「今、面白がっていらっしゃいますわね」

「少しはな」

「クライス様!」

「だが」

 彼はごく自然に、大真面目な顔で続けた。


「作るなら、俺の可愛い妻の顔に、完璧によく似せろとは思う」


「そこで領民に乗っからないでくださいまし!!」


 周囲の領民たちが、一斉に嬉しそうにザワつく。


「おい、伯爵様、完全に賛成寄りだぞ!」

「やっぱり奥方様にベタ惚れだからな……!」

「奥方様の黄金像、建つか……!?」

「いや、今の伯爵様の援護射撃で、むしろ建設の可能性がハネ上がったのでは!?」


 増してどうするのです。

 本当に、夫婦揃っての公開処刑はやめていただきたい。


 ◇ ◇ ◇


 結局、その場は「黄金像の建設は、一時保留」にしてどうにか力技で収めた。


 保留。

 ええ、保留ですわ。完全却下ではなく。

 なぜなら「作っちゃ駄目ですか……?」と領民たちが子犬のように本当にションボリしてしまい、あまりにも申し訳なく(心が痛く)なったからである。


「……完全却下で突っぱねてよかったのでは?」

 帰り道、私は少し恨めしげに唇を尖らせた。

「そうか」

「そうですわ。保留などと曖昧にオアシスを残したら、後でまた気合の入った設計図(完成予想図)を屋敷へ持ってこられますわよ」

「それは十分にあり得るな。いや、絶対に来るだろう」

「他人事みたいに言わないでくださいまし。あなたの妻の像ですのよ」

「だが」

 クライス様は、平然と胸を張って言った。


「俺は、心の底から誇らしい」


「…………はい?」


 私は歩みを止めた。

 誇らしい。

 今、この方は確かにそうおっしゃった。


「何がですの」

「俺の妻が、領民にこれほど慕われていることだ」

「……」

「黄金像という狂信的な崇拝は、確かに行き過ぎだが」

「そうですわよ。完全にやりすぎですわ」

「それでも」

 彼は足を止め、真っ直ぐに私を見る。

 その蒼い目は静かで、ひどく熱を持っていた。


「皆が、お前に救われたと本気で思っている」

「……」

「それが、俺の愛する妻の成し遂げたことだという事実が……たまらなく誇らしいんだ」


 胸の奥が、ジンワリと熱くなった。


 ああ。

 そうだ。この人は、こういう人だ。


 ただ私の慌てる姿を面白がっているだけではない。

 領民が私へ向ける強大な感謝と親愛を、ちゃんと自分のことみたいに、真正面から受け取ってくれている。

 しかも、それを“誇らしい”なんて。


 そんな風に、真っ直ぐな愛で言われたら。

 限界オタクのこちらはもう、どうしていいか分からないではないか。


「……ズルいですわ」

「何がだ」

「そうやって、真面目な顔で、急に不意打ちで甘いことをおっしゃるところが」

「甘いか」

「激甘ですわ。致死量です」

「そうか」

「そうです」

「俺は、ただ本当のことを言っただけだ」

「それがオタクの心臓にとって一番の問題なのです!」


 クライス様は小さく息を吐いた。

 けれど、目元は少しだけ、とてもやわらかい。

 私はその美しい横顔を見上げながら、胸の奥でそっと、幸せな白旗を上げるしかなかった。


 ◇ ◇ ◇


 だが、話はそれで平和に終わらなかった。


 数日後。

 領都では、収穫前の『小さな感謝祭』が開かれることになった。


 農地再生の奇跡的な成功、超高級温泉の開通、特産品の焼き菓子の他国への販路拡大。

 全部ひっくるめて、領民たちが「ようやく未来が見えてきた」と、自発的に喜んで企画してくれたお祭りらしい。

 私はもちろんそれ自体を大変喜ばしく思っていたし、クライス様も特に反対はなさらなかった。


 問題は、その感謝祭での私への“扱い(待遇)”である。


「奥方様ー!」

 市場通りで、おめかしした子どもたちがワッと私へ駆け寄ってくる。

 その手には、綺麗な花冠があった。


「これは?」

「豊穣の女神さまの冠!」

「今日のために、みんなで作ったの!」

「奥方様、被って被って!」


「……被りませんわ!」


 私は反射的に、全力で後ずさって断った。


 だが、子どもたちの目が一斉にウルウルと涙ぐみ始める。

 やめてくださいまし。

 そういう純粋な無垢な圧力(瞳攻撃)は、オタクにとって一番ズルくて弱いのです。


「……ルシア」

 隣から、絶対零度の低い声が落ちる。

「何ですの」

「被れ」

「クライス様!?」

「領民の子どもが泣く」

「でも、私がこれを被ったら、完全に神輿みこしの上の女神様では……!」

「お前なら、絶対に似合うだろう」

「だから! そういうことをサラリと真顔で!!」


 私は本気で額を押さえた。


 だが、子どもたちは期待に満ちたキラキラした目で見上げてくる。

 差し出された花冠は、意外にも大人が手伝ったのか、とても丁寧に編まれていた。

 白い小花と、淡い青の野花、それに若葉の鮮やかな緑。

 ……悔しいけれど、確かに趣味センスは悪くない。


「……今日、少しだけ、ですわよ」

「やったー!」

「女神さまが冠を被ってくれるぞー!」

 大歓声が上がる。


 私は屈んで花冠を受け取り、観念してそっと頭へ載せた。

 その瞬間。


「「「おおおおお!!!」」」

「「「女神様バンザーイ!!」」」


 何ですの、その地鳴りのような大歓声は。


 広場に集まっていた領民たちが、一斉に沸き立った。

 子どもは飛び跳ねて喜び、若い娘たちは憧れの目を輝かせ、老人たちはガチで手を合わせて拝んでいる。

 本当にどうしてそう極端なカルト宗教みたいになるのです。


「ほら見ろ」

 クライス様が低く、満足げに言う。

「やはり、とびきり似合う」

「……ッ」

 私は半分泣きそうになりながら、ジトリと夫を睨んだ。

「本当に、こういう公開の場だけ火力が高いのですから」

「事実だからな。俺の妻は世界一美しい」

「その“ノロケの事実”が私の心臓に危険なのです」

「そうか」

「そうです!」


 だが、その夫婦の会話がバッチリ聞こえた領民たちの盛り上がりは、さらに加速した。


「おい、伯爵様、また言ったぞ!」

「奥方様のことになると、あの氷の騎士様、本当に愛を隠さねえな!」

「仲睦まじい……!」

「いやもう、尊すぎて神々しい……!」


 神々しいって何ですの。

 ただの限界オタクと、不器用な夫の夫婦ですわよ。

 ……いえ、確かに最近、ちょっと周囲の私たちを見る目線(ファン目線)がおかしいのは自覚しておりますけれど。


 ◇ ◇ ◇


 感謝祭そのものは、大盛況のまま進んだ。


 温泉の足湯エリアは大行列。

 新作の『蜂蜜乳菓プリン』は午前のうちに完売。

 収穫前の農地を見学する『奇跡の畑ツアー』なるものまで勝手に始まっており、なぜか私はその説明役(教祖)に引っ張り出された。


「こちらの畑は、春先に全面的な地力の再生と土壌改良を施しましたわ」

「おおー!」

「水路は旧来の流れを活かしつつ、地下水脈から直接勾配と泥詰まりを解消して――」

「女神さま、すげえ!」

「女神さまじゃございません。領主の妻です」

「でも魔法がすごい!」

「それは否定しませんわ」


 子ども相手だと、つい言い負かしきれない。

 くッ、素直で可愛いのが悪いのです。


 その時、後ろから護衛の領兵の一人が声を張った。


「伯爵様のお通りだ!」

 ザワッ、と人の流れがモーゼの海のように割れる。


 見れば、クライス様が領兵たちを連れてこちらへ来るところだった。

 感謝祭の安全確認を一通り終えたのだろう。

 歩いているだけで空気がピリッと締まるのに、今日はどこか機嫌が良さそうで、そのせいで余計に大人の色気が漏れて目立つ。


「クライス様」

「終わったか」

「ええ。畑の説明はひと通り」

「そうか。ご苦労だったな」

「そちらは?」

「警備は特に問題ない。平和なものだ」

「よろしゅうございました」


 そう言いながら私は、照れ隠しに少しだけ頭の花冠を直した。

 すると、クライス様がジッと私を見る。


「何ですの」

「似合っている」

「……今さら、大勢の前での追撃はやめてくださいまし」

「今さらではない」

「今さらですわ。十分恥ずかしいです」

「いや」

 彼はごく自然に、周囲の領民全員へ聞こえる声量で、ハッキリと言った。


「俺の妻は、こういう可憐な格好も似合うんだと、改めて惚れ直しただけだ」


「ッ、」


 周囲が、一斉に爆発的に沸いた。


「伯爵様ァーーー!!」

「ヒューッ!! また始まった!!」

「ほんとに奥方様にベタ惚れで大好きだな!?」

「知ってましたけど!! ごちそうさまです!!」


 私は本気で、その場へ穴を掘って沈み込みたくなった。


「ク、クライス様!!」

「何だ」

「人前ですわ!! 領民全員が見ておりますわ!」

「そうだな」

「そうだな、ではございません! ノロケにも限度があります!」

「本当のことだ。妻を褒めて何が悪い」

「だから! その『本当のこと』という理屈を、万能の免罪符に使わないでくださいまし!!」


 クライス様は、ほんの少しだけ口角を上げて目を細める。

 ああもう。

 絶対に、私の反応を楽しんでいらっしゃる。


 だが、その一方で。

 領民たちの心からの笑顔を見れば、怒りきれないのも事実だった。


 彼らは、本当に楽しそうだった。

 私が来た当初のような、冷えた諦めの顔ではない。

 ちゃんと笑って、囃し立てて、私たち夫婦のやり取りを“良いもの(尊いもの)”として受け取ってくれている。


 それはきっと。

 この領地に、ようやく『生きる余裕と幸福』が戻ってきた証拠なのだろう。


 ◇ ◇ ◇


 その日の夕方。


 感謝祭の片づけを終えた私は、屋敷のテラスの長椅子で、完全にHPを使い果たしてぐったりしていた。


「……疲れましたわ」

「そうだな。お疲れ様」

 隣でクライス様が、私のお気に入りの紅茶を淹れて差し出してくる。

「ほら」

「ありがとうございます」

 私は受け取って、ホッと息を吐いた。


 夕暮れの茜色の空。

 遠くに見える、豊かな緑の畑。

 風に乗って届く、祭りの笑い声の余韻。

 そして隣には、当然のように腰を下ろして私を見守る、最愛の夫。


 悪くない。

 いや、かなり良い。

 今日一日でオタクとしての羞恥心は死ぬほど浴びたが、それでも、領民たちの笑顔があったから、帳消しとまではいかずとも、だいぶ救われている。


「ルシア」

「はい」

「今日、職人たちがまた黄金像の話をしていたぞ」

「聞きたくありませんわ。私の像は建ちません」

「キッパリ断ったのか」

「保留にいたしました」

「そうか」

「仕方がなかったのですもの。あんなに目をウルウルさせてションボリされたら」

「お前は、甘くて優しいな」

「普通ですわ」

「……」

「何ですの」

「そういう、俺に似て不器用に優しいところが、いい」

「……ッ」


 もう。

 本当に、この人は。不意打ちの天才か。


 私は紅茶を一口飲み、赤くなった顔を隠すように少しだけ頬を膨らませた。


「黄金像だけは、絶対に阻止いたしますわ」

「俺は、少し見てみたいがな」

「クライス様」

「何だ」

「本気で作らせたら、離縁案件ですわよ」

「……それは困る。絶対に困る」

「でしたら止めてくださいまし」

「善処する」

「今のは、全く信用できませんわね……」


 クライス様は小さく息を吐き、それから静かにテラスの外の領地を見た。


「でも」

「はい」

「領民が、お前を心から信じているのは分かる」

「……」

「俺も、同じだ。お前を完全に信じている」


 私は、言葉を失った。


 夕暮れの光の中で、その横顔はひどく穏やかだった。

 剣を握る時の絶対零度の鋭さでもなく、公の場で領民を率いる時の厳しさでもなく。

 ただ、静かに、当たり前のように『愛する妻への絶対的な信頼』を置いている顔。


 そんな顔を向けられると、どんな甘い言葉より効いてしまう。


「……それは、光栄ですわ」

 やっとのことでそう返すと、クライス様は少しだけこちらを見る。


「光栄?」

「ええ」

 私は小さく、心から幸せに笑った。

「愛する推し(夫)にここまで信頼されるなど、限界オタク冥利に尽きますもの」

「まだ言うか、その言葉」

「今後も一生申し上げますわ。私の原動力ですから」

「そうか」

「そうです」

「なら」

 クライス様はごく自然に、私の肩をグッと力強く抱き寄せた。


「一生、俺の隣で、俺への愛を言っていろ」


「…………」


 またしても。

 またしても、この方は。

 本当に、何食わぬ顔で、とんでもない火力の爆弾を放つのだから。


 私は肩へ預けられたその大きな重みと温かさを感じながら、そっと目を閉じた。


 領民たちからは女神と呼ばれ。

 子どもには花冠を載せられ。

 黄金像まで建てようとされ。

 その上で、愛する夫はそんな私を誇らしげに見て、当然のようにずっと隣へ置いてくれる。


 ……ええ。

 少々、限界オタクの人生としてはおかしいかもしれませんわね。


 けれど。

 そんなおかしさ(規格外の幸福)ごと、今の私はたまらなく幸せだった。


 フェルド辺境伯爵領では今日も、誰もこの最強夫婦のバカップルぶりを止められない。

 そして多分、明日からもずっとそうなのだろう。


 それはきっと、領地が最高に平和になったという、何より喜ばしい証拠なのである。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
黄金をやめて別素材にして旦那様の像と一緒にします! ミニサイズで推しと推しを崇めるオタク像もおつけします! 奥様ぜひ検討を by、村人
領主と奥方のブロンズ像くらいなら普通に良さそうですよね^^
自分だけだと恥ずかしいから、推しと一緒の像にすればいいんじゃね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ