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第23話 予期せぬ事態発生

「どうしたの、グレル。エカード先生はお休みになられたばかりで……」


 私が驚いて対応するけど、グレルはまっすぐにエカード先生の寝台へ向かい、彼を揺さぶり起こした。


「エカードの旦那! 寝てる場合じゃないですよ! クレームがきました!」

「なんだと?」


 クレームという言葉に、眠っていた先生が驚いて起きる。


「く、クレームって……バカな! そんなはずはない!」

「いや、きてるんですって。現実逃避しないでください」


 私以上に取り乱すエカード先生。それに対し冷静なグレル。

 クレームってお客さんからの苦情ってことよね? どういうこと?


「一体どこからクレームが? そもそも何に? いつ? どこで? 誰が?」

「カトリーナ様も落ち着いてください」


 私の質問をグレルが慌てて止める。

 だって、いてもたってもいられないもの!


 グレルは咳払いし、前のめりになる私たちに説明した。


「えー、事の発端は、先日納品いただいた箒型の掃除魔道具です」


 箒型魔道具とは、私がリタたちに向けて作った掃除用の魔道具だ。長い柄の箒に魔力をそそぐことで、先端の束ねた穂が塵をまとめ、吸い込む。

 いい出来になったので、掃除用魔道具を作っていたヴェルデにも見せて問題ないことを確認した上で商品化することになり納品した。


「うちのニーゼン商会で取り扱う商品は、まず王都での売れ行きを見て、地方の小売店へ卸します。ただ地方で購入いただくのは主に地方在住の貴族です。掃除魔道具は王都でも順調な売れ行きで地方に流れました。しかし……」


 グレルは渋い顔つきになり、声を低めて言った。


「東のヤーデ地方に住むシュリヒト子爵のもとへ納品された際、どうも一部、欠損があったようで」

「一部欠損? そんなのあるはずないわ!」


 私は思わず噛み付くように言った。でもグレルは気まずそうな顔をするばかり。


「きちんと注文通りに作ったし、検品だってしたわ! リタとパウラも見てくれたし、グレル、あなただって全部一つ一つに目を通したでしょう?」

「そうなんですけどね……」

「カトリーナ、グレルを責めても意味がない」


 詰め寄る私に、エカード先生が止めるように言う。


「じゃあ、その欠損したものを見せて」


 こうなったらお金はいただかず、無料で直してお届けするわ。


「いや、これがですね……」


 グレルは言いづらそうに口をモゴモゴする。


「どうした? 煮え切らないな」


 エカード先生も若干苛立ちを含めるように言う。

 すると、グレルはハンチングを取ってギュッと握った。


「その、シュリヒト子爵が、壊したそうで。かなりご立腹で、こんなもの要らんと暖炉で燃やしちゃったとか……」

「えぇっ!?」


 いくらなんでもそんなこと……。

 何かの手違いかもしれないのに、その場の感情で燃やしてしまうなんて。


 あまりのことに私は絶句する。

 エカード先生は不機嫌そうに頭を掻いて口を開いた。


「まったく愚かなことこの上ないな。魔道具を燃やすなんて、子どもでも危険なことは分かってるだろうに」


 魔道具は魔力を注いで使うもの。故意に壊したり燃やしたりしたら、複雑に組み込まれた魔術回路などがなんらかの不具合を起こして事故になることもある。


「シュリヒト子爵がそんなことをするかしら……?」

「カトリーナ? シュリヒト子爵のことを知ってるのか?」


 私のつぶやきに、エカード先生が不思議そうに訊く。


「えぇ。一応、社交界でシュリヒト子爵にご挨拶をしたことがあります。でも、そう目立つ方ではないのです」

「つまり、よく分からないと」

「分からないと言うより、そう激昂して乱暴するような方には思えない、みたいな」


 こう言ってはなんだけど、シュリヒト子爵は地味な方で……社交界でも上級貴族の方についていたり、隅っこで静かにお酒を飲んでいるイメージ。


「なるほど。だから不審なわけだな」

「はい」

「何か臭うな」


「あのぅ、製品の不備がまったくなかったように話が進んでますけどぉ……」


 神妙な私たちに対し、グレルがおずおずと口を挟む。


「モノは完璧だった。でも不備や欠損があるなら返品するべきだろ。それをせずに壊されたら対処のしようがない」


 エカード先生がきっぱり言った。

 私とグレルは顔を見合わせる。彼はしょっぱいものを食べたような顔になった。


「当然だ。不備の調査もできないし、対策のしようがない。また向こうが完全に壊したというなら、うちが新品の負担をする義務はない」

「でも、向こうはご立腹で」

「そんなの怒らせておけばいい。むしろ面倒な客が減ってよかっただろ」


 エカード先生の冷たい言い方に、グレルはしょんぼりと肩を落とした。


「でも、ヤーデ地方での取引は子爵が介入するから……こうなったらもう向こうで商売できなくなっちゃいますよ」

「そんなの知るか」

「ふぇぇん」


 グレルは情けない声を出し、しばらくグスグスと泣き真似をしていた。

 でも私はこの件に口を挟むことができず、曖昧に笑うしかない。


「ヤーデ地方は資源が豊富だし、魔物討伐も盛んだから、いい素材が手に入るんですよぉ。ちょっと遠いから滅多に行けないし、あそこで取引できなくなったら困るんですよぉ」


 そうは言っても、エカード先生が一貫して「知らん」と言うのでどうにもできない。


「いいから帰れ! 工房は今休憩時間だ!」


 ごねるグレルに、エカード先生が強気で言う。


「うぅ……どうなっても知りませんからね!」


 グレルは、そう言うとしぶしぶ引き上げていった。


「……それにしても、クレームですか」


 私は椅子に座り、頬杖をついた。


「一体何がどうダメだったんでしょう」

「君のせいじゃないよ。いくつもの目をくぐり抜けて納品した商品だ。大方、子爵の家に運ぶ際、運び屋が雑に扱ったとかそんなだろ」


 エカード先生はため息混じりに言い、何事もなかったかのように寝台へ戻った。

 私から背を向け、布団をかぶってしまう。


「とにかく、君は何も考えず好きに作るんだ。たまにはこういうこともあるけど、事故だと思えばいい」


 そう言うと、エカード先生は「おやすみ」と言い残してすぐに寝息を立てる。

 そんな彼を見ていると、それまで黙っていたパウラが言った。


「エカード様って、ぶっきらぼうに見えて、お優しいですねぇ」

「ふふっ。そうね……私が落ち込まないようにそう言ってくれるんだもの」


 まぁ、彼の言葉の半分は本音なんだと思うけどね。


 よーし、もっともっといいものを作っちゃおう!

 そうと決まれば、すぐにでも工房で何かを作りたいわ。

 作りかけの冷貯蔵庫や拡張本棚も今日中に作ってしまいたい!


 そう思って席を立つと、パウラとリタがすぐに動き、私を椅子に押し戻した。


「休憩してください!」


 メイド二人にそう言われてしまい、私の頬は引きつった。


「はぁい……」


 休憩も大事だからね。

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