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婚約破棄の瞬間に「前世の記憶」が戻りまして。〜ヒロインの座は譲りますので、私は推しキャラの側仕えを目指します!〜  作者: 綾瀬蒼


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第124話 結婚式準備。予算上限なし、限界オタクの総力を結集した推しのお披露目会

『婚約』というものは、ひどく甘い。


 致死量レベルで、非常に甘い。


 何しろ、愛してやまない推しから、正面切って「永遠に、俺の妻だ。逃がさん」と確定申告プロポーズされたのである。

 しかも、前世の『星降る丘』を現代で再現するという、時と世界を越えたロマンチックな二度目のプロポーズつき。

 私の左手の薬指には、クライス様の美しい蒼い瞳をそのまま閉じ込めたみたいな、星屑のサファイアの指輪が光り輝いている。

 そして、その甘い余韻も冷めやらぬまま、息つく暇もなく『結婚式準備』という名の、オタクにとっての人生最大の一大イベント(公式プロデュース)が開幕したのだから。

 限界オタクとしての私の情緒と心臓が、正常なBPMで無事でいられる道理はなかった。


「……大問題ですわね」


 私は、クライス様――もとい、九条柊介社長兼、前世の私の最愛の夫が住まう、高層マンションの広々としたリビングで。腕を組み、たいへん真剣な、それこそ国家予算を決める時のような重い顔をしていた。


 ガラステーブルの上には、私が仕事の合間に血眼で集めた分厚いホテルウェディングの資料が、山のように積まれている。

 式場のパンフレット。

 自然光の美しいフォトウェディングのロケーション集。

 海外のハイブランドのドレス一覧。

 招待客規模別の、緻密なエクセル予算表。

 一流フラワーデザイナーの装花提案。

 最新技術を駆使した映像演出のサンプル集。


 ついでに、私が昨夜の午前三時までかかって徹夜で作成した、『今世における推し(クライス様)の最高到達点・最適露出計画(暫定版)』なる、恐ろしく不穏なタイトルのパワーポイント資料まである。


 完璧な布陣ですわね。


 ……いえ、完璧ではない。

 問題は、ここからである。


「ルシア」

 低く、耳を孕ませるような極上の声が落ちる。

「はい。何でしょう」

「さっきから、その険しい顔で何回“大問題だ”とブツブツ言った」

「無意識ですが、五回ほどでしょうか」

「俺の数えた限り、もう少し多かった気がするぞ」

「オタクの体感では、すでに十回を超えているかもしれません」

「増えたな」

「私の脳内の危機感と、キャパシティの悲鳴が増している証拠です」

 クライス様が、ソファの背へゆったりと大きな身体を預けながら、少しだけ呆れたように眉を上げた。


 ああもう。

 その何気ない仕草ひとつがもう、ひどく洗練されていて絵になって困る。

 休日の黒いシャツの袖を緩く腕まくりし、片肘をついてこちらを見ているだけなのに、どうしてこうも“見られる側の造形スチルとしての完成度”が異常に高いのだろう。

 それは、前世の騎士時代から痛いほど知っている。

 この人は、鎧を着ても、礼服を着ても、現代のスーツを着ても、何を着ても反則的に格好いい。

 立っていても座っていても、黙っていても甘く喋っていても、存在の全部が推しとして強すぎるのだ。


 だからこそ、私のプロデュースに妥協は許されない。


「クライス様」

「何だ」

「今回の私たちの結婚式は」

「……」

「ただの、親族や友人を集めた平凡な式ではございません」

「ほう。では何だ」

「前世と今世。二つの世界を股にかけた」

「……」

「私の最愛の推し(あなた)の、世界最高峰の『お披露目会ファンミーティング』です」

「やはり、そう来るか」


 クライス様は、小さく、しかし確実に肩を揺らして笑った。

 完全に呆れているようでいて、私の暴走を本気で止める気はない。あの甘やかす時の笑い方だ。


 ああ。

 はい。

 その、私にだけ見せる少し困ったようなやさしい顔、大好きですわね。


 ◇ ◇ ◇


「では、まず大前提となる条件を確認いたしますわよ」


 私は自作のパワポ資料を一枚抜き出し、バンッ! とテーブルへ広げた。

 そこには、我ながら無駄に美しく整った図解と、論理的な箇条書きの要件が並んでいる。


 一、花嫁花婿(特に花婿)の脚の長さが、360度美しく見える完璧な導線であること。

 二、高級タキシードの質感と、新郎の瞳が美しく映える、自然光寄りの照明であること。

 三、クライス様の圧倒的な立ち姿、歩き姿、エスコートの指先、横顔の陰影、伏し目の微笑、そして誓いの低音ボイスを、余すことなく記録(映像化)できるカメラアングルの構成であること。

 四、参列者ゲスト全員へ「新郎が尊い……」と平伏させる、圧倒的覇者の演出を実現すること。

 五、私もついでに、ちゃんと花嫁として恥ずかしくないように頑張ること。


「……最後だけ、明らかに熱量(温度)が違うな」

「一から四までは、だいぶ『俺(新郎)中心』のプロデュースに見えるが」

 クライス様が、資料を読んで静かにツッコミを入れた。

「当然です」

 私は一切のブレない真顔で答える。

「当然、なのか」

「結婚式という人生最高の晴れ舞台で、新郎(推し)の魅力を限界まで最大化せずして、一体何を最大化するというのですか!? 愚問ですわ!」

「普通は、花嫁のドレス姿だろう」

「私も頑張りますわ」

「……完全に、ついでみたいに言うな」

「ついでではありません!」

 私は小さくなった胸を、フンスと張った。

「ですが、私は自分の容姿(顔面偏差値)の伸び代へ、そこまでの過信と執着がございません」

「……十分綺麗だろう」

「ありがとうございます。ですが、その点、あなたは圧倒的に次元が違います」

「何がだ」

「存在そのものの造形が、すでに神の手によって完成されております」

「……」

「その上、今世では『オーダーメイドのタキシード』という、現代文明の最高到達点の装備バフまで可能」

「……」

「この奇跡のようなオーバーオーラを、世間(世界)へ知らしめずして、何のための結婚式ですの!」

 クライス様は、私のその熱弁を聞いて、数秒間、完全に言葉を失って無言だった。


 それから、ひどく静かで、少し低い声で言う。


「……ルシア」

「はい」

「自分の『結婚式』だと、分かってるか? 会社の広報発表じゃないぞ」

「もちろんです」

「本当に?」

「ええ」

「なら」

 彼は、テーブルの私の狂った資料へ視線を落とし、ゆっくりと私へ戻した。

「どうして、お前のドレスの資料より、新郎(俺)の見せ場の絵コンテの方が多いんだ」

「だって、私の最推しですもの」

「全く理由になっていない」

「私にとっては、命より重い最重要理由です」


 クライス様は「敵わんな」と、額に手を当てて長く息を吐いた。

 でも、それは本気で私の頭を心配して呆れている時のため息ではない。

 半分は、私の重すぎる愛のプレゼンに、照れと笑いを堪えているのだ。


 ……分かりますとも。

 あなた、こういう時、ポーカーフェイスのつもりでも、氷の表情の端が少しだけ嬉しそうに緩みますものね。


 ◇ ◇ ◇


「では、本題の式場候補その一ですわ」


 私は、分厚いホテルウェディングのパンフレットを広げた。


 都内有数の、歴史ある最高級ホテル。

 格式よし。

 導線の広さよし。

 料理のレベルよし。

 天井高し。

 見下ろせる大階段あり。

 何より、神聖なチャペルに巨大な窓から『自然光』が美しく入る。


「自然光」

 私はバン! とその写真を叩いて力説した。

「これが極めて重要です」

「そうか」

「そうです」

「理由は」

「朝のやわらかな自然の光は」

 私は資料の、モデルが立つ写真を指差した。

「あなたの完璧な横顔の彫りの輪郭を、最も神々しく、尊く見せます」

「……」

「そして、白い花と、あなたの瞳を引き立てるシルバー系の装花とも、光の相性が抜群に良い」

「……」

「さらに言えば、誓いの口づけの瞬間、伏し目になったあなたの頬骨から顎にかけてのシャープな陰影が、光の反射で――」

「ルシア」

「はい」

「一体、誰の結婚式だ」

「私たちのですわ」

「そうだな」

「はい」

「なら、俺との神聖な『誓いの口づけ』を、カメラの陰影の角度のロジックで語るな」

「ですが、写真映えとしては重要です!」

「重要なのは分かる」

「でしたら!」

「……お前が俺に対して真剣すぎるんだ」

 私は、ハッとして口を閉じた。


 少しだけ。

 ほんの少しだけ、オタクとして反省する。


 確かに、私は少々、プロデューサー目線で本気になりすぎているのかもしれない。

 でも、仕方がないではないか。

 だって、前世の神殿での結婚式の時、あの方の白い婚礼衣装姿の時点で、あまりにも尊すぎて血を吐いて死にかけたのだ。

 そして今世。

 洗練された現代日本のタキシードである。

 そんなもの、もう、私の心臓に対する『危険物認定』をしてしかるべき、特大の火力でしょう。


「……では、次へ参ります」

 私はコホンと咳払いをして、資料をサッと差し替えた。

「緑が美しい、ガーデンウェディング案です」

「……まだあるのか」

「当然です」

「いくつ候補を用意したんだ」

「一次選考で、厳選して二十八案ほどですわ」

「多いな。多すぎる」

「これでも、泣く泣く絞ったのです」

「絞ってそれか」

「推しの晴れ姿に妥協はありません。本気ですので」

 クライス様が、とうとう「頭が痛い」と額へ手を当てた。


 ああ。

 出ましたわね。

 私の無茶振りに、本気で困った時の仕草。


 大好きです。


 ◇ ◇ ◇


「次に、最も現実的な『予算』についてですが」


 私は、今度は愛用のエクセル(表計算シート)を開いた。

 式場費、お互いの衣装費、装花費、映像・音響費、プロカメラマン手配費、演出費、ゲストケア、宿泊代、送迎車、そして不測の事態に備えた予備費。

 すべてが項目ごとに完璧に色分けされ、1円単位で見やすく整理されている。


 完璧な経理処理ですわね。


「現時点での、私からの推奨案は三つです」

「……聞こう」

「まず、世間体と常識を重んじた『控えめ(妥協)プラン』」

「……」

「次に、私の希望をある程度入れた『理想プラン』」

「……」

「そして最後が、すべてを投げ打って『推しへの愛の表現(演出)を最優先した限界突破プラン』」

「最後が、一番危険な響きだな」

「ですが、オタクの魂としては最も現実的です」

「それは一般的には、現実的とは言わないだろう」

「いえ」

 私は、少しも引かずに堂々と言った。

「一生に一度の、神聖な推しの晴れ舞台です」

「前世の神殿でも、一度ド派手にやっただろう」

「今世でも、これは最初で最後の一度ですわ」

「お前の理屈は分かる」

「分かっていただけますか?」

「半分はな」

「残り半分は?」

「お前の、俺に対する愛の暴走だ」

「ええ。全く否定しませんわ」


 すると、ソファに寄りかかっていたクライス様が、スッと身を起こして前傾姿勢になった。

 その目が、少しだけ真剣な色を帯びる。


「ルシア」

「はい」

「予算の枠は、一切気にするな」

「……え?」

「お前のやりたいように、全部やれ」

「……」

「必要なら、上限のタガは完全に外す」


「…………」


 私は、数秒、呼吸を忘れて完全に沈黙した。


 今。

 この方。

 何と、とんでもないことをおっしゃいました?


「……クライス様」

「何だ」

「今の」

「聞こえただろう」

「……幻聴でしょうか」

「なら」

「確認です」

 私は、震える手で自分の胸元を強く押さえた。

「予算の、上限を」

「……」

「完全に外す、と?」

「ああ。いくらかかっても構わない」

「予算上限なし(青天井)!?」

「必要ならな」

「必要です」

「即答だな」

「推しのプロデュースに、湯水のように金は必要です!!」


 ああもう。

 何ということでしょう。

 推しが、自ら、限界オタクのプロデューサーへ『無制限の武器(権限)と潤沢な資金』を与えてしまった。


 それはつまり。

 それはつまり、私へ「最高峰のタキシードとロケーションで、俺の魅力を世界に好きに見せろ」と、白紙の小切手で許可を出したようなものではありませんか?


「……クライス様」

 私は、冗談抜きでかなり真剣に言った。

「そのご判断」

「……」

「後で、金額を見て撤回はできませんわよ? 家が傾くかもしれませんわよ?」

「絶対にしない」

「本当に?」

「お前が本気で楽しそうに、幸せそうに喜ぶなら」

「……」

「そんな金など、俺にとっては安いものだ」

「ッ……!」


 やめてくださいまし。


 その、スパダリ全開の“お前が喜ぶなら”の使い方は、オタクの心臓への反則でしょう。


 私はとうとう、尊さで限界を迎えて両手で顔を覆った。


「ルシア?」

「少々、お待ちください」

「何だ」

「予算の現実的な話をしていたはずが」

「……」

「突然のあなたの『愛の重さ(札束)』で、正面から殴られております」

「大げさだな」

「大げさではございません!」

「そうか」

「そうですわ」

 クライス様の声が、少しだけ呆れたように、けれど甘くやわらぐ。

「なら、俺の愛に、好きに殴られていろ」

「言い方が、相変わらずひどくて強引ですわね!?」


 でも。

 でも、その雑なようでいて世界で一番甘い甘やかし方まで、魂の底から好きなのだから困る。


 ◇ ◇ ◇


 その後、私は完全にプロデューサーとして『覚醒』した。


 いや、もともと覚醒はしていた。

 だが、今の「予算上限なし」の一言で、私の中の倫理的・金銭的リミッターが完全に一段外れたのである。


「では、まずタキシードの選定からです!」

「まだそこの話か」

「最重要事項ですわ」

「そうか」

「そうです」

 私は新たな分厚い資料を開いた。

「色味は、あなたの魅力を引き立てる『黒』をベースに三系統」

「……」

「オーソドックスで高貴な『漆黒の王道』」

「……」

「知性と冷徹さを際立たせる『ネイビー寄り』」

「……」

「そして、大人の色気がダダ漏れになる『ダークグレー』」

「待て」

 クライス様が、怪訝そうに口を挟む。

「なぜお前の用意した資料は全部、衣装が『俺の基準』なんだ」

「あなたが新郎ですから」

「花嫁のドレスは」

「私も当然、適当に見繕って頑張ります」

「適当に頑張る、で済ますな。お前が主役だぞ」

「私は、あなたの圧倒的なお姿の隣で、見劣りしないモブにならないことを目標にいたします」

「……」

「でも、この結婚式の主役(推し)は」

「お前も、俺の主役だ」

「もちろんです」

「言い方が軽い」

「ですが」

 私は、グッと力強く拳を握った。

「私は花嫁として、恥ずかしくないように全力を尽くして頑張ります」

「……」

「ですから、あなたは最強の推しとして、全力で輝いてください!」

「お前の言っている意味が、全く分からない」

「分からなくて結構です! 私の情熱の問題です!」


 クライス様は、本当に困ったように、額を押さえて目を細めた。

 でも、完全には私の暴走を止めない。


 つまり、呆れながらも許されているのだ。


「タキシードの素材ですが」

 私はさらに早口で続ける。

「光沢は安っぽくなるので、テカテカ控えめ」

「……」

「でも、近くでカメラで抜いた時の、高級な質感は絶対に必要です」

「……」

「あなたの広い肩のラインは、男らしく直線的に美しく」

「……」

「引き締まった腰から脚にかけての、長い脚の落ちドレープは――」

「おい、ルシア」

「はい」

「お前」

「何でしょう」

「俺を脱がせたいのか、着せたいのか、どっちだ。目が変だぞ」

「もちろん、最高の一着を着せたいです!」

「なら、俺の身体を舐め回すように見るその視線が、危険すぎる」

「限界オタクの、立派な職業病です」

「何の病だ」

「推しをプロデュースする、オタクの不治の病の」

「……そうか」

「そうですわ」


 私は真剣に、海外ブランドのパンフレットをめくる。


 だって、ここは絶対に1ミクロンも妥協できない。

 前世でも婚礼の日、クライス様のあの礼装は、あまりの美しさに私の命(心臓)を危うくしたのだ。

 今世では、そこへ現代の最高峰の立体裁断技術が加わるのだ。

 そんなもの、オタクとして、妻として、見誤るわけにはいかないでしょう。


「このラペル(襟)」

 私は写真を指で示して熱弁した。

「少し細くてスタイリッシュですわね」

「……」

「こちらの方が、あなたの美しい首元から肩への流れが、よりセクシーに綺麗に見えます」

「……」

「あと、中にベストを入れるなら、あえて少しタイトに――」

「お前」

「何でしょう」

「本当に、心の底から楽しそうだな」

 私は、不意にそう言われて、ハッとして顔を上げた。


 クライス様は、ソファの肘掛けへ頬杖をついたまま、呆れたように、けれどひどくやさしい目でじっと私を見ていた。

 その目には、呆れと、やわらかな熱と、ほんの少しの愛しさが、たっぷりと満ちていた。


「……当然です」

 私は、少し照れながらも胸を張った。

「だって、あなたの晴れ姿ですもの」

「……」

「楽しみでないはずが、ありませんわ」

「……」

「前世で、あの美しいあなたの姿を一度見たからこそ」

「……」

「今世での、現代のこの真新しい一着は。……また別の意味で、私にとって一生の宝物で、大切なのですわ」


 少しだけ、リビングの空気が甘く静かになる。


 クライス様の目が、ゆっくりと、愛おしそうに和らぐ。

 その表情のわずかな変化だけで、私の胸の奥がジンと熱くなった。


「ルシア」

「はい」

「……そこまでお前に言われると」

「……」

「俺も、悪い気はしないな」

「悪いどころか」

 私は心から微笑んだ。

「最高の気分になっていただきたいですわ」

「……」

「だって」

「……」

「あなたは、私のたった一人の、愛する夫になる人ですもの」


「ッ……」


 今度は、クライス様の方が、不意打ちを食らったように少しだけ言葉を失った。


 あらまあ。


 珍しい。あのポーカーフェイスが。


 ほんの少しだけ、耳の先が赤い。

 ああ。

 はい。

 そういうピュアなところ、本当に変わりませんのね。愛おしいですわ。


「……ルシア」

「何ですの」

「それは」

「はい」

「不意打ちは、ずるい」

「光栄ですわ。お互い様です」


 ◇ ◇ ◇


 夜もだいぶ更けた頃。


 テーブルの上の膨大な資料の山は、私の仕分け作業により、ようやく三分の一ほどまで減っていた。

 式場候補は、厳選された六つへ。

 ドレスショップは、四つへ。

 タキシード候補は、ひとまず傾向の違う二系統へと絞られた。


「……ふぅ、ここまでですわね」

 私は、ようやく大きく息を吐いて伸びをした。

「そうだな。よくやった」

「本日は、一次選考としては十分すぎる成果ですわ」

「一次、だと?」

「ええ。二次は、実際に足を運んでの試着」

「……」

「三次は、式場でのカメラの動線と照明の確認」

「……」

「四次で、最終的な全体の演出調整ですわ」

「……気が遠くなるほど長いな」

「結婚式ですもの。妥協は死です」

「そうか」

「そうです」


 私は、ソファの背もたれへ少し深くもたれかかった。

 心地よい、達成感のある疲労感。

 でも、その奥にあるのは、ただひたすらに『幸せ』に近いあたたかい熱だった。


 前世で、神殿でのあの婚礼の日を迎えた時。

 私は、孤児同然の身から愛する人の妻になれたことが、幸せでたまらなかった。

 でも、あの時は怒涛の展開すぎて、その幸福をゆっくり味わう間もなく、ひたすら彼の尊さに爆発していた気もする。


 今世は、少し違う。

 もちろん、今も十分に彼の存在の尊さで爆発しそうではある。

 けれど、その準備段階から、こうして二人で。クライス様と一緒に、一つずつ未来を積み上げていける時間が、どうしようもなく嬉しいのだ。


「ルシア」

「はい」

「お前」

「何でしょう」

「今日は、一日中、俺の衣装タキシードのことばかりだったな」

「そうですわね」

「少しは自覚はあるのか」

「大いにありますわ」

「なら」

 クライス様は、立ち上がり、静かに私の方へ歩み寄って身を寄せた。

「次は、お前のウェディングドレスを選ぶ番だ」

「……」


 私は、パチパチと瞬きをした。


「私の?」

「ああ」

「ですが」

「何だ」

「私は」

 私は、少しだけ照れて視線を泳がせる。

「あなたの最高峰のタキシードと比べると、私のドレスは優先順位が……」

「ルシア」

 その低く静かな呼び方だけで、背筋がゾクッと伸びる。


 クライス様は、ひどくやさしい、けれど絶対に逃がさない独占欲の瞳で、私を見下ろしていた。


「俺は」

「……」

「お前が『世界で一番綺麗な花嫁姿』になるのを、俺の隣で見るために、結婚式をするんだ」

「ッ……!」

「だから」

「……」

「自分のことを、俺より後回しにするな」

「……」

「お前のドレスは、俺に選ばせろ」


 ああ、もう。


 本当に。

 本当に、この人は。


 私がオタク気質で、自分のことを少し雑に扱おうとすると、必ず、そんなふうに真っ直ぐな重い言葉で、強引に引き戻して愛してくれるのだ。


「……はい」

 私は、顔を真っ赤にして小さく答えた。

「……お願いします」

「そうしろ。任せておけ」

「ですが」

「何だ」

「私からも、条件がございます」

「言ってみろ」

「あなたのタキシードの最終決定も」

「……」

「プロデューサーとして、私が全責任を持って最後まで見届けますわ!」

 クライス様は、その私のブレないオタク魂に、数秒間、完全に無言だった。


 それから。

 ほんの少しだけ肩を震わせて、可笑しそうに笑った。


「……ははっ、好きにしろ」

「ありがとうございます!」

「だが」

「はい」

「お前のドレスの決定権の方は、俺が絶対に譲らない。一番似合うものを選んでやる」

「……」

「そのつもりで、覚悟しておけ」

「ッ……!」


 また。

 また、その“覚悟しておけ”ですの?


 私は、遅れてじわじわと沸騰するように熱くなる顔を、どうにか両手で隠した。


 ああもう。

 何ですの、この人。

 予算上限なし(青天井)の許可までポンと出して。

 その上、私のドレスは自分が選んで譲らないなどと。

 結婚式準備の最初の段階から、激甘な甘やかしと独占欲がカンストして混ざりすぎではありませんこと? これで本番、私の心臓は持つのでしょうか。


 でも。


「……はい」

 私は、指の隙間から、世界一幸せに笑って答えた。

「謹んで、覚悟をいたしますわ」


 限界オタクの総力を結集した、推しの世界一のお披露目会。

 その熱狂のプロデュース準備は、まだ始まったばかり。


 けれど、きっと宇宙で一番、最高の結婚式になる。


 だって、私は推し(新郎)の美しさと魅力を、誰よりも愛して知っていて。

 クライス様は、私を世界で一番綺麗な花嫁にしたいと、そう本気で言ってくれているのだから。



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