第24話 打たれた杭は戻らない
私たちの商品は、グレルの伯父様が商会長をしているニーゼン商会で取り扱ってもらっている。
これはやさぐれていた時代を知るグレルの伯父様によるご厚意によるもの。どうしてそんなつながりが出来たのかは私もよく分からないのだけれど、エカード先生がこうして気兼ねなく薬や私の作成したものを卸すことが出来るのは、きっと彼の人徳のおかげだと思う。
ただ、エカード・エアフォルクの名を使うわけにいかず、また私の名前も出すわけにいかず、ニーゼン商会お抱えの業者という括りで取り扱ってもらっているの。
「旦那! 大変だ!」
そんな言葉で始まった昨日の騒動から一夜明け、またしてもグレルが同じ言葉で血相を変えて工房に入ってきた。
「なんだ、騒々しい」
薬の生成をしていたエカード先生が金縁眼鏡の奥の目を細めながら訊く。
私はハンマーで試作品を作っていた。
「大変ですよ! 昨日のあれ、かなり大事になりまして!」
「なんだと?」
先生は眉をひそめ、持っていた瓶を置いた。
「結局あれから、うちの伯父がヤーデまで行ってシュリヒト子爵に謝罪へ行ったんですよ」
「バカなことを。ほっとけって言っただろ」
「そうはいきませんよぉ! そしたら、これを作ったやつを出せと言われて……もちろん、旦那方のお名前は出してません。でも、シュリヒト子爵の怒りはおさまらず……」
グレルはグスグスと鼻をすすり、しょんぼりとした顔で訴えた。
「このままじゃ、うちの商会の取引が減って、挙げ句どこも取引してもらえなくなりますよぉ」
「そんな簡単に客が減って堪るかよ……」
でも、そう言うエカード先生の顔は少々難色を示すようだった。
なので、私はつい二人の間に割って入った。
「どうしましょう。私が謝罪に行ったほうがいいのでは」
「いや、カトリーナに行かせるわけがない。たとえ君が勇ましくてもダメだ」
「勇ましいのは関係ありませんよ。でも、じゃあどうするんです? エカード先生は謝罪なんて」
「僕は行かない」
「ですよね」
分かってはいたけど、この人はてこでも動かない。
ますますグレルの鼻先が赤くなっていき、持病の症状が現れてきた。かわいそうに。
「そんじゃ、おいらたちが行ってこようか?」
路頭に迷っていると背後から、ドワーフたちが工房に入ってきて私たちを見ていた。
「おい、ショイ! 何勝手に引き受けてんだ!」
「でもヴェルデ、カトリーナはおいらたちの恩人だよ。ここで恩を返さなきゃ」
「あらまぁ、二人とも、素材の搬入お疲れ様!」
私は慌ててなんでもないように取り繕い、二人を出迎える。
でも、ショイは心配そうな目で私を見ているし、ヴェルデは腕を組んで困った顔をしていた。
「引き受けてくれるのか?」
「ちょ、エカード先生!」
私の横に立つ先生は、ショイの厚意に便乗しようとする。
「だって僕らは匿名で製品を卸してるんだ。看板もない。責任取れって言われてもどうしようもないし、最悪の場合、君は居場所がバレて実家に戻される」
「うっ……」
そこまで言われてしまうとなんとも返せない。
すると、ヴェルデがじっとエカード先生を見ながら言った。
「引き受けてやってもいいが、条件がある」
これにエカード先生は「なんだ」と促した。
ヴェルデが咳払いしてきっぱり言う。
「そのやらかした製品をうちでも作れるようにしろ」
え? そんなことでいいの?
私は拍子抜けした。対し、エカード先生が重々しい声で言う。
「それはつまり……権利を寄越せということか」
すると、ヴェルデは珍しくにっこり笑った。
「そうさ」
「お前……」
「お前、特許申請なんてしてねぇだろ。オレらの看板を使ってやっていいが、その製品の権利はこちらに渡してもらう。これがダメなら自分たちで謝罪してきな。ま、それで向こうさんの怒りがおさまるとは思えんがな」
ヴェルデはふんぞり返るように言った。
私にはよく分からないのだけど、えぇっと……つまり、掃除用魔道具の権利がヴェルデたちに渡るということよね。
みんなが作れるようになれば、それはそれでいいんじゃないかな。むしろ、みんなも作ったほうがたくさんの人に行き渡るわけだし、嬉しいこと、なんじゃないのかな。
でも、エカード先生は渋い顔をしている。
グレルを見ると、彼は鼻をすするばかりで反応が薄い。
ショイは少し難しい顔をしていた。
しばらくの沈黙。でも、これしか道がない。
やがてエカード先生はがっくりと肩を落とした。
「分かった……ただし」
「権利を買取とか言うんじゃねぇだろうな? お前、状況分かってるのか? この期に及んでオレに金を出させようとしたら」
「分かった分かった! そうしよう! 交渉成立だ!」
なんとかなったみたいで良かったわ。先生は不服そうだけど。
そうしてドワーフたちはいつもより嬉しそうな足取りで帰っていった。
グレルも彼らと打ち合わせするために帰っていく。
「すまない、カトリーナ」
静かになった工房で、おもむろにエカード先生が腰を曲げて謝ってくる。
「えっ? えぇっ? そんな、なんとかなったのに、なんで」
「これからあの掃除用魔道具は、僕らが好きに作ることは出来ないんだよ」
えっ……?
「それもこれも僕が匿名で活動してるせいだ。僕にも看板があって、特許が取れてたらこんなことには……」
そう言うと、エカード先生はため息をついて作業台に戻った。
私はまだ現実が飲み込めないので、なんとなく気休めの言葉をかける。
「でも、ヴェルデとショイはいい子たちですよ?」
「そりゃ、性格はそうかもしれないが……モノを作って売るっていうのは、人情だけでどうにかなることじゃないんだ」
先生は寂しそうに言った。これは、かなり落ち込んでいる。
椅子に座り、髪の毛をだらりと垂らして肩を落とす先生の姿に、私はもう何も言葉をかけることが出来なかった。
***
その晩、仕事を早く切り上げ、私たちの夕食を作ったあと、エカード先生はふらりと町へ出かけた。
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