第34話 翌朝、限界オタク妻の誕生と、甘やかしたい夫
朝日が、薄いレースのカーテン越しに柔らかく差し込んでいた。
窓辺の布地が風もないのにわずかに揺れて見えるのは、多分、私の視界がまだフワフワと熱っぽくバグっているせいだろう。
昨夜の余韻は、夢のように甘く、そして容赦なく現実の熱を伴って、今なお全身の隅々にまで居座っていた。
つまり、何が言いたいかというと。
「…………(死)」
私は今、大きな寝台の中へ完全に埋まり、社会的な死(限界化)を迎えていた。
フカフカの最高級の掛け布団を鼻の上まで引き上げ、天蓋つきの寝台の中央で、見事なまでにイモムシのように丸くなっている。
一歩も動けない。
いや、動ける。身体の自由はあるし、どこかが痛いわけでもない。
あるのだけれど、オタクとしての精神が起床を全力で拒否していた。
(む、無理ですわ……)
朝である。朝が来てしまった。
そして私は昨夜、ついに。
本当に、文字通りの意味(R指定の領域)で、クライス様と夫婦になった。
そこから先の記憶は、詳細を思い出そうとするだけで顔から火が出て発火(ボヤ騒ぎ)しそうなので割愛する。
控えるのだけれど、どう考えても致死量の幸福だった。
優しくて、甘くて、少し強引で、途中で何度も私の処理能力が限界を迎えて泣きそうになった私を、クライス様はこれ以上ないほど大事に、熱く愛してくれた。
それがもう、本当に。
(尊すぎますわ……! 推しと結ばれるとか前世の私に言っても絶対に信じませんわよ!)
どうして朝になって無事に息をしているのか、自分でも不思議なくらいである。
それなのに、現実はオタクに容赦がない。
朝は来る。新婚初夜の翌朝だろうと無情にも来る。なんなら、やけに鳥まで鳴いて晴れやかに来る。
そして当然、重大な問題が発生する。
――恥ずかしすぎて、布団から顔を出せない。
幸せすぎて。
昨日までの「側仕え」の自分ではいられない現実が、あまりにも甘すぎて。
無理ですわ。本当に無理ですわ。
「ルシア」
寝台の外から、低く落ち着いた、けれどどこか甘さの混じった声がした。
「ひゃいッ」
見事に舌を噛んだ。情けない。だが致し方あるまい。
掛け布団の内側で、私はさらにギュッと丸くなる。
駄目だ。今その雄みのある声を間近で聞くのは、心臓に悪すぎる。
「起きているな」
「……起きては、おりますわ……」
「なら顔を出せ」
「それは少々、私の精神衛生上、難しいご相談ですわね……」
「なぜだ」
「なぜ、とおっしゃいましても」
私は布団の中でジタバタと暴れたくなる衝動を、公爵令嬢の意地で必死に抑えた。
なぜ、ですって?
そんなもの決まっているではないか。
昨夜あれだけ甘やかされて、蕩けるほど優しくされて、甘い声で何度も名前を呼ばれて、全身に触れられて。朝になったら「おはようございます」と平然と顔を出せる強靭なメンタルの新妻が、この世のどこにいるというのだ。
少なくとも私は無理である。限界オタクなので。
「ルシア」
また呼ばれる。
近い。声の位置がさっきより確実に近い。
マズい。寝台へ近づかれている。
そう理解した瞬間、私は本気で布団の奥深くへ沈み込んだ。
「み、見ないでくださいまし……」
「見ないわけにはいかん」
「どうしてですの」
「俺の妻だからだ」
「ッ」
だめだ。朝からそのキラーワードはだめだ。
新婚初夜の翌朝の、推しからの“俺の妻”は火力が暴走している。
私は布団の中で、声にならない悲鳴を上げた。
だが、その間にもクライス様はためらいなく寝台の縁へ腰を下ろしたらしい。微かに寝具が重みで沈む。
「ルシア」
「……はい」
「起きろ」
「嫌ですわ」
「即答だな」
「本日はそういう気分ですの」
「どんな気分だ」
「一生このまま、布団の暗闇の中で昨日の幸せを反芻して過ごしたい気分です」
「それは駄目だ」
「なぜ」
「せっかくの朝食が冷める」
「…………」
そこで朝食なのです?
いや、大事ですわよ? 大事ですけれども。色気より食い気ですの?
私は恐る恐る、掛け布団を目の下あたりまで少しだけズリ下げた。
視界へ飛び込んできたのは、やはりどうしようもなく致死量レベルで顔の良い、私の夫の姿だった。
朝の光を受けたクライス様は、昨日のカッチリとした礼装でもなく、昨夜のセクシーな夜着でもなく、ゆったりした室内着に着替えていた。
肩の力の抜けた白いシャツに、濃色のゆるやかな上着。
それがまた、妙に私的で、妙に親密で、妙に“朝の夫(新婚生活)”感が強くて。
(無理ですわーーーーー!!(再起不能))
「やはり布団へ戻りますわ」
「駄目だ」
「戻らせてくださいまし……」
「それは許可できん」
「なぜですの」
「今のお前(真っ赤な顔)を見ているのが、ひどく面白いからだ」
「クライス様!?」
私はガバリと起き上がりかけて、途中でピタリと止まった。
いけない。勢いで起きると、昨夜外された夜着の乱れとか、色々と思い出して余計に無理になる。
だが、目の前の氷の騎士は、本当に少しだけ意地悪く笑っていた。
珍しい。朝から、しかも私をからかって。
その事実に、また胸がトクンと跳ねる。
「ひどい方ですわ……」
「そうか」
「そうです」
「だが、可愛いぞ」
「お願いですから、朝から言葉の火力を上げないでくださいまし……!」
「難しいな」
「どうしてですの」
「お前が、俺の愛を受けてそういう顔をするからだ」
そういう顔って何ですの。
いや、聞かなくても多分分かる。きっと、今の私はひどく赤くて、グズグズで、布団へくるまったままの情けない新妻なのだろう。
……改めて客観的に考えると、見られたくないにも程がある。
私はムスッと頬を膨らませた。
するとクライス様が、何を思ったのか、そっと大きな手を伸ばして私の髪へ触れる。
「……寝癖がついているな」
「ッ!?」
「後ろだ」
「み、見ないでくださいまし!」
「もう見た」
「最悪ですわ!」
「そうでもない」
「そうでもあります!」
ああもう、本当に。
昨夜までの私は、一応、公爵令嬢としての完璧な外面と、有能な側仕えとしての隙のない所作を武器(鎧)にしていたはずなのだ。
それが今や、寝起きのボサボサ髪で布団へ埋まり、夫に“寝癖がついている”などと指摘されている。
何ですのこの破壊力(日常感)。
新婚というものは、オタクに対してこんなにも容赦がないのか。
けれど、クライス様はその“ひどく無防備で日常的な私”に対して、嫌そうな顔を一つもしなかった。
むしろ、少しだけ目を細め、愛おしむようにやわらげてさえいる。
そのことが、胸の奥をくすぐるように甘かった。
「……起きられるか」
「……努力はいたしますわ」
「努力ではなく、俺の腕を掴め」
「その『努力ではなく』の台詞、本当にお好きですわね」
「お前のせいだ」
「光栄ですわ」
そこまで言って、私はようやく意を決し、布団の中から上体を起こした。
はだけかけた夜着の襟元を慌てて整える。途端に、昨夜ここを彼の手で開かれた記憶がうっかり脳内で再生されかけ、私はまた完全に固まった。
「……ッ」
「どうした」
「少々、記憶が……フラッシュバックを」
「何の」
「聞かないでくださいまし!」
「聞いていない」
「それもそうでしたわね……」
私は深く息を吐き、どうにか寝台の端へ腰を移す。
立ち上がろうとして、フラ、と少し足元がよろけた。
次の瞬間。
「きゃッ」
当然のように、クライス様のたくましい腕が私の腰を支えた。
「言わんこっちゃない」
「……」
「足元がふらついている」
「そ、それは」
「昨夜、俺が抱きすぎたせいだな」
「クライス様!!」
私は本気で両手で顔を覆いたくなった。
やめてほしい。朝からそんな風に、R指定な事実をド直球で言語化しないでいただきたい。
恥ずかしさで原子分解して消えますわよ?
けれどクライス様は、私の腰をガッチリと支えたまま、ひどく落ち着いた、雄の顔をしている。
その大人の余裕が悔しい。でも、同時に少しだけホッとして安心する。
「歩けるか」
「……多分」
「多分では困る」
「でしたら」
私は真っ赤な顔のまま、半ばヤケクソ気味に言った。
「お姫様抱っこで食堂まで運んでくださいます?」
「分かった」
「…………はい?」
私は固まった。
次の瞬間には、視界がフワリと浮いていた。
「きゃああっ!?」
「お前が言ったんだろう」
「じょ、冗談ですわ!! 照れ隠しです!」
「今さら下ろす方が危ない。大人しくしていろ」
「それは物理的にはそうですけれど!」
本当に抱き上げられていた。
横抱きで。朝から。新婚初夜明けに。
しかも本人は、ものすごく真顔で、呼吸一つ乱していない。
「クライス様!」
「何だ」
「本当に、私への加減というものを」
「している」
「どこがですの!?」
「もっと早く、出会った時からこうして(抱って)もよかった」
「ッ!!」
私は反射で、落ちないようにクライス様の首へ腕を強く回してしまった。
だって落ちるのは困る。その上で、そんな爆弾発言をされたら余計にパニックで困る。
「……顔が熱いな」
「熱くもなりますわよ……!」
「そうだな」
「認めるなら、からかうのはやめてくださいまし……」
「嫌だ」
「なぜ」
「俺の妻を、世界で一番甘やかしたい」
「…………」
何ですの、その直球。
もう本当にズルい。ズルすぎる。
昨夜からこの人、ずっとこんな調子なのでは?
いや、昨夜よりむしろ朝の『日常』の方が、自然体で言葉の火力が高い気がする。
それはそれで限界オタクにとっては大変よろしくない。
そのまま、私は隣室の小さな朝食室へ運ばれた。
本当に運ばれた。自分で歩くつもりだったのに、気づけばフカフカの椅子へ座らされ、ご丁寧に膝掛けまでかけられている。
「……」
「何だ」
「私は今、完全に甘やかされておりますわね……?」
「そうだ」
「否定なさいませんの?」
「事実だからな」
「……」
もう反論する気力も薄い。
むしろ、ここまで堂々と肯定されると、変に落ち着いてしまうから不思議だ。
卓上には、完璧な朝食が整えられていた。
軽めに焼かれたパン、香草の効いた温かなスープ、果実を添えた消化の良い卵料理、そして湯気の立つ上質な紅茶。
どれも明らかに、昨夜の疲労が残る今の私が、無理なく口にできそうなものばかりである。
私はそこで目を瞬いた。
「……これ」
「何だ」
「私向け、ですわよね」
「そうだ」
「選ばれたのです?」
「昨夜のうちに、厨房に俺から指示を伝えた」
「クライス様が?」
「ああ」
あっ、と思う。
ああ、この人。
もう朝から、こういう見えない気遣いを全部、自ら進んでしているのだ。
私が食べやすいもの。胃に重すぎないもの。
温かくて、でも刺激の少ないもの。
それを考えて、私のために先に手配して。
そういう、何でもないような日常の気遣いが。
昨夜の濃厚な甘さとはまた別の形で、胸へじんわりと沁み渡った。
「……ありがとうございます」
小さくそう言うと、クライス様はごく自然に答えた。
「当然だ」
「当然、ですの?」
「俺の愛する妻だからな」
「またそれですわ……」
「嫌か」
「嫌ではございません」
「なら、何度でも言う」
「そういうところ、本当に容赦がないですわね」
私は少しだけ照れ隠しに唇を尖らせつつ、スープへ手を伸ばした。
湯気があたたかい。一口飲むと、ちょうどいい塩加減が身体へスッと落ちていく。
美味しい。
そしてその瞬間。
ふと、前世の社畜時代のことを思い出した。
連日のサビ残明けの朝。
味のしないコンビニのおにぎりを、PCへ向かったまま水で流し込んだこと。
転生前はそれが普通だった。現世でも、あのバカ王太子の妃教育の最中は、食事などただの「栄養補給という義務」と「効率」の一部でしかなかった。
でも今は違う。
目の前には、私のために最高の朝食を整えた人がいる。
その人は、昨日夫になったばかりで。
しかも前世からの最推しで。
顔が良すぎて直視できないのに、私の食べる様子を、愛おしそうにジッと見ている。
「……そんなに見ないでくださいまし」
「なぜ」
「食べづらいですわ」
「お前がちゃんと食べるか、確認しているだけだ」
「私、子どもではございませんのよ」
「今朝のお前は、小動物と大差ない」
「ひどい」
けれど、自然と笑ってしまう。
その笑いに気づいたのか、クライス様の目がわずかに和らいだ。
「少しは、落ち着いたか」
「……ええ」
私は正直に頷いた。
「だいぶ」
「ならよかった」
「クライス様のおかげですわ」
「そうか」
「はい」
短いやり取りの後、クライス様は自分の紅茶へ手を伸ばした。
その優雅な仕草を見ながら、私はふと思う。
昨夜。
私は確かに、もう“副団長付きの側仕え”だけではいられない場所へ来た。
でも同時に。これまで二人で積み重ねてきた関係が、全部なくなるわけではないのだ。
お茶を淹れた日々も。書類を整えた日々も。完璧な補給を組んだ日々も。
全部、ちゃんと『今』へ続いている。
ただそこへ、“妻”という新しい、強固な関係が重なっただけで。
そう思ったら、胸の奥がフワリとあたたかくなった。
その時、クライス様が不意に言った。
「ルシア」
「はい」
「もう、側仕えの仕事は『お役御免』だ」
「……はい?」
私は目をパチパチさせた。
お役御免。解雇。
今、確かにそうおっしゃった? え、クビ?
「そ、それは、どういう」
「言葉通りだ」
クライス様は、静かに、だが強い眼差しで私を見る。
「もう俺に茶を淹れろとも、重い書類を持てとも、俺のために先回りして環境を整えろとも言わん」
「えッ」
「これからは」
彼はほんの少しだけ身を乗り出し、低く、しかしハッキリと、プロポーズのような声で言った。
「俺に、仕えさせろ」
「…………」
私は、その場で完全に思考停止して固まった。
いや、今何と?
クライス様が? 私に?
仕えさせろ、と?
「なッ、ななな」
言葉が出ない。口がパクパクするだけである。
限界オタク妻、朝から処理落ち第二弾(致命傷)であった。
クライス様はそんな私をジッと見つめたまま続ける。
「今までお前は、誰かのためにばかり血を吐くように働いていた」
「……」
「王宮でも、騎士団でも」
「……はい」
「だから、これからは。少なくとも俺の前では、お前が世話を焼く側でなくていい」
「……ッ」
「俺に甘えることも、任せることも覚えろ」
私は、しばらく何も言えなかった。
ああ。この人は。
本当に、どこまで。
昨夜だけで十分甘かったのに。
今朝になって、こんな風に、私の『これまでのサビ残人生』までひっくるめて、居場所を変えようとしてくれるなんて。
王宮では、私はずっと“無能を支える側”だった。側仕えになってからも、それが自分の存在価値だと思っていた。役に立てることが嬉しくて、整えることが好きで、それがオタクとしての立ち位置だと思っていた。
でも、クライス様は今。
それだけではなくていいと、言ってくれている。
「……無理ですわ」
やっとのことで口を開くと、声が少しだけ震えた。
「急には……」
「少しずつでいい」
「でも、私」
「何だ」
「……お世話、したいですわ」
私は小さく、泣きそうに笑った。
「クライス様のこと」
「知っている」
「それが、私の好きなこと(オタクの喜び)なのですもの」
「ああ」
クライス様は頷いた。
その上で、少しだけ口元を和らげる。
「なら、お前がしたいこと(推し活)はすればいい」
「……はい」
「その代わり」
「何でしょう」
「俺がしたいこと(妻への溺愛)もさせろ」
「……それが、“俺に仕えさせろ”ですの?」
「そうだ」
だめだ。
また胸が、限界までいっぱいになる。
「……ズルいですわ」
「何がだ」
「そんなことを真顔で言われたら、拒めませんでしょう」
「拒む気はあるのか」
「1ミリもございませんわ」
「なら問題ない」
「そういうところです……」
私はとうとう、片手で顔を覆った。
朝からこんなにも幸せで、どうしたらいいのか分からない。
すると、クライス様が立ち上がった。
何だろうと思う間もなく、私の背後へ回る。
「……クライス様?」
「動くな」
「はい?」
次の瞬間、背へサラリと銀の髪が落ちた。
私の結んでいた髪が、ほどかれたのだと気づく。
「え」
「寝癖を直す」
「ご、ご自分で!?」
「他に誰がいる」
「いえ、それはそうですけれど!」
信じられない。
朝食の後に、あの氷の騎士が、妻の髪を整える?
そんな甘い幻覚みたいな習慣、この世の現実に存在してよろしいのだろうか。
「く、櫛は」
「そこだ」
「知っていらっしゃるのです?」
「今朝、侍女に用意させた」
「…………」
もう駄目だ。
甘やかしが本気すぎる。
背後で、クライス様の大きく無骨な指が、そっと私の髪を梳く。
優しい。
絡まりをほどき、無理に引かず、少しずつ丁寧に整えていく。
その不器用な丁寧さが、あまりにもこの人らしくて。
そして同時に、あまりにも恋人ではなく“夫”で。
私はまた、静かにハートを撃ち抜かれるしかなかった。
「痛いか」
「いえ……」
「ならいい」
「……とても気持ちよい、ですわ」
「そうか」
それだけの会話なのに、空気がひどく甘い。
私は膝の上で手を重ね、ジッとその心地よい時間に身を任せた。
もう、逃げる気力もない。
多分、少しずつこうして慣れていくのだろう。
夫婦として。
側仕えではなく、愛される妻として。
そして、お互いに世話を焼き合う『最強のパートナー』として。
背後で髪を整え終えたクライス様が、最後に銀の一房を、そっと指から名残惜しそうに離す。
「終わった」
「……ありがとうございます」
「鏡を見るか」
「いえ」
私は小さく笑った。
「見なくても分かりますもの」
「何がだ」
「きっと、とても綺麗に、丁寧にしてくださったのでしょう?」
「……まあな」
私はそのまま、そっと振り返った。
そして、椅子に座ったまま、彼へ向かって両腕を広げる。
「クライス様」
「何だ」
「ご褒美ですわ」
「……」
「今朝は私が、全力で甘やかされる側なのでしょう?」
「そうだな」
「でしたら」
私は少しだけ照れながら、でもちゃんと、心からの笑顔で笑った。
「抱きしめてくださいまし」
一瞬、クライス様がハッとして目を見開いた。
その「やられた」というような反応が珍しくて、私は少しだけ勝った気分になる。ほんの少しだけ、である。
やがて彼は、諦めたように小さく息を吐き、愛おしそうに私を抱きしめた。
朝の柔らかい光の中で。
整えられた髪と、まだ少し熱の残る私の頬ごと、すっぽりと。
私はその広い胸へ頬を寄せながら、思う。
ああ。
限界オタク妻の朝は、どうやら想像以上に、致死量レベルで甘いらしい。
そしてきっと。
これから先もずっと、私はこの人に甘やかされるたび、同じように真っ赤になって、同じように処理落ちするのだろう。
……それもまた、悪くないですわね。




