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sideA-4 エカード・エアフォルク

 突然の不審なクレーム、あの悪漢たち、傀儡子爵……この三つの要素はヤーデ地方という場所から枝分かれしている。


 カトリーナからの情報をもとに、詳しく聞くためまずは『シェーデル・ミュートス』で話を聞く。

 おかみは何やら僕の失態まで詳しく話してくれたが、今はそれに構ってる場合じゃない。

 他にも、あの酒場のマスターを叩き起こし、詳しく聞いてみた。


 結論、カトリーナが言っていたことは一言一句間違いなかった。

 ただあくまでもこれは町の噂話だ。当事者たちから直接話を聞くわけにもいかず、またあの連中がここをうろついているという情報もあるので、不用意に探すのも憚られる。


 とくに僕やカトリーナは顔が割れてるし、あれだけのことをしてることもあり報復対象になりかねない。

 見つからないよう細心の注意を払い、町の中心部にあるニーゼン商会の建物まで向かった。


「そろそろ君に会いたいところだったんだ、エカード。よかったよ、来てくれて」


 商会長にしてグレルの伯父、クライン・ニーゼンが栗色の口髭を撫でながら、困惑気味な表情を浮かべて僕と対峙した。

 応接間のソファに座り、向かい合う。


「ここまで話がデカくなれば黙ってられないさ。うちには秘密のお嬢様もいるわけだし」

「お嬢様ね……まったく君といい彼女といい、この町に不穏をもたらすのはやめてくれよ」


 クラインは気さくに笑いつつも、僕を探るように見てきた。

 彼はこの町でも信用できる方の人間だ。

 僕みたいな行き場のない錬金術師を民間の個人商店として扱ってくれ、僕の無茶な要求にも応えてくれる。そういう人情的な話だけでなく、単純に能力が高い。

 商会長としても経験豊富で、僕の商品を安全にかつギリギリ合法的に市場へ流してくれる手腕とツテを持っている。

 現にこの辺りでも上等な身なりをしているのは彼くらいだし、つまり貴族との接点もあるということだ。


「まぁ、だからね。今回のクレームは確かに妙だよ。でもそこをつっこんで話をさらにややこしくするのは得策じゃない。あのドワーフたちには助かった。君の手配だそうだね。よく考えたもんだ」

「あぁ、それはまぁ……ゴホンゴホン」


 咳払いして誤魔化す。本当はあいつらが決めたことで、僕は手も足も出なかったんだが。

 そんな僕の内情を、クラインは気にすることなく話を続けた。


「うん、そろそろいい頃合いじゃないかな」

「何の?」

「看板だよ。薬はね、君の事情もあって表立って堂々と看板を掲げることはできないだろうが、もう魔道具や家具製品だけでも十分な稼ぎになってるだろう?」


 確かに今までの薬だけではその日暮らしの稼ぎにしかならず、看板を掲げるほどの商売ではなかった。でも今は違う。

 だが、カトリーナがいつまでもずっと一緒にいてくれるという保証はないので、看板を登録するか考えあぐねていたのだった。


「今回のことで懲りたはずだ。これを機に看板登録して、改めてやってみたらどうだい?」

「まぁその話は追々な」


 なんだか話が脱線してきているので本筋に戻そう。


「今回のクレームの件、僕はかなり懐疑的だ」

「というと?」


 話を強引に戻してもクラインはすぐに応じる。さすが話が通じる男だ。


「普通のクレームならモノの返品か取り替えか、返金か謝罪か、そういうので成り立つ話だ。しかし今回は謝罪の要求はあるにしろ、くだんの現物がない。これは謝罪するに値しない。話の通じないヤツなのかもしれないが、カトリーナ曰くシュリヒト子爵はそういうタイプの人間じゃないという」

「まぁ、そうだね。子爵は逆上してモノを壊すような人じゃない。何度か素材の取引でお会いしたことはあるけど、あまりそういった事業には積極的でもなかったし。だから、普段何も言わない人がクレームを出すと怖いのさ」


 クラインは楽観的に笑った。

 つまり、クラインとしては『普段優しい人が怒ると怖い』というような認識なのだろう。だが、この話はそういった次元のものじゃないと思う。

 僕はさらに前のめりになり、声を低めて話をした。


「この前の悪漢騒ぎ、知ってるだろう?」

「あぁ、君がボコボコにされたやつね」

「うぐっ……そうだ」


 クラインの軽口に言いたいことはあるが、ここは堪えて言葉を紡ぐ。


「やつらもヤーデの出身だったそうじゃないか。騒ぎを起こしてヤーデへ引き渡された後、その子爵がやつらを使って何かを企んでるとしたら?」

「……ふむ」


 クラインは太眉を険しく寄せ、ソファに深くもたれた。そして、慎重に言葉を選ぶように訊く。


「ちなみに何を企む? 子爵はカトリーナ嬢も言うように小心者だ。あまり大きく事を荒立てるような真似はしないだろう?」

「あぁ、そうだ」


 でも、どうにもこの話は繋がりがあるとしか思えない。

 偶然にしてはおかしい。また、よりによって僕らの製品に対してのクレームだ。それも逆上して壊したとは。何のために?

 相手は僕らが作ったものだとは知らないはずだが、ニーゼン商会を通じてこのノイギーアに侵入しようとしていると思える。

 僕らの製品が選ばれたのも偶然ではなく必然の可能性だってある。


 そこに第三者の手が介入することもあるだろう。

 シュリヒト子爵の手下があの悪漢だとして、シュリヒト子爵の裏にいる黒幕──それが分かれば、もっと具体的に意図が見えてくるはずだ。


「なんにせよ、僕らはもう少し様子を見る。ここで看板登録をしたら、カトリーナの素性が周囲にバレかねない」

「なるほど。怪しい動きがある以上は、それがいいかもしれないな。ま、杞憂であればいいんだが」


 そうして話が落ち着こうとしていると、何やら部屋の外が慌ただしくなる。

 バタバタと駆け込む音がし、扉がバタンと開いた。


「商会長! あ、旦那もいた。ちょうどいいや」

「なんだね、グレル。挨拶もなしに失礼だぞ」


 クラインがのんびりと嗜めるが、肩で息をするグレルは構うことなく部屋に入ってくる。

 そして、僕らを挟むテーブルにモノをドンと置いた。


「ヤーデから戻ってきたんですよ。ドワーフたちと一緒に。そんで、ドワーフたちが謝罪してくれてる隙に見つけたんです。これ」


 いつもの間延びした口調ではなく、緊迫した様子のグレル。

 テーブルに置かれたそれは、カトリーナが改良を重ねた魔石ライト……のはずだが。


「これ、カトリーナ様が作ったものじゃないんですよ」


 手にとって調べると、確かにそれは酷似しているが魔石をはめこむところが微妙に違う。

 具体的に言えば、カトリーナが作ったものは一般的な魔石のサイズ(直径五センチ程度のもの)がおさまるくぼみがある。しかし、これはくぼみが深く、別のものがおさまるようになっていた。


「これはなんだ?」

「わかりません。でも、はっきり言えるのは、これはあの魔石ライトに似せた武器です」


 グレルの言葉が終わるうちに、ドワーフたちが追いかけて入ってきた。

 おそらく三人でそう話し合ったのだろう。ドワーフの目利きは確かだ。

 僕も鑑定メガネを出し、見てみる。


 メガネのレンズ越しに見ると、偽魔石ライトの鑑定がうまく表示されず、文字化けして見えた。


「うん……武器かどうかは分からないが、うちで作ったものじゃないことは確かだ。こんなものが出回ったらまずいぞ」


 僕の言葉にクラインもようやく事態を飲み込んだようで、引きつった顔で僕を見据えた。


「エカード、選択は二つだ。今ここで早急に看板登録をするか、この魔石ライト及び他製品の特許権もドワーフたちに与えるか」


 もはや、そうせざるを得ない状況だ。


「別にこっちが特許権を持ったとしても、お前さんらに作らせないというわけじゃないぞ」


 ヴェルデが真剣な口調で言う。

 しかし、そうなれば改良や商売の手を広げることができなくなる。それは僕たちの掲げる「自由」に反する。

 第一にこれらはすべてカトリーナがイメージし、作成したものだ。本来の特許権は彼女が持つべきだろう。僕はただアイデアを彼女に与え、場所を提供しているだけ。

 そんな僕がここで勝手に決めていいわけがない。


「エカード、何を渋る必要がある? さっさと登録してしまえば済む話だろう」


 クラインが言うけど、僕はまだ答えが出せない。

 カトリーナのことを思うと、どちらの選択が正しいのか──。


「……一旦、持ち帰らせてくれ。返事は明日までにする」


 本来なら早急に決めてしまいたい。こんなことをしている間に、子爵たちの思惑がどんどん動き出していくかもしれない。

 だが、僕はカトリーナにもこの件を話し、決めたいと思う。

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