第46話 領地の特産品作り。前世の知識で絶品スイーツを開発しバカ売れ
フェルド辺境伯爵領の改革は、私のロケットダッシュにより怒涛の勢いで順調に進んでいた。
私腹を肥やす悪徳代官を広場で公開追放し、腐った裏帳簿を洗い直して国庫へ返納させ。
チート魔法で痩せ細った農地を一瞬で大農地に再生し、ついでに山に超高級スパ温泉まで作った。
領民たちの疲労しきった表情も少しずつ希望にやわらぎ、屋敷の使用人たちにもようやく“この王都から来た奥方様は、マジで物理的に何とかしてしまう神だ”という、畏怖と諦め混じりの絶対的な信頼が根づき始めている。
だが、それで終わりではない。
むしろ、領地経営(推し活)としては、ここからが本番だった。
「……全く、足りませんわね」
私は執務室の机へ広げた『今後の予測収支表』を前に、静かに、だが明確な不満を込めて呟いた。
向かいのデスクでは、愛する夫(クライス様)が大量の書類へ目を通している。
最近はもう、この『夫婦で向かい合って執務をこなす構図』が完全に日常になっていた。
すぐ目の前に国宝級に顔の良い推しがいる空間で、平然と仕事をしている己のオタクとしての成長(順応)に、未だに時々ビックリする。
だが今は、尊さを噛み締めている場合ではない。
「何が足りない」
クライス様が、ペンを止めて顔を上げる。
「現状の黒字幅(利益率)ですわ」
私は羽根ペンの先で、表の一箇所をコンと叩いた。
「代官の不正を潰したことで、無駄な流出(赤字)は止まりました。農地も魔法で完璧に戻しましたし、水路も整いましたから、来季の麦の収穫はかなり期待できます」
「ああ」
「ですが、それはあくまで“領地が餓死せずに普通に回る”ための、最低限のマイナスからのゼロ復帰です」
「……」
「領地を本気で豊かに立て直すなら、もっと圧倒的に『太い外貨の収入源』が必要ですわ」
クライス様は黙って、私の作った緻密な一覧表を見る。
食糧事情は戻る。
だが、この数年放置されて傷んだインフラの補修箇所は山ほどある。
魔物を防ぐ城壁、流通の要である橋、備蓄倉庫、街道の整備、新しい農具の調達、良質な家畜の購入。
さらに辺境としての防衛費、厳しい冬季の備蓄、使用人の再教育、貧困層の領民への救済余力まで考えれば、ただ畑が元に戻っただけの税収では、全くもって足りない。
「農民への税を上げるのは論外です」
私はキッパリと言った。
「ようやく息を吹き返した今の領民へそれをやれば、せっかく戻した彼らの生きる気力がまた止まります。ブラック企業への逆戻りですわ」
「ああ、同感だ」
「となれば、領地の外(他国や王都)から、莫大なお金を吸い上げるしかございません」
「交易(輸出)か」
「ええ。ですが、ただの小麦や未加工の木材では利益率(粗利)が低すぎますわ」
私は指を組んで、ニヤリと悪徳商人のように笑った。
「この辺境領地だけの、付加価値の高い“圧倒的な強み”が必要です」
クライス様は数秒考え、それから低く問う。
「何か、勝算があるのか」
「ありますわ」
私は満面の笑みで即答した。
「おそらく、恐ろしいほどの利益を生む錬金術が」
◇ ◇ ◇
きっかけは、厨房の視察だった。
私はここ数日、領内で採れる生産物一覧のデータと実物を、片っ端から見ていた。
小麦、山菜、木材、薬草、蜂蜜、乳製品、果実、木の実。
すると、妙に素材の質が良いくせに、これまで「辺境の田舎料理」として大して活かされていないものがいくつか見えてきたのだ。
まず、山の花から採れる『天然の蜂蜜』。
香りが恐ろしく高い。なのに甘さがくどくない。後味がスッキリしていて上品だ。
次に、北側斜面で採れる『小粒の赤い果実(ベリー類)』。
生食だと酸味が強すぎるが、火を通した時の香りの立ち方がすこぶる良い。完全に加工向きだ。
さらに、『山羊の乳』。
この険しい領地では牛より山羊の方が飼育しやすく、乳も安定して採れている。
だがその多くが、ただの飲用か、日持ちさせるための塩気の強い粗いチーズを作るだけで終わっていた。
そして、『山の木の実(ナッツ類)』。
香ばしく、上質な油分もあり、焼き菓子にすれば最高のアクセントになる。
(……フフッ。完全勝利ですわね)
私はその素材の一覧を見た瞬間、前世の『日本人としての記憶』と結びついてしまった。
スイーツである。
そう。特産品作りにおいて、美味い甘味の暴力は圧倒的に強い。
日持ちする焼き菓子にすれば保存が利き、高級な箱に入れれば貴族の贈答にも向き、しかも“この土地の素材でしか作れない”という『限定感』を演出しやすい。
前世の日本でも、地域限定のお土産スイーツというものは、恐ろしいほど観光客や通販の財布の紐を緩めるバケモノコンテンツなのだ。
こちらの世界でも、貴族の茶会の事情は大差ないはずである。
「奥方様?」
恰幅の良い厨房長が、腕を組んで不敵に笑う私を不思議そうに見る。
私はズラリと並べた極上の材料を前に、キッパリと言った。
「新しい、最強の財源(特産品)を作りますわ」
「財源、ですか」
「ええ」
私はフンスと胸を張る。
「しかも、誰もが虜になる『最高に美味しい財源』です」
厨房長の目が、少しだけ職人として輝いた。
この方、どうやら料理人としてのプライドと探究心が強い。良い傾向ですわね。
「必要なのは、上質な小麦粉、山羊乳、山の蜂蜜、木の実、この赤い果実。それから味を引き締める岩塩を少々」
「は、はあ。すぐに」
「あと、できれば新鮮な卵を」
「十分な数がございます」
「完璧ですわ」
私はドレスの袖を軽くまくった。
すると、ちょうど背後から、聞き慣れた低い声が落ちる。
「また、俺の妻の規格外の何かが始まるな」
「ええ、始めますわ」
振り返れば、厨房の入口に、腕を組んだクライス様が立っていた。
「今回は止めませんの?」
「俺が止めても、お前はやるだろう。無駄だ」
「ご自身の妻への理解度が早くて助かりますわ」
クライス様は小さく息を吐きながらも、完全には呆れていなかった。
むしろ、少しだけ『今度は何を見せてくれるのか』と期待している顔だ。
最近、この方は私が“領地改善のために何かチートを思いついた限界オタクの顔”をすると、最初から止めるのを半分諦めるようになった。
大変よろしい順応(調教)ですわね。
◇ ◇ ◇
最初に試作したのは、日持ちのする焼き菓子だった。
前世で言うなら、リッチなバタークッキーとサブレの中間に近い。
ただし、こちらの辺境ではまだ牛のバターの安定供給が弱い。
だから、山羊乳の濃厚な乳脂と木の実から絞った油分をベースに活かし、砂糖の代わりにあの極上の蜂蜜で、上品な甘みとしっとり感を足す。
「卵は一度に入れず、二回に分けて」
「は、はいッ」
「そこで力任せに混ぜすぎない。グルテンが出て硬くなりますわ」
「こ、こんな感じでしょうか?」
「よろしいですわ。完璧です」
私は厨房長と若い料理人たちへ的確な指示を飛ばしながら、生地の状態を鋭い目で確認していく。
粉の入り方。粘り。油分の浮き。焼成前の厚み。
「厚みが薄すぎるとサクサクとした軽さは出ますけれど、馬車での長距離運搬の振動に弱く、割れてしまいます」
「なるほど……!」
「特産品は、ただ売るだけではなく“遠くへ美しいまま運べること”も重要な設計の一部ですのよ」
「べ、勉強になります……!」
ええ、そこですわ。
美味しいだけではだめ。商品になるには、大量生産の再現性と、輸送耐性が必要なのだ。
前世の社畜OL時代、私はポンコツ上司の思いつきによる“作るだけで売る導線を考えていない企画書”に散々苦しめられた。
売るには、逆算された設計が要る。それはスイーツも同じである。
石窯で、第一陣を焼く。
暴力的なまでに甘く、香ばしい香りが厨房に立つ。
蜂蜜のやわらかな甘さ。木の実のローストされた香ばしさ。焼けた乳脂の豊かな匂い。
「まあ……!」
若い料理人が、ごくりと喉を鳴らして目を見開く。
「すごく良い香り……! これだけでお腹が減ります!」
「ええ、ですが香りだけでは不十分ですわ」
私はプロの真顔で言った。
「重要なのは『味』です」
「は、はい!」
焼き上がったものを冷まし、私は一枚手に取る。
見た目は茶色く素朴だ。
だが、表面の焼き色は均一で美しく、端にはホロリとした繊細さがある。
サクッ。
「……よろしいですわね」
「ほ、本当ですか!?」
「ええ」
私は満足げに頷く。
「まだ配合に改良の余地はございますが、王都の貴族にも十分ウケる商品になります」
「おおお……!」
厨房が熱気でざわめく。
よろしい。第一関門突破ですわ。
次に、あの酸っぱい赤い果実を使った『煮詰めソース(コンフィチュール)』へ取りかかる。
果実に蜂蜜と少量の砂糖、そして香りづけのハーブ(薬草)をほんのわずかだけ足す。
弱火でじっくり煮詰める。裏ごしして滑らかにする。冷ます。
これを、先ほどのサクサクの焼き菓子で薄くサンド(挟む)すると――。
「ッ」
私は試食して、思わず至福に目を細めた。
良い。最高に美味い。
果実の鮮烈な酸味がパッと立つ。
ただ甘いだけで終わらず、後味をスッキリと引き締める。
何より、ハーブの香りがフワッと抜けて、王宮の茶会に出せるレベルの『高級感』がある。
「あとは、名前が必要ですわね」
「名前、ですか?」
厨房長が首を傾げる。
「ええ。商品名は命です」
私は真剣に言った。
「『何となく美味しい辺境の焼き菓子』より、“この特別な名前の菓子を買いたい、誰かに贈りたい”と思わせる響きが必要ですもの」
前世のマーケティング知識が騒ぐ。
そう、ブランド価値である。特産品には、美しい物語と名が不可欠だ。
私は完成した焼き菓子と赤い果実の美しい断面を見て、口元を緩めた。
「“フェルドの雪花菓子”はいかがかしら」
「雪花、ですか」
「ええ。辺境の気高い冬の山の白、蜂蜜のやわらかさ、そしてクライス様のあの美しい銀髪の――」
「そこで俺を見るな。俺の要素を入れるな」
背後から、鋭いツッコミが飛んだ。
「つい」
「つい、で済ますな。恥ずかしいだろう」
だってピッタリですもの。
フェルド領の冷たく澄んだ空気と、甘さの中の気高さ(クーデレ)。
ものすごく、この領地(推し)らしいではないか。
「では、こちらの果実ソース入りの方は、“紅雫の蜜焼き”で」
「おおお……」
「なんだか、急に王室御用達みたいな高級品になりましたぞ」
「“なんだか”ではございません」
私はキッパリと言う。
「最高級の路線で売るのです」
「数を売るための、安売りではなく?」
「安売りによる価格競争は、最終的に現場が疲弊して長続きいたしませんわ。前世で嫌というほど見ましたもの」
私は厨房全体を見渡した。
「この領地の良い素材と、あなたたちの丁寧な職人仕事には、それに見合うだけの『高い価値(値)』がつくべきです」
「……ッ!」
「商人に決して買い叩かせてはいけませんのよ」
「はいッ!! 一生ついていきます、奥方様!!」
◇ ◇ ◇
問題は、その後の『最終試食』だった。
当然ながら、私の舌だけではなく、最終判断にはもう一人必要である。
味覚が鈍くなく、妻への過剰な忖度もしない、もっとも信頼できる判定者。
つまり。
「クライス様」
私は美しく皿に盛った菓子を持って、執務室へ入った。
「試食をお願いいたしますわ」
「やはり来たか。お前の顔が自信に満ち溢れているな」
「当然です。最高傑作ですもの」
「逃げられんな」
「ええ、胃袋ごと逃がしませんとも」
クライス様は机の向こうからこちらを見る。
その見透かすような静かな視線だけで、なぜか私が作った試食の場なのに、私の方が緊張するのだからオタクは困る。
私は『雪花菓子』と『紅雫の蜜焼き』を整然と皿へ並べ、彼のお茶の横へ差し出した。
「まずはプレーンな“雪花菓子”から」
「本当にその名前でいくのか」
「はい。決定事項です」
「仕事が早いな」
「商売は速度が命ですもの」
クライス様は一枚手に取り、静かに口へ運ぶ。
サクッ。
噛む。
沈黙。
長い。
長すぎる。
私は不安になって思わず机から身を乗り出した。
「……お口に合いませんでした?」
「うまい」
「…………(ドカンッ)」
駄目だ。
その短い一言が、私の心臓にクリティカルヒットした。
うまい。
今、この顔の良い推しは確かにそう言った。
低い声で。短く。一切の迷いなく。
たった三文字なのに、何ですのこの圧倒的な破壊力は。
「ルシア」
「は、はい」
「顔が赤いぞ。熱でもあるのか」
「気のせいですわ」
「違う」
「……違いますわね……」
「そうだな」
だめですわ。これはいけない。
試食のたびにこうして不意打ちで推しに褒められて心臓のHPを削られては、商談どころではなくなる。
だが、クライス様は私の動揺など気にも留めず、さらに果実入りの菓子へ手を伸ばした。
一口。
少しだけ、驚いたように蒼い目を細める。
「こっちもいいな」
「本当ですの?」
「ああ。美味い」
「酸味は強すぎません?」
「果実の香りが立って、ちょうどいい」
「蜂蜜の後味は?」
「くどくない。上品だ」
「重さは?」
「もう一つ、食える」
私は、ヒュッと息を呑んだ。
今。
今、何と?
「もう一つ……?」
「あるか」
「ッ」
その瞬間、私は本気で机へドンッと手をついてしまった。
だって、推しが。いや愛する夫が。
普段は寡黙で、食事に対して「腹に入れば同じだ」と大袈裟なことをほぼ言わないこの方が。
“もう一つあるか(おかわり)”と。
それはもう、三つ星レストランを超える最高評価と言って差し支えないのでは!?
「ございます!!」
私はほとんど反射で、背後に控えていたメイドから予備の皿ごと奪い取って差し出した。
「いくらでもございますわ!」
「落ち着け。鼻息が荒いぞ」
「無理ですわ! だってクライス様が“もう一つ”と!」
「言ったな」
「言いましたわね!」
「……俺はそんなに食に興味がないように見えていたか」
「見えておりましたとも!!」
クライス様は、そんな私の限界オタク特有の異常な興奮をよそに、本当に二枚目へスッと手を伸ばした。
その自然に菓子を頬張る動きが、また絵になって尊い。
ああ。
この領地(の財政)、完全に勝ちましたわね。
◇ ◇ ◇
販売開始までのスピードは、異常なほど早かった。
私はすぐに領内の商会へ連絡を飛ばし、まずは領都の裕福な層と、近隣都市の上流貴族向けに『数量限定』で試験出荷をかけた。
包装も徹底的に工夫する。
安っぽい紙ではない。辺境伯爵領の気高い紋章を銀箔で押した薄い高級な木箱、香りを逃がしにくい専用の包み布、馬車で持ち帰りやすいサイズ感。
「奥方様、単価が……少々高すぎるのでは?」
商会頭が、設定価格を見て目を丸くして瞬く。
「ええ」
私は即答した。
「安くして平民に広く薄く売るより、“金に糸目をつけない貴族が、どうしても欲しがるステータス品”に育てます」
「ですが、たかが辺境の焼き菓子でそこまで……」
「できますわ」
私はニッコリと、悪魔的に笑った。
「だって、絶対的に美味しいですもの」
まずは領都の有力商人への手土産。次に周辺領の貴族家へのご挨拶。
そこへ“不正を正した若き辺境伯爵夫妻の、領地復興を象徴する奇跡の新菓子”という『美しいストーリー』を乗せる。
貴族という生き物は、ただの美味い菓子より“茶会で語れる物語の乗った菓子”を喜んで買うのだ。
案の定、反応は恐ろしいほど早かった。
わずか三日で、初回出荷分の在庫が完全に消える。
追加。さらに追加発注。
酸味のある果実菓子の方は特にお茶会の女性陣にクリティカルに刺さり、日持ちする雪花菓子は他領への贈答向けに爆発的な評判を取った。
「奥方様!!」
商会頭が、半ば転がるように駆け込んで執務室へ飛び込んできた。
「王都の巨大商会からです!」
「何ですの」
「追加注文が! しかも桁が一つ違う倍量で!!」
「まあ」
「それと、隣領経由でさらに大口の予約が二件!」
「よろしいですわね。計画通りです」
私は落ち着いて優雅に頷いた。
「厨房の増産体制(第二工場)のシフトは」
「もう組み始めています! 人手も領民を新しく雇いました!」
「果実の劣化を防ぐ保存ラインの構築も早めに。魔石を惜しまないで」
「はいッ!」
「どれだけ売れても、品質を落とさないことが最優先ですわよ」
「肝に銘じて承知しております!!」
私はその威勢の良い報告を聞きながら、心の中で「ヨシッ!」と静かにガッツポーズを取った。
よし。
来ましたわね、特大の特需が。
だが、まだ終わりではない。
バカ売れし始めた時ほど、品質と供給ラインを絶対に守らねばならない。
そして、ここで客が飽きる前に『次の目玉商品』も矢継ぎ早に育てておけば、領地の財源は一気に強固で太くなる。
「クライス様」
「何だ」
私は満面の笑みで、振り返った。
「スイーツ第二弾の開発も参りますわよ」
「まだ増やすのか」
「当然です。客を逃がしません」
「次は、何を作る気だ」
「極上の蜂蜜を使った、冷たい乳菓です」
「……」
「あと、あの山の温泉帰りの客向けに、キンキンに冷やした『果実の蜂蜜水』も売ります」
「ここで、あの温泉施設と客の導線を繋げるのか」
「クロスセル(合わせ買い)の導線は、商売の基本ですもの」
「……お前は、本当に休む気があるのか分からなくなるな」
「クライス様の疲れは温泉で完璧に癒やしつつ、領地の懐は爆発的に潤わせますわ」
「欲張りだな」
「優秀な妻ですもの」
「そうか」
「そうですわ!」
クライス様は、呆れたように小さく息を吐いた。
だが、その見つめてくる目は、どこか自分の妻を心底誇らしげに思っている色だった。
◇ ◇ ◇
一月後。
フェルド辺境伯爵領の厨房と周辺施設は、以前とはまるで別物の『巨大スイーツ工場』になっていた。
焼き菓子専用の巨大な石窯台。
果実煮詰め用の魔法コンロ区画。
箱詰めと包装の専門担当。馬車への搬出担当。そして、狂いのない帳簿管理。
領民の働く手(雇用)が爆発的に増え、女たちの顔色は十分な栄養と賃金で明るくなり、若い者たちは誇らしげに新商品の名を口にして働く。
領都の外からも次々と大量の注文が入り、ついには王都だけでなく、国境を越えた『隣国の巨大商会』からまで取引の照会が来た。
「他国……?」
私は報告書を見て、パチクリと目を瞬く。
「本当ですの?」
「はい!」
商会頭が、興奮で顔を真っ赤にして何度も頷く。
「“フェルドの雪花菓子”を、ぜひ隣国の王族向けにもうちで扱いたいと!」
「……まあ」
やりましたわね。
前世の社畜マーケティング知識。
領地が誇る最高の素材。
厨房の真面目な技術。
商会の流通ルート。
全部が綺麗に噛み合った結果の、大勝利だ。
「利益の見込みは」
「初月の、なんと五倍以上です!!」
「素晴らしいですわ」
「これなら、崩れかけた巨大な石橋の補修も前倒しで即発注できます!」
「城壁の北側の補強工事もね」
「冬の備蓄も、去年の三倍は余裕で増やせます!」
「ええ。全部、ケチらずにやりましょう」
私は満足げに、見事な黒字の右肩上がりを描く収支表をパタンと閉じた。
農地が魔法で戻る。
温泉が客を呼んで回る。
絶品菓子がバカ売れする。
雇用が生まれ、領地が潤う。
よろしい。
これでようやく、マイナスを“立て直す”から、他領を凌駕する“一段上へ持ち上げる”段階へと入れる。
その時。
横から、クライス様がポツリと、恐ろしい事実を言った。
「もはや、大富豪領地だな」
「まだですわ。序の口です」
「いや、もう片足はどっぷり入っているぞ」
「そうかもしれませんわね」
私は少しだけ、悪女のように笑った。
「でも、まだまだ稼ぎに参りますわよ?」
「知っている」
「止めませんの?」
「俺が止めても、どうせ無駄だ」
「よくご存知で」
「誰よりもお前を愛する夫だからな」
「……ッ」
もう。
そういうクリティカルなノロケは、不意打ちで言わないでいただきたい。
だが、私に向けられるその視線があまりにもやわらかくて、あたたかくて。
私は頬を少しだけ熱くしながらも、ニッコリと心から幸せに笑い返した。
そうして、フェルド辺境伯爵領は。
強固な農地だけでなく、『絶品スイーツと極上温泉のある豊かな土地』として、他国にまで少しずつその名を轟かせ始める。
そして、領民たちもまた。
自分たちの貧しかった土地で生まれた菓子が、王都の貴族や他国の王族へ届くという事実に、誇りを持って目を輝かせるようになった。
ええ。
これですわ。
愛する推しの領地が、私の手によって最強に豊かになっていくのを見るのは、どうやら。
想像していた以上に、たまらなく、最高に気分が良い(オタク冥利に尽きる)らしい。




